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●平成29年(行ケ)第10180号(審決取消訴訟・無効審決・請求認容)


進歩性/特許出願/阻害要因/登録識別情報保護シール

 [事件の概要]
[事件の概要]

(a)本件は、原告甲が請求した特許無効審判の不成立審決に対する取消訴訟です。争点は、進歩性の有無についての判断の当否です。

(b)被告乙は、平成27年3月20日(「本件原出願日」という。)に出願された実用新案登録第3198127号に基づいて、平成28年1月21日に特許出願され(特願2016−21270号)、同年11月11日に設定登録がなされた特許(特許第6035579号。発明の名称「登記識別情報保護シール」)の特許権者です。

 原告甲は、平成29年1月27日、本件特許の無効審判請求をしたところ(無効2017−800009号。甲20)、特許庁は、平成29年8月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、これを不服として審決取消訴訟を提起しました。


[特許発明の内容]

(a)本件特許の請求項1は次の通りです。

“登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための、一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シールであって、前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層の少なくとも前記登記識別情報に接触する部分には前記登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有することを特徴とする登記識別情報保護シール。”

(b)本件特許の明細書には次の記載があります。

(イ)登記識別情報を確認した後に再度登記識別情報通知書の登記識別情報記載部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための、一度剥がしてしまうと貼り直しができない登記識別情報保護シールが提案されている(【0004】)。

(ロ)従来の登記識別情報保護シールは、保護シール層と粘着剤層とで構成されており、粘着剤層の保護シール層に対する部分と、登記識別情報通知書に貼り付けられる部分とでは性質が異なり、保護シール層に対する部分の粘着力は弱いため、登記識別情報保護シールを剥がすと保護シール層のみが剥離し、粘着剤層は登記識別情報通知書に残留する。保護シール層を再度貼り直すことはできない。したがって、登記識別情報を何度も使用して、登記識別情報保護シールを何度も貼り付け、剥離することを繰り返すと、登記識別情報通知書の登記識別情報記載部分に粘着剤層が何層にもわたって堆積し、登記識別情報が読み取れなくなる場合がある。(【0005】、【0006】)

(ハ)本件発明の登記識別情報保護シールは、登記識別情報を何度も使用しても、登記識別情報の上には粘着剤層が堆積しないので、登記識別情報が判読不能になることがない。また、一度剥がした登記識別情報保護シールの保護シール層は、再度貼り直すことができないので、登記識別情報を第三者に容易に盗み見られることを防止できる。


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[先行技術の内容]

(ア)特開2007−52379号公報(甲1文献)

{目的}

 登記識別情報通知書に記載された登記識別情報は、他人に知られないよう管理する必要があるところ、司法書士、銀行等において何度も用いる場合があり、登記識別情報の漏えいを防止し、誰が登記識別情報を見たのかを把握する必要がある(【0002】、【0003】、【0006】)。

{構成}

 「登記識別情報通知書が法務局から下付された際に登記識別情報を秘匿していた目隠しシールを前記登記識別情報通知書から剥がした後に前記登記識別情報を秘匿するための一度剥がすと貼りなおしが出来ない登記識別情報保護シール。」

{効果}

 これによって、登記識別情報を隠匿し、登記識別情報保護シールを貼付した者、剥がした者を特定することができ、登記識別情報の漏洩及び不正な登記を防止するという効果がある(【0032】)

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(イ)特開2008−40797号公報(甲2文献)

 「目隠しシール10は、名称部11等を表面に印刷する表面基材層21と、目隠しシール10を擬似的に接着させる疑似層22と、目隠しシール10を登記識別情報通知40等に接着するための粘着剤層23と、剥離材層24と、目隠しシール10を履歴管理シート30に接着するための粘着剤層25と、剥離材層26と、で構成されており、

 剥離剤層26を剥がして履歴管理シート30の所定の位置(貼着台紙部31の位置)に貼付けて使用され、必要に応じて、剥離剤層24を剥がして目隠しシール10を登記識別情報通知40等に接着し、登記識別情報通知40等に接着された目隠しシール10は、登記識別情報通知40等から剥がそうとすると、疑似層22からはがれるため、再度目隠しシール10を登記識別情報通知40等に貼付けることができなくなる目隠しシール10。」

(ウ)特開2009−244476号公報(甲3文献)

{目的}

 個人のプライバシー保護の観点から、被検者と検査用試料との対応関係を保持しつつ、外部機関への持ち出しの際には、検査用試料の匿名化を簡単かつ確実に図る方策が求められていた(【0007】)。

 本発明は、採血、検尿等に使用される検体用容器等に付与するに好適な、倫理上の問題に十分対処可能で、プライバシー保護に対応できる封緘シールを提供することを目的としている(【0009】)。

{構成}

 「脆質層の一側面に支持層を剥離不可能に貼着し、前記脆質層の他側面に粘着剤を介して剥離紙を剥離可能に貼着した封緘シールにおいて、前記剥離紙には、封緘シールの貼り付け時にラベルの記録面を読み取り不能に覆い隠し、かつ、封緘シールを剥離したとき脆質層の一部がラベルの記録面に付着しないように、前記剥離紙を貫通する切り込みを形成し、

 封緘シールの剥離紙を切り込みの外側から剥し、支持層の粘着剤が塗布されている面を被貼り付け面側にして、封緘シールを容器上のラベルに跨がる状態で貼り付け、このとき、中央側の剥離紙は切り込みにより粘着剤上に残り、ラベルを覆うことにより、封緘シールの剥離時に脆質層に損傷を与えるのを防止でき、

 次に、ラベルを読み取る際には、剥離紙を剥し取って対象物に貼り付けた状態から剥し取ると、欠損した脆質層は支持層と被貼付面の双方に、元に戻せない状態で付着する封緘シール。」

(エ)特開2002−55618号公報(甲4文献)

 「隠蔽ラベルは、被着体に形成された情報を隠蔽するようにして接着剤を介して被着体に貼り合わされており、

 被着体の情報は、数字や文字などであり、一方、隠蔽ラベルは、基材の内面側に脆質層を有しており、被着体の情報に対応する部分に非接着層が形成されるとともに、その非接着層の両側に間隔を置いてミシン目からなる破断線が平行に形成され、

 隠蔽ラベルを剥離すると、情報の部分は非接着層で保護されているため、正確な情報が判読でき、一方、接着部分では被着体に脆質層が部分的に残るので、一度剥離が行われたことが明確に分かる隠蔽ラベル。」

(オ)実開平3−12279号(甲5文献)

 「隠蔽性のある不透明シートと、該不透明シートの裏面に塗布された、非粘着性、被再熱シール性で易剥離性または弱凝集性のコート剤と、該コート剤に塗布又は印刷されたヒートシール性接着剤とを有し、

 ヒートシール性接着剤は、ラベル本体の裏面の周縁部のみを熱圧着する方式であってもよいし、グラビア印刷機やフレキソ印刷機等の印刷機を用いて、ラベル本体の周縁部に連続線状に印刷した、所謂パートコートされた物を熱圧着する方式でもよいものであり、

 不透明シートとコート剤との界面又はコート剤の内部から容易に剥離でき、葉書面から剥がれることは無く、葉書に記載された情報を誤って傷付けることがないものである。また、一旦剥離すると、ヒートシール性接着剤の上に非粘着性で被再熱シール性のコート剤が残っているので、再びラベルを葉書に接合することはできない秘密保持ラベル。」

(カ)実開昭63−92774号(甲6文献)

 「被着体の情報表示部を視認不能に覆う不透明部を備えたシート体から成り、前記情報表示部の周部に位置して前記シート体に剥離可能な印刷層を形成すると共に、該印刷層上に該シート体を被着体に接着するための感圧性接着剤層を積層して成り、

 シート体を被着体より剥離すると、印刷層はシート体に対して剥離可能である一方、感圧性接着剤層に接着されているから、引き剥がされるシート体に追従することなく、該印刷層の少なくとも一部は接着剤層上に転移して、シート体を被着体に再度接着させようとしても、シート体は前記剥離された印刷層上には接着せず分離状態にあり、元の状態には復帰しない秘密保持シート。」

(キ)特開2009−69393号公報(甲7文献)

 「シート本体の裏面に粘着剤層を備え、その粘着剤層を介して前記シート本体を隠蔽すべき情報が表示された情報部に貼り付けるようにしたものであって、前記粘着剤層は、前記シート本体の外周縁部に位置する強粘着性部とその強粘着性部に囲まれた領域に形成されて前記強粘着性部よりも粘着性が低い弱粘着性部とからなると共に、前記シート本体には前記弱粘着性部と前記強粘着性部との境界に沿って切断可能部が形成され、その切断可能部を切断することにより前記シート本体のうち前記強粘着性部に対応する領域を前記情報部に粘着させたまま前記弱粘着性部に対応する領域を前記情報部から剥離可能にしたものにおいて、前記切断可能部は、前記強粘着性部と前記弱粘着性部との境界線に対して傾斜しつつ隣接して並ぶ多数のスリット群によって形成されている情報保護シール。」

(ク)実開昭58−120077号(甲8文献)

 「脆弱層と接着剤層より構成される脆性シールの該接着剤層上の一部に、接着性のない隠蔽材層を少なくとも設けた隠蔽シールであって、この隠蔽材層(3)の下に画像形成体(6)の表面に位置する画像(4)が位置する隠蔽シール。」


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[審決の内容]

(ア) 甲1発明を主引用発明とした場合

a 対比

 (一致点)

 「登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための、一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シールであって、前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層を有する登記識別情報保護シール。」

 (相違点1)

 本件発明1は、「粘着剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有する」のに対し、甲1発明は、そのようなものではない点。

b 相違点1の判断

 (a) 登記識別情報保護シールにおいて、登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離することを繰り返すと、粘着剤層が多数積層して、登記識別情報が読み取れにくくなるという課題(以下、「本件課題」という。)は、周知の課題であるから、甲1発明において内在する自明の課題といえるが、甲1発明には、本件課題を解決するための手段は示されていない。

 (b) 甲3発明には、「(秘密)情報通知書に貼り付けるために外側の部位を剥して粘着剤を露出させ、(秘密)情報通知書の記録面に記載された秘密情報情報(秘密情報)に対応する部分(領域)には、実質的に粘着剤を設けていない秘密情報保護シール」が示されているといえる。

 甲3文献には、本件課題は記載も示唆もされていない。また、甲3発明は、例えば、採血、検尿等に使用される検体用容器等に使用するもので、ラベルに貼着された封緘シールを剥離除去して、ラベルの記録面に記載された秘密情報を読み取るものであって、再度、当該ラベルに新たな封緘シールを貼着して使用することは想定していない。したがって、甲3発明において、封緘シールをラベルに何度も貼り付け、剥離することを繰り返すと、粘着剤の層が多数積層して、ラベルの記録面に記載された秘密情報が読み取れにくくなるといった課題が、自明であるとはいえない。

 また、甲1発明は、登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離することを繰り返しても、登記識別情報が解読不能とならないようにするための機能、作用を有するものではない。

 したがって、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはない。また、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項が、当業者にとって設計事項であるとする根拠もない。そして、甲1発明において、他に相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を備えるものとすることを、当業者が容易に想到し得たといえる根拠も見当たらない。

 よって、甲1発明において、甲3発明を適用することにより、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得るものではない。


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[原告甲の主張]

1 取消事由1(甲1発明及び甲4発明に基づく相違点の判断の誤り)

  (1) 甲1発明と甲4発明は、いずれも情報を隠蔽することと、隠蔽箇所が誰かに剥離されたという事実が明らかになることによって隠蔽された情報の漏洩又はその情報が有する識別力を保護しようとする技術であるから、技術分野の関連性は強い。したがって、甲4発明を登記識別情報の隠蔽及び保護という需要への流用可能性に想到することは当業者にとって容易である。(以下、省略)。

2 取消事由2(甲1発明及び甲3発明に基づく相違点の判断の誤り)

  (1) 審決が動機付けの認定を誤ったことについて

   ア 甲1発明と甲3発明が共通する課題を有さないという審決の判断について

 本件発明が解決すべき本質的な技術的課題は「登記識別情報保護シールを何度も貼り付け、剥離を繰り返すと、粘着剤層が多数積層する」ことにあるのではなく、「情報保護シールを貼り付け、剥離すると、粘着剤層が情報記載部分に残留する」ことにある。「何度も貼り付け、剥離することを繰り返す」点は、シールの使用方法にすぎず、シールの技術的要素を有するものではない。

 本件課題は、甲1発明において、内在する自明の課題である。そうすると、多数積層することにより生じる「登記識別情報が読み取れにくくなる」という課題は、一層堆積することによっても生じる場合があることは当業者にとって自明であるから、「情報保護シールを貼り付け、剥離すると、粘着剤層が情報記載部分に残留する」という課題も、甲1発明において内在する自明の課題といえる。

 甲3発明は、秘密情報を隠蔽するシールであって、情報通知書の記録面に記載された秘密情報に対応する部分には実質的に粘着剤を設けていないものであるから、シールを貼り付けて、剥離したときに、粘着剤層が秘密情報の上に残留することがない。そして、甲3発明がこのような非粘着剤領域を有する構成を採用している理由は、シールを剥離したときに、粘着剤層が秘密情報の上に残留しないようにして情報が読み取りにくくならないようにするためであるということは、甲3発明に接した当業者が理解できるものである。

 甲1発明と甲3発明とは、「情報保護シールを貼り付け、剥離すると、粘着剤層が情報記載部分に残留する」という共通する課題を有しているため、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けがある。

 したがって、甲1発明と甲3発明が、共通する課題を有するものではないことを根拠に、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはないとした審決の判断は誤りである。

 イ 甲1発明と甲3発明が共通する作用・機能を有さないという審決の判断について

 審決は、甲1発明に対して「登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離を繰り返しても、登記識別情報が解読不能とならなくするための機能、作用」を要求しているが、これは、本件発明1と同一の発明を甲1発明に求めるものであって、進歩性の判断を誤っている。

 (2) 共通する課題を有さないことのみに基づき容易想到性を否定した審決の判断の誤りについて

 ア 動機付けについて

 甲1発明と甲3発明とは、共に「秘密情報保護シール」との概念で共通し、技術分野を同じくする。

 甲1発明と甲3発明とは、秘密情報を保護、隠蔽するという点、不正にシールが剥がされて情報が読まれることを防止するために、秘匿情報等を覆うシールやラベルを一度剥がすと貼り直しができないようにするという点で、共通の課題を有している。また、シールを剥離した際に情報が解読不能とならないようにすることは、自明の課題である。

 甲1発明と甲3発明とは、シールを秘密情報上に貼付し、その情報を保護、隠蔽するという点、及び、そのシール自体は一度剥がすと貼り直しができないという点において、作用、機能が共通している。

 したがって、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けがある。

 イ 効果について

 本件発明によると、「何度も登記識別情報保護シールの剥離作業を行っても登記識別情報が解読不能とならない」という効果を奏する。

 甲3発明は、情報記載部分に接触する部分に非接着領域を有しているため、シールを何度も貼り付け、剥離する作業を繰り返しても、情報記載部分に粘着剤層が残留せず、情報が解読不能にならないという効果を奏する。

 したがって、本件発明の上記効果は、当業者が予測できたものである。

 ウ 容易想到性について

 上記ア〜ウによると、当業者が甲1発明と甲3発明とを選択して対比検討することは容易であり、甲1発明に甲3発明を適用すると、相違点1に係る本件発明1の構成に到達する。たとえ、甲1発明と甲3発明を組み合わせる目的が、本件課題と同一の課題を解決するためでなかったとしても、組み合わせることによって本件課題も併せて解決されるから、組み合わせる動機付けがあり、組み合わせることによる課題解決の効果は当業者において予測可能であるから、本件発明1は、甲1発明と甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。


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[被告乙の主張]

 1 取消事由1について (省略)

 2 取消事由2について

  (1) 「審決の動機付けの認定の誤り」について

   ア 甲1発明と甲3発明の課題の共通性について

 原告甲の主張は、「粘着剤層が登記識別情報通知書の情報記載部分に残留する」という課題は1回剥がすことしか想定していないシールにも、「何度も貼り付け、剥離を繰り返す」ことの課題解決に使用するシールにも共通であるから課題の共通性があるというもので、取消事由1の「多層は一層を含む」との議論の繰り返しにすぎない。甲3発明の封緘シールには、シールを何度も貼り付け、剥離することを繰り返すという課題は存在せず、その使用目的は「医療、保険衛生分野において採血、検尿等に使用される検体用容器等に付与するに好適な封緘シール」であって、これを使い回しすることは倫理上も許されることではないから、本件課題とは矛盾し、阻害要因がある。

 したがって、甲1発明と甲3発明には、課題の共通性はない。
阻害要因とは



 [裁判所の判断]
@裁判所は、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けについて次のように判断しました。

 登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離することを繰り返すと、粘着剤層が多数積層して、登記識別情報を読み取りにくくなるという登記識別情報保護シールにおける本件課題は、登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離することを繰り返すと必然的に生じるものであって、登記識別情報保護シールの需要者には当然に認識されていたと考えられる(甲15)。

 現に、本件原出願日の5年以上前である平成21年9月30日には、登記識別情報保護シールの需要者である司法書士に認識されていたものと認められる(甲26の3)。

 そして、登記識別情報保護シールの製造・販売業者は、需要者の要求に応じた製品を開発しようとするから、本件課題は、本件原出願日前に、当業者において周知の課題であったといえる。

 そうすると、本件課題に直面した登記識別情報保護シールの技術分野における当業者は、粘着剤層の下の文字(登記識別情報)が見えにくくならないようにするために、粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがないように工夫するものと認められる。

 甲3発明は、秘密情報に対応する部分には実質的に粘着剤が設けられていないものであり、甲3発明と甲1発明は、秘密情報保護シールであるという技術分野が共通し、一度剥がすと再度貼ることはできないようにして、秘密情報の漏洩があったことを感知するという点でも共通する。従って、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けがあるといえる。

 甲1発明に甲3発明を適用すると、粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがなくなり、本件課題が解決される。したがって、甲1発明において、甲3発明を適用し、相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到するものと認められる。

@裁判所は被告乙の主張について次のように判断しました。

 (ア) 被告乙は、甲3発明には、シールを何度も貼り付け、剥離することを繰り返すという課題は存在せず、その使用目的から容器又はシールを使い回すことは倫理上許されないから本件課題とは矛盾し、阻害要因がある、と主張する。

 しかし、甲3発明のシールは何度も貼り付け、剥離することを予定されていないとしても、一度剥がした後に新たなシールを貼付することは可能である。また、甲3発明が、医療、保健衛生分野において使用される検体用容器等に使用される場合には、何度も貼り付け、剥離することはないのは、検体用容器等の用途がそのようなものであるからであって、甲3発明自体の作用、機能に基づくものではなく、甲3発明は保健、衛生分野に限って使用されるものではないから、甲1発明と組み合わせるのに阻害要因があるとはいえない。したがって、被告乙の主張には、理由がない。

 [コメント]
@本件は、貼付状態から剥離すると粘着層が被貼付面に移ってしまうために再度貼付することができないタイプの登記情報保護シールにおいて、粘着層の一部に被粘着領域を形成したものです。

(a)この種のシールの利用者(司法書士)は、同じ登記識別情報通知書を何度も使うために、再貼付不可能なシールを何枚も隠すべき情報の上に貼ったり、剥がしたりを繰り返すために各シールの粘着層が登記情報の記載箇所の上に堆積していき、情報が読みにくくなるという課題を解決するためのアイディアです。

(b)特許出願人(=原実用新案登録出願人)にとって請求の範囲を記載する際の難しさは、考案したアイディアの骨子は、時の要素(シールを貼ったり、剥がしたり)を含んでいたのに対して、欲していた権利は物の発明(時の要素を含まない)の権利であったことだと思われます。

 シールを貼ったり、剥がすことを繰り返すという要素を含む方法の発明にしてしまうと、利用者が規制の対象となり、シールの製造業者に権利が及ばないので、権利を取ること自体に意味がなくなります。

 しかしながら、この要素をクレームに入れないと先行技術との差別化が困難となります。

 実際に、登記情報保護という用途に限定しなければ、文字を記載した紙面を保護するシールで文字に相当する部分への粘着層の形成を省略した技術は存在するのです。

(c)特許権者(被告乙)は、シールという物の発明において、登記情報保護という情報と、シールの貼付・剥離を繰り返す際に粘着層が被粘着面に移ることで情報が読みにくくなることを防止という課題を強調して、副引用例にこうした課題が存在しないから、副引用例と主引用例とを組み合わせる動機付けが存在しないという主張を展開しました。

 この主張は、無効審判では功を奏しますが、結局は、前記課題は出願日前に当業者に認識されていたという証拠を出されて、審決を覆されることになります。

(d)進歩性の判断において、発明の課題を参酌することは、請求の範囲に記載された“一見当たり前”の構成要素の技術的意義に光を照らすのに役立ちます。

 しかしながら、今回の場合には、課題に照らして判断しても、格別に技術的意義のある構成要素が見当たらないように思われます。

(e)副引用例の請求の範囲・明細書には、“粘着剤層の一部に…非粘着領域を有する。”という表現がなく、ただ支持層・第1粘着層・脆弱層・第2粘着層を順次積層し、第2粘着層の特定の場所(被貼付面の文字の記載箇所と重なる場所)に剥離紙を貼付した構成を開示したに過ぎません。

 剥離紙の貼付箇所が本件特許の非粘着領域に相当すると認定したわけですが、こうした認定手法は、ともすれば無理な上位概念化につながり易いので、注意が必要です。

 本件の場合には、甲6文献(はがきの裏面と裏面全体を覆うシール材の各外周部を粘着層で剥離可能な接着したもの)などが存在したために、裁判所は、特許出願時の技術水準から見て、上記の事実認定は妥当であると判断したものと推察されます。

A被告乙は、副引用例のシールは、医療・保険・衛生の分野において患者の情報を隠すために用いられるものであり、その使用目的から、剥がしたり、再び貼付したりすることを繰り返すことは倫理上許されないから、副引用例を主引用例と組み合わせることに阻害要因があると主張しました。

 しかしながら、そもそも副引用例の請求の範囲には医療等の分野に使用される旨の限定はないし、

 その種の医療シートが剥離・貼付を繰り返すという使用態様を予定していないというのは、道徳的な観点によるものであって、技術的な観点によるものではないから、引用発明の本来の作用・機能から導かれる事ではありません。

 仮に重力の法則を利用した或る技術に関して、”この技術は重力を利用するものであるから、無重力空間で用いられる引用発明と組み合わせることには阻害要因がある。”と言えば裁判官は納得してくれるかも知れません。

 しかしながら、進歩性の有無は技術的困難性の問題ですから、“倫理上許されない。”という理由で阻害要因を主張されても、説得力はありません。


 [特記事項]
 
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