内容 |
@以下に示す事例は、出願人が高裁に出願時の技術水準に関する証拠方法(出願後に頒布されたもの)を提出し、裁判所がこの証拠方法から出願人が期待する事実とは反対の事実認定を行い、原告がこれを不服として上告したケースです。最高裁は、原告の主張を退けました。要するに証拠の証明力の問題であり、高裁の専権の範囲だからです。
→証明力とは
A〔事例1〕
事件番号:昭和48年(行ケ)第16号(最高裁) 事件の種類:拒絶審決取消訴訟
事件の論点:進歩性の有無 本件発明の名称:気体レーザ放電装置
〔本件発明の内容〕
「レーザ作用を有し、大なる放電電力を必要とする気体が封入され、かつ、中間にベリリアからなる細管部を有する気密容器と、前記細管部の周囲を覆い、内部を冷却媒体が移動する筒体と、前記細管部内に放電を発生するために、前記細管部をはさんで前記気密容器内に配置される陽極および陰極と、前記細管部をはさんで前記気密容器の内部または外部に対向配置される一対の反射鏡からなる共振器とを具備した気体レーザ放電装置。」
〔引用文献〕
第1引用例(非特許文献):放電ガスを気密封入した硬質ガラスまたは石英の細管と、この細管と同心状に配置され細管の周囲に冷却媒体を流すための筒体と、細管内に放電を生じさせるための一対の電極とより成るガス放電装置を開示している。
第2引用例(非特許文献):酸化ベリリウム(=ベリリア)が高い電気絶縁性および良好な熱伝導性を有していることと、酸化ベリリウムの用途が示されている。
※甲六号証の2…出願時の技術水準に関して原告自身が提出した証拠
〔審判請求人(原告)の主張〕
主張(1):内部共振型レーザ装置、内外二重筒体から成り内外筒体間に冷却媒体を流通させて内管を冷却すること、酸化ベリリウムが有する特性および用途がそれぞれ公知であつても、それらは、本願の考案の一構成要素をなす
ものにすぎず、本願の考案のように一体として構成した点は新規である。
主張(2):本願の考案のレーザ放電装置は、出力が増大し、長寿命であり、管内ガス圧の低下が少ないという作用効果を奏する。
〔審決〕
(a)本願考案と第一引用例に示されたものとを比較すると、放電ガスを気密封入した細管と同心状に筒体を配置して細管の周囲に冷却媒体を流し、細管を強制冷却させるように構成した点で両者は共通しており、第一引用例に示されたものはガス放電装置であるのに対し、本願考案は気体レーザ放電装置である点、および本願考案は前記細管の材料に酸化ベリリウムを採用した点で一応の相違が認められる。
(b)しかし、内部共振型レーザ装置は従来より周知であり、また、酸化ベリリウムの熱伝導性、耐熱性、絶縁性などの特性、およびその特性により電子管の絶縁材料として適することが第二引用例に示されているように従来より公知であるから、本願考案は、周知のレーザ装置に公知の材料を転用したものにとどまり、酸化ベリリウムの一利用態様にすぎないものと認められるから、前記主張(1)は失当である。
(c)また、酸化ベリリウムは、良好な熱伝導率を有しているから、これを用いると冷却効果が改善されることは明らかであり、前記主張(2)で述べている程度のことは、酸化ベリリウムを用いたことによつて生じる単なる作用効果の追認にすぎない。
〔高裁での原告の主張〕
第二引用例には酸化ベリリウムがパワーチユーブ、クライストロンチユーブの絶縁材料として適することが記載されているにすぎない。当時の技術水準としては、本願考案のごときガスレーザ放電装置の放電管部の材料として酸化ベリリウムを用いることは技術的に困難であるとされていた。→甲六号証の2で証明
〔高裁の判断(要旨)〕
原告は、本願出願当時の技術水準としては、本願考案のごときガスレーザ放電装置の放電管部の材料として酸化ベリリウムを用いることは技術的に困難であるとされていた旨主張する。まず酸化ベリリウムの熱衝撃抵抗が小さい点を挙げている。
〈証拠〉によれば、酸化ベリリウムは金属、石英ガラスなどに比較すると温度変化の激しい場合には熱衝激抵抗が著しく小さい事実をうかがうことができる。しかしながら、同号証によつてもそれがため酸化ベリリウムは放電管管体の材料として用いることが技術常識からいつて到底不可能と考えられていた事実は認めることができず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。
成立に争いのない甲第六号証の二には、セラミツクスは熱衝撃に弱いからバルク状のセラミツクスをレーザに利用しようとする研究においては、この難点を解決しなければならない旨の記載はあるが、酸化ベリリウムと熱衝撃抵抗との関係についての記載は見当らない。かえつて、同号証にはアルゴンレーザの放電に用いられたか、あるいは利用できるだろうセラミツク材料として酸化ベリリウムが挙げられていることを認めることができる。
〔上告理由〕
原判決は上告人の提出した甲第六号証の二を引用し、熱衝撃との関連において、アルゴンレーザの放電に用いられあるいは利用できるだろうセラミツク材料として酸化ベリリウムが挙げられていることを認めることができるとし、またこの記載に基づき出願当時セラミツク材料の気密性の問題が酸化ベリリウムを放電管管体に用いるという着想を阻害する程の障害になつているとは考えられないと判示している。
実用新案法第三条第二項における容易推考の基礎となる考案は、刊行物の場合実用新案登録出願前に頒布されたものに記載されたものでなければならない。
本件考案の出願日は昭和四〇年七月八日であるのに対し、甲第六号証の二は本件考案出願後の昭和四一年六月に刊行されたものであるから、この文献の記載によつて本件考案出願時の技術水準とすることは許されないことであり、実用新案法第三条第二項に明らかなに違反するものである。
〔最高裁の判断〕
実用新案登録出願にかかる考案の進歩性の有無を判断するにあたり、右出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によつて認定し、これにより右進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、実用新案法三条二項の規定に反するものではない。原判決が本願考案出願後の刊行物である甲第六号証の二によつて右出願当時の技術水準を認定したにすぎないものであることは、同号証の記載及び原判文に徴し明らかである。ひつきよう、原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立つて原判決の違法をいうにすぎないものであつて、採用することができない。
〔解説〕
@特許出願後の刊行物が進歩性の証拠となるといっても、本願装置の各構成要件に対応する主引用例・副引用例の証拠として採用されたのではないことに留意を要します。そういうことであれば理論上証拠となり得るとしても、裁判所もより慎重となっていたと考えます。
A酸化ベリリウムの特性(高い電気絶縁性および良好な熱伝導性)や用途に関しては第2引用例で開示されており、それを気体レーザ放電装置に適用することが容易か否かを判断するに当たって、出願時の技術水準が参酌され、原告が提出した証拠に関して、セラミツクスは熱衝撃に弱いことがレーザーとしての利用の難点であるが、酸化ベリリウムとの言及は見当たらず、むしろ酸化ベリリウムはレーザー放電へ利用されている(或は利用の可能性がある)セラミック材料として挙げられていると事実認定しただけです。
Bレーザーとしての利用の難点といっても実用的な利用が殆ど困難という重い不具合から設計者に利用を躊躇させるという軽いレベルまで様々に考えられるし、酸化ベリリウムは有望である旨の記載を参酌するとそれほど重い不具合であるとは思えません。それを裁判官がどう解釈するのかは証明力の問題です。
Cまた同じ証拠方法の中でレーザーへの利用の難しさに触れた部分を特許出願時の技術水準として掲げておきながら、酸化ベリリウムの有用性に関しては特許出願時の技術水準を示すものでないとするのは、整合性に欠け、裁判官の心証にマイナスに作用した可能性もあります。
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