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①仮保護の権利を認める意義
特許出願は、国に発明の保護(特許権)を求める手続ですが、審査主義(特許法第47条)の下では新規性・進歩性等の実体審査に時間を要するので、特許出願後の直ちに特許権を付与することはできません。
そこで特許出願の流れの中で、手続の段階に応じた“仮の保護”を与え、最後に最終的な保護形態である特許権に与えるという手順が我が国では取られています。特許出願に対する出願公開の後に一定条件で発生する補償金請求権(特許法第65条の3)の仮の保護の一種ですが、平成6年改正前には、特許出願の実体審査を経て出願公告が行われた時点で特許権とほぼ同等の効力を有する仮保護の権利が認められていました。
こうした仮の保護は、特許出願の対象が特許に値するということが前提として与えられるものであるため、特許出願の拒絶が確定したり、特許が無効となったときには、最初からなかったものとみなされます。これは、特許出願の拒絶等や特許の無効を解除条件とする権利と解釈することができます。
②仮保護の権利の性質
(a)過去の事例では、クレープ生地浴浸加工法の発明について出願公告があり、前述の仮保護の権利が発生した段階において、特許出願人(原告)による仮保護の権利に基づく差止請求の仮処分命令申請に対して、裁判所が仮保護の権利の性質を考慮して、申請を棄却したという事件があります(昭和36年(ヨ)第43号)。仮保護の権利は解除条件付きの権利であり、その行使には慎重を期さなければならないという理由です。
以下、その内容を引用します。
「特許法による出願公告は、出願の内容を公開し、これに対する一般の異議申立を許すことによって審査の正確を期するものである。しかし公開された出願の内容が登録までの間に他人に盗用又は模倣される危険に対し出願者の利益を保護する必要がある。すなわち出願公告の時から一応本来の特許権とほぼ同じ効力を与えるが、それは特許出願について拒絶すべき旨の査定若しくは審決が確定したときなど、権利が発生しなかった場合は始に遡って消滅するといういわば解除条件的なものである。
これが出願公告中におけるいわゆる仮保護の権利といわれるものである。そして申請人出張の如く、仮保護の権利として認められた以上かかる権利を侵害する者に対し侵害の差止請求権を容認しなければ仮保護の権利を有するものの権利の実効を期し難いという見解もありうるが、敢て仮保護の状態にある権利を侵害した者は当該特許権の設定の登録があったときは相当重い処罰を受けることとなる(特許法第一九六条第二項)ほか右登録があったときは仮保護の期間中の侵害行為に対する損害賠償ないし不当利得返還の請求権を有する点において刑事上民事上間接にその保護がなされているし、当裁判所は以下述べる理由により申請人主張の右見解は採用できないのである。
すなわち「仮保護」の権利なるものはさきに述べたように後日出願を拒絶される場合もあり得る不安定な権利であるから、その保護が厚きに過ぎればかえって法律関係をいたずらに混乱せしめるのみでなく無用の犠牲を生ずるおそれがある。
ところで特許法第五二条第二項によれば、損害賠償請求権や不当利得返還請求権については特許権の設定登録があった後でなければ行使することができないこととし同法第一〇〇条によれば登録された特許権者に現在及び将来における侵害の停止又は予防を請求しうる権利を認め、いわゆる仮保護の権利を有する間における差止請求権の有無についてはなんら規定するところがないのであるが、以上のように損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権は特許権の設定の登録がなされた後でなければ行使できないこと及び仮保護の権利なるものは後日出願を拒絶されその根拠が失なわれるかも知れない不安定な権利であり、これが保護は他方に生ずべき損失との比較較量において慎重でなければならない点などを考え合わせるといわゆる仮保護の権利を有するにとどまる者は第三者に対し未だ差止請求権を有しないものと解せざるを得ない。」
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