内容 |
①法例の意義
法例は、我が国国際私法のルールを定めた基本的な法律であり、例えば職務発明に関して外国に特許出願をしたときに、準拠法を決める根拠となります。本事例では、第一審の裁判所は、法例に従って日本の法律が準拠法と認定しました。なお、本件の控訴中に法例に代わって適用通則法が施行されましたが、関係する規定の内容が実質的に同じです。
②法例の事例の内容
(a)事件の経緯
(イ)原告は、被告会社に勤務していた従業員であり、被告は、原告から特許を受ける権利を譲り受けて日本国に特許出願を行って特許を取得し、さらに外国においても特許出願をしました。
(ロ)被告は、労使協定に基づく取り扱い規定に基づいて特許を受ける権利の譲渡に対して対価を支払っていました。
(ハ)原告が被告会社に対し本件特許発明の承継の相当の対価として一〇億円を請求した。
(ニ)これに対して裁判所は、特許発明により使用者が受けるべき利益の額について、
・被告の包括クロスライセンス契約と利益の額、
・本件特許発明の技術的範囲と代替技術、
・被告ライセンス契約における本件特許発明の寄与度、
・被告の全ライセンシーにおける本件特許発明の実施品の実施割合
を検討した上、被告が包括クロスライセンス契約において本件特許発明により得た利益の額と全ライセンシーにおける本件特許発明の実施割合を算定して被告による本件特許発明の実施による利益の額を算出し、本件特許発明における被告の貢献度を九七パーセントとして、特許発明の特許を受ける権利の承継の相当対価の額として原告が受ける金額を既払額を控除した三三五二万円と認定した事案です。
(b)当事者の主張
[原告の主張]
・職務発明により生じた外国の特許を受ける権利等の譲渡について,日本国特許法35条が適用される。
・職務発明である本件各特許発明に係る特許を受ける権利の承継の対価請求の準拠法は日本法と解すべきである。すなわち,職務発明である本件各特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡の前提となる労働契約が,日本に在住する日本人である原告と日本法人である被告との間で日本において締結されたものであることからすれば,本件各特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡に関する本件譲渡契約の成立及び効力についての準拠法を日本法とする黙示の意思が当事者間に存在したことは明らかである。したがって,本件各特許発明に係る特許を受ける権利の承継についての準拠法は,法例7条1項により日本法となる。また,当事者の意思が明確ではないとしても,原告と被告が本件譲渡契約を締結したのは日本国であり,行為地法は日本法であるので,法例7条2項により,その準拠法は日本法になる。
[被告の主張]
・外国特許を受ける権利の帰属に関する法律関係については,当該外国特許権の登録予定国法が準拠法として選択され,適用されるべきである。
・“勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求める”というオリンパス最高裁判決(平成13年(受)第1256号)は、本事例の射程外である(→判例の射程とは)。被告の取扱い規定は、労働協約に基づいて制定され、その内容は従業員に広く周知されており、合理的な規定といえるからである。
[裁判所の判断]
・上記承継は,日本法人である被告と,我が国に在住して被告の従業員として勤務していた日本人である原告とが,原告がした職務発明について被告取扱規程に基づき我が国で行ったものであり,原告と被告との間には,上記承継の成立及び効力の準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在すると認められる。そして,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか,その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は,譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず,譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから,その準拠法は,法例7条1項の規定により,第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である(最高裁平成16年(受)第781号)。
本件においては,原告と被告との間には,承継の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在しているのであるから,特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については,我が国の法律が準拠法となるというべきである。
・最高裁の判決の射程外であるという被告の主張は採用できない。本件各特許発明の承継についてこれまでに支払われた額が,合計で87万6000円にすぎず,本判決で後記のとおり認定判断する本件各特許発明の承継の相当の対価と比較すると,その額が低額であることからすれば,被告取扱規程が定める相当対価の算定方法は,特許法35条4項の趣旨・内容に到底合致するものということはできない。したがって,原告は,特許法35条4項に基づき,前記相当の対価と支払済みの額との差額を請求し得るというべきであって,このことは,被告取扱規程が労使協約及びそれに基づく労使協議に依拠して定められているからといって異なるものではない。
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