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判例紹介
今岡憲特許事務所マーク


●平成21年(ネ)第10006号(中間判決)


均等論第1要件/特許出願/中空ゴルフクラブヘッド

 [事件の概要]
@本裁判は、平成19年(ワ)第28614号の判決の控訴審における中間判決です。
中間判決とは


A原告は、

・平成14年1月11日に中空ゴルフクラブヘッドと称する発明について特許出願し、

・平成15年7月22日に当該特許出願について出願公開された後に、

・平成16年11月18日に拒絶理由通知を受けて、意見書・補正書を提出し、

・平成17年3月8日に受けた拒絶査定に対して拒絶査定不服審判を請求するとともに、補正書を提出し、

 平成17年9月30日に特許権の設定登録を受けました(特許第3725481号)。


B特許を受けたゴルフクラブヘッドは、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合した中空構造であって、その接合部において両外郭部材を接着するとともに、金属製外郭部材に貫通穴を設け、この貫通穴を介して繊維強化プラスチックス製の縫合材を金属製外郭部材のプラスチックス製外郭部材との境界面側及び反対側とに通して両外郭部材を接合したものでした。


C被告は、中空構造のゴルフクラブヘッドであって、前記縫合材に代えて金属製外殻部材に設けた一つの貫通穴に1回だけ通す帯片を用いたものを、原告の特許出願の出願公開から特許権の設定登録まで及び当該登録後に亘って実施していました。


D原告は、平成19年、特許権侵害の損害賠償・補償金の支払いを求めて提訴したところ、地方裁判所が文言侵害及び均等侵害を否定して請求を棄却したため、控訴しました。


Eなお、被告は、平成18年7月18日に、原告を被請求人として、特許庁に対し、「イ号図面及びその説明書」に示す「中空ゴルフクラブヘッド」が本件発明の技術的範囲に属しないことの判定を求め、平成19年4月27日に当該「中空ゴルフクラブヘッド」が本件発明の技術的範囲に属しない旨の判定を受けていました。


[特許発明/特許出願に係る発明の内容]


{発明の目的}

 金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることを可能にした中空ゴルフクラブヘッドを提供することです。


{発明の構成}

@特許請求の範囲の記載は次の通りです。

「金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成した中空ゴルフクラブヘッドであって、前記金属製の外殻部材の接合部に前記繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部を接着すると共に、前記金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合したことを特徴とする中空ゴルフクラブヘッド。」


A裁判所は、前記特許請求の範囲の記載を次のように分説しました。

(a)金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成した中空ゴルフクラブヘッドであって、

(b)前記金属製の外殻部材の接合部に前記繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部を接着すると共に、

(c)前記金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、

(d)該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した

(e)ことを特徴とする中空ゴルフクラブヘッド。


[イ号製品の構成]

 被告製品について,その構成を本件発明の構成要件に対応させれば,次の通りです。

〈a〉 金属製外殻部材1とFRP製外殻部材9,10とを接合して中空構造のヘッド本体を構成した中空ゴルフクラブヘッドであり,

〈b〉 金属製外殻部材1のフランジ部5にFRP製下部外殻部材9,FRP製上部外殻部材10の接合部を接着すると共に,

〈c〉 金属製外殻部材1のフランジ部5aに透孔7を設け,

〈d〉 透孔7を介して炭素繊維からなる短小な帯片8を,前記金属製外殻部材1の上面側のFRP製上部外殻部材10との接着界面側とその反対面側に通して,前記FRP製上部外殻部材10と金属製外殻部材1とを結合してなる

〈e〉 中空ゴルフクラブヘッド。


(本件発明)                 (イ号物品)


zu


[原審判決の内容]


@本件発明における「縫合材」は、金属製の外殻部材に設けた複数の貫通穴に、金属製の外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)との間を曲折しながら連続して通した部材を意味するものと解するのが相当である。


A被告製品は、各透孔7毎に分離した炭素繊維からなる短小な帯片8(短小帯状片)があるものの、これは上記のような意味における「縫合材」に当たらないことが明らかであるから、被告製品は、本件発明の構成要件(d)を充足しないものというべきである。


B本件発明は、前記のとおり、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めるという課題を解決するための手段として、請求項1に記載の構成を採用し、金属製の外殻部材の接合部と繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部とを接着するだけでは十分な接合強度が得られないため、接着に加え、前記のとおりの構成態様における縫合材を用いることにより、両者の外殻部材を結合して接合強度を高めたものである。

 そうすると、本件発明においては、縫合材により、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを結合したことが課題を解決するための特徴的な構成であって、このような縫合材は、本件発明の本質的部分というべきである。

 したがって、本件発明の構成中の被告製品と異なる部分である「縫合材」は、本件発明の本質的部分であるから、本件発明の「縫合材」を備えていない被告製品を本件発明と均等なものと解することはできない。


[争点]

(1)構成要件(d)の充足性

(2)均等侵害の成否

(3)進歩性欠如の有無

(4)原告の補償金等

 以下、(1)及び(2)について解説します。


[当事者の主張]


{原告の主張}

(文言侵害に関して)


@本件発明の接合強化原理は、金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材とを接着剤で接着することに加え、縫合材の張力を接着の補強に利用することにある。


A縫合材の張力を接合の補強に利用することを可能とするための必須の要件は、

・縫合材がプラスチック製外殻部材と一体的に接着されると同時に、

・縫合材が金属製外殻部材の貫通穴を通って接着面とその反対面側に通されること

であり、これらの条件が満たされる限り、その縫合材が接着面の反対側でいかなる方法で係止されているかその係止方法は一切問わない。

 (均等侵害について)


B本件発明の本質的な部分は、縫合材による張力補強を利用して異種部材同士の接合強度を高める点にあり、そのためには、「縫合材」が

・プラスチック製外殻部材と一体的に接着するとともに、

・これが貫通穴を通じて金属製外殻部材の反対面側に通されていること

の2点が採用されていれば十分であり、金属製外殻部材の表面において、縫合材が連続か不連続かは、本件発明の本質的部分に関わる構成ではない。

zu

{被告の主張}

(文言侵害に関して)

@「縫合」とは、「ぬいあわせること」(広辞苑第4版)であるから、本件発明の「縫合材」とは、「物と物との間を左右に屈曲しながら通る」部材、換言すれば、金属製の外殻部材の接合部の貫通穴を通ってジグザグ状に縫合する部材と解される。


A本件の特許出願の審査の経緯(特に意見書の内容)に鑑みると、特許請求の範囲中の「接着界面側とその反対面側とに通し」と記載した事項は、特許出願当初の図6(現在の図2)において、繊維強化プラスチック製の縫合材が貫通穴を介して金属製外殻部材の繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とをジグザグ状に通過している構成を意味したものである。

※前記意見書において、特許出願人は「補正後の請求項6において、『該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその裏面側とに通して』とする補正事項は、出願当初の明細書の段落〔0018〕及び図6の記載に基づいております。」という意見を述べています。

 (均等侵害に関して)


B本発明においては、中空ゴルフクラブヘッドの金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることを目的として採用された接合形態が本件発明の本質的部分であり、

 そのような接合形態として、本件発明の構成要件(d)の「該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」構成が採用されたのであるから、

 本件発明の「縫合材」は、本質的部分である。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、特許請求の範囲中の用語の意義に関して次のように判断しました。

(1)構成要件(d)の「縫合材」の意味について

 構成要件(d)における「縫合材」について、それが、「該貫通穴を介した繊維強化プラスチック製」であり、かつ、「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」ものであることは、特許請求の範囲の記載上明らかであるが、その他、「縫合」という語を用いたことにより、技術的な観点等から、何らかの限定を加えて解釈すべきものであるか否かについて、以下に検討する。

   ア 特許請求の範囲の記載

    (ア) 上記のとおり、特許請求の範囲(構成要件(d))には、「該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」と記載され、同記載からすれば、「縫合材」は、繊維強化プラスチック製外殻部材と金属製外殻部材とを結合する目的で用いられる部材であることは明らかである。

 ところで、「縫合」とは、通常は、「ぬいあわせること」、「縫って両方が合うようにする。合せて縫う。」との意味を、また、「縫う」とは、「@糸を通した針で布や皮などを刺し綴る。A縫取りをする。刺繍をする。B針で布や皮などを縫ったように、槍または矢が鎧などを貫く。C物と物との間を左右に曲折しながら通る。」などの意味で用いられる旨の説明がされている(広辞苑、乙2参照)。

 そうすると、「縫合材」は、一般的な意味に即して解釈すると、「結合させようとする複数の対象物のすべてを貫き通すことによって結合させるために用いられる部材」ほどの意味を有することになる。仮に、本件発明の「縫合材」が、金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材とを、上記のような意味で、縫合する部材であるとするならば、金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材の双方に貫通穴を穿ち、この穴に縫合材を通して刺し綴って止める部材を意味することになろう。

 しかし、構成要件(c)、(d)によれば、本件発明の縫合材は、金属製外殻部材にのみ貫通穴を設けて、通す部材であって、金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材の両者に貫通穴を穿ち、両者を貫通させる部材である旨の記載はされていない。

    (イ) 以上によれば、構成要件(d)の「縫合材」は、「複数の対象物のすべてを貫き通すことによって結合するために用いられる部材」という通常の意味とは、異なる意味で用いられている。他方、「縫合」の意味が多義的であることもあり、特許請求の範囲(請求項1)の記載からは、「縫合材」の技術的意義を一義的に確定することができない。

   イ 本件明細書の記載等

 本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参照する。

    (ア) 本件明細書の発明の詳細な説明の「従来技術」の欄には、「金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成しようとした場合、その接合強度が十分に得られず、ゴルフクラブヘッドとしての耐久性を確保することが極めて困難であった。」(【0003】)と記載され、「発明が解決しようとする課題」の欄には、「本発明の目的は、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることを可能にした中空ゴルフクラブヘッドを提供することにある。」(【0004】)と記載されているが、「課題を解決するための手段」の欄(【0005】、【0006】)には、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高める構成として、本件発明と同様の構成が記載されているにとどまり、その記載からは、「縫合材」の意味は明らかではない。


zu

    (イ) 「発明の実施の形態」の欄には、次のとおり記載されている。「図2(a)、(b)の接合形態では、金属製の外殻部材11の接合部11aに繊維強化プラスチック製の外殻部材21の接合部21aを接着し、かつ金属製の外殻部材11の接合部11aに複数の貫通穴13を設け、該貫通穴13に繊維強化プラスチック製の縫合材22を通し、該縫合材22により繊維強化プラスチック製の外殻部材21と金属製の外殻部材11とを結合している。上記接合形態によれば、縫合材22が金属製の外殻部材11に対して繊維強化プラスチック製の外殻部材21に強固に結び付けるため、ゴルフクラブヘッドとして十分な耐久性が得られる。なお、外殻部材21と縫合材22はプラスチック同士であって相互接着性が良好であるため図示のように互いに密着するだけで良い。」【(0011】)

 図2によれば、金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材との接合強度を高めるために、金属製の外殻部材11の接合部11aに複数の貫通穴13を設け、この貫通穴13に繊維強化プラスチック製の縫合材22を一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)との間を曲折して通し、この縫合材22を一方の側(接着界面側)において繊維強化プラスチック製の外殻部材に接着することにより、金属製の外殻部材11と繊維強化プラスチック製の外殻部材21とを結合する実施例が開示されている。そして、図2では、3つの貫通穴の例が示されている。

    (ウ) 上記の実施例では、繊維強化プラスチック製の縫合材22は、同種素材である繊維強化プラスチック製の外殻部材21とは相互に接着性が良好であるものの、異種素材である金属製の外殻部材11とは接着しただけでは接合強度が不十分であるから、縫合材22を金属製の外殻部材11の複数の貫通穴13に接着界面側とその反対面側との間を曲折させながら通した上で、縫合材22と繊維強化プラスチック製の外殻部材21とを接着することにより、金属製の外殻部材11に対して繊維強化プラスチック製の外殻部材21を強固に結合する態様が示されている。

    (エ) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載によっても、金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材の双方に貫通穴を穿ち、この貫通穴に縫合材を通して刺す態様は、本件発明の実施態様として示されていないから、「縫合材」の語は、「複数の対象物のすべてを貫き通すことによって結合させるために用いられる部材」という通常の意味から離れて用いられていることが明らかである。

   ウ 本件発明に係る出願経過

 本件発明に係る出願経過において、原告は、平成15年11月18日、拒絶理由通知を受け(乙6)、平成16年4月12日、同日付け手続補正書(甲5、乙12)を提出して明細書の補正を行うとともに同日付け意見書(乙7)を提出したが、平成17年2月15日、拒絶査定を受けた(乙8)。原告は、平成17年4月7日、拒絶査定不服審判を請求し(乙9)、同審判において、同年5月9日付けで、明細書を補正対象とする手続補正書(甲6)と、審判請求書を補正対象とする手続補正書(乙10)を提出した。

 上記の出願経過において、以下の拒絶理由通知が発せられた。すなわち、本件発明は、@繊維強化プラスチック製の外殻部材と縫合材とを密着させることだけによって結合させる態様、A繊維強化プラスチック製の外殻部材にも貫通穴を設け、該貫通穴にも縫合材を通すことによって、二つの外殻部材どうしを縫合材の縫合力のみによって結合させる態様、B上記@、Aの態様を併用する態様のうちいずれの態様を意味しているか明りょうでない旨の拒絶理由が通知された。

 これに対して、原告は、@縫合材を金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接着界面に通し、繊維強化プラスチック製の外殻部材に対しては貫通させることなく密着するように配置しているので、繊維強化プラスチック製の外殻部材の強度低下を回避することができ、A金属製の外殻部材の貫通穴に通した縫合材に基づいて金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを一体的に結合させた上で、繊維強化プラスチック製の外殻部材に貫通穴を設けた場合に起こる応力集中による破壊を抑制し、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を最大限に発揮するようにしたと、本件発明の特徴を述べ、構成要件(d)を現状のとおりに補正したものである。なお、「縫合材」は、補正によって付加された構成ではない。

 エ 小括

 以上を整理すると、以下のとおりとなる。

 構成要件(d)における「縫合材」は、そもそも、当該用語が、「複数の対象物のすべてを貫き通すことによって結合させるために用いられる部材」という通常の意味から離れて用いられていることが明らかであるから、「縫合材」の通常の語義のみに従って、その内容を限定する合理性はないといえる。

 そこで、技術的な観点をも含めて、その意義を解釈する。

 ところで、@「縫合材」を、金属製外殻部材の複数の貫通穴に、金属製外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)とを曲折させて通すという構成を採用した目的は、金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材との接合強度を高めるためである。A「縫合材」が、そのような結合強度を高める効果を奏するためには、金属製外殻部材の接着界面側の少なくとも2か所で接合(接着)することが必要である(「縫合材」は、金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側で繊維強化プラスチック製外殻部材に接合することになるから、その接着性によって、接合強度を高める効果を生じることになる。)。そして、B「縫合材」を、2か所で接合(接着)するためには、「金属製外殻部材の接着界面側から、貫通穴を通して反対面側に達し、さらに、貫通穴を通して接着界面側に回帰させる態様を含む」ことが必要となる。

 原告が、構成要件(d)について、単に「部材」などの語を用いることなく、「縫合材」との語を選択した以上、その内容は、単なる「部材」とは異なり、何らかの限定をして解釈されるべきところ、その限定の内容を技術的な観点をも含めて解釈するならば、「縫合材」とは、「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し、かつ、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」であると解するのが相当である。

 そうすると、構成要件(d)を充足するためには、「該貫通穴を介した繊維強化プラスチック製」であり、かつ、「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」部材であることが必要であるのみならず、さらに、「縫合材」との構成から、「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し、かつ、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する」部材であることが必要であるといえる。


A裁判所は、次の理由から、文言侵害の成立を否定しました。

 被告製品の構成〈d〉における「炭素繊維からなる短小な帯片8」は、「金属製外殻部材1の上面側のFRP製上部外殻部材10との接着界面側とその反対面側の前記金属製外殻部材1の下面側のFRP製下部外殻部材9との接着界面側とに一つの貫通穴を通して、上面側のFRP製上部外殻部材10及び下面側のFRP製下部外殻部材9と各1か所で接着した炭素繊維」であり、金属製外殻部材に設けた一つの貫通穴に1回だけ通すものであって、金属製外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)を貫く複数の貫通穴に複数回(2回以上)通すものではなく、また、上面側のFRP製上部外殻部材10と1か所で接着するにとどまり、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)するものではない。

 そうすると、被告製品の構成〈d〉における「炭素繊維からなる短小な帯片8」は、構成要件(d)の「縫合材」であることの要件(「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し、かつ、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」)を充足しない。

 従って、被告製品は、本件発明の構成要件(d)を文言上充足せず、文言侵害は成立しない。

zu

B裁判所は、次の理由から、均等侵害の成立を肯定しました。

 当裁判所は、被告製品の構成〈d〉における「(炭素繊維からなる短小な)帯片8」は、本件発明の構成要件(d)における「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」の均等物であると判断する。その理由は、以下のとおりである。

 前記のとおり、「(炭素繊維からなる短小な)帯片8」は、金属製外殻部材に設けた一つの貫通穴に1回だけ通すものであって、金属製外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)を貫く複数の貫通穴に複数回(2回以上)通すものではなく、金属製外殻部材の上下において上部繊維強化プラスチック製外殻部材(本件発明の「繊維強化プラスチック製外殻部材」に相当する。)及び下部繊維強化プラスチック製外殻部材と各1か所で接着するにとどまり、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)するものではない。

 本件発明の構成中、被告製品の構成と異なる部分は、上記の点である。

(1) 置換可能性について

ア 本件明細書

(ア) 本件明細書には、次のとおりの記載がある。

 「本件発明の目的は、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることを可能にした中空ゴルフクラブヘッドを提供することにある。」(「発明が解決しようとする課題」欄、【0004】)

 「本発明によれば、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成するに際して、金属製の外殻部材の接合部に繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部を接着すると共に、金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を金属製外殻部材の繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して繊維強化プラスチック製の外殻部材と金属製の外殻部材とを結合したから、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることができる。従って、ゴルフクラブヘッドとしての耐久性を確保しながら、異種素材の組み合わせに基づいて飛びを含むゴルフクラブ性能を向上することが可能になる。」「(発明の効果」欄、【0019】)

    (イ) 前記(ア)の本件明細書の記載によれば、本件発明の構成要件(d)において「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」を用いたことによる目的、作用効果(ないし課題の解決原理)は、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにあるものと認められる。

 イ 被告製品における目的、作用効果の達成の有無

 被告製品の構成〈d〉における「炭素繊維からなる短小な帯片8」は、「金属製外殻部材1の上面側のFRP製上部外殻部材10との接着界面側とその反対面側の前記金属製外殻部材1の下面側のFRP製下部外殻部材9との接着界面側とに一つの貫通穴を通して、上面側のFRP製上部外殻部材10及び下面側のFRP製下部外殻部材9と各1か所で接着した炭素繊維」であり、金属製外殻部材に設けた一つの貫通穴に1回だけ通すものであって、複数の貫通穴に通し、金属製外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)を複数回(2回以上)通しているものではない。

 本件発明の縫合材は、金属製外殻部材の貫通穴を複数回(2回以上)通すものであり、金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側で少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合することになるから、その接着性によって、必然的に、接合強度を高める効果を生じることになる。

 他方、被告製品では、FRP製下部外殻部材9は、前方フランジ部5aにおいては、帯片8の下縁部の下面に一体的に接着されており、クラウン部を構成するFRP製上部外殻部材10は前方フランジ部5aにおいては、帯片8の上縁部の上面に一体的に接着されており、金属製外殻部材1の上面フランジ部5を上下から挟むようにFRP製下部外殻部材9とFRP製上部外殻部材10が金属製外殻部材1に接着されている。

 前方フランジ部5aにおいて、炭素繊維からなる帯片8は、一つの貫通穴に通され、上面側のFRP製上部外殻部材10及び下面側のFRP製下部外殻部材9と各1か所で接着されることにより、金属製の外殻部材(金属製外殻部材1)と繊維強化プラスチック製の外殻部材(FRP製上部外殻部材10)との接合強度を高める効果を奏している。同効果は、本件発明において「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」を用いたことによる目的、作用効果と共通するものである。

 すなわち、被告製品では、金属製外殻部材の接着界面のみならず、その反対面側においても、FRP製下部外殻部材9を当てて加熱・加圧する成形がされているため、帯片8は、金属製外殻部材の接着界面の反対面側においても、繊維強化プラスチック製の外殻部材(FRP製上部外殻部材9)と、一体に接合している(甲11、弁論の全趣旨)。そのため、帯片8を、金属製外殻部材に設けた貫通穴に複数回通すことによって強度を確保する必要がない。

 以上のとおりであり、本件発明の構成要件(d)における「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」と被告製品の構成〈d〉における「(炭素繊維からなる)短小な帯片8」とは、目的、作用効果(ないし課題解決原理)を共通にするものであるから、置換可能性がある。

  (2) 置換容易性

 本件発明においても、被告製品においても、金属製外殻部材に設けられた貫通穴に繊維強化プラスチック製の部材を通すことは共通であり、金属製外殻部材の複数の貫通穴に複数回通し、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材を、一つの貫通穴に1回だけ通し、金属製外殻部材の上下において上部繊維強化プラスチック製外殻部材及び下部繊維強化プラスチック製外殻部材と各1か所で接着する部材に置き換えることは、被告製品の製造の時点において、当業者が容易に想到することができたものと認められる。したがって、置換容易性は認められる。

  (3) 非本質的な部分か否かについて

 本件発明の目的、作用効果は、前記(1)ア(ア)の本件明細書の記載によれば、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある。特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、本件発明は、金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、貫通穴に繊維強化プラスチック製の部材を通すことによって上記目的を達成しようとするものであり、本件発明の課題解決のための重要な部分は、「該貫通穴を介して」「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」との構成にあると認められる。

 本件発明の特許請求の範囲には、接合させる部材について、「縫合材」と表現されている。

 しかし、既に詳細に述べたとおり、@本件発明の課題解決のための重要な部分は、構成要件(d)中の「該貫通穴を介して」「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」との構成部分にあること、A本件発明の「縫合材」の語は、繊維強化プラスチック製の部材を金属製外殻部材に通す形状ないし態様から用いられたものであって、通常の意味とは明らかに異なる用いられ方をしているから、「縫合」の語義を重視するのは、妥当とはいえないこと、B前記のとおり、「縫合材」の意味は、技術的な観点を入れると、「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し、かつ、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」と解すべきであるが、当該要件中の「一つの貫通穴ではなく複数の(二つ以上の)貫通穴に」との要件部分、「少なくとも2か所で(接合(接着)する)」との要件部分は、本件発明を特徴付けるほどの重要な部分であるとはいえないこと等の事情を総合すれば、「縫合材であること」は、本件発明の課題解決のための手段を基礎づける技術的思想の中核的、特徴的な部分であると解することはできない。

 したがって、本件発明において貫通穴に通す部材が縫合材であることは、本件発明の本質的部分であるとは認められない。

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  (4) 対象製品の容易推考性について

 本件の全証拠によっても、被告製品が、本件特許の出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものであるとは認められない。

  (5) 意識的除外について

 ア 本件特許の出願経過は、以下のとおりである。

 原告は、平成14年1月11日、本件特許を出願し(特願2002−4675号、甲4)、平成15年7月22日、出願公開されたが(特開2003−205055号公報、乙5)、同年11月18日、拒絶理由通知を受けた(乙6)。

 原告は、平成16年4月12日、同日付け手続補正書(甲5、乙12)を提出して明細書の補正を行うとともに同日付け意見書(乙7)を提出したが、平成17年2月15日、拒絶査定を受けた(乙8)。

 原告は、平成17年4月7日、拒絶査定不服審判を請求し(乙9)、同年5月9日付けで、明細書を補正対象とする手続補正書(甲6)と、審判請求書を補正対象とする手続補正書(乙10)を提出した。

 本件特許は、平成17年9月30日、設定登録された(甲1、2)。

 イ 前記1(1)ウのとおり、原告は、出願経過において、@縫合材を金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接着界面に通し、繊維強化プラスチック製の外殻部材に対しては貫通させることなく密着するように配置しているので、繊維強化プラスチック製の強度低下を回避することができ、A金属製の外殻部材の貫通穴に通した縫合材に基づいて金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを一体的に結合させた上で、繊維強化プラスチック製の外殻部材に貫通穴を設けた場合に起こる応力集中による破壊を抑制し、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を最大限に発揮するようにした点に、本件発明の特徴がある旨を述べている。しかし、出願経過及びその過程で提出された手続補正書や意見書の内容に照らして、原告が、本件特許の出願経過において、本件発明の「縫合材」を、一つの貫通穴を通し、金属製外殻部材の上下のFRP製外殻部材と各1か所で接着した部材に置換する構成を意識的に除外したと認めることはできない。

  (6) 均等の成否 以上によれば、被告製品は、本件発明の構成と均等なものとして、その技術的範囲に属する。」


 [コメント]
@本事例は、均等侵害を扱ったケースでありますが、特筆するべきなのは、「縫合材」という用語に関して丁寧に文言解釈を行ったことです。

(a)“縫合”とは、服飾に関する技術であり、接合するべき2つの布状の部材の上側及び下側の間を順次貫通させて縫い合わせることを想起させる用語であり、特許出願の願書に添付された図面にもその通りの構造が記載されています。

(b)しかしながら、服飾技術における縫合では、縫合箇所を接着剤で接着することはありません。本件特許の“縫合”は、接着を前提として、接着による接合強度を高めるために採用されています。

(c)そうであれば、“接着”との関係を考えない訳にはいきません。

(d)そうした趣旨から、裁判所は、

・“金属製外殻部材とプラスチック製外殻部材との接合強度を高めるという本件発明の効果を奏するためには、金属製外郭部材の接着面側の少なくとも2カ所で接合(接着)することが必要である”という見解に至り、

・縫合材は「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し、かつ、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」と解するのが相当である

 という見解を示しました。


Aこの見解によれば、二つの貫通穴を通って両端が接着された1個の略U字形の縫合材と、一つの貫通穴を通って両端が固定された2個の略I字形(又はZ字形)の帯片との間で機能を比較することになります。

 そうなると、1個のU字形の縫合材の接着された端部と反対側の箇所を切断し、その切断箇所を周囲と接着すれば、2個の帯片になりますから、置換可能性(第2要件)及び置換容易性(第3要件)は具備されると解釈されます。

 特許発明において一個の部材が担う機能を、複数の部材で実現する場合に、第2、第3要件を認めることに関しては先例があります。例えば、平成3年(ネ)第1627号(いわゆるボールスプライン事件の第2審)では、シャフト支持用のボールを保持するための一個のリング状の保持具を、5つのパーツに分割することに関して、第2、第3要件を認めています。


B仮に裁判所が、図示された縫合材の構造を出発点として、均等侵害の是非を判断していたら、少なくとも均等論の第2要件及び第3要件のいずれかを具備しないという結論になっていたのではないかと思います。


Cなお、特許出願当初の明細書及び図面を見ると、プラスチック製外郭部材の接合個所が二股形状に形成されており、この二股部分で金属製外郭部分を挟み込み、接着するという構造がメインになっており、貫通穴及び縫合材で接着を補強するという態様は下位の請求項の一つに過ぎませんでした。

 そのためなのか、この態様に関しては記載不足が目立ちます。裁判官が明細書・図面の全体から縫合材とは「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し、かつ、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」というと解釈しています。しかしながら、“縫合材”という用語を通常の用法と異なる意味で用いるのであれば、特許出願人は、この程度のことは解釈に頼らずに導き出せるように明細書に明記しておくべきだったのではないかと考えます。

 [特記事項]
 
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