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@進歩性のない発明の類型を検討する意義
特許出願に係る発明を審査するときには、審査官は、特許出願時に新規性を喪失した発明から特許出願人の発明が容易に発明できたことの論理付けを試みます。
その論理付けでは様々な観点から発明の構成に至ることの動機付けがあったかどうかが判断されるべきですが、特許制度の長年の運用から、こういうタイプの発明は特許出願しても審査官から進歩性の欠如により拒絶査定され易いという、“進歩性のない発明”の類型があることも事実です。
その類型に該当するとしても、直ちにそのアイディアを諦める必要はなく、その発明に至ることを妨げる事情や特別顕著な効果はないか、あるいは構成要件を一工夫することで進歩性を有する発明となるのではないか、と掘り下げて検討することが大切です。しかしながら何が“進歩性のない発明の類型”に入るのかが判らないと、その検討もできないため、ここではその類型を説明します。
A内容
(a)材料の変更の発明
特許制度の沿革において進歩性という要件が問われるきっかけとなったのは、米国のホッチキス判決であったと言われています。この事例では、従来の金属製のドアノブに代えて粘土や陶器で形成した物を特許出願したケースです。裁判官は、陶器製のドアノブの斬新性を認めつつ、これを製造する技術は“職人の技”であり、特許法で保護されるべきものではないと判断しました。
→ホッチキス判決とは
形状・配列などを変更する発明も、発明の“技術的”効果において特許出願時に公開されている発明と顕著に相違しない限り、進歩性のない発明と判断される場合が多いです。
(b)数値限定の発明
(イ)一般にある技術の適用に関して個々の事情に応じて数値を変更することは当業者が日常的にかつ必然的に行っていることですので、特定の数値範囲に顕著な効果があり、しかも特許出願人が設定した数値範囲に臨界的意義がない限り、単なる設計変更と扱われるのが通常です。
(ロ)数値限定の発明の特許出願に関して進歩性を否定した事例として、昭和34年(行ナ)第6号(「磁気記録材料」事件)があります。
この事例では、特許出願人の発明において
磁気記録材料が有する「非磁性フイルム形成恒久結着剤中に緻密に充填された磁性酸化鉄粒子から成る薄い緻密にして均等な層」が、
「約〇・四五以下のK60値を持ち、且つ少くとも毎立方糎約一・五gの酸化鉄濃度を有する」
という数値限定が課されていましたが、拒絶査定がなされ、抗告審判(今日でいう特許出願の拒絶査定不服審判)でも請求が認められない旨の審決が出されました。
裁判所は、「およそ、発明の範囲を特定の数値をもつて限定するには、ほぼこの数値を界として特性に相当急激な変化があつてしかるべきであるのに、本件明細書中にはそのことをうかがわせるようななんらの記載もなく、またその証明もないので、本件発明の数値にそのような臨界的意義を認めることもできないのである。」
として特許出願人の主張を退け、原審決を維持しました。
(ロ)数値限定の発明に関して進歩性を肯定した事例として、外国の事例ですが、エジソンの白熱電燈の特許(第233,898号)の事件(Edison
Electronic Light Co. v. U.S. Electronic Lighting Co.,)があります。
本件発明は、「炭素のフィラメントを1/64inch以下とする白熱灯」であるのに対して、
公知発明として、「炭素のフィラメントの直径を1/32inch以上とした白熱灯」であるところ、
裁判所は、
・従来の技術は低い電圧と強い強度を必要とするのに対して、本件発明は比較的低い電圧と比較的弱い電流で光る。
・従来の技術は発光力が低く、耐久力も一時間程度であるのに対して、本件発明は、発光力が強く、耐久時間も数百時間に及ぶ。
のであるから、本件発明は進歩性(非自明性)を有すると判断しました。 →進歩性の判断(数値限定の解釈)
(c)寄せ集めの発明
寄せ集めの発明とは、複数の発明の結合であって、各発明の効果の総和以上の予期しない効果を生じない発明を言います。
水深の浅い場所での航行に適した船体上に空中プロペラを付した公知の船舶と、
水深の深い場所での航行に適した、船尾に昇降可能な推進機関(水中プロペラ及びエンジンを含むもの)を設けた公知の船舶とを組み合わせて、
水深の浅い場所及び水深の深い場所での航行に適した、船体上に空中プロペラを付し、かつ船尾に昇降可能な推進機関を設けた船舶
を特許出願した場合、その効果は引用発明の効果の総和を超えるものではないので、進歩性を否定される可能性が高いと言えます。
(c)置換の発明
置換の発明とは、公知発明の特定の要素を他の要素に置き換えることで構成される発明を言います。
例えば印刷装置のシリンダ面を洗浄するために布を押し付けるための手段として、カム機構に代えて空気式の膨張機構を用いるという如くです(進歩性審査基準)。
(d)転用の発明
転用の発明とは、他の技術分野の公知の技術を本件発明の技術分野に置換するものを言います。
例えば自動車の伝動軸に取り付けられた回転軸を、工作機の回転刃の回転軸に転用したとしても、作用・効果が同じであれば、転用の発明に過ぎず、進歩性が否定される可能性が高いと言えます。
揚力翼発生用の航空機の翼を、車体を下向きに押し付けるように向きを変えて高速自動車の車体に取り付けたとすると、発明の構成も作用・効果も変わりますので、進歩性が認められる可能性が高いと考えられます。
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