[事件の概要] |
@乙(Hubbard)は、ペンアーム付き一体型ペン器具について米国特許出願を行い、取得した米国特許第3983569号を甲(Graphic
Control Corp.)に譲渡しました。丙は、甲の特許権の無効の確認及び非侵害の確認を求めて訴訟を提起しました。第一審(District
Court)は、丙の主張を肯定する判決を出し、丙がこれを不服として本件訴訟に至りました。 A本件特許の請求項1は次の通りです。 インク貯蔵部及び筆記用チップ(writing tip)の受部を備えたマーカー器具のペン本体において、 ペンアーム保持手段(pen arm holding means)を備えており、 このペンアーム保持手段は、一体に成形された被ヒンジ連結部材(hinge member)を有しており、 このヒンジ部は、ペン本体の表面へ折り重ねられ(folded)かつ当該表面に噛み合い式のロック手段でロックされ、この折り重ね・ロック位置にあるときにペンアームを受持し(receive)かつ当該ペン本体の表面に対して固定(secure)する ことを特徴とするマーカー器具のペン本体。 本件特許 引用文献3 B第一審では、次の先行技術が審理されました。 (a)米国特許第1895727号(引用文献1:Pearce特許)及び米国特許第3774230号(引用文献2:Tullos特許)は、金属製のレコーダーペンであって、ペンアームに対して折り畳み可能な金属製のヒンジ又はタブが設けられたものを開示しています。 (b)米国特許第3438058号(引用文献3:Davis特許)は、金属製ペン・アームが固定された金属製アタッチメント用クリップを開示しています。このクリップは、ペンアームとよりきっちりと嵌め合わせるための凹部を有します。 (c)Browning文献(引用文献4)は、ペンアームを受け入れかつ保持するためのプラスチック製ペン本体に一体的に形成されたプラスチック製のチャネルの使用を提案しています。Taylor文献(引用文献5)は、引用文献4の改良であって、複数のプラスチック製のチャネルの使用を提案しています。 (d)米国特許第3824654号(引用文献6:Takabayashi特許)は、一体成形されたプラスチック製コネクタ又はアジャスタであり、折り畳まれ、スナップ嵌合するものです。 (e)米国特許第3713622号(引用文献7:Dinger特許)は、一体ヒンジにより連結された屈曲可能なアームを備えた、チューブ閉鎖装置を開示しています。 (f)さらに“現代プラスチック”という雑誌の3つの記事がプラスチック製ファスナー及びヒンジの設計及び利点に関して開示していた。“プラスチックはファスナー設計の新しい展開を追加する”と題する一つの記事(1963年10月)は、“クリップにおいて薄い断面形状を有するプラスチックを二重にして一体ヒンジとする”ことを、また、“おそらく最もポピュラーなアプローチは製品の一体部分にファスナーを型成形(mold)することである”ことを開示している。 (g)特許出願の審査において、審査官は引用文献5だけを引用していた。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許の先行技術の範囲及び内容(いわゆるグラハムテストの設問1)に関して次のように判断しました。 (a)甲は、当業者が、予め本件特許出願の内容を知らされることなく、プラスチック製ヒンジ及びファスナーの分野に関心を寄せたであろう(would have looked to)と示唆する証拠はないと主張している。従ってヒンジ及びファスナーは(本件特許出願乃至特許にとって)非類似の技術(non-analogous)であり、その点で第一審裁判所の判断は誤りである、と甲は主張している。 (b)いわゆる当業者は、発明者が直面する問題に合理的に関連する先行技術を知っていたものと推定される。599 F.2d 599(In re Wood) しかしながら、(特許出願人が)クレームした発明を心に描いて(in mind)、先行技術を集めるようなことは許されない。444 F.2d 1168(In re Antle)。 (c)本件特許出願の発明者が直面していた問題は、ペンアームに対するマーカペンの頻繁かつ確実な取り付け及び簡単な取り外しを可能とする簡易な保持手段を提供することの要請である。この問題の解決を試みる者がヒンジ及びファスナーに目を向けないことを示す証拠はない。 (d)事実、本件特許出願の発明者は、法廷で使用された陳述書(deposition)において、彼が(当該特許出願に際して)彼がなしたことは彼が読んだ文献中のプラスチック製ヒンジをプラスチック製バケット付きピンに当てはめてペンアームを固定できるようにしただけであった、と述べている。なお、発明者は後にこの陳述を覆す証言をしているが、この証言は第一審裁判所によって採用することを拒否された。 (e)この拒否は、彼が甲の会社で働きだす前にliving hingeの利点を記載した文献を収集し、ペンの固定具の設計という仕事が彼に割り振られたときに当該文献の記事のことが心にあったという彼の陳述によって裏付けられている。 (f)従ってファスナー及びヒンジが本件特許に関連する類似の技術であるという第一審裁判所の事実認定(finding)が明確に間違っているとは言えない。第一審裁判所の認定は、また発明者自身の陳述[彼が(特許出願において)クレームしたものは、ペンをペンアームに取り付けるためのプラスチック製ヒンジの使用の使用という新規な展開であるという陳述])によっても裏付けられていた。 A裁判所は、当業者の通常のスキル(グラハムテストの設問2)に関して次のように判断しました。 (a)第一審は、(本件の特許出願人の)発明が関連する技術の分野における1974年時点での当業者の通常のスキルは、公式のエンジニア教育及び1年或いは幾年かのエンジニア設計の経験であると認定した。 (b)甲は、その認定はおそらく明確に間違っている訳ではないと認めた。 B裁判所は、(特許出願人が)クレームした発明と先行技術との相違(グラハムテストの設問3)に関して次のように判断しました。 (a)クレームされた発明と先行技術との相違点は、引用文献3の発明中の金属製のアタッチメント用クリック或いは引用文献4又は引用文献5中のチャネル構造(channeled member)を一体成形された被ヒンジ連結部材(hinged member)に置き換えることである。 (b)類似のプラスチック製ヒンジは、引用文献6及び引用文献7に開示されており、単にプラスチック製ペンとのコンビネーションにおいて開示されていないだけである。 (c)本件の特許出願人は、彼の発明が公知のプラスチック製ヒンジを公知のプラスチック製ペンに組み合わせたものであり、当該ヒンジはペンアームの上にペンが固定されることに寄与するものであることを認めている。 (d)従って本当の問題点は、1975年(※1)の時点での当業者にとって上述の組み合わせを行うことが自明であったか否かである。 ※1…本件特許出願が行われた年 (e)甲は、第一審の判決を次のように批判している。 ・(特許出願人により)クレームされた発明がその全体により考慮されていない。 ・特に被ヒンジ連結部材を過大に評価し(overemphasizing)、かつプラスチック製ペンとのコンビネーションであることを過小評価する(de- emphasizing)ことにより、本件発明の価値を否定的に評価している。 ・(本件特許出願の請求の範囲に採用された)Jepsonクレームのうちの前半部(preamble)を後半の特徴部分から不当に切り離している。 (f)甲は、最後の論点に関して、次のように主張している。 ・Jepsonクレームが用いられているときにはその前半部の記載は先行技術であると認められているが(590 F.2d 902 In re Ehrreich)、 ・それは前半部の記載が発明者自身のworkでない場合に限られるのであり(748 F.2d 645, 649)、 ・クレームされた発明は当該クレームの前半部を改良部分に組み合わせたものと理解するべきである。 (g)当裁判所は、(e)及び(f)の甲の批判に対して次のように考える。 ・我々は、クレームされた発明と先行技術との対比に関して、第一審の裁判所が当該発明を否定的に評価しているとか、或いは発明の特徴を取り違えているとは言えないと結論する。 ・この結論は、“我々の発明はペンをペンアームへ取り付けるためのヒンジの新しい展開を含む”という発明者自身の証言により裏付けられる。 C裁判所は、いわゆる2次的考察に関連する反対の証拠(グラハムテストの設問4)に関して次のように判断しました。 (a)(特許出願人により)クレームされた発明の商業的成功に実質的な意味を与えるためには、商業的発明とクレームされた発明の利点との間にnexusが存在しなければならない。参照例 770 F.2d 628 →Nexus(関係性)とは〔商業的成功〕 (b)第一審は、“甲は、争いのないシリーズ39・ペンの商業的成功にクレームされた発明が寄与したことを証明することに失敗した”と認定した。この認定は本件の発明者及び甲の先のジェネラルマネージャーの証言に基づく。彼らは、プラスチック製ヒンジが使い捨てでないペンに組み合わされたときに、この組み合わせは市場の反応はcoolly(冷淡)であったと証言した。市場の反応が”extremely warmly”(非常に良好)だったのは、プラスチック製ヒンジが使い捨てペン(disposable pen)と組み合わされたときだけだったのである。第一審は、後者の成功は使い捨てペンの受け入れに対する市場の積極性(readiness)及び甲の広告活動に起因していると結論した。 (c)クレーム4の発明の構成が商業的な成功であったことには疑いの余地はない。1980年から1983年の間に市場における甲のシェアは残りの事業者のシェアの総和の2倍にまで達したからである。しかしながら、甲の製品の商業的成功は未だ発明の非自明性という結論を得るには足りない。 (d)甲は、(本件特許出願が行われた年の翌々年に当たる)1977年にクレームされた発明を製品化し、それ以来積極的に広告キャンペーンを行ってきている。この広告活動が商業的成功に貢献しているという第一審の判断は明らかに間違っているとは言えない。 (e)また証拠は、本件特許出願に対して特許が付与される以前から、甲が記録用ペンの分野において先駆者的な存在であったことを示している。甲のマネージャーは、1970年の甲の人気商品(MARK−TROL)の売れ行きは本件特許に係る商品(シリーズ39)のそれと同程度であったと証言している。甲がこの種商品の市場のリーダーであったのであるから、セールスの数字の良さは、非自明性(進歩性)の問題における商業的成功の効果を認定するに足りない。 |
[コメント] |
@本件では、非自明性の先行技術に関して、ヒンジやファスナーの技術が“ヒンジ連結された部材を含むペン”の類似技術であるかどうかが争われました。仮にその答えが“No”であれば、日本の意匠法のように全体品のデザインと部品のデザインとが相互に非類似の権利として並存できることになるでしょう。 A本件の判決によれば、その問に答えは、“発明者の直面する課題と合理的な関連性がある限り”という限定条件付きで“Yes”となります。特許出願人(発明者)は、予め発明対象を構成する部品や部分の技術のうち自分の抱える問題に関連する範囲を調べる程度のことは調べている筈だから、その技術を取り入れることは容易だった筈でしょう、ということです。事実本件の特許出願人(甲の従業員)は、本件特許の設計を指示されたときに、一体ヒンジの技術を知っていました。 B日本の進歩性審査基準にも「課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。」或いは「発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。」と記載されており、これら課題の共通性乃至技術分野の関連性を動機付けして、或いは単なる設計的事項として、進歩性を否定する論理付けが行われると解釈されます。 C商業的成功に関しては、日本の進歩性審査基準には次のように記載されています。 「商業的成功又はこれに準じる事実は、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌することができる。ただし、出願人の主張・立証により、この事実が請求項に係る発明の特徴に基づくものであり、販売技術や宣伝等、それ以外の原因によるものでないとの心証が得られた場合に限る。」と記載されています。 D本件の如く請求項1の発明特定事項(一体的ヒンジ)によっては商業的成功に至らず、従属項に記載した事項(使い捨て)によって商業的成功に至った場合にどう解釈するべきでしょうか。進歩性審査基準の「請求項に係る発明の特徴」を従属項の場合に従属項に固有の記載事項と解釈すれば、商業的成功を認めてもよい、ということになりますが、おそらく特許出願の審査では、そうした形式的な解釈はなされないと推察されます。下位の請求項であっても、最も近似する先行技術との相違点が一体ヒンジであれば、それが発明の特徴と解釈されるでしょう。 |
[特記事項] |
MEPE(進歩性審査基準に相当するもの)で引用された事例 |
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