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●平成19年(行ケ)第10369号(特許出願拒絶審決取消請求・請求認容)


発明該当性/特許出願/双方向歯科治療ネットワーク

 [事件の概要]
 米国法人である原告が、「双方向歯科治療ネットワーク」とする名称の発明につき特許出願したところ、拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、特許庁から請求不成立の審決を受けたことから、その取消しを求めた事案です。

 争点は、@特許請求の範囲の補正の許否、A本願発明が、特許法29条1項柱書にいう「発明」に該当するかどうか、です。


[特許出願に係る発明の内容]

{発明の構成}

 補正後の特許出願の請求の範囲に記載された発明は次の通りです。

【請求項1】 歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと;

 前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;

 前記通信ネットワークを介してデータベースに蓄積された情報にアクセスし、この情報を人間が読める形式で表示するための前記ネットワークに操作可能に接続された1台または複数台のコンピュータであって、歯科診療室に設置された少なくとも1台のコンピュータと更に歯科技工室に設置された少なくとも1台の追加のコンピュータと;

 患者の歯の治療必要情報に対応させ、前記歯科修復の歯科補綴材を生成するためのデザイン基準および患者の歯科修復必要情報に対応する電子画像を含む初期治療方法情報であって、この初期治療方法情報は歯科診療室コンピュータまたはコメントを要求するため少なくとも前記初期治療方法情報の電子画像のある歯科技工室コンピュータにおいて生成され、歯科診療室と歯科技工室におけるそれぞれのコンピュータは同時に電子画像に通信ネットワークを介してアクセス可能な初期治療方法情報と;さらに

 前記初期治療方法情報の電子画像の修正、増強あるいは確認に基づき、且つ修正された、増強された、あるいは確認された電子画像を含み、電子画像を歯科診療室コンピュータへ通信ネットワークを介して伝送可能な最終治療方法情報と;

 から構成されるコンピュータに基づいた歯科治療システム。

 【請求項2】 歯科診療室と歯科技工室におけるそれぞれのコンピュータはその表示モニタ上で、最終治療方法情報の電子画像に同時にアクセス可能であり、更に通信ネットワークはインターネットを含むことを特徴とする請求項1記載の歯科治療システム。

 【請求項3】 前記画像は患者の歯の色に関するデジタル情報を含み、前記初期治療方法情報は歯を治療するために少なくとも1つの整合する材料の色相を決定することを含み、歯科技工室において、歯科診療室による修復材料の色相の決定を確認あるいは代わりの色相を提示することを特徴とする請求項1記載の歯科治療システム。

 【請求項4】 前記データベースは歯科診療室のコンピュータにおいて、複数の歯の色相を示す電子的に蓄積された色情報と;および

 その蓄積された歯の色相の色情報を前記画像の色情報と比較して、患者の歯の色相に対応する1色あるいは混合した色を有する1つ以上の歯の色相を同定した後にその同定した色を歯科技工室に伝送する手段とを含む請求項3記載の歯科治療システム。

 【請求項5】 患者の歯の画像はコンピュータにより電子的に蓄積された歯の色相の色情報と自動的に比較され且つ患者の歯の画像はカラーピクセルで電子的に表示され 患者の歯の色相の色を決定することを補助する請求項4記載のシステム。

 【請求項6】 患者の歯の色相は画像の1つ以上のピクセルを選択することにより決定し、このピクセルは類似の色情報を提供する患者の歯の空間位置差に相当し、その色情報と蓄積された歯の色相の色情報とを電子的に比較することにより患者の歯のその部分の色を決定し、更に歯の色相の色が患者の歯の画像の全ての空間位置に対して決定されるまでピクセルの選択が繰り返され、ここで患者の歯の色相は画像の選択されたピクセル位置での色情報を平均化することにより決定された後に平均化された色情報を蓄積された歯の色相の色情報とを電子的に比較することを特徴とする請求項5記載のシステム。

 【請求項7】 患者の歯の画像を得るため及び色情報を電子的に蓄積する前に歯の色相の色情報を得るためにデジタルカメラを更に備えることを特徴とする請求項4記載のシステム。

 【請求項8】 デザイン基準の1つは提案された齲食剔削、歯のプレパラート、または補綴材の色を含み、且つコンピュータの少なくとも1つは相互交流型のウェブサイトを含み段階的な手順を検討することにより適切な修復手順を決定し、且つ患者の歯に対する特別な歯科要求に対する反応を得ることができ、ここで修復手順は最終治療方法情報のデザイン基準、歯のプレパラート情報、プレパラートを実施するための工具、あるいは修復に使用する工具あるいは材料を得るための情報源を満たす歯科補綴材の同定を含む請求項1記載のシステム。

 【請求項9】 歯科診療室のコンピュータは歯科治療において必要とされる患者の歯のデジタル画像を記録し、通信ネットワークによってデジタル画像をデータベースに送信してそこに蓄積し、治療方法情報及び電子画像は電子メールにより伝送される請求項1記載のシステム。

 【請求項10】 患者の歯の治療方法を実施するための1つ以上のプログラムを構成するコンピュータ可読媒体において、患者の歯の電子画像を生成し;患者の歯の要求に対応した初期治療方法情報を提供し;且つ電子画像及び初期治療方法情報を歯科技工室に伝送して歯科技工士がその画像及び治療方法情報を評価でき、これにより歯科技工士と歯科医が初期治療方法情報を検討し議論できるコンピュータ可読媒体。

 【請求項11】 1つ以上のプログラムにより歯科技工士及び歯科医が同時に電子画像にアクセスすることができる請求項10記載のコンピュータ可読媒体。

 【請求項12】 歯科修復の歯科補綴材に関する材料、手順及びプレパラートの情報を蓄積するデータベースから更に構成され、且つ使用者は前記プログラムにより歯科修復補綴材に関する特定の材料あるいは手順についてのデータベースに対して確認、照合、変更あるいは評価するために照会することができる請求項10記載のコンピュータ可読媒体。


{発明の詳細な説明}

「【0010】

 【発明の詳細】次に、本発明に係る歯科医師用の歯科治療ネットワークにつき詳細に説明する。このネットワークは、歯科医師、技工室、さらに必要に応じてキャップ、歯冠、ブリッジ、充填物等の歯科補綴材の材料、処理、および加工デザインおよび解析等の作業に関する最新の情報を含んだ技工室のデータバンクとの間をコンピュータに基づいてリンクすることによって達成される。(中略)

【0012】

 本発明において、歯科医師が治療の前に歯の1枚または複数のデジタル画像を撮影し、画像内の齲食部分を除去し、歯のデジタル画像に基づいて歯の治療に使用される材料の色相を除去の前に整合させることからなる、現場へ設置された治療システムを提供する。別の視点において、歯科医師は歯のデジタル画像をプレパラートの後に撮影し、残った歯の部分に基づいて修復に使用する材料の色相に整合させる。画像は、ファクシミリ、コンピュータリンク、また電子メールを介して技工室に伝送し、歯科医師の初期治療計画に従って分析される。

【0013】

 初期治療計画を策定し、歯周状況、齲食陥凹、歯内状態等の部分を確認した後、修復の必要性を検討する。治療計画が固定的な歯科補綴(歯冠およびブリッジ)を含む場合、臨床画像が技工室に伝送される。医師および技工士は双方向歯科治療ネットワーク(“サイト”)にアクセスする前に共同で評価を行う。この種のネットワーク全体が図16に示されており、以下に詳細に説明する。直接的な修復のみを必要とする場合、歯科医師はその部分に直接向かうことができる。(中略)

【0015】

 サイトは、使用者に対して、材料、この種の材料を使用して例えばプレパラートの設計を行う処理方法、プレパラートを実施するために適したバー、適宜な一時使用材料、所与の材料とともに使用するセメント、このセメントの使用方法に関する指示(すなわち、エッチングすべきか下塗りすべきか、どれくらいの時間ですべきか、乾燥させるべきかどうか、予め硬化するべきかどうか等の条件)、ならびにどこで材料を購入できるか等の情報へのアクセスを提供する。他方、技工室は、このようなサービスがどのように提供されるか、またはこのサービスを得るために歯科医師は誰とコンタクトを取るべきか説明することができる。これに加えて、一度治療が開始されると、歯科医師は必要に応じてデジタル画像を電気的に送信して最終的な押し型を作成する前に再検査することによってプレパラートを技工士とともに再確認することができる。治療中により正確に分析を行うために、歯科医師はプレパラートをスキャンして歯を検査して剔削量を判定するサイト部分に向かうことができる。このことは特に大きく複雑な場合に適用される。」「サイトは、歯科医師と技工士との間において歯科治療情報を伝達する多数の方式を提供する。サイトの最も典型的な特徴はその双方向性である。歯科医師が確認するための単なるデータバンクではなく、歯科医師が段階的な手段で最適な修復方法を決定することを可能にする。代替的な処置、異なった選択肢について考慮し、または以前の方針が適正に実施されていることを確認するために定期的にサイトを訪問することができる。特定の事態に遭遇する前にその事態に関する最新の情報を得るために多数の歯科医師が記事および報告書を読み、セミナーに参加しているが、それらの情報は多くの場合不要なものである。実際にセミナーで学習した事態に遭遇した際に、歯科医師は既にその情報を忘れている可能性がある。本発明の方法およびシステムは、特定の患者の必要とすることに対してリアルタイムで最新の情報を即座に再調査することを可能にする。」

「 【0020】

 一度処理が開始され初期のプレパラートが完了すると、歯科医師はサイトに戻ってプレパラートの正確性についてスキャンする。他方、プレパラートのデジタル表示をサイトまたは技工室に返送してさらに詳しく検査する。プレパラートの1つはサイトの監視エリアにアクセスすることによっても作成できる。これを分析して、アンダーカット、アンダーリダクション、縁延長部、およびハイライト領域を作成し、これは最適な結果を得るために修正を加えるべきものである。

 【0021】

サイトとの間におけるリアルタイムの通信により時間と労力を大幅に節約することができる。最初にプレパラートと提案された歯科治療方式が適正であることを確認することにより、技工室は大量に試作を行う必要は無く、またプレパラートが変化したために使えなくなったモデルを製作することがない。さらに、複数の選択肢があるために患者を再度オフィスに呼び出してプレパラートを修正する必要もない。このことは、歯科医師と技工士の双方にとって重要な利点である。技工室の作業者にこの情報を提供することにより、押し型を形成し、模型を試作し、従来の検査装置でこれを検査する必要はなく、繰り返し作業による時間、材料およびコストの浪費を省略することができる。

 【0022】

リアルタイム分析による別の利点はリダクションである。プレパラートにおける最も一般的なミスはアンダーリダクション(すなわち歯の構造の削り取りが充分でなく歯冠または補綴材を形成する材料を挿入するために充分な空間ができない)であり、これによってその部分における修復が薄すぎるものとなって将来欠陥が生じる可能性があるか、または再度プレパラート、新規の押し型を形成し(より多くの時間が無駄になる)、リダクションをコピーする必要が生じ得る。検査サイト内において、歯科医師は歯の咬合を見ながらプレパラートをより詳細にスキャンすることができ、これによってリダクションの量を10分の1mmの単位まで測定することができる。その後、歯科医師は測定値を予めサイトのプレパラートデザインのエリアから得た所定のプレパラートの仕様と比較してコンプライアンスを確認することができる。」


[審決の内容]

 審決の内容の理由の要点は、

@本件補正は、特許請求の範囲の減縮、請求項の削除、誤記の訂正及び明りようでない記載の釈明を目的とするものに当たらないから、平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第4項の規定(以下「旧17条の2第4項」という。)に違反し却下されるべきである、

A本件補正前の本願発明(以下、本件補正前の本願発明との趣旨で、「本願発明」という。)は、特許法2条1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当せず、同法29条1項柱書の規定により特許を受けることができない、

 というものです。

 前記Aに関して、具体的には次のように説諭されています。

(a)請求項1について

「歯科医師が、その精神活動の一環として、患者からの歯科治療要求を判定したり、初期治療計画を策定するものであることは社会常識であるから、請求項1の『要求される歯科修復を判定する』、『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する』の主体は、歯科医師であるといえる。そうすると、請求項1において、歯科医師が、その精神活動の一環として『判定する』こと、『策定する』ことを、それぞれ『手段』と表現したものと認められる。」「念のため、この点について、特許請求の範囲の記載以外の明細書の記載及び図面の記載を見ても、『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』に関し、何らかの定義、即ち、歯科医師が主体でない、或いは歯科医師の精神活動に基づくものでないなどの定義は記載されていない。本願明細書の発明の詳細の説明には、『一般的に、歯科医師は初期治療計画および設計要件を策定し、・・・』【0004】、『特定のケースにおいて、歯科医師は第一のステップとして患者の歯の状態の複雑な検査及び診断を行う。これは、一般的に基礎歯周検査、臨床検査、放射線検査、TMDスクリーニング等からなる。歯科医師はさらに患者の歯の状態の要求に応じた治療計画を策定する・・・』【0011】、『・・・医師及び技工士は双方向歯科治療ネットワーク(“サイト”)にアクセスする前に共同で評価を行う。・・・』【0013】、『・・・提案とはここで重要な表現であり、これは採用する治療方法の選択は最終的に歯科医師が決定するものであり、技工士またはサイトによってなされるものでないからである。・・・【0018】との記載があって、歯科医師が、主体として、患者からの歯科治療要求を判定したり、初期治療計画を策定することは開示されているが、『判定する手段』、『策定する手段』については、特別な構成が採用されるなどの記載はなされていない。」「請求項1は、当初の『双方向歯科治療方法』から『コンピュータに基づいた歯科治療システム』の発明に補正され、『判定し』、『策定し』を『判定する手段』、『策定する手段』に補正しているが、『判定する手段』、『策定する手段』に関して、上述のとおりその発明の特定事項として、歯科医師が主体の精神活動に基づく判定、策定することを、上記『手段』と表現したもので
あるから、請求項1に係る発明全体をみても、自然法則を利用した技術的創作とすることはできない。」

(b)請求項2ないし10について

「「請求項1に係る発明は、自然法則を利用した技術的創作に該当しないものであるから、これを直接、或いは間接的に引用した請求項であって、請求項1の『判定する手段』、『策定する手段』については何ら限定するものでない請求項に係る発明も、特許法第2条第1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」」

[特許出願人(原告)の主張/取消理由]

 特許出願人(原告)は、取消理由1として、補正が許可できないとした判断の誤り、取消理由2として、発明該当性がないとした判断の誤りをあげています。

 裁判所は、取消理由2のみがあるとしました。以下、取消理由2のみを説明します。

@請求項1について

 イ しかしながら、本願発明1の特徴は、歯科治療室と歯科技工室との間での初期治療計画を、ネットワークサーバ、通信ネットワーク、1つ以上のコンピュータを使用して生成し、伝送することにより最終治療計画を生成し実施することを可能にするシステムにある。本願発明についての国際公開パンフレットに基づいて再訳した甲12の【0001】に記載されるように、具体的には、歯科医師側のコンピュータと修復技工室側のコンピュータが1つ又は複数の歯及び支台歯(プレパラート)のカラー画像を分析することを可能にし、特定の治療又は美容処置において置換される歯に精密に適合するよう義歯又は義歯冠を適宜に設計することを可能にしたコンピュータベースの対話型システムに関するものである。なお、明細書に記載する「プレパラート」とは、歯科用語として正しくは「支台歯」であり、修復物を装着する歯牙の歯冠部あるいは歯根部を削除形成して必要な形態となった歯牙を指す(甲13)。

 ウ 本願発明1は、甲12の【0002】に記載されるように、近年歯科処置のために新しい材料あるいは方式を選択する際に情報が多量に存在することから、選択が困難であったことを解決するため、個々の歯科修復要求に対して、最適な材料を即座に参照し、選択することができるような補助手段に関するものである。本願発明1のシステムにより、上記【0002】に記載されるように、歯科医師及び歯科技工士が患者に対して従来要してきた時間、労力を大幅に節約することが可能となる効果を上げることができる。

 エ したがって、請求項1に記載される「判定する手段」、「策定する手段」につき、審決が「歯科医師が主体の精神活動に基づく判定、策定する」ことと定義するのは、本願発明1の目的からすると全く逆の意味となり、矛盾が生ずる。本願発明1の目的からすると、従来非常に困難であった歯科医師の精神活動に基づく適切な材料あるいは方式を選択する作業をできるだけ少なくするための発明であるため、歯科医師の精神活動的な行為そのものが主体とする手段をシステムとして含まないことは明らかである。

 オ さらに、出願当初の「判定する」及び「策定する」を、「判定する手段」及び「策定する手段」とする補正を行ったことに対し、審決が、「発明の特定事項として、歯科医師が主体の精神活動に基づく判定、策定することを、上記『手段』と表現したものである」とすることも誤解に基づく推測にすぎない。すなわち、「手段」とは「判定する」及び「策定する」ために用いられる「手段」であるため、たとえ「判定する」あるいは「策定する」行為の一部に歯科医師の行為が含まれていたとしても、歯科医師がその行為をするために用いる補助的な手段を「手段」として表現するものである。

 請求項1は、「要求される歯科修復を判定する手段」と「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」との発明特定事項、その他の発明特定事項として「歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラート(支台歯)に関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバ」、「通信ネットワーク」及び「歯科診療室に設置されたコンピュータ」とから構成される歯科修復システムの発明である。したがって、歯科修復システムの構成要素は、上記2つの手段のほかはすべて明確にコンピュータに基づくシステムであることが記載されている。

 さらに、請求項1は、構成要素すべてを含むものとして、「コンピュータに基づいた歯科治療システム」と記載する。この請求項1の記載全体から見ても明らかに、上記2つの手段は、コンピュータに基づくシステムの構成要素の一部であることが明らかである。したがって、「判定する手段」及び「策定する手段」についても、他の構成要素と同様に、コンピュータに基づく手段であり、歯科医師の精神活動に基づく行為そのものとしての手段ではないことは明りょうである。

 カ よって、本願発明1は、特許法2条1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない、とする審決の認定判断には誤りがある。

A請求項2ないし10について

 請求項1に記載される「判定する手段」、「策定する手段」を含む本願発明1は、自然法則を利用した技術的創作に該当するものであり、更に請求項1を直接あるいは間接的に引用した請求項2ないし10については、請求項1を更に限定する特徴事項が記載されており、本願発明2ないし10も、請求項1と同様に自然法則を利用した技術的創作に該当する。

 したがって、本願発明2ないし10につき、特許法2条1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当しないとする審決の認定判断には誤りがある。


[特許庁(被告)の主張]

@請求項1について

ア 原告は、「本願に係る発明は請求項の記載全体としてみれば、『自然法則を利用した技術的思想の創作』であるため、その発明は特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしている。」「請求項1に記載された『判定する手段』及び『策定する手段』は、飽くまでもコンピュータのプログラムが主体として行っており、主体は人間の精神活動になく、機械であるため、発明全体として『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する。」「発明を特定する事項を『・・・し』という方法的記載から、各『・・・手段』という記載上の変更を行っており、記載内容からも、人間の精神活動ではなく、機械が行っている処理であると認められるため、記載全体として『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する。」「一部発明特定事項並びに請求項の記載全体からも、明らかに人間の精神活動にてなし得るものではなく、機械そのものが実施していると認められるため、発明のすべての構成要件は、『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する。」旨主張する。

 イ しかしながら、「・・・し」という方法的記載に代えて、単に「手段」なる文言が附加されれば、機械的に、その主体は人ではなく機械であると解されるものではない。「A手段」の主体が人か機械かは、「A」の文言を解釈した上で、技術常識や社会常識、発明の詳細な説明にA手段についての定義があるかなどを踏まえて実質的に理解されるべきものである。「要求される歯科修復を判定する」や「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する」との記載内容では、歯科治療における業務内容が記載されているにすぎず、機械(コンピュータ)が行う処理と理解されるような技術的内容を何ら有していない。したがって、記載内容から、「人間の精神活動ではなく、機械が行っている処理である」とは到底いえない。

 その上で、審決は、「歯科医師が、その精神活動の一環として、患者からの歯科治療要求をしたり、初期治療計画を策定するものであることは社会常識である」(8頁35行〜9頁1行)ことや、「特許請求の範囲の記載以外の明細書の記載及び図面の記載を見ても、『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』に関し、何らかの定義、即ち、歯科医師が主体でない、或いは歯科医師の精神活動に基づくものでないなどの定義は記載されていない」(9頁7行〜12行)ことを踏まえて、「判定する手段」、「策定する手段」を、人間の精神活動そのものとしての手段と理解したものであり、審決の認定判断に誤りはない。

 なお、「プレパラート」の意味は、原告主張のように「支台歯」ではなく、むしろ「形成」を意味する。そして「○○のプレパラート」とは、○○を切削形成して必要な形態にすること(あるいは、○○を切削形成して必要な形態にされたもの)を意味し、「○○」を省略して単に「プレパラート」という場合には、「支台歯の」を省略して用いたと理解されるといえる。したがって、原告の「プレパラート」に関する主張は、本願明細書に基づいて行っているとはいえない。

 ウ また、原告は、発明の認定につき、発明の詳細な説明に記載された事項に基づく主張をするが、発明の認定は、特許請求の範囲である請求項の記載に基づいて行われるものであり、発明の詳細な説明に記載された事項に基づいて行われるものではない。

 請求項1には「要求される歯科修復を判定する手段」「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」と記載されるにとどまり、「判定するために用いる補助手段」とか「策定するために用いる補助手段」とは記載されていない。

 したがって、「判定する手段」や「策定する手段」を「判定するために用いる補助手段」や「策定するために用いる補助手段」の意味に解すべきとする原告の主張は、請求項の記載に基づく主張ではなく、失当である。

 エ 他の発明特定事項がコンピュータに基づくシステムであるからといって「要求される歯科修復を判定する手段」「初期治療計画を策定する手段」もコンピュータと解される理由はない。また、「コンピュータに基づいた歯科治療システム」との記載についても、どの範囲でコンピュータに基づくものか特定されないから、「判定する手段」「策定する手段」がコンピュータと解される理由とはならない。原告の論理に従えば、請求項6(甲4)の発明特定事項である「最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し、この補綴材を患者に装着する」の主体も人間ではなくコンピュータと解されるという主張になるが、それをコンピュータが行うとは社会常識的に考えられないことからも、原告の主張には理由がない。

 次に、他の発明特定事項との関連や請求項の記載全体を見ても、「判定する手段」「策定する手段」が歯科医師と理解されないことはない。

 すなわち、請求項1には、「歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベース」、「データベースに蓄積された情報にアクセスし、この情報を人間が読める形式で表示するための1台または複数台のコンピュータであって少なくとも歯科診療室に設置されたコンピュータ」と記載されている。一方、データベースにアクセスして得た情報を「要求される歯科修復を判定する手段」や「初期治療計画を策定する手段」に入力するとは記載されていない。つまり、データベースに蓄積された「歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報」は、人間への提示という形で利用されることが特定されているにすぎないのである。

 加えて、「歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報」は、初期治療計画を策定する際に参考となる情報である。

 そうすると、請求項1で特定された事項から把握される「歯科治療システム」は、「歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報」を蓄積したデータベースを備えるネットワークサーバと、通信ネットワークと、歯科診療室に設置されたコンピュータと、歯科診療室に設置されたコンピュータを道具として利用してデータベースの情報にアクセスし、得られた情報を画面上で見て参考としながら「要求される歯科修復を判定する手段」や「初期治療計画を策定する手段」として機能する歯科医師とからなり、歯科医師が策定した初期治療計画を通信ネットワークを用いて歯科技工室へ伝送し、また、初期治療計画に対する修正を含む最終治療計画を、通信ネットワークを用いて歯科治療室に伝送するという、歯科治療の仕組みを特定したものと自然に理解できる。このように理解された「歯科治療システム」は、データベースを利用する点でコンピュータに基づくから、「コンピュータに基づいた歯科治療システム」という要件も満たしている。

 つまり、「判定する手段」「策定する手段」以外の発明特定事項との関連や、請求項の記載全体を見ても、「判定する手段」「策定する手段」は歯科医師の精神活動そのものとしての手段と理解することができる。

 オ 発明の認定は、特許請求の範囲の請求項の記載に基づいて行われるものであり、発明の詳細な説明に記載された事項に基づいて行われるものではない。

 したがって、発明の詳細な説明に、プログラムにより実現された「判定するために用いる補助手段」や「策定するために用いる補助手段」が記載されていても、そのことをもって、請求項の記載における「判定する手段」「策定する手段」の主体が歯科医師ではなくプログラムであると解釈される理由とはならない。

 しかも、発明の詳細な説明には、「一般的に、歯科医師は初期治療計画および設計要件を策定し、・・・」【0004】、「特定のケースにおいて、歯科医師は第一のステップとして患者の歯の状態の複雑な検査及び診断を行う。これは、一般的に基礎歯周検査、臨床検査、放射線検査、TMDスクリーニング等からなる。歯科医師はさらに患者の歯の状態の要求に応じた治療計画を策定する・・・」【0011】、「・・・医師及び技工士は双方向歯科治療ネットワーク(“サイト”)にアクセスする前に共同で評価を行う。・・・」【0013】、「・・・提案とはここで重要な表現であり、これは採用する治療方法の選択は最終的に歯科医師が決定するものであり、技工士またはサイトによってなされるものでないからである。・・・」【0018】との記載があって、歯科医師が、主体として、患者の歯科修復要求を判定したり、初期治療計画を策定することが開示されている。そうすると、「判定する手段」、「策定する手段」の解釈につき、発明の詳細な説明を参酌したとしても、人の精神活動そのものとしての手段であるといえる。

 カ 以上のとおり、請求項1に係る発明が、特許法2条1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当しないとした審決の判断に誤りはない。

A請求項2ないし10について

 本願発明2、3、6及び7は、主要な発明特定事項として、「歯科治療室において、初期治療計画、ならびに歯科治療要求のデジタル画像プレパラートを含むデザイン規準を作成する」【請求項2】、「最終治療計画を歯科治療室に伝送する前に初期治療計画を技工室において評価することをさらに含む」【請求項3】、「最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し、この補綴材を患者に装着することをさらに含む」【請求項6】、「歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って作成されたかどうかを確認することをさらに含む」【請求項7】を有するものである。これらは、歯科治療における業務内容を特定する記載にすぎず、機械(コンピュータ)が行う処理と理解されるような技術的内容を何ら有していない。そして、技術常識や社会常識から見て、これらは、いずれも歯科医師、技工士を主体とし、人の精神活動そのものあるいはそれに基づく行為を特定したものと解するほかない。

 そうすると、本願発明2、3、6及び7は、発明の主要な発明特定事項として、人の精神活動そのものあるいはそれに基づく行為を含むものであるから、特許法2条1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかなく、審決の判断に誤りはない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、請求項1の発明該当性に関して次のように判断しました。

(a)(本願明細書の)【0010】、【0012】、【0013】及び【0015】の記載によれば、初期治療計画は歯等のデジタル画像を含むものであり、そのデジタル画像に基づいて歯の治療に使用される材料、処理方法、加工デザイン等が選択され、その選択に必要なデータはデータベースに蓄積されており、策定された初期治療計画はネットワークを介して診療室と歯科技工室とで通信されるものと理解することができる。そして、画像の取得、選択、材料等の選択には歯科医師の行為が必要になると考えられるが、これらはネットワークに接続された画像の表示のできる端末により行うものと理解できる。

 また、【0020】、【0021】及び【0022】の記載によれば、本願発明は、スキャナを備え、歯又は歯のプレパラートをスキャンしてデータを入力し、データベースに蓄積されている仕様と比較することによって、治療計画の修正が必要かどうかが確認できるものであることが理解できる。もっとも、実際の確認の作業は、人が行うものと考えられる。

(b)以上によれば、請求項1に規定された「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」には、人の行為により実現される要素が含まれ、また、本願発明1を実施するためには、評価、判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの、明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと、本願発明1は、精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く、全体としてみると、むしろ、「データベースを備えるネットワークサーバ」、「通信ネットワーク」、「歯科治療室に設置されたコンピュータ」及び「画像表示と処理ができる装置」とを備え、コンピュータに基づいて機能する、歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる。

(c)したがって、本願発明1は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものということができ、本願発明1が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断は是認することができない。

A裁判所は、請求項2〜10の発明該当性に関して次のように判断しました。

ア 審決は、

ア@ 本願発明2ないし10につき「請求項1に係る発明は、自然法則を利用した技術的創作に該当しないものであるから、これを直接、或いは間接的に引用した請求項であって、請求項1の『判定する手段』、『策定する手段』については何ら限定するものではない請求項に係る発明も、特許法第2条第1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」(9頁36行〜10頁3行)、

アA 本願発明2、3、6及び7につき「主要な発明特定事項として、『歯科治療室において、初期治療計画、ならびに歯科治療要求のデジタル画像プレパラートを含むデザイン規準を作成する』(請求項2)、『最終治療計画を歯科治療室に伝送する前に初期治療計画を技工室において評価することをさらに含む』(請求項3)、『最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し、この補綴材を患者に装着することをさらに含む』(請求項6)、『歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って作成されたかどうかを確認することをさらに含む』(請求項7)を有するものであるが、これらは何れも歯科医師、技工士を主体とし、人の精神活動そのもの或いはそれに基づく行為を特定したものであるといえる。」

 「してみると、請求項2、3、6、7に係る発明は、特許法第2条第1項で定義される発明、すなわち、自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」(10頁5〜17行)と認定判断する。

イ しかしながら、上記ア@の認定判断は、本願発明1が特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないことを前提とするものであって、採用することができない。

 また、上記アAの認定判断についても、上記(1)の認定判断によれば、請求項1を直接又は間接に引用する請求項2、3、6及び7に係る上記の主要な発明特定事項とされるものにつき、いずれも人の精神活動そのもの又はそれに基づく行為を特定したものであるとの理由をもって特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないということはできず、採用することができない。

ウ したがって、本願発明2ないし10が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断も是認することができない。

Bそして裁判所の結論は次の通りです。

 以上によれば、原告主張の取消事由1は理由がないが、本願発明1ないし10が特許法2条1項に規定する「発明」に該当せず、本願発明が同法29条1項柱書にいう「発明」に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は是認することができず、取消事由2は理由があることになるから、審決は違法として取消しを免れない。


 [コメント]
@本事例において、「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」が人間の精神的活動に向けられたものかどうかが問題となりました。

(a)こうした判定作業や治療計画の策定作業などにおいても、人(医者)の思考を必要とすることは当然ですが、判断材料として医療の知識があり、それを患者の症状にあてはめるという作業になります。

(b)こうした評価や決定も、人間の精神的活動ではありますが、発明該当性を否定するには足りないと裁判官は判断しました。

(c)“本願発明の本質は、専ら人の精神活動そのものに向けられたものである”という理由で発明該当性を否定された事例として、次の判決があります。

 平成26年(行ケ)第10101号(暗記学習用教材事件)

 この事例では、同じ文章の複製物の異なる箇所を伏字(黒く塗りつぶした)としたものを何種類も用意して、生徒に読ませ、暗記させた後、正しく暗記したかどうかをオリジナルの文章とつきあわせて答え合わせするというものです。

 伏字の教材はそれ以前にもありましたが、同じ教材を何度も同じ生徒が使うと、生徒は伏字の箇所だけを覚えてしまい、文章全体を暗記できないので、同じ教材の異なる箇所を伏字としたのです。それにより、生徒は、特に指示しなくても、文章全体に目を配るという学習のコツを習得するというものです。

(d)こうしたコツを習得するというのは、人間の精神的活動の本質そのものです。

 それに比べて、通常の医療知識を患者の症状に当てはめて、評価や治療法を選択するということは、やり方さえ教えれば例えばAIにでもできることです。

 こうしたことから、どちらも人間の精神的活動を必要とするものでありながら、発明該当性の有無に関して判断が分かれたものと考えられます。


A特許庁の主張は裁判所によって採用されましたが、実務者にとって参考となる内容を含んでいます。

(a)例えば、次のような部分です。

「請求項1には『要求される歯科修復を判定する手段』『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段』と記載されるにとどまり、『判定するために用いる補助手段』とか『策定するために用いる補助手段』とは記載されていない。

 したがって、『判定する手段』や『策定する手段』を『判定するために用いる補助手段』や『策定するために用いる補助手段』の意味に解すべきとする原告の主張は、請求項の記載に基づく主張ではなく、失当である。」

(b)要するに、審決取消訴訟において、“〜する手段”は“する補助手段”であるという主張をするぐらいならば、最初から(特許出願の審査段階で補正をする時から)、そのように書いておくべきだということです。

(c)こうした表現をしたからといって、常に発明該当性が認められるとは限らないのでしょう。

 最終的には、特許出願の請求項に記載された内容の技術的な意味を考慮して、発明該当性は判断されるべきだと考えます。

 しかしながら、対象物が人の精神的活動に向けられたものかどうかの判断が微妙な場合には、こうした表現をした方が特許庁にとっては肯定的な判断をし易いのではないかと思料します。

 [特記事項]
 
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