内容 |
①事実に反する事項の意義
進歩性の判断は、“請求項に記載された係る発明の属する技術の分野に係る分野における特許出願前の技術水準を的確に判断した上で、当業者であればどのようにするかを常に考慮して”行うべきであり(進歩性審査基準)、そして前記技術水準には技術常識が含まれます。しかしながら、日常的な意味での技術常識と異なり、進歩性の判断材料となる事柄は技術的に正しいものでなければなりません。
日常的な意味での技術常識には、いわゆる“俗説”が含まれますが、そうした事柄を基礎して特許出願人の発明の進歩性を判断すると、誤りを生じます。
②事実に反する事項の基づく判断の具体例
(a)事例1
[事件番号]昭和44年(行ケ)第84号(拒絶審決取消訴訟/認容)
[発明の名称]接着用銅材料の表面処理法
[特許出願に係る発明(本願発明)の構成]
銅材料の表面に銅のヤケ鍍金を施した後、該面に接着剤を使用し、または使用せずして合成樹脂含浸紙または布からなる積層板を密着せしめることを特徴とする銅貼積層板の製造法。
[特許出願に係る発明(本願発明)の意義]
ヤケ鍍金は良鍍金と性質が異なり、従来は使い物にならないとして当業者は専らこれを避ける努力をしていたが、特許出願人らは、その表面が粗面になることに着目し、銅材料の表面にヤケ鍍金(円柱状独立突起を一面に有するもの)を施し、有機物質表面を持つ基板と密着させて銅貼積層板を作成したところ、剥離抗力が極めて大きくなることを見出した。
[引用文献の内容]
第一引用例には「電着銅の銅粗表面に合成樹脂含浸紙からなる積層板を密着して銅被覆積層板を製造する」旨の記載がある。
[裁判所の判断]
被告(特許庁)は、第一引用例には表面粗度を大きくすれば接着力が大きくなる旨の記載があるから、本願発明は同引用例の記載から容易に推考できたものである旨主張する。
同引用例に、引用発明の前認定の構成が接着力を強化する作用効果を生ずる理由の説明として、被告主張の趣旨の記載があることおよび銅表面にヤケ鍍金を施すと粗度が大きくなることは当事者間に争いがない。
しかし、〈証拠〉によれば、“表面の粗度、すなわち真の表面積の幾何学的表面積に対する比率を大きくすれば接着力が大きくなる”という命題は、本件特許出願前俗説としては存在したが、学説または理論としてこれを主張するものは皆無であり、むしろこれとは反対の実験結果がいくつか報告されており、当時の学説ないし理論によれば、表面粗度を大きくした場合には、清浄な面または反応性に富む面を作るなどの長所があると同時に、空隙が残りその部分に応力が集中しそこから破壊がはじまるなどの短所があること(中略)などが本件特許出願前における当業者の技術常識であつたことが認められる。
従って審決に取消事由があることは明らかである。
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