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今岡憲特許事務所マーク


●平成10年(行ケ)第7865号(特許侵害事件:請求棄却)


均等論第1要件/特許出願/フィルムカセット

 [事件の概要]
(a)甲(原告)は、フィルムカセットと称する発明についての特許出願(特願昭58−20302)に対して出願公告(特公平4−41327号)され、付与された特許権(第1759834号)を有しています。

(b)甲は、乙(被告)が製造販売する製品が前記特許権を侵害しているとして、訴訟を提起しました


[特許発明]

{発明の目的}

 フィルム巻取り部を構成するスプールをフィルム巻取り部材とこの上面に設けられたカメラのフィルム巻き上げ軸と係合する係合部材とから形成し、カメラに対するフィルムカセットの着脱操作が容易に行うことができ、また、カメラの小形化を図ることができるフィルムカセットを提供しようとするものである。

{発明の構成}

(a)特許請求の範囲の記載は次の通りです。

「ブリッジを間にしてフィルム供給部とフィルム巻取り部を形成したフィルムカセットにおいて、上記フィルム巻取り部を構成するスプールを、フィルム巻取り部材と、このフィルム巻取り部材の上部にカセット本体の上面より上方へ突出し、上記上面に対して突没自在に設けられたカメラのフィルム巻上げ軸と弾性的に係合する半球面部を設けた係合部材とから構成したことを特徴とするフィルムカセット。」

(b)裁判所は、この特許請求の範囲を次のように分説しました。

要件@ フィルムカセットであること

要件A 上記フィルムカセットがブリッジを間にしてフィルム供給部とフィルム巻取り部とを有していること

要件B フィルム巻取り部を構成するスプールが、フィルム巻取り部材と、その上部に設けられた係合部材とから構成されること

要件C この係合部材には、カセット本体の上面より上方へ突出し、上記上面に対して突没自在に設けられたカメラのフィルム巻上げ軸と弾性的に係合する半球面部が設けられていること

(c)本件特許明細書の詳細な説明の欄には次の記載があります。

・、カメラのフィルム巻上げ軸と係合する係合部材の構成の説明として

 「係合部材20は下部に鍔部27を有する係合爪部28とこの鍔部27と上記フランジ部25との間に介在された付勢ばね29とから形成されている。そして、この係合爪部28は、上面が半球状をなし、その半球状面に係合溝28a・・・を刻設することにより形成され、上記付勢ばね29の復元力によって蓋体15より上方へ突出する方向に付勢されている。」(同5欄18行ないし25行)

・フィルムカセットをカメラに装着する手順の説明として

「まず、カメラ本体6の開閉蓋9を開放する。そして、カメラ本体6の開口部7bからカセット本体1をカセット収納室7に挿入すると、カセット本体1の上面から突出している係合部材20の係合爪部28はカセット収納室7の上面7aによって押し込まれる。すなわち、係合爪部28は付勢ばね29を圧縮して上部筒体22内に没入される。そして、カセット本体1をさらにカセット収納室7に挿入すると、係合爪部28がフィルム巻上げ軸8に対向し、係合爪部28は付勢ばね29の復元力によって上方へ突出する。したがって、係合爪部28はフィルム巻上げ軸8の係合爪8aに係合し、フィルム巻上げ軸8の回転は係合部材20を介してフィルム巻取り部材19に伝達するため、フィルム供給部3内のフィルム5をフィルム巻取り部材19によって巻取り可能となる。」(同5欄29行ないし6欄1行)、

・フィルムカセットをカメラから取り外す手順の説明として、

「まず、開閉蓋9を開放し、カセット本体1を手指で摘んで引き出すと、係合部材20の係合爪部28はその上面が半球状をなしているために係合爪部28は付勢ばね29を圧縮して上部筒体22内に没入される。したがって、係合爪部28とフィルム巻上げ軸8の爪部8aとの係合は解除され、フィルム収納室7からカセット本体1を取り出すことができる。」(同6欄3行ないし11行)


{発明の効果}

 「この発明は以上説明したように、フィルム巻取り部を構成するスプールをフィルム巻取り部材と、このフィルム巻取り部材の上部にカセット本体の上面より上方へ突出し、上記上面に対して突没自在に設けられカメラのフィルム巻上げ軸と弾性的に係合する半球面部を設けた係合部材とから構成したから、カメラに対するフィルムカセットの着脱時にフィルム巻上げ軸を上下動させることなくフィルム巻上げ軸と直交する方向に押し込み、または引き出すことにより容易に着脱することができる。したがって、カメラ及びフィルムカセットの構造が簡素化し、小形化を図ることができるという効果を奏する。」(同6欄32行ないし44行)

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[原告の主張]

 (1) 構成要件Cの充足の有無について

 被告製品において、カメラのフィルム巻上げ軸と係合する係合部材は、カセット本体の上面より上方に突出しており、スライド板16の操作によりカセット本体内に収納された状態と、カセット上面より突出した状態を取り得るから、カセット本体の上面に対して「突没自在に設けられ」ているといえる。また、係合部材は、フィルム巻上げ軸とは、下方よりばねによる付勢を受けて係合するものであり、「フィルム巻上げ軸と弾性的に係合する」といえる。

 被告製品の係合部材は、四つの突起部4からなり、この係合部材の個々の突起部が旋回軸11に一体形成され、さらにこれが四組連結されて係合部を構成する。この係合部材を構成する個々の突起部4は、「球面」を構成するものでないが、構成要件Cにいう「半球面部」は、本件明細書記載の実施例では「係合爪部28」であり、その名称のとおり爪状になっており、それ自体全面的な「球面」とはなっていない。この部分を「半球面部」と称した意味は、実施例において前記係合爪部を半球面に係合溝を刻設することにより形成したことに由来するが、この部分の目的は、カセットをカメラに押し込む力ないしカメラから引き出す力を受けて、係合部をカセット内に没入させることにある。言い換えれば、巻上げ軸の軸線に対し横方向の力(軸線に向かう方向)を軸線の方向の力に変えて、付勢ばねの付勢力に抗して係合部をカセット内に押し込むという機能を有する係合爪部の構造を示すものとして「半球面部」といったものである。したがって、「半球面部」というためには、完全な「半球面」である必要がないばかりでなく、「半球面」に溝を設けて製造されたものに限定される必要もなく、フィルム巻上げ軸の軸線に対し横方向の力を受けて係合爪部をカセット内に没入させるような構造であればよい。被告製品の突起部4は、係合解除部材(スライド板16)から巻上げ軸の軸線に対し横方向の力を受けてカセット内に没入するものであるから、本件特許発明にいう「半球面部」と見ることを妨げない。

 したがって、被告製品は構成要件Cを充足する。

 (2) 均等の成否について

 被告製品の突起部4が、構成要件Cにいう「半球面部」に当たらず、構成要件Cを文言上充足しないとしても、「半球面部」を設けた係合部材に代えて突起部4からなる係合部材を用いた被告製品は、本件特許発明と均等というべきである。本件において、被告製品が最高裁第三小法廷平成一〇年二月二四日判決(民集五二巻一号一一三頁)の示す均等の要件を満たすことは、以下のとおりである。

  (ア) 差異の存する部分が本質的部分でないことについて

 本件特許発明にいう「半球面部」の技術的意味は右に述べたとおりであり、これに照らせば、本件特許発明においては、係合部材がフィルムカセット装着方向の力を巻上げ軸方向の力に変える形状であることが本質的な技術的内容であって、係合部材の具体的な形状は、本質的なものではない。

  (イ) 作用効果の同一性について

 被告製品は次の作用効果を有する。

   @ カメラにフィルムカセットを装填し、あるいはカメラから取り外す際に、従来のようにカメラのフィルム巻上げ軸を上下動させる必要がなく、極めて容易に着脱ができる。

   A カメラ及びフィルムカセットの構造を簡素化し、小型化を図ることができる。

 これらの被告製品が有する作用効果は、本件特許発明の作用効果と全く同一である。

 また、被告製品の突起部4が本件特許発明の係合部材の半球面部の目的を達成でき、その作用効果も同一であることは明らかである。すなわち、被告製品のカメラのフィルム巻上げ軸と係合する突起部4の接触面は、球面のように湾曲していないので、一見球面のような作用をしないように見えるが、回動しながら没入する機構と相まって、球面を水平に押して没入させるのと同じ機能を果たしている。被告製品の突起部4はスライド板16から巻上げ軸の軸線に対し横方向の力を受けてカセット内に没入するものであり、しかも突起部4はスライド板16と接触すると、徐々に旋回軸11を軸に回動しながら没入していき、この際にスライド板16との接触角度も徐々に浅くなり、スムーズに突起部4が収納されていく(別紙参考図1参照)。このことは、本件特許発明の「半球面部」の接触面とカメラの筺体ないし回動レバーとの接触角度が徐々に浅くなり、係合部材の没入を滑らかにしていることと全く同一である。

  (ウ) 置換容易性について

 本件特許発明を前提とすれば、本件特許発明において「半球面部」の効果として、カメラの筺体ないし回動レバーとの接触角度が徐々に浅くなり、これによりスムーズな係合部材の没入を達成していることは明らかであるから、これを、突起部4とスライド板16との接触角度を徐々に浅くすべく、突起部4を回動させるという被告製品の突起部4の構成をもって置き換えることは、当業者(当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって極めて容易に想到できるものである。

  (エ) 公知技術からの非容易推考性について

 被告製品の構成が、本件特許の出願当時の公知技術と同一又は当業者がこれから容易に推考し得るものでないことは、被告自身が被告製品の構成につき特許出願を行っていることからも、明らかである(これは、本件発明を前提にして初めて可能になった利用発明である。)。

  (オ) 特別の事情の存否について

 本件特許出願手続において、被告製品の突起部4の構成を、本件特許発明の特許請求の範囲から意識的に除外したような特別の事情もない。

 以上のとおりであるから、被告製品の構成は、本件特許発明の構成と均等である。

 (3) したがって、被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属し、被告製品の製造・販売は、本件特許権を侵害する。

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[被告の主張]

(1) 構成要件Cの充足の有無について

 被告製品の係合部材はそれぞれ独立して没入が可能な四個の楔形状をしたものであるから、被告製品は、本件特許発明の「半球面部を設けた係合部材」を有さず、構成要件Cを充足しない。すなわち、被告製品の係合部材の形状は、四個の楔形状の突起部4からなり、突起部4のどこにも「球面」と呼び得る面が存しないから、「半球面部」に相当する形状を備えていないし、係合部材全体を見ても、「球面」に相当する形状とはいえない。

 (2) 均等の成否について

  (ア) 本件特許発明と被告製品とでは、スプールを突没させるための解決原理が全く異なる。

 すなわち、本件特許発明の願書に添付した図面(以下「本件図面」という。本件公報参照)を見れば明らかなように、本件特許発明では、係合部材の上面を「半球面」とし、半球面の上方の斜面とカセット収納室の上面7aを形成する水平面とを当接させて、半球に加わる水平方向の力を垂直方向の力に変換し、その結果半球面全体を垂直方向に没入させて、右収納室上面7aを通過できるようにするものである。

 これに対し、被告製品の係合部材がカセット上面から突没する原理は、一方向にのみ回転運動をして倒れる楔形状の突起部4と、スライド板16の円形開口孔15とを利用した方法であり、被告製品は、別紙動作参考図第1図から第4図に示すとおり、円形開口孔(円孔)15の内周と、楔形状の突起部4の稜線とを当接させて旋回軸(枠材)11を軸とした回転運動をさせ、個々の突起部4を中心方向に倒れ込むようにするものである。

 被告製品の係合部材は、別紙物件目録(一)の図7に示したとおり、楔形状をしており、それぞれの外側端部が旋回軸11の一辺に接続されていて、旋回軸11を軸とした回転方向の運動のみが可能となっている。係合部材を構成する突起部4は、旋回軸11の軸方向と垂直方向でかつフィルム巻取り部材の中心方向への力を受けたときに、突起部4の上部が、フィルム巻取り軸の中心に向かってカセットの内部に倒れ込む(これ以外の方向の力を受けても倒れない。)。スライド板16には、この四個の突起部4を取り囲む円形開口孔15が設けられており、このスライド板16を前後に摺動させると、円形開口孔15の内周が隣接する個々の突起部4の楔形状の稜線部分に当接し、個々の突起部4の稜線部分を押圧し、旋回軸11を軸とした回転運動をさせるように働くので、同図11から同図13に示すように、突起部4の上部がフィルム巻取り軸の中心に向かってカセットの内部に倒れ込むのである。被告製品の突起部4は、たまたま楔形状をしているが、その突没原理は、角錘の稜線と円周の内接による力を利用したものであるから、必ずしも楔形状をしていなくとも、たとえば四角柱であっても、突没は可能である。被告製品では、突起部4は受ける力の方向によっては倒れることがなく、また一つの突起部4が倒れても全部が没入するものでもない。

 このように被告製品では、本件特許発明と異なり、「半球面」を利用した突没原理を用いていないことは明白である。

 この種の内視鏡用のフィルムカセットにおいて、スプールを突没させるための構成は、原告自身が多くの別個の構成を内容とする特許出願をしている。すなわち、スプールを突没させる構成は、それぞれの出願ごとに異なっており、それらの構成上の特徴によってそれぞれの発明が出願され特許されている。どの出願を見ても、スプールを突没させるという機能そのものが発明なのではなく、突没させるための具体的な構成が発明の内容となっている。この事実は、本件特許発明においても全く同じであり、スプールを突没させるという機能が発明なのではなく、そのような機能を達成するための手段として「半球面部」を用いるという具体的構成こそが、本件特許発明における基本的な技術思想にほかならない。スプールを突没させるという機能さえあれば、その具体的構成のいかんを問わず本件特許発明の技術的範囲に包含されるという原告の主張は、誤りである。本件特許発明の「半球面部」は、文字どおり全体の形状が「半球面」であることにより、平面に接したときに、全体が垂直方向に没入する構造であり、「半球面」と水平面との接触によって、スプールを突没させることを基本原理としていることは明白である。「半球面部」の構成要素は、本件特許発明の技術思想の根幹となる主要な要素であるから、これと異なる原理によってスプールを突没させる動作を行う被告製品が、本件特許発明と均等と評価される余地はない。

  (イ) 被告製品は、本件特許発明にない優れた作用効果を奏する。突起部4がそれぞれ独立して突没可能であるため、カメラに装填する際の抵抗が少なく、着脱時にカメラの巻上げ軸との係脱が現実に可能である。また、スライド板16と連動して動作させるようにしてあるので、プルタブをつまんでカメラへの着脱が極めて容易にできる。

 これに対して、本件特許発明は、机上の発明にすぎないものであって、明細書に開示された技術によっては、現実には、カメラの巻上げ軸と係合部材の着脱が実際に行われず、カセットを着脱することはできない。すなわち、本件図面についていえば、カメラのフィルム巻上げ軸の爪と、第1図、第4図に記載されている係合爪部28とが、平行に位置している場合に、正規の係合位置に装着しようとすれば、係合爪部28の片側が、装填時にカメラの巻上げ軸の一方を乗り越えなければ装着できないことになるが、そのような動作は本件明細書記載の構成では不可能である。また、仮に何らかの理由で係合爪部28がカメラの巻上げ軸と係合したとしても、係合爪部はカメラの巻上げ軸と係合しているから、撮影を終了してカセットを取り出す際、そのまま取り出そうとしても、巻上げ軸と爪部が当接していて、カセットは動かないから、半球面を下方に移動させる力を働かせようがなく、カセット全体を抜き差しすることができない。

 このように、作用効果の面でも、被告製品が実際にカセットを着脱できるのに対し、本件特許発明においては、本件明細書に開示された技術では着脱が不可能であり、両者の作用効果は明白に異なっている。

 (3) したがって、被告製品は、構成要件Cを充足せず、また、本件特許発明と均等でもなく、本件特許発明の技術的範囲に属するものでもない。



 [裁判所の判断]
@裁判所は、次の理由により、文言侵害の成立を否定しました。

 構成要件Cは、係合部材に、カセット本体の上面より上方へ突出し、上面に対して突没自在に設けられたカメラのフィルム巻上げ軸と弾性的に係合する半球面部が設けられていることを、内容とするものである。

 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における前記の各記載に照らせば、右構成は、付勢ばね等を用いた弾性的係合と相まって、フィルムカセットのカメラへの挿入の際に、半球面の上部球面部分をカメラ本体のカセット収納室の上面の縁部(又はフィルムカセットの蓋体に枢着された回転レバーの押さえ部の縁。以下、同じ。)と当接させることで、カセット本体をカメラに挿入する方向の力すなわち巻上げ軸と直交する方向の力(水平方向の力)を、巻上げ軸の軸線方向の力(垂直方向の力)に変容させることにより、付勢ばね等の弾性に抗して付勢ばね等を圧縮し、係合部材をカセット本体の筒体内に没入させることで、フィルムカセット本体のカメラへの挿入を容易にし、また、フィルムカセットのカメラからの取り外しの際にも、同様の動作によりフィルムカセット本体のカメラからの取り外しを容易にするものであって、構成要件Cにいう「半球面部」は、文字どおりの完全な半球面でなくても、実施例における係合爪部28のような「半球状面に係合溝を刻設することにより形成され」るもの(本件公報5欄22行ないし23行)も含まれるが、係合部上部を包む面が半球状をなし、カメラ本体のカセット収納室の上面の縁部と当接する部分が半球面の上部球面と同様の形状をなしている必要があるものというべきである。

 他方、被告製品においては、フィルムカセットのスプールの上端に、カメラのフィルム巻上げ軸と係合する部材が存するが、右部材の形状は、同目録(一)図7に示したとおりの四個の楔形状の突起部4からなっているものであって、これらの突起部の形状が半球面部に該当するものとは到底いえないし、また、右四個の楔形状の突起部4からなる係合部材の上端ないし外縁を包む面を考えても、それが半球面部といえるようなものではない(同図3参照)。

 したがって、被告製品は、構成要件Cにいう「半球面部」を備えるものではなく、構成要件Cを充足しない。

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A裁判所は、次の理由により、均等侵害の成立を否定しました。

1 特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても、(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2)右部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3)右のように置き換えることに、当業者が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4)対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5)対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成六年(オ)第一〇八三号同一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。

  2 前記のとおり、本件特許発明においては、係合部材に「半球面部」が設けられていることを要する(構成要件C)のに対して、被告製品においては、係合部材が四個の楔形状の突起部4よりなる点において、相違する。そこで、被告製品が、右相違部分の存在にもかかわらず、被告製品が、本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属するということができるかどうかを、検討する。

 (一) 置換可能性について

 前記のとおり、本件特許発明は、構成要件@ないしCの構成を採用することで、フィルムカセットをカメラに着脱する際に、フィルム巻上げ軸を上下動させることなくフィルム巻上げ軸と直交する方向に押し込み、又は引き出すことにより容易に着脱することを可能とし、かつ、カメラ及びフィルムカセットの構造を簡素化し、小型化を図ることができるという効果を奏するものである。

 被告製品においても、四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材を含む構成により、フィルムカセットをカメラに着脱する際に、フィルム巻き上げ軸を上下動させることなくフィルム巻き上げ軸と直交する方向に押し込み、又は引き出すことが可能となっているものであるから、本件特許発明における「半球面部」が設けられた係合部材を被告製品における四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材と置き換えても、本件特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものということができる。

 (二) 特許発明の本質的部分について

 (1) 前記のとおり、均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが、右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。すなわち、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから、明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきであり、対象製品がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば、もはや特許発明の実質的価値は及ばず、特許発明の構成と均等ということはできないと解するのが相当である。

 そして、発明が各構成要件の有機的な結合により特定の作用効果を奏するものであることに照らせば、対象製品との相違が特許発明における本質的部分に係るものであるかどうかを判断するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか、それともこれとは異なる原理に属するものかという点から、判断すべきものというべきである。

 (2) これを本件についてみるに、前記のとおり、本件特許発明は、係合部材に、カセット本体の上面より上方へ突出し、上面に対して突没自在に設けられたカメラのフィルム巻上げ軸と弾性的に係合する半球面部が設けられているという構成を採用するものであるが、右構成は、付勢ばね等を用いた弾性的係合と相まって、フィルムカセットのカメラへの挿入の際に、半球面の上部球面部分をカメラ本体のカセット収納室の上面の縁部と当接させることで、カセット本体をカメラに挿入する方向の力すなわち巻上げ軸と直交する方向の力(水平方向の力)を、巻上げ軸の軸線方向の力(垂直方向の力)に変容させることにより、付勢ばね等の弾性に抗して付勢ばね等を圧縮し、係合部材全体をカセット本体の筒体内に没入させることを可能とするものである。

 すなわち、本件特許発明は、フィルムカセットの着脱操作の容易化とカメラ及びフィルムカセットの構造の簡素化、小型化のために、カメラに着脱する際に、フィルム巻上げ軸を上下動させることなくフィルム巻上げ軸と直交する方向に押し込み、又は引き出すことが可能なフィルムカセットを提供することを目的とするものであるところ、カセット収納室の上面の縁部と当接する係合部材の上部に、弾性的に突没自在の半球面部を設けるという具体的な構成を採用することにより、半球面という形状の特性により、カセット着脱時における係合部材のカセット本体筒体内への没入を実現したものである。右によれば、半球面という形状を含めた係合部材の具体的構成は、本件特許発明特有の解決原理として、本件特許発明の本質的部分をなすものというべきである。

 他方、被告製品においても、係合部材をカセット本体の筒体内に没入させることが可能となっているが、これは、係合部材を構成する四個の楔形状の突起部4が傾倒自在となっていることによる。すなわち、前記争いのない事実及び証拠(検乙一、二)によれば、係合部材を構成する各楔形状の突起部4は、それぞれの外側端部が旋回軸11の一辺に接続されていて、旋回軸11を軸とした回転方向の運動のみが可能となっており、旋回軸11の軸方向と垂直方向でかつフィルム巻取り部材の中心方向への力を受けたときに、突起部4の上部が、フィルム巻上げ軸の中心に向かってカセットの内部に倒れ込む。そして、スライド板16には、この四個の突起部4を取り囲む円形開口孔15が設けられており、このスライド板16を前後に摺動させると、円形開口孔15の内周が隣接する個々の突起部4の楔形状の稜線部分に当接し、個々の突起部材の稜線部分を押圧し、旋回軸11を軸とした回転運動をさせるように働くので、突起部4の上部がフィルム巻上げ軸の中心に向かってカセットの内部に倒れ込む(別紙物件目録(一)図9ないし13、別紙動作参考図第1図ないし第4図参照)。このように、被告製品において係合部材をカセット本体の筒体内に没入させる構造は、本件特許発明におけるような、カセット収納室の上面の縁部と当接する係合部材の上部の形状を介してカセット本体をカメラに挿入する水平方向の力を垂直方向の力に変容させることによるものではなく、係合部材を構成する楔形状の突起部4がそれぞれ回転して傾倒することによるものである。

 右によれば、被告製品は、カセット着脱時における係合部材のカセット本体筒体内への没入を実現するために、回転運動により傾倒自在な四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材という具体的構成を採用したものであって、被告製品の右構成は、本件特許発明と同一の解決原理に属するものということはできない。

 したがって、本件発明における半球面部を設けた係合部材に代えて四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材を用いることは、本件特許発明の本質的部分において相違するというべきであるから、均等の成立を認めることはできない。

 (3) この点につき、原告が主張するのは、本件特許発明の本質的部分は、係合部材の形状によりフィルムカセット装着方向の力を巻上げ軸方向の力に変えることにあり、係合部材の具体的形状は本質的なものではないというものである。しかし、係合部材の形状がフィルムカセット装着方向の力を巻上げ軸方向の力に変える効果を奏するものであるということは、カセット着脱時における係合部材のカセット本体筒体内への没入を実現するために係合部材が奏すべき機能ないし作用効果そのものであって、本件特許発明の目的及び効果を達成するために部材が備えるべき具体的な構成ではない。本件特許発明においては、本件明細書の特許請求の範囲に「半球面部を設けた係合部材」という具体的構成が記載されているところ、本件明細書や本件図面において、前記効果を奏するための具体的技術内容として、他の形状の係合部材を用い得ることは一切記載されておらず、「半球面部」を設けた係合部材の具体的構成は、本件特許発明の目的及び効果を達成するための技術内容として唯一開示されているものであるから、係合部材の右構成は本件特許発明の本質的部分を構成するものというべきである。原告の右主張は、採用できない。

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 (三) 置換容易性について

 また、本件においては、本件特許発明における半球面部を設けた係合部材に代えて四個の楔形状の突起部よりなる係合部材を用いることが、被告製品の製造が開始された時点において、当業者が容易に想到することができたものであると認めるに足りる証拠はない。

 原告は、本件特許発明を前提とすれば、右のように本件特許発明の構成の一部を置き換えることは、当業者にとって極めて容易であると主張するが、被告製品の楔形状の突起部4のような構成を具体的に開示した技術文献が、被告製品の製造開始時に存在したことを認めるに足りる証拠は、提出されていない。

 したがって、この点からいっても、本件において均等の成立を認めることはできない。



 [コメント]
@本事例は、特許出願人が、物の発明の働きを物の形状(半球面部を設けた係合部材)によって表現した場合の均等論の適用範囲が問題となったケースです。

 類似の事件として、ボールスプライン事件の第2審(平3(ネ)1627号)において、“断面U字形のボール案内溝”の意味が争われた例があります。但し、厳密に言うと、溝の形状そのものは、均等侵害ではなく、文言侵害の問題として扱われました。


A我が国の判例では、本質的要件の判断において、特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、係争物の課題解決手段が同じ原理に属するかどうかを判断すると、判示されています。


Bしかしながら、文言侵害にせよ、均等侵害にせよ、或る発明特定事項に関して認定される概念の広さは、ケースにより随分と違いがあります。

 ボールスプライン事件の2審では、特許発明の“2本のボール列を案内する断面U字形の案内溝”の範囲に、1本のボール列を案内する断面半円形状の2個の案内溝が含まれると判断しました。

 アンギュラーコンタクトという溝とボールとが軸方向に対して斜めに接する結合形式があり、そうした技術的観点から、後者の態様も前者の範囲に含まれると解釈したのです。

 これに対して、本案件では、本件特許の“係合部材の半球面部に4個の係合溝を設けた”係合部の構成の均等の範囲として、2本の楔形状の突起からなる係合部が含まれないと判断されました。

 物の形状だけに着目すると、先のケースで侵害が成立するのであれば、後のケースでも侵害になっても良さそうなものですが、そうはなりませんでした。

 特許発明がアンギュラーコンタクトタイプであることも明細書に記載されていました。

 個人的な見解ですが、明細書の開示内容が特許発明の技術的範囲の認定に影響していると考えます。


C米国では、均等論の適用の是非を判断するテストとして、仮想クレーム理論があります。

 係争物を含むように拡張した仮想的なクレームを、事件に係る特許出願が含んでいたとして、先行技術との関係で当該特許出願が許可されただろうか、と考えるのです。

 そして当該特許出願が拒絶されるであろう場合には、均等論の適用は許されません。

 Wilson Sporting Goods Co. v. David Geoffrey & Associates(904 F.2d 677)


D我国においても、均等論の適用の判断において、特許請求の範囲に用いられている用語の範囲を上位概念化することにより、特許発明の技術的範囲を、文言通りの範囲から拡張した保護範囲に関して、特許出願時に新規性・進歩性を有するか否かのチェックが行われます(均等論第4要件・公知技術の抗弁等)。

(a)創作の核心的部分が或る部品の形状で表現される場合に、特許請求の範囲に記載された用語の上位概念を導く手掛かりが明細書中に存在すると、裁判官としては、上位概念を抽出し易いのであろうと思われます。

(b)ボールスプライン事件での“アンギュラ―コンタクト”がそれに当たります。

 断面U字状の案内溝の両隅部と案内溝の中央部分に挿入されるボールシャフトの凸部との間にそれぞれボール列を挟み込むことにより、アンギュラ―コンタクトの接合形式を作ることが重要であり、その他のことは重要ではないと判断が付くからです。

そうすると、特許明細書に開示された案内溝は、溝底が平坦であるので、たまたま断面U字状になっているが、その溝底から仕切り部(突堤)を隆起させて半円形状の2つの案内溝としても、作用・効果は同じであると判るからです。

(c)本件明細書でも、半球面部の上面に上方から見て4個の溝を凹設することにより、残りの部分を十字形状の凸部とする代わりに、凹の部分を凸状とし、凸部の部分を凹まして、十字形状の凹部としても、同様に係合機能が発揮できるという点に、特許出願人が気づいて、それを明細書に開示しておけば裁判の結果は違っていたでしょうし、またその構造を特許請求の範囲に記載しておけば、文言侵害の問題として片付いたように思います。

(d)本件の判決文には、“V係合部材の形状がフィルムカセット装着方向の力を巻上げ軸方向の力に変える効果”に関して、「本件明細書や本件図面において、前記効果を奏するための具体的技術内容として、他の形状の係合部材を用い得ることは一切記載されておらず、「半球面部」を設けた係合部材の具体的構成は、本件特許発明の目的及び効果を達成するための技術内容として唯一開示されている」と指摘しています。

 そのために、半球面部を離れて均等の範囲を認めることができなかったという趣旨です。

 [特記事項]
 
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