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●383 U.S.1-(II)「押下げ用キャップ付きのポンプ式スプレー」事件


進歩性審査基準/特許出願の要件/スプレー

 [事件の概要]
@殺虫剤業界においては、殺虫剤を収納した容器のスプレーを一体化して提供することが長年の課題でした。1947年に甲(Cook Chemical)は乙(calmer)から購入した、特許されていない指で操作するプラスチック製の装置(有孔の保持具に挿入しかつ容器の首部に吊り下げた物)を需要者に提供しました。それは、最終需要者が容器からキャップを取り外し、その容器にスプレーを装着する必要があるものでした。

Aこのようにスプレーを容器の側部へ吊り下げることは費用がかかりかつ面倒でした。輸送(shipment)のためのパッキングは大変な作業であり、輸送及び小売のディスプレーの際にスプレーの破損・盗難・喪失が度々生じました。甲は乙に対して自動充填作業の間に容器に一体化されるスプレーであって、輸送・小売作業の間に液漏れを生じないものを開発することを促しました。乙はそうした開発を試みましたが、完全な成功には至りませんでした。こうした甲の苦境は、1954年に第三者がポンプスプレーを必要としない強力な競合品(エアゾールスプレー缶)を市場に投入ことで顕著となりました。

B同じ年に乙が別の会社に獲得(acquired)され、これによりポンプスプレーの供給元に懸念を感じた甲は、子会社を通じて独自のポンプスプレーを開発することを決めました。子会社は始めに乙のスプレーの設計をコピーし、子会社のオフィサーである丙(Scoggin)に、より効率的なスプレーの開発を任せました。丙は、1956年までに輸送に適したスプレー(shipper-spray)を開発して特許出願し、1959年に特許になりました(米国特許第2870943号)。特許は甲へ譲渡されました。

Cこの間に乙は二人の従業員を雇用し、彼らも同様のshipper-sprayを開発し、1958年までに丙のものと非常によく似たモデル(SS−40)を市場に投入しました。

D発明の概要は次の通りです。

 この装置は一本指で操作するポンプスプレーを、容器に対して容器のキャップにより装着し、スプレーを覆うとともに押し下げるオーバーキャップを螺着したものです。ポンプスプレーは容器(の口部)を通って容器内の液体へ挿入しています。スプレーの本体の回りに取り付けた固定具の外に上記オーバーキャップをねじ止めしています。そしてオーバーキャップを固定具の外面へ捻じ込んでいくと、ねじの上側の環状のリブとねじの上側のオーバーキャップの内面に形成した肩部との噛み合いによりシールが形成されるようにしています。オーバーキャップは、螺下降させる(screwed down)ことにより、ポンププランジャを押し込んでポンプ作用が出来ないようにするとともに、シールが効いている状態でいかなる液体もポンプ又はその周囲からオーバーキャップ内へ入ることを阻止します。またオーバーキャップは、スプレーヘッドが輸送又は商業活動においてダメージを受けることを防止する役割を有します。オーバーキャップを所定位置に取り付けたときに、オーバーキャップが容器のキャップに触れないように両者の間に適当な距離をとっています。

[本件特許] 

図面1

[第1引例]
図面2


E特許明細書に記載された発明の構成(請求項1)は次の通りです。

 上端開口の容器のための閉鎖アセンブリーであって、

 その上端開口を覆う有孔のキャップ14と、

 上記孔を同軸状に通過する延長部分22を有するバレル24を設け、当該バレル内を往復動するプランジャ26の上端に、延長部分より上方に位置するスプレーヘッド34を付設してなるスプレーユニット10と、

 キャップ上方の延長部分にテレスコープされるとともに固定され、外面にネジ54を周設するとともにネジ上方の上半部に環状の連続的なセグメント56を形成した固定具18と、

 上記ヘッドを内蔵するとともにバレル内にプランジャを押し込むキャップ状の押下げ部材40と、を具備し、

 この押下げ部材は、固定具のネジと噛み合う内側のネジと、周方向に連続的に延びる内側の肩部50とを有し、

 この肩部は、全周に亘って上記セグメントと噛み合って上記スプレーヘッドと固定具のネジとの間の液密性を維持するように配置されており、
上記肩部は、押下げ部材の下方の周が縁から肩部までの距離が、セグメントからキャップの上端までの距離よりやや小さくなるように配置して、上記セグメントへの肩部のタイトなシール状態で押下げ部材が固定具の上にあるときに、押下げ部材が上記キャップに直接接触しないように構成されたことを特徴とする、閉鎖アセンブリー。

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F裁判所で引用された先行技術文献は次の通りです。なお、引用例1及び引用例2は、USPTOでの特許出願の審査で非自明性(進歩性)に関して引用されたもの、引用例3は裁判所で始めて引用されたものです。

(イ)引用例1−Lohse(米国特許第2119884号)

 Lohse特許は、丙の装置と同様のshipper-sprayであり、事実審によれば、相違点は、Lohse特許ではオーバーキャップのシールがオーバーキャップのスカートと容器キャップの上端面に配置する(rests upon)ワッシャー又はガスケットとの間に形成される。下級審ではシールがネジの上でスプレーヘッドの下にないことが強調されていている。

(ロ)引用例2−Mellon(米国特許第号)

 Mellon特許は、上述のオーバーキャップのネジの上でのシールというアイディアを開示している。Mellonの装置もshipper-sprayであり、またに事実審によれば、丙の装置との相違点は、オーバーキャップが容器に直接ネジ止めされており、リブの代わりにガスケットがシールを形成するために用いられている。

(ハ)引用例3−Livingston(米国特許第2715480号)

 Livingston特許は、ネジの上側でのシールをガスケットやワッシャーを使用せずに実現するアイディアを開示している。Livingstonの機構は、注出用スパウト(pouring spouts)を覆って保護するために設計されたものあるが、シールの特徴は丙のものと極めて類似している。Livingstonは、トング(tongue)及び溝の技術を用いて、カラー(固定具)の上面に位置するトングがオーバーキャップの内面に形成した溝にフィットするように設けている。他方、丙の装置は、リブ及び肩部によるシールを開示する。

[第2引例] 

図面3

[第3引例]
図面4

G下級審での裁判所での当事者の主張(非自明性に関して)

(a)甲の主張

(イ)甲の発明は、古い技術のユニークな組み合わせであって直ちに利用できる(ready-made)パッケージを提供する。このパッケージは、ポンプユニット及び押下げ用キャップを相互にシールして組み合わせたものを、容器に組み込んで更にシールすることで、輸送中の液漏れを防ぐようにした装置である。

(ロ)そうした装置の提供は殺虫剤業界で長年感じられていたニーズであったこと、他人が当該装置を制作することに失敗していること、装置が商業的に成功していることは、全て発明が自明でないという甲の主張を裏付ける。

(b)乙の主張 甲の発明と先行技術との相違は設計的事項にすぎない。

H下級審の判断

 事実審及び控訴審は甲の主張を支持し、発明の非自明性を認めました。


 [裁判所の判断]
@特許出願の経過の参酌

(イ)丙は、特許出願の当初において広範な請求項1〜15を記載しており、USPTOの審査において、これら請求項の発明が引用例2を参酌しつつ引用例1から自明である旨の拒絶理由を受けると、全ての請求項をキャンセルして新しい請求項を提出した。最初の拒絶理由通知の後で特許出願人が先行技術との特許可能な相違点としてシーリング・アレンジメントを考えていたことは明らかである。

(ロ)その相違点とは、第1にリブによるシールを採用し、第2にオーバーキャップの下端が容器キャップに接触していないことである。

(ハ)丙は、第2引例を参照して第1引例を自明に変形し得る事柄は、単に第1引例に開示されたネジ上方のガスケットを、第2引例に開示されたオーバーキャップの下端(容器キャップ又は容器自体の首部にタイトに接しているもの)に置き換えることであるという見解を維持した。

(ニ)換言すると、丙の発明は、ワッシャーやガスケットに代えてリブを使用し、かつオーバーキャップとキャップとの間に隙間を設けたものに限定されているのである。

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A相違点に関する判断

(イ)オーバーキャップと容器キャップとの間に隙間に関して

 丙は、特許出願の審査において審査官に第2引例のキャップは容器の首部に接触しているが、彼の発明はその点が異なる、と納得させることを成功した。第2引例の図面は、キャップが下限までネジ込まれているときに容器の肩部に接触しているであろうことが伺える。しかしながら、キャップが常に容器の肩部に接するように設計されていることを示す事柄は、全く何もない。

(ロ)ワッシャーやガスケットをリブに置換することに関して

 この置換は特許可能な相違点とはならない。何故ならその技術は第3引例に開示されているからである。

B第3引例の引用例適格性に関して

 甲は、第3引例は、注出用スパウトを有する液体容器に関するものであり、ポンプスプレーに関するものではないので、本件特許に関連する技術(pertinent art)ではないと主張した。その見解は妥当ではない。特許出願人(丙)及び殺虫業界が直面していた問題は、殺虫剤そのものの問題ではなく、機械的な閉鎖構造の問題だからである。従って液体容器の注出用スパウトなどの関連する分野の閉鎖構造は、関連技術である。

C他人の失敗に関して

 甲は他人の失敗及び長年感じられていたニーズが本件発明の特許性を支持すると主張するが、本件の状況ではこれらの要素は特許性を認めるに足りない。特許出願人(丙)が受け入れた発明の限定は、非常に小さい、技術的・機械的と言い難い相違であった。これらの相違点は、少なくとも1953年までに第3引例の出現により自明になったと考えられる。従ってそれ以前の時点で他人が丙と同じ問題の解決をして失敗したという事実は、(丙の特許出願が特許可能かどうかとは)無関係である。


 [コメント]
@グラハム判決の第2事件は、グラハムテスト(先行技術の範囲及び内容の決定・先行技術と請求項との相違点の確認・当事者のレベルの決定を原則とし、併せて商業的成功・長期間未解決で要望されていた課題・他者の失敗などの2次的考察を考慮する)のうち先行技術の範囲及び内容の決定、他者の失敗、商業的成功が考慮された事件です。

B特許出願人によれば、発明のポイントは、容器からの液漏れ防止のためのシール手段として従来は梅井の構成中のワッシャーの代わりにリブを設けたことです。リブとワッシャーとの違いは結局他の技術的要素と一体か別体かということです。

C相違点が一体か別体かの違いであっても、発明全体として見て先行技術との発想の転換があるなどの特別の事情があれば、非自明性が認められる可能性があります。例えばMEPE(我国の進歩性審査基準に相当する)で挙げられた振動測定装置事件(713 F.2d 782)を参照して下さい。

D本件の場合にはそうした事情も見当たらないので、ワッシャーの代わりにリブを用いることは技術的な観点からは大きな進歩とは言い難く、商業的な成功を考慮しても本件の場合に非自明性を認めるに足りないという裁判所の判断は妥当と思われます。

Eまた他人の失敗は、失敗への対策が公知となった後には非自明性の論拠とならないと裁判所は判断しました。これも妥当な判断であると思われます。容器の口部へある装置を装着した構造において液漏れを防止する技術を転用するに当たり、その装置が注ぎ口部材なのかスプレー装置なのかということは転用を妨げる事情とはなり難いからです。

F我国の進歩性審査基準では、「均等物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、相違点がこれらの点にのみある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。」と述べています。

 ワッシャをリブに置き換えることは均等物による置換、或いは技術の具体的適用に伴う設計変更に該当します。他人の失敗は“進歩性の存在を推認できる根拠”に対応するでしょう。これが認められないとすると、同様の特許出願が我が国に行われたと仮定した場合には、進歩性は認められないという判断が出た可能性が高いと考えます。 


 [特記事項]
 
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