[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 Klein(甲)は、“簡便なネクター混合機”と称する発明について特許出願第10/200,747号を行いましたが、審査官は複数の先行技術の組み合わせにより進歩性(非自明性)を否定し、審判部も審査官の拒絶査定を支持する決定をしたため、甲はその取消を請求して本件訴訟を提起しました。当該請求は容認され、第8147119号特許が付与されました。 A本件特許出願の発明の概要 甲の特許出願は、ある種の鳥や蝶の餌付けのための砂糖水のネクターを容易するための簡便なネクター混合機に関するもので、具体的には次の事柄を開示していています。 (a)当該特許出願の明細書によると、この装置は、複数のレールを有し、これらのレールに仕切り(divider)を噛み合わせることで、当該装置内に砂糖と水とを区分するための2つのコンパートメントを形成するものである。 (b)上記レールは、下記の割合で当該装置の内部を分割することを可能とするように配置されている。 ・(ハミングバード用のネクターを作るための)砂糖1:水4の割合 ・(コウライウグイス用のネクターを作るための)砂糖1:水6の割合 ・(蝶用のネクターを作るための)砂糖1:水9の割合 (c)各コンパートメントに同じ液位で砂糖及び溝を充填した後に分割器を取り外すと、砂糖及び水が混ざり合う。 (d)特許出願人の明細書には、“上記の砂糖及び水の割合が新規なものであるとは記載されておらず、それとは反対に鳥や蝶の自然の食物の糖分の割合と等価していると認識されている”と記載されている。 A本件特許出願の請求の範囲 特許出願人によってクレームされた発明は次の通りです。 〔クレーム21〕 ハミングバード・コウライウグイス・蝶の餌付けのための砂糖水からなるネクターを提供するための簡便なネクター混合機であって、 水を受け入れるための容器と、 当該容器に固定された受け手段(receiving means)と、 上記容器内にコンパートメントを形成するために、上記受け手段によって移動可能に保持される仕切り(divider)と、 を具備し、上記コンパートメントの容積は、ハミングバード・コウライウグイス・蝶のための砂糖水のネクターを作るための所定の割合で容器の容積よりも小さく、 上記コンパートメントは砂糖を収納するものであり、 上記仕切りを受け手段から外すことにより砂糖と水とが混合してネクターが形成されるように構成されたネクター混合機。 本件発明 引用文献1 A本件特許出願に対する拒絶理由 審査官は以下の5つの理由で本件特許出願を拒絶しました。 (a)クレーム21,22,30は、引用文献1(米国特許第580899号:Robert特許)及び特許出願人が明細書中で述べた砂糖及び水の比率に関する従来技術により否定されました。 (b)クレーム21,22,30は、引用文献2(米国特許第1523136号:O’Connor特許)及び上記従来技術により否定されました。 (c)クレーム21,22,30は、引用文献3(米国特許第2985333号:Kirkman特許)及び上記従来技術により否定されました。 (d)クレーム21‐25,29は、引用文献4(米国特許第2985333号:Greenspan特許)及び上記従来技術により否定されました。 (e)クレーム21,29は、引用文献2(米国特許第3221917号:De Santo特許)及び上記従来技術により否定されました。 A本件特許出願の拒絶査定に対する審判部の判断 審判部は審査官による5つの拒絶査定の理由を肯定しました。その根拠は次の通りです。 (a)審判部は、引用文献1〜5は、それぞれ移動可能な仕切りを有する容器を備えた装置であって、仕切りはそれぞれスロット・溝・ネジ溝などの受け手段により所定の位置に保持され、成分を所定の割合に分離できるものを開示している、と判断した。 (b)また審判部は、特許出願人の明細書自体に砂糖と水との割合は公知であると述べたことを指摘した。 (c)審判部の意見によると、公知の割合の知識を移動可能な仕切りを有する公知の容器に適用して、砂糖と水との割合を正確に決定して混合し複数種類のネクターを製造するという着想に想到する十分な理由がある。 (d)審判部は、5つの先行技術が非類似であるという特許出願人の議論を否定した。審判部は、審査官が5つの先行技術文献を正しく引用したと判断した。何故ならば、それらの文献は、特許出願人が直面する問題(移動可能な仕切りを用いて異なる動物に異なる砂糖・水の割合のネクターの餌付け装置を提供すること)に合理的に関連しているからである。 B訴訟における特許出願人の主張は、次の通りです。 (a)訴訟の審理において、特許出願人は、自らが直面する問題に5つの技術文献が合理的に関連しているという審判部の判断を誤りであると論じた。 (b)審判部は、その問題が“移動可能な仕切りを用いて異なる動物に異なる砂糖・水の割合のネクターの餌付け装置を提供すること”であると認定したにも関わらず、いずれの文献もその問題に合理的に関連していないというのである。 (c)さらに特許出願人によれば、審判部は、特許出願人が“複数の割合で混合する問題”と称した課題を解決しようと試みていたという証拠を示していない。異なる割合で混合する問題が何れの文献にも開示されているという証拠はない。 C上述の特許出願人の主張に対して特許庁は訴訟で次の通り反論しました。 (a)特許庁によれば、特許出願人が直面していた問題は、“コンパートメントを区切る問題”(compartment separation problem)であり、上記各先行技術は正しくこの問題に向けられており、審判部の判断は正しい、ということです。 (b)何故なら“ネクターの混合・収納装置にとって物を区切るという問題はユニークなものではなく”、かつ、“調整可能で取り外し可能な仕切りを備えた従来の容器にとってそれらの技術を適用することも何らユニークなことではない。”からである。 (c)政府の主張によれば、“2つの成分を区分した後に混合したい”という特許出願人の要望に向き合った当業者は、それらの文献の内容を検討して、そこに含まれる広義の解決方法(broad solution)を見出すだろう。 その解決方法を適用することは通常の知識を超えるものでもない。 |
[裁判所の判断] |
@特許出願人の発明の非自明性の判断の基準として、裁判所は次の見解をしました。 (a)米国特許法の非自明性(進歩性)の規定は、発明の主題が、当該発明の主題全体として発明時に当該主題が関連する技術分野の通常の知識を有する者にとって自明であると言える程度に先行技術と相違している場合に、自明であるということである。 (b)非自明性の判断の手法は、先行技術の範囲及び内容、関連する技術分野の通常のスキルのレベル、特許出願人によりクレームされた発明と先行技術との相違点を決定し、商業的成功・長期間望まれた要望・他人の失敗等を2次的に考察することである。 383 U.S.1 (Graham v. John Deere Co., (c)当裁判所は、審判部の自明性の決定及び事実認定を実質的な証拠に基づいて最初から見直す。271 F.3d 1365 In re Kotzab 事実問題の争点(issue of fact)である先行技術が類似の技術であるか否かの審判部の決定も実質的な証拠にも基づいて見直す。 →496 F.3d 1374 In re Icon Health & Fitness, Inc., A裁判所は、類似の技術に関して次の判例を引用しました。 (a)非自明性(進歩性)の問題で先行技術として引用できるのは、(特許出願人が)クレームした発明と類似の技術だけである。 →637 F.3d 1314, 1321 Innovention Toys, LLC v. MGA Entertainment, Inc., (b)類似技術の範囲を決める手法として、発明の自明の範囲に属するものか、属しないときには発明者が直面する問題に合理的に関連するかという2段階のテストを行う。 381 F.3d 1320, 1325 In re Bigio (c)審判部は“発明者が直面する問題に合理的に関連するか”という観点に重点をおして判断した。技術文献は、それが取り扱う問題の故に、課題を解決しようとする発明者の注意を惹くものであるときに合理的に関連すると認められる。 966 F.2d 656 In re Clay “技術文献がクレーム発明と同じ目的を開示しているときには、当該文献を先行技術として進歩性の否定の根拠とすることができる。” B裁判所は、引用文献に関して次のように評価しました。 (a)特許出願人は、“移動可能な仕切りを用いて異なる動物に異なる砂糖・水の割合のネクターの餌付け装置を提供すること”という本件発明の問題の認定について争わなかったが、引用文献1〜5は、それぞれ特許出願人が直面した問題とは全く別の問題に向けられていると主張した。そこで当裁判所は、各文献をそれぞれ審査することにする。 ・引用文献1は、勘定書を保持するための装置を対象としている。この装置は、一連の縦溝11を有する容器1及び2を含み、それら縦溝に移動可能なパーティション12を適用できるようにしている。これらのパーティションにより各容器はより小さいコンパートメントに細分化される。引用文献1によると、それら容器は計算書のカードを収納するように設計され、引き出しから容器を引き出すためのハンドホール10を有する。 ・引用文献2は、容易に移動できる仕切りを有するツールトレイを対象としている。このツールトレイは、例えばドリル・リーマー・ビッツ或いはボルト・ナットの如きハードウェアなどの比較的小さい物品を対象としている。この文献では仕切りがトレーの底に対して垂直ではない。 ・引用文献3は、取り外し可能なパーティションを備えたプラスチック製キャビネット引き出しである。引用文献3によれば、当該引き出しは、さまざまなタイプの小さな物品を収納するためのキャビネットに用いられ、特に取り外し可能なパーティション又は仕切りを有する引き出しであって、当該パーティションを引き出し内の調整された位置に摩擦的に保持する手段を備え、引き出し内部を2以上のコンパートメントに分割することが可能である。 (b)特許出願人は、引用文献1〜3の発明は、審判部の事実認定と同様に、中身を区分するように設計された容器を目指していると理解するべきであり、これは、特許出願人の、中身を混合し易くするために設計された容器とは正反対であると論じた。 ・すなわち、引用文献1は、取り外し可能な仕切りにより勘定書やアカウントカードを保持するコンパートメントを形成するための容器、特に引き出しを開示する。 ・引用文献2は、取り外し可能な仕切りを所定位置に配置することにより、道具やボルト・ナットの如き構造的アイテム(construction item)を収納するためのコンパートメントを形成する容器、特にトレーを開示する。 ・引用文献3は、取り外し可能な仕切りを所定位置に配置することにより、ハードウェア・化粧品・紙留めなどの日常的な品物(household article)を仕切るためのコンパートメントを形成する容器、特にキャビネット用引き出しを開示する。 ・特許出願人によれば、引用文献1のハンドホール、引用文献2のトレー底に対して直角でない仕切り、引用文献3のパーティションの下端の切り欠きを考慮すると、何れの容器も、本件特許出願のクレーム21の如く水を収納するという用途に適応しない。 (c)当裁判所は、引用文献1〜3は類似技術であるという審判部の判断は実質的な証拠に裏付けられていないという点で特許出願人に同意する。 ・引用文献1〜3の目的は、それぞれ確固とした(solid)別の課題である。 ・“移動可能な仕切りを用いて異なる動物に異なる砂糖・水の割合のネクターの餌付け装置を提供すること”という前述の目的に直面した発明者は、これらの文献を自分の発明に適用するという動機付けをなんら持ちえないであろう。 ・何故なら、何れの文献も、水を収納するように仕切られた容器、異なる比率の成分を用意できる程度に長い時間に亘り水を保持できる容器を開示していないからである。 (d)残る2つの文献も類似の技術ではない。 ・引用文献4は、乾燥した血漿のコンパートメント及び水のコンパートメントを有する、血漿用ボトルに関連する。それらのコンパートメントは、移動中閉栓(plugged)された壁によって仕切られている。血漿を使用するときには、栓を外して、この栓はボトルのキャップとなる。そして血漿を分解するためにボトルをシェイクする。図2に示すように上記の壁は取り外すことができず、血漿用コンパートメント及び水用コンパートメントの相対的なサイズを変更することができない。 ・引用文献5は、異なる種類の液体を収納するための2つのコンパートメントを有する液体容器に関する。容器を外部に対して開放することなく、2つの液体を所定の時間内に迅速かつ完全に混合することにより、例えば髪用リンスを形成することができる。2つのコンパートメントは、弁体36及び弁座34からなる弁を有するパーティション28により仕切られる。図5に示すようにパーティション自体は固定された位置にある。 ・特許出願人によれば、引用文献4〜5は、複数の異なる割合とすることも、移動可能な仕切りも開示していない。当裁判所は、特許出願人の意見に同意する。 ・引用文献4〜5は、分離された2つの液体を容易に混合する容器に過ぎない。 ・“移動可能な仕切りを用いて異なる動物に異なる砂糖・水の割合のネクターの餌付け装置を提供すること”という前述の目的に直面した発明者は、これら2つの文献から何ら動機付けを得られない。何故なら、移動可能な仕切りや異なる割合を形成することを開示していないからである。 ・審判部は、引用文献4〜5が類似の技術であることを裏付ける何らの理由も示しておらず、その判断は実質的な証拠に裏付けられていない。 C特許出願人は、さらにクレーム発明に対する審判部の事実認定の誤り、及び、長期間に亘る要望の2次的考察を、本件特許出願の発明の自明性の根拠として挙げていましたが、裁判所は、既に引用文献1〜5が非類似であると認定したため、これらの論点に関しては考察するに及ばないとしました。 |
[コメント] |
@本件訴訟では、特許出願人の課題を“移動可能な仕切りを用いて異なる動物に異なる砂糖・水の割合のネクターの餌付け装置を提供すること”と捉え、移動可能な仕切りを開示するが液体容器でも混合容器でもない引用文献1〜3と、混合容器であるが移動可能な仕切りを有しない引用文献4〜5は、本件特許出願の類似技術でないと判断されました。 A審判部は、引用文献1〜5を、コンパートメントを区分する問題(compartment separation problem)として共通するとして結び付けようとしましたが、個々の文献の開示内容から考えると、これは行き過ぎた課題の上位概念化であり、特許出願人の問題に合理的に関連するとは言えないと考えます。 “合理的に関連”する範囲に対する先例として381 F.3d 1320 (In re Bigio)があります。“中央が凹んだ特定形状のブラシを用いて人間の身体との接触面積を増す”という課題に基づいて、特定形状の歯ブラシの先行技術をヘアブラシに適用することには合理的な関連性があるとした事例です。 B我国の進歩性審査基準でも、“機能的又は作用的に関連していない各引用発明の発明特定事項の寄せ集め”を単なる寄せ集めと評価していますが、本件のように複数の流体を混合する容器と、混合を可能とする取り外し可能な仕切りと、混合液の成分の割合を一定にするための仕切り受けとは相互に関連するから、進歩性が認められる事案であると考えます。 |
[特記事項] |
MEPE(進歩性審査基準に相当するもの)で引用された事例 |
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