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@技術的専門家の意義
専門家証人の意見は、裁判として証拠として採用されます。しかしながら、その意見が学会などで受け入れられている理論や学説に裏付けられていることが前提です。個人的な主観に過ぎない意見を排除するためです。
このため、何らかの分野の専門家であるとしても、証言に関する法律の論点から必要とされる専門性と適合するか否かが裁判官により審理され、適合していないと判断されると裁判で受け入れることが出来ないとして排除されます。
特許出願に関連する訴訟では、技術に関する事柄と法律に関連する事柄が複雑に絡み合い、一人の証人の陳述のうちの一部は、裁判で受け入れることができるが、残りは受け入れることが出来ないということが起こる場合があります。
ここでは特許庁の審査官が“特許出願の審査のエラー(新規事項の見逃し)は特許の有効性を弱めるものであり、特許出願人は審査官によるエラーを理解していた”と意見した事例を紹介します。
A技術的専門家の事例の内容
[事件の表示]NEUTRINO DEVELOPMENT CORPORATION v.
SONOSITE, INC.,
[事件の種類]特許侵害事件(証人排除の動議に対する略式判決・一部認容一部棄却)
[事件の経緯]
(a)Richard T. Redano
は、1997年9月9日に、医療発明(人体の一部についての血行動態の刺激・監視及び薬物伝達の加速の方法及び装置に関する発明)に関して米国に特許出願(08/926209)を行うことで米国特許第5947901号を取得するとともに、その一部継続出願として米国特許出願(09/315867)を行い、特許権(U.S.Pat
No. 6221021)を取得しました。
(b)Neutrino Development
Corporation(原告)は、前記特許(本件特許)をRedanoから譲り受け、そしてSONOSITE,
INC.,(被告)を特許侵害で訴えました。
(c)被告は、抗弁の立証のために7人の証人を立てました。
(d)原告は、全ての証人に対して証人排除の動議、特許侵害の略式判決を求める動議を提出しました。
(e)裁判所は、証人排除の動議を検討し、その一部を認容し、そして本件特許の文言侵害を認める略式判決を出しました。
(f)この記事では、証人の一人であるCameron Weiffenbachの証言に関する部分を紹介します。
[当事者の主張]
(a)Cameron
Weiffenbachは、米国特許商標庁における欠陥(新規事項の見逃し)に言及し、こうした欠陥は、特許処分の有効性の推定を弱める(undermine)ものであると論じた。
Neutrino(原告)は、この証人の主張のうちの後半部分を証拠として採用することに反対している。
(b)証人はまた、特許出願人は当時特許弁護士の資格を有しており、審査官によるエラー(新規事項の見逃し)を冒したことを理解していたと述べた。
被告は、証人の証言のうちで本件特許出願の審査において審査官が新規事項を見逃したことは、特許出願人がこれを知りつつ利用したことと関連性があり、新規事項を含むことを理解していて特許出願の明細書を補正することは、“不正な行為”(inequitable
conduct)であると主張した。
(c) 原告は、米国特許商標庁の手続における問題に関する証拠は裁判において採用されるべきでないと主張した。この結論を裏付けるため、原告は、特許の有効性の推定を弱める特許出願の手続上の欠陥・エラー・省略に関する専門家の証言を地方裁判所が拒否した事例を引用した。
Bausch & Lomb, Inc. v. Alcon Labs., Inc., 79 F.Supp.2d 252, 255
[裁判所の判断]
(a)当裁判所は、証人の証言が単に米国特許商標庁における潜在的なエラーの可能性に言及しているに過ぎないのであれば、そうした証言は裁判で受け入れられるべきではないと解釈する。
American Hoist & Derrick Co. v. Sowa & Sons, Inc., 725 F.2d
1350, 1360
こうした一般的な証言にも特許の有効性の推定を弱める傾向が認められるであろう。しかしながら、特許無効の抗弁が許されるという事実は、特許の有効性の推定は、当事者によって反論可能であることを示している。
特許出願の手続における誤り(mistake)及び非行(misconduct)の証拠は、特許の有効性に反対する立場から見て、実質的な有効性を決定することに関連する。また特許出願の審査に関する内部ルールに対する審査官及び特許出願人のコンプライアンスは、そこに不正な行為(inequitable
conduct)の証拠があるかどうかに関連する。
Magnivision, Inc. v. Bonneau Co.,
115 F.3d 956, 960
従って、当裁判所は、本件特許の出願手続における特定の米国特許商標庁のエラーに関する証言は、不正な行為があったことを示すために、裁判所が受け売れることができる。
(b) これと類似の理由から、当裁判所は、特許出願人が出願手続を行う時点で特許弁護士であった旨の証拠が正当であると認める。被告は、“登録された特許弁護士は特許法並びに米国特許商標庁のルール及び手続を知っている。”と主張した。
当裁判所は、陪審が次のことを合理的に判断するであろうという意見に同意する。
・特許出願人が有する訓練された特許の知識は、彼が米国特許商標庁のエラーに気づいていたであろうことを示唆していること。
・結果的に彼はこれらのエラーを利用して本件特許の範囲を広げたのであり、これはフロードに該当すること
(c)
原告は、特許出願人による5月4日付及び11月14日付補正には新規事項が含まれない旨の特許出願人の意見は、米国特許商標庁に対する不当な陳述(misrepresenttation)であったという証人の証言に反論している。その理由は、このように米国特許商標庁に対して特許出願人が意見を述べることは、法律の問題として、不当な行為(inequitable
conduct)にならないからであるという。 →Misrepresentation(不当な表示)とは
また原告は、裁判の提訴側の当事者(prosecuting
party)による事実の陳述又は法的意見の陳述は、特許の有効性の問題において重要ではないと主張する。
被告は、こうした解釈は、“不当な行為” の抗弁の脈絡 (context)から真実ではないと主張する。
(d)当裁判所は、被告の主張に同意する。特許の有効性の推定に対する原告の解釈によれば、特許審査官は特許出願人による不当な陳述
(misrepresentation)に依拠することができないことを法律が推定していることになる。
原告の見解とは反対に、その不当な陳述が重大なものであれば、法律は特許出願の全体が策略により汚損された(tainted)ものと推定する。
Molins PLC v. Textron, Inc., 48 F.3d 1172, 1178
出願の手続において米国特許商標庁に対して特許出願人が行った重要な表示は、不当な行為の論点と関連性がある。しかしながら、このことは、米国特許商標庁への特許出願人の言論の不当表示性についての証人の意見が、証人が論ずる資格を有しない見解に基づくことを明らかにしたと当裁判所は認定した。次のパラグラフで述べる通り、本件の特許出願に対して行われた補正が新規事項であるか否かについて証人が証言する資格を有しないものと認定する。
(e)原告は、証人には“当該技術分野の通常のレベル”にないので証人が前記補正に新規事項が含まれるか否かを証言する資格を有しないと主張した。当裁判所はすでに当該分野を“医療用超音波診断を設計し、検査し、製造する”分野と認定した{これに対して証人は特許審査官及び特許弁護士としてのキャリアを有するに過ぎない}。
被告は、証人が当該分野におけるスキルを有するかどうかを論ぜずに、特許審査官及び特許弁護士の視点から本件特許出願の重要事項を考慮する資格を有し、彼の証言を、本件特許出願の補正が新規事項を含むと陳述したJoan
Bakerなどの他の証人の証言(→技術専門家のケーススタディ2)と結びつけることができると論じた。
特許出願に対する補正が米国特許法第132の規定に適合するためには、当該技術分野における通常のスキルを有するものが、特許出願の時点での出願書類の中から後にクレームされた発明の主題を含むクレームの発明を見出せなければならないとしている。
TurboCare Div. of Demag Delaval Turbomach. Corp. v. Gen. Elec.
Co., 264 F.3d 1111, 1118
法律は、特許審査官や特許弁護士などの特許専門家の証言に関して例外を作っていない。もし証人が当該技術分野の通常のスキルの観点から証言する資格を有しなければ、新規事項に関する彼の証言を受け入れることができない。
従って当裁判所は特許出願人による補正が新規事項となるか否かに関して証人が証言をする資格を有しないという原告の主張に同意する。
[コメント]
本事例では、特許弁護士の資格を有する特許出願人がした補正は新規事項を含むものであり、当該補正が新規事項でないと特許庁に対して主張したことがmisrepresentationに相当する旨を被告が主張した事例です。
米国特許商標庁の審査官を技術的証人として、こうした意見を陳述させたのですが、この意見の中で補正が新規事項であるか否かについては、受け入れることができないと判断されました。技術分野の通常のスキルの観点から証言する資格を有しないと判断されたからです。
現実問題として、審査官は特許出願の審査において補正が新規事項であるか否かを職務の一部として判断しているのですから、誰よりも新規事項の有無を判断するのに適しているように思われますが、こうした考え方は判例の立場と異なっています。証言に関連する論点ごとにどのような資格が必要とされるのかを確認する必要があります。
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