[事件の概要] |
(a)本件訴訟は、州籍を相違する者同士の訴訟(diversity action)であり、本件において、Terronics Development
Corporation (TDC)は、Material Sciences Corporation(MSC)を契約違反(breach of
contract)で訴え、損害の賠償及びTDCがMSCに譲渡した特許の返還を求めました。 →diversity actionとは (b)地方裁判所は、MSCに、訴え全体に対する略式判決の動議を許可しました。 (c)控訴裁判所は、TDCの損害についての請求の却下の決定を肯定し、かつ、当該特許の譲り戻し(reassignment)の請求を却下した決定を覆しました。 [事件の経緯] (a)事件の背景 MSCは、北米で最も大きなリキッド・コーティング会社の一つであり、車両・建築用品・工業資材・民生品に使用される原材料を前処理する業務である。 MSC は、1990年代より、小さな開発及び技術設計会社であるTDCと業務提携を行った。パウダーベースの塗料に使用される金属材料のコーティング方法を開発するためである。 “パウダー・クラウド”と称するTDCの方法は、金属シートを塗装する際に金属層及び粉状の塗料とにそれぞれ異なる電荷を付与するものであり、 ・有害な廃棄物を低減できる、 ・様々な形状の製品に適用できる、 ・金属の両面を同時にコーティングできるなどの利点がある。 (b)契約に至るまで 1994年に、TDCは、MSCに対して、ライセンス料(年間固定額+売上に応じた変動額)を見返りとして、当該パウダークラウド技術の使用及びサブライセンスを可能とする排他的ライセンスを許諾した。 1996年に、両当事者は、このライセンス契約を更新した。 1998年に、TDCはMSCに対して一定期間に限り当該技術を譲渡(assign)した。 本事例では、三番目の合意である技術譲渡の合意(以下、「本合意」という)が争点となった。 この合意は、決して正式に整えられた(formally executed)ものではないが、MSCは、このアピールの目的として、本合意は実行可能(enforceable)であると主張している。 (c)契約(本合意)の内容 本合意の概要を示すためには、当該合意の4つの条項を説明すれば良い。 (1)TDCは、パウダークラウド技術に関する5つの特許と6つの特許出願の名義をMSCに対して譲渡する。 (2)MSCは、TDCからの供給が可能である限り、パウダークラウド技術に関する備品をTDCから購入することを要求される。 (3)MSCは、本合意が有効である期間に限り、最小限の固定量のコンサルティングサービス及び備品をTDCから購入する。 (4)本合意は、2002年に終了するが、MSCの裁量(discretion)により更新することができ、互いの売り上げ目標が合致する限り、自動的に更新される。 (d)本契約締結後の他の合意事項 1996年に, MSCは、SMS Demag Aktiengesellschaft (SMS)に対して、北米以外の市場におけるパウダークラウド技術に関するサブライセンスを付与した。 しかしながら、こうした初期の商業的成功の後に、パウダークラウド技術の商業化は当事者が期待したほどには成果を上げることができず(中略)、TDCは、MSCが必要とする備品及びサービスを供給することにより、重大なコスト超過(cost overrun)を被った。 1996年及び1997年に、TDCは、前述のコスト超過に対処する(meet)ために、将来の利益の見込みに担保して(borrowing against)借用することを選択し、2通の、MSCを名宛人とする約束手形(promissory notes in favor of …)を振り出した。 2通目の手形は、1通目の手形に取って代わる(supersede)ものであり、金額は258, 484ドルであり、年利7パーセントである。 2番目の手形を判決文ではノート(The Note)と称している。このノートの条項によれば、MSCは、自身の裁量により、本合意によりTDCに支払うべき(due to TDC)料金を、前記ノートでの未払い残高に当てるために記帳することができる。 (e)両者の協力関係が破綻する経緯 1998年には、MSCはパウダー・クラウド技術に対する自社の関わり方への再考(second thoughts)を始めた。 社内記録によれば、MSCは、生産能力の余剰(overcapacity)及び予想を下回る売り上げの結果として、パウダー・グラウド技術の事業主体であった技術グループを、自社の液体コーティング部門へ統合することを決定した。 これに加えて、MSCは、独立した(standalone)パウダー・コーティング設備の建設の計画を延期するとともに、パウダー・コーティングラインを、自らの既存の液体コーティング施設に追加することを選択した。当事者はこの施設を“ライン15”と称している。 2002年に、TDC及びMSCのパートナーシップは不幸な終わりを遂げた。 2001年の末に、TDCの代表取り締まり役は、MSCに対して、Noteに基づく10万ドルのTDCの負債を帳消しにするという口約束を文書化することを主張する書面を送った。 その書面には、MSCの同意について言及されていた。 その同意とは、MSCが前記ライン15のための備品をTDCから購入しないことを選択した後には、TDCへの補償として、その負債を免除(forgive)するというものである。 この書面に対して、MSCは回答しなかった。 2002年4月、MSCは、TDCに対して、書面により、前者が後者に対して支払い義務を有する技術譲渡料(S250,000)を前記ノートの収支台帳に記帳すること、及び、この時点での後者の負債がS350,000になっていることを通知した。 2002年5月、TDCは、今後、MSCの活動に対するサポートを一切行わない旨の書面を送った。 (e)訴訟の提起 まずパウダー・グラウド技術の最初のサブライセンサーであるSMSがMSCに対する訴訟を地方裁判所に提起した。 TDCは、この訴訟に参加(intervene)するとともに、契約違反(breach of contract)のクレームとして、自らが被った$2,153,400の損害の支払いを請求するとともに、前述の特許の譲り戻しを求めた。 →Intervention(参加)とは MSCは、前記ノートでの未払い残高に基づくS103,843.52の支払いなどを求めるカウンタークレームを行った。 |
[裁判所の判断] |
[地方裁判所の判断] 地方裁判所は、MSCの略式判決の申出の全てを許可した。 すなわち、TDCの損害及び衡平法上の請求を却下するとともに、MSCのカウンタークレームを許可した。このアピールにおいて、TDCは、そのクレームの却下の是非のみを争った。 [控訴裁判所の判断] @控訴裁判所は、地方裁判所の略式判決に対して次のように判断しました。 地方裁判所は、MSC に対するTDCの損害に関する略式判決を正しく行ったが、それらの特許の譲り戻しを求めるTDCの請求を却下したのは誤りである。 本合意のセクション10.2によれば、“仮に本合意が終了し或いは満了したときには、MSCは直ちに設備の製造及び販売を停止し、返還可能な全ての技術をTDCに返還するべきである。”と記載されており、 またセクション1.12には、“前述の技術とは、特許を含むが、これに限らず、…特許出願をも含む”と記載されている。 このように技術の内容が具体的に例示されているのである。これらを合わせて読むと、これらの条項は、MSCに対して、本合意によって譲られた特許を、本合意が停止された時点で譲り戻すことを要求しているものと言える。 AMSCは、本合意は、[この事件の状況の下で]特許及び特許出願を譲り戻しすることを要求してはいないと主張した。 何故なら、本合意の別のセクション、すなわち、セクション10.6(b)では、“本合意がMSCによって終了された場合には”特許等を譲り戻す旨が規定されているからである。 この条項は、本合意に違反(breach)した当事者がMSCである場合に限りMSCは特許及び特許出願を譲り戻すとは述べていない。 しかしながら、MSCは、 ・こうした特別の条項が本合意に挿入されたこと、及び ・“技術”の譲り戻しに関する一般的な条項 が、契約違反をした当事者がMSCである場合に限って、TDCの利益を保護することが、契約時の両当事者の意図であったと主張している。 仮にこれが両当事者の意図であったとしても、それは両当事者が[書面で]述べたこととは異なる。 Bイリノイ州のフォー・コーナーズ・ルールの下では、仮に文書が不明瞭(unambiguous)でなければ当事者の義務の範囲は、外的証拠を参照することなく、契約の文言の範囲内で決定しなければならない。 Air Safety, Inc. v. Teachers Realty Corp., 185 Ill. 2d 457, 236 Ill. Dec. 8, 706 N.E.2d 882, 884 →外的証拠とは(契約の) 本合意は、その条項として、本合意が終了したときに、MSCがTDCの特許を譲り戻すことを要求している。これらの条項は、不明瞭ではないから、我々は、本合意を、その文言通りに(as written)、執行させなければならない。 |
[コメント] |
@本判決は、特許技術に関する備品の提供などを条件として、特許及び特許出願を譲渡された者(MSC)が、当該合意の終了後に、相手方(TDC)に対して、当該特許及び特許出願を譲り戻す(reassignment)という契約をしたケースであって、その譲り戻しの条件を巡って当事者間で争いが生じた事例です。 AMSCは、TDCから合意を終了させた今回の状況では、この譲り戻しの条項は適用されない旨を主張としました。 その理由は、譲り戻しの条項の意図は、MSCから合意を終了させた場合にTDCの利益を保護するためであるといいます。 しかしながら、契約書には、 ・“仮に本合意が終了し或いは満了したときには、MSCは直ちに設備の製造及び販売を停止し、返還可能な全ての技術をTDCに返還するべきである。”と記載されています。 別の条項では、 ・本合意がMSCによって終了された場合には”特許等を譲り戻す旨 が規定されています。 しかしながら、2番目の記載は実質的に1番目の記載の繰り返しに過ぎませんから、“本合意に違反した当事者がMSCである場合に限りMSCは特許及び特許出願を譲り戻すとは述べていない”という裁判所の判断は正しいと考えます。 米国の判例上では、plain-meaning ruleによれば、“文書が不明瞭(unambiguous)でなければ当事者の義務の範囲は、外的証拠を参照することなく、契約の文言の範囲内で決定しなければない”という解釈上の原則があります。 →plain-meaning ruleとは(契約法の) この原則は、米国の一部の州では、フォーコーナーズ・ルールとも呼ばれます。 plain-meaning ruleは、制定法の解釈でも用いられる考え方です(原文主義)。 こうした解釈方法をとる理由は、そうしないと一つのテキストから幾らでも異なる解釈が生ずる可能性があるからです。 B従って、MSC は、相手方が合意を終了した場合には特許及び特許出願を譲る戻ししないとしたいという契約内容にしたかったのであれば、問題の次の条項の“終了し或いは満了”の部分に“TDCによって”というような条件を付け加えておくべきでした。 “仮に本合意が終了し或いは満了したときには、MSCは直ちに設備の製造及び販売を停止し、返還可能な全ての技術をTDCに返還するべきである。” |
[特記事項] |
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