[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 Billingsleyは、車両用タイヤという発明について特許出願を行い、発明的特徴(今日でいう非自明性或いは進歩性)の欠如により、拒絶査定を受け、審判部も審査官を支持する決定をしたために、この決定の取り消しを求めて本件訴訟を行いました。 A本件特許出願の請求の範囲 特許出願人によってクレームされた発明は次の通りです。 柔軟な地面や固い濡れた舗装面や凍った面に対して良い牽引力を発揮するタイヤであって、 補強された本体(reinforced body)と、弾性ゴム材料の踏み面(tread)とを備えており、 前記踏み面は、軸方向に離れた、タイヤの周方向に延びる一対の合成牽引要素(composite traction element)を含み、 各合成牽引要素は、タイヤの一つの肩で終端する、周方向に離れた、略水平方向へ突出するサイド部分(generally laterally projecting portion)を含み、 合成牽引要素は、さらに、全体としてとらえると、タイヤの肩の内側でタイヤの回りに配された周方向配置部分(generally circumferentially disposed portion)を含み、 周方向配置部分の内縁は、タイヤの回りで交互に向きを変えてジグザグ形状を形成しており、 合成牽引要素の周方向配置部分は、そのジグザグの内縁にほぼ平行な細い開口チャネル(open channel)により分割され、 さらに前記細い開口チャネルと合成牽引要素のマージンとを連通させる追加の開口チャネルが前記合成牽引要素に形成され、 それら合成牽引要素の内縁は、細い開口チャネルの幅に比べて横方向に広く離れており、 これら合成牽引要素のジグザグ状の縁は、略周方向に延びる溝(circumferentially extending groove)の壁を形成し、 前記略水平方向へ突出するサイド部分の周方向の間隔は、合成牽引要素のジグザグ状の縁の内縁の連続するノード(node:節点)の間隔と等しいことを特徴とする、 車両用タイヤ。 B本件特許出願の発明の概要は、次の通りです。 本件特許出願は、広いジグザグ状の一対のリブを含む車両用タイヤの踏み面を開示している。 これらのリブはタイヤの回りを周方向に述べており、その間にジグザグ状の周方向の溝を形成するように相互に間隔を存して配されている。 各リブは、さらにジグザグ部分のノードから横方向に隣接する踏み面の肩部へ延びるサイド部分を含む。 各リブの周方向のジグザグ部分は、内側のジグザグの縁と平行に延びる、狭い開口チャネルにより分割されている。 さらに前記リブのサイド部分を通って延びる追加の開口チャネルが設けられている。 追加の開口チャネルは、最初に述べた開口チャネルとタイヤのサイドとを連通させる。 これらのチャネルは、リブ部分の柔軟性の担保と水の除去とに寄与する。 C本件特許出願の先行技術は次の通りです。 (A)先行技術の一欄 (a)フランス特許第768057号(引用例1) (b)スイス特許第2240866号(引用例2) (c)フランス特許880418第(引用例3) (d)イギリス特許577521第(引用例4) (e)書籍“Tire Review”第1頁1948年8月・非特許文献第(引用例5) (B)本件特許出願の先行技術の説明 (a)引用例5は、全目的トラック用タイヤを示すために引用された。このタイヤは幅広でジグザグの二つの相互に間隔を存した周方向のリブを含む踏み面を有しており、かつ特許出願人のタイヤと同じ態様で、リブのノードから横方向へ延びるサイド部分を有している。相互に離したリブはジグザグ状の周方向のチャネルを形成している。しかしながら、ジグザグ状のリブ及び横方向に延びるサイド部分のどちらにもチャネルは設けられていない。 (b)引用例1は、一連の略V字形のリブメンバーを含むタイヤの踏み面を開示している。タイヤの両サイドにそれぞれリブメンバーが相互に間隔を存して設けられており、両リブの間に溝が形成され、タイヤの両サイドに向かうV字形の開口を為している。タイヤの両サイドのV字形のリブは、相互に食い違った千鳥状の関係(staggered relation)に配置されており、それぞれリブの頂点は、タイヤの中心線を超えて延びており、中央のジグザグ状のチャネルを形成する。このチャネルは各サイドから一定の間隔を存して配置される。 (c)引用例3は、タイヤの踏み面のリブ中に形成された集水用の複数の小さい溝又は切欠き(grooves or notches)からタイヤのサイドへ至る導水路(duct)を設けて水を逃がすというアイディアを開示している。 (d)引用例4は、踏み面の中間部に周方向のジグザグのリブを、またその各サイドに2つの小さいリブをそれぞれ設けた構造を開示する。2つの小さいリブは、中間部のリブとも、相互同士とも離間しており、一連のジグザグ状の溝がタイヤの踏み面に形成されている。4つのサイドのリブは、横方向に延びる相互に離れたリブを備えており、これらの横方向の溝を介してジグザグ状の溝からタイヤのサイドへ液体を逃がすようにしている。 (e)引用例2は、一連の周方向のジグザグ状の溝を形成する複数のリブを踏み面に備えたタイヤを開示する。各リブの先端部は舗装面上の水を拭き取り、その水は溝を介して基端側へ導く。 〔引用例2〕 〔引用例3〕 a…リブ 3…多数の小さい溝付きのチャネル C本件特許出願の拒絶理由は次の通りです。 本件特許出願のクレームは、引用文献3〜4を参照して引用例1,5に基づき拒絶された。 D訴訟における特許出願人の反論は、次の通りです。 (a)引用例3は、前記チャネルを引用例5のタイヤの踏み面のどこに設けるのかということまでは示唆していない。強いて読み取るとすれば、“ジグ”に設けることしか示唆しておらず、“ザグ”に設けることを示唆していない(反論1)。 (※1)…引用例3ではタイヤの両側にV字形の溝2が、またこれら溝同士の間にV字形のリブ相当部分が設けられています。そしてV字形のリブ相当部分の中間部に小さな溝又は切欠きを有するチャネルが形成されています。このV字形のリブ相当部分のことを“ジグ”と述べていると推察されます(訳者注)。 (b)引用例1は、トラック用タイヤを対象とするものに過ぎない(反論1)。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、引用例に基づいて特許出願人の発明に関して次のように判断しました。 (a)当裁判所の意見では、引用例1、引用例5は本件特許出願の発明に最も関連する(pertinent)ものであり、これらののみが詳細に検討するべき文献である。 →pertinent artとは (b)引用例5は、周方向のジグザグ状のトレッド部分及び横方向の突出部分を有するタイヤを開示しており、これらは、少なくとも特許出願人のクレームで規定された構成に関係しており、特許出願人のタイヤのリブと全ての面で類似している。異なるのはチャネルを有していないことだけである。故に(本件特許出願の可否の)論点は、引用例3の開示に接した上で、引用例1のジグザグ部分及び横方向の突出部分に(本件特許出願の)クレームの態様で溝を設けることが容易かどうかである。 (c)引用例3は、タイヤのリブ部分に設けられたノッチ又は溝を利用して横滑り防止効果(anti-skidding effect)を奏すること、それらの溝をタイヤの側方へ接続するチャネルを設けて空気や水を排出するというアイディアを明確に教示している。 (イ)当裁判所の意見では、特許出願人のクレームは、引用文献5の第7図のタイヤに対する、引用例3のアイディアの自明な適用に過ぎない。 (ロ)確かに引用例3のノッチ又は溝が特許出願人のものと異なっているが、そうしたことはこの分野の当業者にとって単なる選択及び設計(mere choice and selection)の問題に過ぎない。 A裁判所は、特許出願人の反論に関して次のように判断しました。 (a)特許出願人は引用例3が引用例5のどこにチャネルを設けるべきかを開示するかを示唆していないと主張するが(反論1)、複数の文献を組み合わせるときに、一つの文献の要素を物理的に他の文献の構成中の何かと物理的に(physically)置き換えることまでは要求されないというべきである。2つの文献を考慮して、一方の文献が特許出願人が他方の文献に何をするべきかを示唆していれば足りるのである。 218 F.2d 593 In re Twomey et al (b)特許出願人はまた引用例1がトラック用タイヤを対象とする旨を強調しているが(反論1)、当裁判所はこのことが重要な問題であるとは考えない。何故なら特許出願人のクレームの技術的範囲がトラック用のタイヤを包含しているからである。 (特許出願人が)トラックにおいて直面する問題と他のタイヤにおいて直面する問題とは本質的に類似(basically similar)しており、トラック用タイヤの多くの特徴が乗用車に適用可能であることは自明であるからである。 |
[コメント] |
@我国の進歩性審査基準は“引用発明の内容には請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に導かれたことの有利な根拠となる。”旨を説諭しています。 その示唆というのはどの程度の示唆かを考える参考として本件事例を紹介します。 A本判決に表れる副引用例は、タイヤの踏み面内のリブ部分に中央部から側方へ向かう溝又はチャネルを設けること、この構成により舗装面上の水を拭き取ってタイヤの側方へ排水し、これにより逃がすことで横滑り防止効果を達成することを開示しています。 そして裁判所は、こうしたアイディアを、主引用例のジグザグ状のリブに適用することは容易である、と結論づけています。 B特許出願人は、副引用例が主引用例の構成のどこに適用するのかを開示していないと主張しますが、裁判所は、引用例中の示唆というものは、一方の文献の技術的要素をそのまんま(物理的)に他方の引用例に適用できるものでなくてもよい、特許出願人が一方の文献を見て他方の文献において何をすればよいかが判れば足りると述べています。 Cこうした発明の示唆に対する判例の蓄積は、後にTSM(教示・示唆・動機付け)テストに取り込まれます。KSR判決において、厳格なTSMテストの適用が戒められていますが、このテストの考え方は今なお有効です。 |
[特記事項] |
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