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●平成27年(行ケ)第10130号(拒絶審決取消請求・棄却)


発明該当性/特許出願/省エネ行動シート

 [事件の概要]

(1) 原告は、平成24年12月21日、発明の名称を「省エネ行動シート」とする発明(請求項の数5)について特許出願した(出願番号:特願2012−279543号。以下「本願」という。)。本願は、平成21年12月25日に出願した特願2009−295281号を分割出願した特願2010−82481号(以下「原出願」という。)を、更に分割・変更等した特願2012−279524号の分割出願である(甲1)。

(2) 原告は、平成26年6月3日付けで拒絶査定を受け、同年9月10日、これに対する不服の審判を請求するとともに、同日付け手続補正書により特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。)(甲2、5、6)。

(3) 特許庁は、前記審判請求を不服2014−18064号事件として審理し、平成27年5月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年6月8日、原告に送達された。

(4) 原告は、平成27年7月7日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。


[特許出願に係る発明の内容]

{発明の目的}

 “従来技術においては、各省エネ行動によってどれくらいの電力量又は電力量料金を節約できるのかを一見して把握することが難しく、どの省エネ行動を優先的に行うべきかを把握することが難しかった。”という不都合を解決することです(段落0005)。

{発明の構成}

【請求項3】

 建物内の場所名と、軸方向の長さでその場所での単位時間当たりの電力消費量とを表した第三場所軸と、

 時刻を目盛に入れた時間を表す第三時間軸と、

 取るべき省エネ行動を第三場所軸と直交する第三時間軸によって特定される一定領域に示すための第三省エネ行動配置領域と、

 からなり、

 第三省エネ行動配置領域に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第三場所軸方向の軸方向の長さ、省エネ行動の継続時間を第三時間軸の軸方向の長さとする第三省エネ行動識別領域を設けることで、

 該当する第三省エネ行動識別領域に示される省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可能な電力量)を示すことを特徴とする省エネ行動シート。

※注…本件特許出願は独立項である請求項1〜請求項4を含みます。“場所軸”、“時間軸”、“省エネ行動配置領域”、“省エネ構造識別領域”の前には各請求項の項数に対応して、“第一”・“第二”・“第三”・“第四”という具合に数字が振り分けられており、各請求項の中ではそれらの数字は重要な意味を持ちません。

 各請求項は、省エネ行動識別領域の時間軸に現れる物理量(請求項3では単位時間当たりに節約できる電気量)が異なるだけで、思想的には相互に並列的な関係にあります。

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{発明の効果}

 “省エネ行動を取るべき時間と場所を一見して把握することが可能になり、かつ、各省エネ行動を取ることにより節約できる概略電力量や電力料金を把握することが可能になる。”ことです(段落0007)

[審決]

@“本願発明の構成は、「省エネ行動シート」という図表のレイアウトについて、軸(「第三場所軸」と「第三時間軸」)と、これらの軸によって特定される領域(「第三省エネ行動配置領域」と「第三省エネ行動識別領域」)のそれぞれに名称を付し、意味付けすることによって特定するものであるから、各「軸」及び各「領域」の名称及び意味、という提示される情報の内容に特徴を有するものである。 

 そして、図表の各「軸」、及び軸によって特定される「領域」に、それぞれ「第三場所軸」、「第三時間軸」、「第三省エネ行動配置領域」及び「第三省エネ行動識別領域」という名称及び意味を付して提示すること自体は、直接的には自然法則を利用するものではなく、本願発明の「省エネ行動シート」を提示された人間が、領域の大きさを認識・把握し、その大きさの意味を理解することを可能とするものである。 

 また、本願発明の「省エネ行動シート」は、人間に提示するものであり、何らかの装置に読み取らせることなどを予定しているものではない。そして、人間に提示するための手段として、紙などの媒体に記録したり、ディスプレイ画面に表示したりする態様などについて、何らかの技術的な特定をするものではないから、一般的な図表を記録・表示することを超えた技術的特徴が存するとはいえない。”

A“本件明細書の前記記載によれば、本願発明は、従来技術においては、各省エネ行動によってどれくらいの電力量又は電力量料金を節約できるのかを一見して把握することが難しく、どの省エネ行動を優先的に行うべきかを把握することが難しかったという課題(【0005】)を解決し、省エネ行動を取るべき時間と場所を一見して把握することが可能になり、かつ、各省エネ行動を取ることにより節約できる概略電力量を把握することが可能になるという効果(【0007】)を奏するものである。”

B“本願発明の上記作用効果は、一方の軸と、他方の軸の両方向への広がり(面積)を有する「領域」を見た人間が、その領域の面積の大小に応じた大きさを認識し、把握することができること、さらに「軸」や「領域」に名称や意味が付与されていれば、その「領域」の意味を理解することができる、という心理学的な法則(認知のメカニズム)を利用するものである。このような心理学的な法則により、領域の大きさを認識・把握し、その大きさの意味を理解することは、専ら人間の精神活動に基づくものであって、自然法則を利用したものとはいえない。”

C“以上のとおり、本願発明の「省エネ行動シート」の構成及びそれを提示(記録・表示)する手段は、専ら、人間の精神活動そのものを対象とする創作であり、自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえない。また、本願発明の奏する作用効果も、自然法則を利用した効果とはいえないから、本願発明に係る「省エネ行動シート」は、特許法2条1項にいう「発明」に該当しないものである。”


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[取消理由(原告=特許出願人の主張)]

@「発明」は、特許法2条1項において「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」とされることから、自然法則の利用の見出されるべき要素は、技術的思想の創作の中、すなわち、発明そのものの中であって、発明の作用、効果ではない。

 また、同法36条5項は、発明の特定を請求項の発明特定事項(構成要件)に委ねていることからすれば、自然法則の利用があるかどうかは、特許請求の範囲の請求項に記載された構成要件自体(発明特定事項)が自然法則に従う要素であるか否かによって判断すべきである。

 しかるに、本願発明はシートであり、典型的には紙である。また、領域や領域名は典型的にはインクによって構成される。すなわち、紙とインクという自然物によって線画を所定位置に配置するという工夫のみが請求項に記載されているのであって、これによって本願発明の効果が奏される。したがって、本願発明の構成要件のいずれにも精神活動等である構成要件は含まれていない。

 本件審決は、本願発明の自然法則利用の有無に関し、「本願発明の…作用効果は、…自然法則を利用したものとはいえない。」と認定し、自然法則の利用性の判断根拠を発明の作用効果に求めているが、上記のとおり、かかる認定は特許法2条1項の発明の成立性(同法29条1項柱書)の判断とは異なる観点からの見解であり、本来なすべき判断とは無関係であって、そのため、本願発明の「省エネ行動シート」が「発明」に該当しないとの違法な結論に至っている。

A本件審決は、本願発明の作用効果は、一方の軸と、他方の軸の両方向への広がり(面積)を有する「領域」を見た人間が、その領域の面積の大小に応じた大きさを認識し、把握することができること、さらに「軸」や「領域」に名称や意味が付与されていれば、その「領域」の意味を理解することができる、という心理学的な法則(認知のメカニズム)を利用するものであるとした。

 しかし、本願発明は、所与の効果を生ぜしめることにつき、認知のメカニズムを利用するものではない。思考実験として、本願発明の省エネ行動シートに記載された軸や領域を読み取るための画像読取装置及び読取結果処理装置を用意し、同読取装置に省エネ行動シートを読み取らせることとすれば、各場所における省エネ行動により抑制できる電力量を情報として取得することが可能となり、本願発明の効果を享受することができる。もし本願発明が精神活動に基づくものであれば、それが介在しない上記の実験で情報が読み取られるはずがない。そして、機械的処理をするか、人による目視をするかは、発明外のことであって、発明自体は同一である。したがって、人が利用するときには自然法則を利用しないが、機械が利用するときには自然法則を利用するなどと、その利用に応じて同一の省エネ行動シートが変化するということはなく、これを区別する特段の事情は、本願明細書や図面、特許請求の範囲には何ら記載されていない。(中略)

B本件審決が、本願発明の構成について、各「軸」及び各「領域」の名称及び意味、という提示される情報の内容に特徴を有するとしたのは、「第」「三」「場」「所」「軸」という五文字からなる単語自体の呼び方及び意味を、情報の内容とし、特徴を有する、との意図であると解される。しかし、上記情報の内容にどのような特徴があるのかが全く不明である。

 本願発明の省エネ行動シートは、実際にとるべき省エネ活動を書き込むことによって初めて情報の内容が提示される。

 例えば、本願明細書の図5で示される省エネ行動シートの実施例についていえば、日本語で表現される「フロント(1F)は午前8時から10時になるまで空調装置をOFFにする」という情報の内容を、所定の軸で囲まれた領域に面で表現するという情報提示技術を提供しており、この提示技術こそが本願発明の特徴である。

 したがって、本件審決の上記判断は誤りである。

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[被告の主張]

 原告の主張が、本願発明の自然法則の利用性は本願発明の構成要件のみに基づいて判断されるべきとの趣旨であるならば、誤りである。すなわち、本願発明が自然法則を利用しているか否かは、ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が、専ら、人間の精神的活動を介在させた原理や法則、社会科学上の原理や法則、人為的な取決めや、数学上の公式等を利用したものであり、自然法則を利用した部分が全く含まれない場合であるか否かにより判断する。そして、発明該当性の判断は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法2条1項)に該当するか否かによりされるところ、発明は「技術的思想」であるから、技術上の意義を有するものであることが予定されている。そうすると、本願発明が自然法則を利用しているか否かの判断の際には、その前提として、本願発明の技術上の意義を把握する必要がある。そして、明細書の「発明の詳細な説明」の記載に関して、同法36条4項1号が、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」(同法施行規則第24条の2)により「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」と定めていることからすれば、本願発明の技術上の意義の把握は、構成要件のみならず、その解決しようとする課題及び解決手段に基づいてされることになる。したがって、自然法則の利用性の判断に当たっては、本願発明の構成要件の記載が基本になるものの、そのほかに、その課題及び解決手段をも考慮すべきである。

 また、本願発明の構成要件のいずれにも精神活動等である構成要件を含んでいない旨の主張は、自然法則の利用性を本願発明の構成要件のみに基づいて判断すべきとの誤った主張を前提とするものである上、本願明細書によれば、原告主張に係る工夫は、一般的な図表を記録・表示することを超えた技術的特徴ではない。

 さらに、本件審決が自然法則の利用の有無を「発明の作用効果」中に求めているのは、発明の成立性とは無関係な判断である旨の主張は、自然法則の利用性を本願発明の構成要件のみに基づいて判断すべきとの誤った主張を前提とするものである。

 したがって、原告の主張は失当である。



 [裁判所の判断]
@裁判所は、発明該当性の意義に関して次のように説諭しました。

 特許制度は、新しい技術である発明を公開した者に対し、その代償として一定の期間、一定の条件の下に特許権という独占的な権利を付与し、他方、第三者に対してはこの公開された発明を利用する機会を与えるものであり、特許法は、このような発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする(特許法1条)。また、特許の対象となる「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」であり(同法2条1項)、一定の技術的課題の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。

 そうすると、請求項に記載された特許を受けようとする発明が、同法2条1項に規定する「発明」といえるか否かは、前提とする技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体として考察した結果、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するといえるか否かによって判断すべきものである。

 そして、「発明」は、上記のとおり、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるところ、単なる人の精神活動、意思決定、抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体は、自然法則とはいえず、また、自然法則を利用するものでもないから、直ちには「自然法則を利用した」ものということはできない。

 したがって、請求項に記載された特許を受けようとする発明が、そこに何らかの技術的思想が提示されているとしても、上記のとおり、その技術的意義に照らし、全体として考察した結果、その課題解決に当たって、専ら、人の精神活動、意思決定、抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体に向けられ、自然法則を利用したものといえない場合には、特許法2条1項所定の「発明」に該当するとはいえない。

 以上の観点から、本願発明の発明該当性について、以下、検討する。


A裁判所は、上記の判断基準を本事案に次のようにあてはめました。

(a)本願発明の技術的意義は、「省エネ行動シート」という媒体に表示された、文字として認識される「第三省エネ行動識別領域に示される省エネ行動」と、面積として認識される「省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量」を利用者である人に提示することによって、当該人が、取るべき省エネ行動と節約できる概略電力量等を把握するという、専ら人の精神活動そのものに向けられたものであるということができる。

(b)なお、本願発明においては、上記のとおり、媒体として「省エネ行動シート」を構成として含むものであるが、本願明細書の【0065】には、「以上の省エネ行動シート作成装置により出力された省エネ行動シートのデータは、プリンタ装置に対してデータ出力して印刷された状態で取り出すことも可能であるし、ディスプレイ装置に対してデータ出力して画面上に表示させることも可能である。また、記録媒体に記録したり、通信装置を利用してネットワーク上の他の装置にデータ送信したりすることも可能である。」と記載されているように、「省エネ行動シート」という媒体自体の種類や構成を特定又は限定していないから、本願発明の技術的意義は、「省エネ行動シート」という「媒体」自体に向けられたものとはいえない。

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B裁判所は、原告(特許出願人)の主張について次のように述べました

(a)原告は、自然法則の利用があるかどうかは、発明の作用、効果ではなく、特許請求の範囲の請求項に記載された構成要件自体(発明特定事項)が自然法則に従う要素であるか否かによって判断すべきであり、本願発明においては、シートは典型的には紙であり、領域や領域名は典型的にはインクによって構成されており、請求項には、紙とインクという自然物によって線画を所定位置に配置するという工夫のみが記載され、本願発明の構成要件のいずれにも精神活動等である構成要件は含まれていないから、本願発明が自然法則を利用した技術的思想の創作に該当しないということはできない旨主張する。

 しかし、前記のとおり、特許を受けようとする発明が、自然法則を利用した技術的思想の創作に該当するか否かの判断は、前提とする技術的課題、課題を解決するための技術的手段の構成及び技術的手段の構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体として考察した結果、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するといえるか否かによって判断すべきものである。

 そして、明細書の「発明の詳細な説明」の記載に関して、特許法36条4項1号が、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」(特許法施行規則第24条の2)により「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」と定めていることからすれば、特許を受けようとする発明の技術上の意義の把握は、同法36条5項が定める特許請求の範囲の請求項に記載された発明の発明特定事項(構成要件)だけではなく、明細書の発明の詳細な説明をも参酌すべきである。

 また、特許請求の範囲の【請求項3】には、本願発明が、紙やインクによって構成されることは特定されていないから、原告の上記主張は、特許請求の範囲の記載に基づくものということはできない。

 また、本願明細書を参酌しても、「省エネ行動シート」は、プリンタ装置で印刷される態様だけではなく、少なくとも、ディスプレイ装置の画面上に表示される態様も記載されているように、本願発明は、「省エネ行動シート」という媒体自体の種類や構成を特定又は限定していないから、本願発明の技術的意義が、「省エネ行動シート」という媒体自体に向けられたものではなく、専ら人の精神活動そのものに向けられたものであることは、前記のとおりである。

 したがって、原告の上記主張は、採用することができない

(b)原告は、思考実験として、本願発明の省エネ行動シートに記載された軸や領域を読み取るための画像読取装置及び読取結果処理装置を用意し、同読取装置に省エネ行動シートを読み取らせることとすれば、各場所における省エネ行動により抑制できる電力量を情報として取得することが可能となり、本願発明の効果を享受することができるから、本願発明は、所与の効果を生ぜしめることにつき、認知のメカニズムを利用するものではない旨主張する。

 しかし、本願発明である特許請求の範囲の【請求項3】には、省エネ行動シートを画像読取装置等の装置により読み取らせることは特定されていない。

 そして、本願明細書の【0001】、【0002】、【0005】、【0007】、【0068】など、発明の詳細な説明を参酌しても、本願発明においては、取るべき省エネ行動をリストアップして箇条書にした表を利用していた者が、本願発明の省エネ行動シートを見ることにより、省エネ行動を取るべき時間及び場所並びに節約できる概略電力量等を一見して把握することが可能になることは理解できるものの、利用者である人ではなく、画像読取装置等の装置が、本願発明の省エネ行動シートを読み取ることは記載されていない。

 そうすると、画像読取装置等の装置が、本願発明の省エネ行動シートを読み取ることを前提とする原告の主張は、特許請求の範囲の記載にも、本願明細書の発明の詳細な説明にも、いずれにも基づかない主張というほかない。

(c)原告は、本件審決が、本願発明の構成について、各「軸」及び各「領域」の名称及び意味、という提示される情報の内容に特徴を有すると判断したのは、「第」「三」「場」「所」「軸」という五文字からなる単語自体の呼び方及び意味を、情報の内容とし、特徴を有する、とする意図と解されるが、そもそも本願発明の省エネ行動シートは、例えば、日本語で表現される「フロント(1F)は午前8時から10時になるまで空調装置をOFFにする」という情報の内容を、所定の軸で囲まれた領域に面で表現するという情報提示技術を提供しており、この提示技術こそが本願発明の特徴であるから、本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。

 しかし、本件審決は、「第三場所軸」及び「第三時間軸」という名称の軸のそれぞれの軸方向の長さによって構成される「第三省エネ行動識別領域」という名称の領域に省エネ行動が示されるとともに、その領域の意味が、概略電力量を示すことを「情報の内容」と説示していると理解することができるのであって、原告の主張するように、「第」「三」「場」「所」「軸」という五文字からなる単語自体の呼び方及び意味を情報の内容とする意図であるとは認められない。

 また、仮に、原告主張に係る情報提示技術が本願発明の特徴であるとしても、それだけでは、本願発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものではない。そして、本願発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」と認められないことは、前記のとおりである。

 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。


C裁判所は、以上の理由により、原告(特許出願人)の主張を退けました。



 [コメント]
@本件特許出願に係る発明の目的は、“従来技術においては、各省エネ行動によってどれくらいの電力量又は電力量料金を節約できるのかを一見して把握することが難しく、どの省エネ行動を優先的に行うべきかを把握することが難しかった。”という問題点を解決することです。

Aそして特許出願人の発明の構成は、要するに、図表の一方向(図示例では縦方向)に場所軸を、他方向(図示例では横方向)に時間軸を取り、所定の時間帯及び所定の場所に対応する図表上の空間(省エネ行動配置領域)内に、所定の省エネ行動を所定時間と取ったときの省エネ効果(省略できた電力量又は電気料金)を矩形の図形の面積で表す省エネ行動識別領域で表すものです。

B特定の省エネ行動により達成できる省エネ効果を表すためには、数字で十分であるのにも関わらずに、それを敢えて図表中の“省エネ行動配置領域”という矩形の図形の面積で表したのは、数字よりも図形の面積の方が省略できる電力量の概略を把握し易いという、人間の認知能力の性質に着目したものである、といえます。

Cそして、省エネ効果を図表中の矩形の面積として表すことにより、省エネ効果を人間の心理に訴えかけ、省エネ行動を取りたいという欲求を惹起させるという利点がある、と推察します。

 これは、発明の本質として、人間の精神が物事を認知する仕組みに訴えかけるものであるということができます。

 判決は、特許出願人の発明を“専ら人の精神活動そのものに向けられたもの”であると評価していますが、これは前述の発明の本質に着目したものと理解されます。

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D他方、特許出願人は、省エネ効果を表す図形(省エネ行動認識領域)の大きさを規定する2方向のうちの場所軸に単位時間当たりの省エネ効果を、時間軸に省エネ行動がとられた時間を割りあてるという工夫をしています。

(a)この点に関しては、特許出願人(原告)は裁判でもっと強調しても良かったのではないかと思料します。

 発明の特定事項として、人間の精神活動に働きかけるような人為的な取り決めを含んでいても、技術的な特徴があれば特許に至った事例があるからです(平成29年(行ケ)第10232号・ステーキの提供システム事件)。

(b)本事例では、特許出願人は、省エネ行動シートは典型的に“紙”と“インク”とからなるから自然法則を利用していると主張しました。しかしながら、この主張は効果的ではありません。判決は、省エネ行動シートが紙とインクとで構成されていることは特許請求の範囲に記載されていないとして、特許出願人の主張を退けましたが、仮に当該省エネ行動シートが紙とインクとからなると特許請求の範囲に記載されていたとしても、結果は同じであったであろうと推察されます。

 発明該当性は、当該発明が解決しようとする目的及び達成された効果との関係を主眼として判断されるべきであり、それら目的・効果と離れた部分で自然法則が利用されていても殆ど意味がないからです。

 これに関しては、先例があります。昭和31年(行ナ)第12号(電柱広告事件・拒絶査定不服抗告取消審決取消事件)では、複数の電柱グループに対して、拘止具を介して広告板をそれぞれ掲示し、これら広告板を順次移動することにより、広告効果を高めるという発明が工業的発明に該当するかどうか(主として発明に該当するか否か)が争われました。

 原告(特許出願人)は拘止具を用いて電柱を掲示しているので、自然法則を利用していると主張しましたが、裁判所はこの主張を退けました。前述の広告効果を高めるという発明の利点は広告板を順次移動するという点により発揮されるのであり、この発明の核心から外れた主張だったからです。

 本件特許出願人が主張するインク及び紙の議論も発明に核心からはずれています。

(c)なお、本件特許出願に対する審決(拒絶審決)は、“本願発明の上記作用効果は、一方の軸と、他方の軸の両方向への広がり(面積)を有する「領域」を見た人間が、その領域の面積の大小に応じた大きさを認識し、把握することができること、さらに「軸」や「領域」に名称や意味が付与されていれば、その「領域」の意味を理解することができる、という心理学的な法則(認知のメカニズム)を利用するものである。”と述べています。

 しかしながら、それでは、特許出願人が請求の範囲に“軸”や“領域”という用語を使わずに発明を特定したら、特許になったのかという疑問が生じます。

 肝心なのは、或る時間帯に或る省エネ行動を取ることにより節約できる電気量を、当該省エネ行動による単位時間当たりの省エネ効果及び当該省エネ行動がとられた時間の積として、これら両要素を図表の2軸に割り当てて表現した矩形の図形の面積として表記することが特許法上の発明に該当するかどうかです。

(d)一般に、図表の技術として、ある物理量を縦軸に、他の物理量を横軸に取り、2つの物理量の積として得られる面積を、図表上の矩形の図形の面積として表現することは普通に行われています。

 そうしたことが本件訴訟では特許出願人の不利に働いたと思料されます。



 [特記事項]
 
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