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判例紹介
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●平成28年(行ケ)第10119号


進歩性/特許出願/選択肢/ワイパモータ

 [事件の概要]
(a)本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟です。

(b)争点は、@審理不尽・手続違背の有無、A進歩性の有無、B明確性要件・サポート要件の有無です。

(c)裁判所は、“特許庁が無効2015−800176号事件について平成28年4月26日にした審決を取り消す。”と判示しました。


[事件の経緯]

(a)被告は、平成17年11月17日、発明の名称を「ワイパモータ」とする発明につき、特許出願し(特願2005−333080号)、平成24年6月1日、設定登録(特許第5006537号)を受けました。

(b)原告は、平成27年9月7日、本件特許の請求項1〜4の発明について特許無効審判を請求しましたが(無効2015−800176号)、平成28年4月26日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決を受けました。


[特許発明の内容]

{発明の目的}

 多極化されても回転速度の切り替えが可能なワイパモータを提供することです。

{発明の構成}

 請求項1の発明は次の通りです。

 車両のウインドシールドを払拭するワイパ装置を駆動するワイパモータであって、

アマチュアシャフトを回転自在に支持するモータヨークと、

回転方向に並ぶ四つの磁極を備え、前記モータヨークの内面に固定される界磁部と、
 

回転方向に並ぶ複数のスロットを備え、前記アマチュアシャフトに固定されるアマチュアコアと、


回転方向に並ぶ複数の整流子片を備え、前記アマチュアシャフトに固定される整流子と、前記複数のスロットの各スロットから所定のスロットを空けて導線をそれぞれ重ね巻きして装着され、それぞれの前記整流子片に電気的に接続される巻線と、


 前記巻線と同一の導線により形成され、それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線と、

前記整流子片に摺接し、前記導線に駆動電流を供給するブラシとして、共通ブラシ、第1のブラシ、第2のブラシのみを有し

 前記第1のブラシは、前記共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置され、前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し、

 前記第2のブラシは、前記共通ブラシと前記第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置され、前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し、

 前記共通ブラシ及び前記第1のブラシ、または前記共通ブラシ及び前記第2のブラシのいずれか一方の対に通電することにより作動速度を切替え可能であることを特徴とするワイパモータ。

{発明の効果}

・4極に多極化されたワイパモータであってもこれを一対のブラシで作動させるとともに、その作動速度を切り替えることができる。

・また、第2のブラシが付加されることにより巻線に生じる起電力のアンバランスは接続線により回転方向にバランスされるので、第2のブラシに流れる循環電流を低減させて第1のブラシの摩耗を抑制することができる。

・巻線と接続線とを同一の導線により形成するので、接続線の形成が容易となる。


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[先行技術]

@甲1(特表平10−503640号公報)

(a)本発明は、また図7に示すような多段速度4極モータに適用することができる。この場合、6個のブラシが電機子巻線を整流するために用いられる。

(b)4極モータにおいては、4個の磁極は、モータ・ハウジングの内周に、円周方向に等間隔で配置されている。これらの磁極は、永久磁石でも巻線電磁石でもよい。複数の巻線から成る電機子は、モータ・ハウジング内で回転するよう、軸方向に長い電機子軸上に支持されており、これらの巻線が磁極間に形成される磁場を通過するようになっている。(c)6個のブラシ82、84、86、92、94及び96は、従来の態様でブラシ・カードに取り付けられており、各ブラシの端面が電機子軸35上に取り付けた整流子40に接触している。従来の場合と同様に、2個のブラシ82及び92は低速ブラシを構成し、2個のブラシ84及び94は共通接地ブラシを構成し、2個のブラシ86及び96は高速ブラシを構成している。

(d)2個の共通接地ブラシ84及び94は、並列に配線され、円周方向にほぼ180度離間して、すなわち整流子40の反対側に互いに正反対に離されている。

(e)2個の低速ブラシ82及び92は、並列配線され、円周方向にほぼ180度離間して、すなわち整流子40の反対側に互いに正反対に離されているが、共通接地ブラシ84及び94に対してほぼ90度の間隔で円周方向に離間されている。

(f)2個の高速ブラシ86及び96は、並列に配線されており、円周方向にほぼ180度離間して、すなわち、整流子40の反対側に互いに正反対に配置されている。更に、ブラシ86及び96は、低速ブラシ82及び92と共通接地ブラシ84及び94との間にそれぞれ円周方向に離間して配置されている。また高速ブラシ86は低速ブラシ82に対して、高速ブラシ96は低速ブラシ92に対して鋭角Z(例えば約30度)を成している。


A甲2(特開2000−166185号公報)

(a)この発明は、車両のハンドルの操舵力をアシストする電動パワーステアリング装置用モータであって、同位であるべき整流子片同士を均等線で接続しているものである。

(b)(従来の)電動モータ1では、ヨーク3の磁気回路のアンバランス、アマチュア8の偏心、ブラシ11に流れる電流の不均一等により、アマチュア8の巻線18の回路間に誘起する起電力に差が生じ、巻線18内にはブラシ11を通じて流れる循環電流が生じ、その結果ブラシ整流作用の悪化、ブラシ11から発生する整流火花の増加に伴う、ブラシ11及び整流子9の高温化、寿命低下、トルクリップルの増加等の問題点がある。

(c)図15は上記循環電流の発生を防止するために同電位であるべき整流子9の整流子片30同士を均圧線31を用いて電気的に接続した電動モータ42の巻線図である。


B甲3(特開2000−60049号公報)

(a)この発明の課題は、部品点数を削減することができるとともに、小形化が可能な回転電機を得ることである。

(b)課題を達成するための手段は、シャフト1と、このシャフト1に固定され軸線方向に延びた複数のスロットが形成された鉄心4と、スロットに導線5が重巻方式で巻回されて構成された巻線6と、鉄心4の片側にシャフト1に固定されて設けられ、複数配列された整流子片8を有する整流子7と、同電位であるべき整流子片8同士を電気的に接続した均圧線9とを備え、一方の整流子片8に一端部が接続された均圧線9は、その他端部がスロットを通って他方の整流子片8と接続されている。


C甲16(特開平11−178288号公報)

(a)この発明の課題は、4極4ブラシのモータにおいて、均圧線を使用してブラシ数を二つにしたとき、ブラシ圧のアンバランスから、ロータ鉄心(回転軸)が給電用ブラシの荷重により傾くことを回避することである。

(b)課題達成の手段は、ダミーブラシを配置して、ロータ鉄心の軸にかかる一対の給電用ブラシの荷重とダミーブラシの荷重との平衡が保たれるように構成することである。


[審決の内容]

(1)本件発明1と甲1発明との相違点

・相違点1…巻線に関し、本件発明1は、スロットに重ね巻きして装着されるのに対し、甲1発明は、このような特定がない点。

・相違点2…本件発明1は、巻線と同一の導線により形成され、それぞれ互いに同電位となるべき整流子片同士を電気的に接続する接続線を有するのに対し、甲1発明は、接続線を備えていない点。

・相違点3…ブラシに関し、本件発明1は、共通ブラシ、第1のブラシ、第2のブラシのみを有するのに対し、甲1発明は、2個の共通ブラシ、2個の第1のブラシ、2個の第2の高速ブラシを有する点。

・相違点4…第2のブラシに関し、本件発明1は、共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置されるのに対し、甲1発明は、共通ブラシと共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置される第1のブラシとの間で円周方向に離間して配置される点。

(2)相違点に関する判断

・相違点1→電機子の通常の巻線方式である重巻・波巻の一方を選ぶのは容易である。

・相違点2→甲1発明は接続線を備えておらず、接続線を用いることの示唆もない。

・相違点3→接続線を用いなければブラシの数を減らせないから、4極6ブラシを有する甲1発明からブラシを3個(共通ブラシ、第1のブラシ、第2のブラシ)とするが当業者にとって容易であったとは認められない。

・相違点4→甲1の「高速ブラシ86は低速ブラシ82に対して、高速ブラシ96は低速ブラシ92に対して、鋭角Z(例えば、約30度)を成している。」旨の記載などから、ブラシ82、84、86で一つのブラシセット、ブラシ92、94、96でもう一つのブラシセットとすることが合理的である。 

そうすると、第2のブラシを共通ブラシと第1のブラシとの間に配置するとは、共通ブラシと第1のブラシとの間の空間のうち鋭角側の空間に配置すると解するべきであり、共通ブラシと第1のブラシとの間の鈍角側の空間に配置することは記載も示唆もない。

4.取消理由

・取消理由1…審理不尽・手続違背

・取消理由2…本件発明の認定の誤り(同一の導線の意義)

・取消理由3…甲2・甲3の記載事項の認定の誤り、相違点4の認定の誤り

・取消理由4…相違点2及び3についての判断の誤り

・取消理由5…相違点4についての判断の誤り

・取消理由6…進歩性の判断についての誤り等

・取消理由7…明確性要件・サポート要件の判断についての誤り

5.取消理由に対する当事者の主張


[取消理由2について]

{原告の主張}本発明の接続線(均圧線)の構成のうちで巻線と「同一の導線」とは「同一径、同一材料の線材」を意味し、必ずしも「切断されていない連続線」を意味しない。

{被告の主張}特許明細書の記載によると、巻線及び接続線の形成は一連の工程で行われるから、“同一”とは両者が一本の導線で形成されることを意味する。


[取消理由3について]

{原告の主張}審決が相違点4のうち“甲1発明では、高速ブラシが共通ブラシと共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置される第1のブラシとの間で、円周方向に離間して配置される”と判断したことは誤りである。

∵4極の変速モータでは、対になった二つの高速ブラシ(第2のブラシ)が追加され、これが対向配置されるところ、この対になった高速ブラシは電気的に等価であるから、電気技術的には、特定の第2のブラシ(高速ブラシ)が特定の共通ブラシと第1のブラシとの間に配置されているというものではない。

{被告の主張}技術常識(取消理由5の被告の主張を参照されたい)に照らすと、90度離れた共通ブラシ及び低速ブラシと両ブラシの間の高速ブラシを一セットのブラシとして解釈した審決は正しい。


[取消理由4について]

{原告の主張}相違点2及び相違点3についての審決の判断は次の理由で誤りである。

・技術分野及び課題に関して、甲1及び甲2は共通性を有する。∵ブラシ付き4極モータとして共通し、コストダウンのためにブラシ数を減らすという内在する課題で共通する。

・引用文献中の示唆に関して、甲2における従来技術の欠点(循環電流を生ずるためにロストルクやブラシ音が大きい・ブラシ数が多いとトルクリップが大きくなる)の記載並びに課題解決手段としての均圧線の記載から、“ブラシ数を減らすために均圧線を用いる技術”が開示されていたと認めることができる。

・甲2発明を適用する動機付けに関して、当業者がブラシ削減技術を適用する理由はブラシ数の多さによる不具合(構成の複雑化・重量の増大など)を解消するためであるから、ブラシ数の多い多極変速モータにはとりわけ甲2を適用する強い動機が存する。

{被告の主張}

・技術分野及び課題に関して、甲1及び甲2は共通しない。∵甲1は高速ブラシを備える4極6ブラシという特殊な構成だから、ブラシ数を減らすことは2極3ブラシにブラシ及び永久磁石を追加して多極化を図る甲1発明の思想に逆行するから。

・引用文献中の示唆に関して、原告の主張する技術は甲2には開示されていない。∵甲2には「均圧線を使用すること」と「ブラシ数の削減」とを互いに結び付ける記述がない。

・甲2発明を適用する動機付けに関して、甲2を適用することに阻害理由が存する。∵甲2に接続線を用いてブラシ数を削減することが開示されていたとしても、甲1には接続線を用いることが開示も示唆もされていないから。


[取消理由5について]

{原告の主張}

・審決は、甲1の図7に示すモーターが有する2つの高速ブラシ(86、96)・2つの共通ブラシ(84、94)・2つの低速ブラシ(82、92)を2組のブラシセット(90度離れた低速ブラシ82及び共通ブラシ84とこれら両ブラシの間にある高速ブラシ86で1セット、これらと180度対称位置にある低速ブラシ92・共通ブラシ94・高速ブラシ96で他の1セット)としたことが合理的であると認定したが、誤りである。

・何故ならば、2つ対になっている共通ブラシ、低速ブラシ、高速ブラシの各々について、2つあるうちのどちらを一個なくしても、コイルに電流に流れることに変わりがなく、技術的・電気的に等価である。

・従って審決が前記認定を前提として、高速ブラシ(86、96)を、共通ブラシ(84、94)と低速ブラシ(82、92)との間の空間のうち鈍角側に配置することは、当業者が容易に考えることができたものとは認められないと判断したのも、誤りである。

{被告の主張}

 下図に示すように、特許出願時の技術常識を参酌すると、甲1の図7の構成は、2極2ブラシ→2極3ブラシ→4極3ブラシ→4極6ブラシという順序で成立したと考えるのが妥当である。そうすると、周方向に90度離れた共通ブラシAと低速ブラシ@及び両ブラシの間の高速ブラシBが一つのブラシセットである(同様に共通ブラシA’と低速ブラシ@’と高速ブラシB’も同様)。このブラシの組み合わせを無視して、省略するブラシを選ぶのは技術常識に反する。


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[取消理由6について]

{原告の主張}本件特許発明の下記の効果は、甲1発明及び甲2発明から当然に予測できることに過ぎない。

・4極に多極化されたワイパモータを一対のブラシで作動させかつ作動速度を切り替えるという効果、

・第2のブラシを付加することで第1のブラシの摩耗を抑制できるという効果)



 [裁判所の判断]
 裁判所は、下記の通り、取消理由3〜5を支持して、審決を取り消しました。

@裁判所は取消理由4(相違点2及び3の判断の誤り)について次の様に判断しました。

(a)直流モータが回転力を維持し続けるには、整流子とブラシによって得られる整流作用が不可欠であるから、直流モータにおいて、ブラシ整流作用を良好に保つことは、当然に達成しなければならない課題である。したがって、当該課題は、直流モータである甲1発明においても、内在する課題ということができる。

(b)そして、+電位に接続される2個のブラシ及び−電位に接続される2個のブラシを備える4極重巻モータにおいて、ブラシ整流作用の悪化等の問題点を解決するために均圧線を設ける甲2従来技術が技術常識であることからすると、同じく同電位に接続された2個のブラシを複数組備える4極重巻モータであり、ブラシの整流作用を良好に保つという課題が内在する甲1発明においても、甲2従来技術と同様の均圧線を設けることは、当業者が容易に想到し得ることといえる。

(c)以上によると、甲1発明において相違点2に係る「それぞれ互いに同電位となるべき整流子片同士を電気的に接続する接続線を有する」という本件発明1の構成とすることは、甲1発明に甲2に記載された事項(甲2従来技術)を適用することにより当業者が容易に想到し得たことと認められる。

(d)また、甲2には、4極重巻モータにおいて、同電位となるべき整流子片を均圧線で接続することにより、同電位に接続されている2個のブラシを1個に削減し、ブラシ数の多さから生じるロストルク、ブラシ音及びトルクリップルが大きくなるという問題を解決する技術が開示されているところ、ここでの課題であるロストルク及びトルクリップルの低減を図るとは、要するに、回転の効率化及び安定化を図るということであり、電力を回転力に変換するモータであれば、内在する課題ということができる。

(e)被告は、本件発明の技術思想は、三つのブラシのみで速度切替が可能な4極ブラシモータを実現するとともに、高速ブラシを当時の当業者が容易に想到し得ない位置に配置するというものであり、4極4ブラシを出発点として、4極6ブラシとし、その上で適当なブラシを削減するといった思考過程で生まれたものではなく、仮に原告が主張する技術事項が甲2に開示されていたとしても、甲1発明におけるブラシを接続線によって削減することが容易であったとは認められない旨主張する。

 しかし、本件発明が生まれた思考過程いかんにより前記判断が左右されることはない。

A裁判所は取消理由5(相違点4の判断の誤り)について次の様に判断しました。

(a)甲1発明に、甲2に記載された同電位となるべき整流子片を均圧線で接続することにより、同電位に接続されている2個のブラシを1個に削減する技術を適用することは、当業者が容易に想到し得ることであるところ、その適用に当たって、それぞれ2個の低速ブラシ、共通接地ブラシ及び高速ブラシからなる甲1発明において、3種のブラシそれぞれについて、2個のブラシのうちのいずれかを削減した上で、残された3個のブラシの配置を定めることになる。

(b)そして、その際、最適なブラシ配置を選択することは、当業者が当然に行うべき設計的事項であり、特に、これらのブラシが回転する整流子を押圧してこれに接触するものであることからすると、3個のブラシから整流子に働く押圧力をできるだけ均衡させるような配置とすることは、当然に考慮されるべきことといえる。

(c)甲1の図7に示された甲1発明のブラシ配置を前提に、残されるべき3個のブラシの選択とその配置を考えた場合、想定し得る組合せは限られており(8通り(2の3乗)しかなく、更に180度対称の配置を同一と見れば、4通りしかない。)、その中で、原告が主張する下図の通りの配置とするのが、3個のブラシの各間隔が最も均等に近く、整流子に働く押圧力もおおむね均衡することが容易に理解できるのであって、押圧力の見地からは、これが3個のブラシの最適な配置であることは、明らかであるといえる。

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(d)そうすると、甲1発明に甲2に記載された前記事項を適用して6個のブラシを3個に減らすに当たり、残すブラシの選択とその配置を前記図のとおりとすること、すなわち、高速ブラシを低速ブラシと共通接地ブラシとの間に形成される空間のうち広角側の空間に低速ブラシ及び共通接地ブラシと対向するように配置し、3個のブラシを整流子を三方から押圧する位置に配置することは、当業者が適宜行うべき設計的事項の範囲内のことである。

(e)このような判断手法がいわゆる「容易の容易」であり、原則として認められない判断手法であるということはできない(→“容易の容易”とは)。


 [コメント]
(1)本判決の論理展開における特長は、引用文献の構成を設計変更することが容易か否かを判断するに当たり、当該構成をある前提条件下で変更するためのパターンとして、“○通りの”(換言すれば比較的少数である有限の)選択肢しかなく、これら選択肢のうちで他のものより有利な一つを選ぶことは当業者にとって容易であるという論法(本稿において選択肢論と言う)を採用していることです。

(a)この選択肢論は、進歩性を主張する側にとって非常に厄介な主張です。

 何故ならば、特許出願の技術常識から見て、引用発明から或る構成(本件発明の構成要件として採用されている要件)とすることに動機付けは存在しないと主張して、当該要件に関する容易想到性を否定したつもりであっても、前述の選択肢論により、結論をひっくり返されてしまう可能性があるからです。

(b)こうした論法が採用された先例として、平成14年(行ケ)460号(エアーマッサージ機事件)があります。

 この判決では、利用者の脚を収納する凹部の左右両面及び後面にマッサージ用の空気袋を設けたエアーマッサージ機において、これら空気袋に“順次”空気を提供する順序としては、少なくとも左右両側の袋に同時に空気を入れるという前提条件の下で

(イ)左右両側の袋→後側の袋の順で空気を入れる、

(ロ)後側の袋→左右側の袋の順で空気を入れる、

(ハ)全部の袋に同時に空気を入れる

 の3通りしかなく、この際に予想される不都合(後側の袋の押圧により脚が凹部から押し出され、左右の袋の押圧が効かなくなる)を避けるために(ア)を選択することは容易であるというものです。

(c)こうした論法に対して反論を試みるときには、次のことに注意するべきです。

・選択肢の設定が恣意的なものでないか(設定の前提条件が当業者ならば当然に想定されるものかどうか)

・予想される不都合が特許出願時の技術水準から見て引用発明に内在する課題といえるかどうか(選択肢のうちの一つを選ぶことに容易想到性があるか否か)

(d)妄りに選択肢論を許すと、進歩性を否定する論理付けにいわゆる後知恵(ハインドサイト・事後的な分析)が紛れ込む可能性があるからです。

 先例の場合に、後側の袋に先行させて左右両側の袋を押圧することが当業者にとって引用発明に内在する課題といえるのかどうかは疑問であると考えます。

(e)本判決の場合には、選択肢を設定する前提条件や複数の選択肢のうちの一つの選び方には問題がないと考えます。

(イ)前者に関しては、4極6ブラシのうちの3個を省略しようとするときに、選択肢を設定する条件として、同種のブラシの一つを省略するという条件、及び4極の永久磁石は同一の形状(4半円形状)である必要があります。

 順列組み合わせの理論によるとa個のものからb個のものを選ぶときの組み合わせは、a!/(a−b)!なので、単に6個のブラシから3個のブラシを省略するときの組み合わせは、=6×5×4=120通りです。

 そこに同種のブラシの一方を省略するという手順を3度繰り返すという条件をつけると、組み合わせの数は(の=2=8通りに減少します。

 そしてそして4つの永久磁石が同一形状であるために、それら組み合わせの半数は残りの半数とそれぞれ等価となりますので、結局、実質的な組み合わせの数は4通りです。

(ロ)後者に関しては、甲16により、3個のブラシを整流子に押し付けるときに、押圧力が均衡するように配置するという技術が開示されていますので、これを適用すると、共通ブラシと低速ブラシとの間の鈍角側の空間に高速ブラシを配置するという配列が有利であるということになります。


(2)この判決の別の着目点は、いわゆる“容易の容易”の場面であっても、形式論だけでそうした論理付けを排除するべきではないということです。

(a)“容易の容易”とは、創作の第1段階として、主引例に副引例を適用して一定の構成を得た後に、創作の第2段階として、当該一定の構成のうち最初の創作に関連する何らかの変更(要件の追加・置換・上位概念の下位概念化)を行うことです。

(b)本件の場合、甲1号の図7に示す4極6極のモーターに甲2号に開示された“均圧線を適用してブラシの数を半減させる”技術を適用して、4極3ブラシのモータの着想を得ても、現実に使用されるモーターの技術として成立させるためには、具体的に図7に示す6つのブラシのうちのどの3個を省略する必要があります。

(c)単独で容易な設計変更の延長線上で更に単独で容易な他の変更を加えることは、創作全体として容易とは言えないことがあります(“容易の容易”は必ずしも容易ではない)。

 例えば特許出願の審査において、“容易の容易”は容易であるという趣旨の拒絶理由が通知された場合には、経験的に、設計変更の繰り返しにより進歩性の論理付けに歪み(動機付けの破綻や阻害要因の看過など)が生じている可能性があるので、そうした観点から反論できないかどうかを検討する必要があります。

(d)本件の場合には、第2の変更点(低速ブラシと共通ブラシとの間の鈍角側の空間に高速ブラシを配置した)ことの技術的意義が明細書に記載されていないため、特許発明の利点が裁判官に十分伝わっておらず、原告側の主張が採用され易い展開になっています。

 [特記事項]
 
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