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●昭和51年(ネ)第783号 (特許権侵害排除請求事件/否認)


機能的クレーム/限定/特許出願/ボールベアリング自動選択組立装置2審

 [事件の概要]
@事件の経緯

(a)甲は、“ボールベアリング自動選択、組立装置”と称する発明について米国特許出願を行い、当該出願に基づく優先権を主張して日本に特許出願を行い、これが出願公告(特公昭35−6252号)となり、特許権(第267420号)を取得しました。
出願公告とは

(b)甲は、乙に対して本件特許権に基づく専用実施権を設定しました。

(c)乙に対して競業関係にある丙は、“軸受の自動組立方法”と称する発明に特許出願を行って、特許権を取得しました(特公昭47−20281号)。

(d)丙は、自己の出願公告公報に記載された装置を実施していたところ、乙は、この装置の実施を本件特許権の侵害であるとして地方裁判所に提訴しました。

(e)第一審では、特許出願人が記載した機能的クレームが発明の課題を提示しているに過ぎないときには、実質的に当該課題を解決する手段を開示していないから、その技術的範囲を定めるに当たっては、勢い願書に添付された明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載に依らざるを得ないと判示され、請求が棄却されました。

A本件特許権の請求の範囲の記載

(1−イ)部品の外方に面する協力面の臨界寸法を外側部品の内方に面する協力面の対応する寸法と自動的に比較するため
及び

(1−ロ)夫々異なる寸法範囲内の中間部品を含む複数の供給手段のうちの選んだ一つから寸法を比較して予定数の中間部品を選出する計測手段を制御するため
の検査手段を備え、

(2)選出した中間部品は計測手段と協力する組立手段により、検査された内外両部品と組み立てられることを特徴とする

(3)内外の軸受環及び軸受のような協力する内外及び中間の部品を自動的に選択して組立てる装置。

B本件特許明細書には次の装置が開示されています。

(あ)計測手段により選出された一組のボールが漏斗状の「共通の受器」の内面を転下して「共通の受器」の単一の出口の下部にある充填機構の溝に入る。

(い)排出されたボールに対応する内外環が充填機構の下方の位置に移送され、内外環の偏心が終了すると充填機構の秤が後退せられる。

(う)ボールは「共通の受器」及びこれに関連する充填機構の単一の出口を経て、その下方に位置せしめられた対応する内外環の間隙に重点されるようになっている。

〔本件特許(原告の特許出願の公告公報)〕

図面1

〔イ号製品(被告の特許出願の公告公報)〕

図面2

C被告装置(被告特許出願の出願公告公報に記載されたもの)は次の通りです。

(か)内外輪(環)とボールの組立装置と、ボールの計数装置との間に、「ボール排出口、ボール分配板、円板、貯蔵筒等」からなるボール記憶貯蔵装置が介在している。

(き)ボール計数装置によって計数された一組のボールはボール分配板を経て順次貯蔵筒に供給分配して貯蔵される。

(く)これとは別個独立のサイクルで、固定排出板の位置にくると逐次組立のために貯蔵筒からボールの排出が行われ、対応する内外輪と組み立てられる。

D被告の特許出願は、甲の特許を先行技術として掲げており、両者の相違を次のように説明しています。

(a)被告による先行技術の説明

 「公知の軸受自動組立装置(特公昭35−6252号公報)は、組立てるべき1対の内輪及び外輪の互いに協力する溝径の寸法を1組の機械的測定機械で同時に算出して1つの電気信号として取出し、

 この電気信号を転動体の選択指示信号として所望の転動体を選択・計数し、

 選択・計数した転動体を1つの共通した皿形受皿上に放出し、

 対応する内外輪の重ね合わせ品が移送されて組立位置に来たとき、組立手段と協力する受皿の単一の出口、即ち真填機構の垂直溝が設けられた杆が引き抜かれて、上記単一の出口が開らき、対応する転動体が内外輪間の空隙に供給される方式である。

 ところがこの様な構造であると、次に示す如き重大な欠点が生ずる。

 即ち共通の受皿ないには2種類以上の転動体が同時に存在することが許されないから、少なくとも杆が働いて転動体が受皿の単一の出口から組立手段に放出され、充填杆が単一の出口を閉じてからでなければ、次の転動体を受皿上に放出することができない。

 従って測定・選択・計数の前工程と組立の後工程とは1つの共通の受皿を介して1対1の作動関係にあることになる。

 それであるから測定結果によって対応する転動体が存在しない場合、即ちNGが生じた場合、組立手段は時間のロスを生ずることになる。」

(b)被告が自らの特許出願の発明の作用についてした説明。

 「この発明は公知の軸受自動組立装置の上記欠点に鑑み之れを開発したもので、

 即ち組立てるべき1対の内輪及び外輪の互いに協力する溝径の寸法を独立した測定機構で夫々別個に測定して異なる電気信号として取り出し、

 別個に独立して設けた1組の演算ユニットで夫々の電気信号の差に応じた電気信号を1つ取り出し、

 之れを転動体の選択指示信号として、この信号で所望の転動体を選択し、

 選択した転動体は速座に1時貯蔵域に測定順位に応じて順次滞留させ、

 更に測定済みの内輪及び外輪をも別個の一時貯蔵域に夫々測定順位に応じて順次滞留させこの別個の一時貯蔵域内の対応する内外輪を重ね合わせるか、

 又は測定済みの内輪及び外輪を直ちに重ね合わせてこれを一時貯蔵域内に測定順位に応じて順次滞留させるか、

 或いは測定済みの内輪及び外輪を別個の一時貯蔵域に夫々測定順次に応じて順次滞留させ、

 この別個の一時貯蔵域内の対応する内外輪を重ね合わせてこれを一時貯蔵域内に測定順位に応じて順次滞留させ、

 滞留した内外輪のうち、対応する先順位の組が正規の位置に来たとき、一時貯蔵域内の対応する転動体を内外輪の偏心空間内に供給するようになしたから、

 例え内外輪の計測が一方、或いはともに一時滞留しても、一時滞留域に存在する内外輪又は内外輪の重ね合わせ品が無くなるまでは、転動体と重ね合わせ品との組立が可能である。

 要するに内輪、外輪、転動体更には重ね合わせ品の互いに測定順位に応じた夫々の一時貯蔵域を設けたから、所望の転動体を選択・計数する前工程と対応する転動体、内輪並びに外輪を組立てる後工程とを互いに独立させてかつ異なるサイクルで行うことができる。」

zu

E下級審の判断

(a)本件特許権において、特許出願人甲は、一見その課題の解決のために具体的に供給手段、検査手段、計測手段及び組立手段の名を挙げ、なおそれらの間の「制御」関係、「協力」関係を挙げて課題の解決を示したかのごとく見える。

(b)しかしながら、右の供給手段、検査手段、計測手段、組立手段等の語は極めて抽象的な表現であり、具体的にいかなる装置によりそれらの手段たり得るかについては、特許請求の範囲の記載のみによつては知ることができないから、このような抽象的な記載では課題の解決を示したものということはできない。

(c)技術的範囲を定めるためには、いきおい願書に添付された明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載に依らざるを得ない。
昭和44年(ワ)第6127号


 [裁判所の判断]
@裁判所は、本件特許権の請求の範囲の解釈に関して次の指針を示しました。

(a)「計測手段と協力する組立手段」という表現はきわめて機能的、抽象的であつて、計測手段と組立手段とがいかなる態様で協力すれば、本件特許発明における「協力する」関係となりうるかは、特許請求の範囲の記載自体から知ることができないし、〈証拠〉によれば、本件特許発明の明細書中には、右の「協力する」ことの意味を直接明示した記載は存在しないことが認められる。

(b)また、「協力する」という言葉が本件特許発明の属する技術の分野において特定の技術的内容を指称する用語として理解され使用されていることを認めうる証拠もない。

(c)ところで、このような機能的、抽象的に表現されている構成要件は、その技術的な意味内容が明細書の記載や技術常識から直ちには明瞭でない場合でも、明細書及び図面にその具体的な構成として、その作用とともに開示されているはずのものであり(もし、それが開示されていないとすれば、単に発明の課題を提示したにすぎないことになろう。)、その構成、作用により示されている具体的な技術的思想に基いて、これを、明確な内容の構成のものとして解すべきものである。

(d)したがつて、本件特許発明における右の「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件の技術的な意味も、図面及び明細書全体の記載から、そこに如何なる特定の技術的思想が開示されているかを合理的に解釈して確定するほかはない。

(e)控訴人は、本件特許発明がパイオニアインベンシヨンであり、「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件を実施例の装置における機構、作動にのみ限定して解釈すべきではないと主張する。

(f)しかし、前記構成要件は、きわめて機能的、抽象的に表現されており、しかもその技術的な意味内容が明細書の記載や技術常識から明瞭であるといえない以上、明細書に記載されている実施態様に開示されている具体的な技術的思想を知ることによつて、その意味を確定すべきものであり、これを一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定することは当を得ないとしても、機能的、抽象的に表現された構成要件であることに事寄せて、本来、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明細書に開示されていない技術的思想までをも当然に含ませうるものであつてはならないことは明らかである。

zu

A裁判所は、本件特許権の請求の範囲に関して次のように解釈しました。

(a)本件特許発明における「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件について検討するに、本件特許発明の明細書に唯一の実施例として記載されている装置は、次の構成、作用を有するものであることが認められる。すなわち、

(イ)検査所11で内外両部品(内外環)の寸法差を検査したうえ、これを組合わせて移送し、球組立所20の皿形の受器17の下方に位置せしめる一方、違つた寸法範囲によつて分けられた中間部品(球)の複数の供給単位21のうちから、右の内外環の検査結果に従つて一つを選択し、

(ロ)計測単位131で計測され選出された球の一定数を受器17に排出降下させ、受器17の単一の出口から、その下方に位置せしめた内外環の間隙に流下させて充填し、

(ハ)組立を行なうが、

(ニ)球を選出する計測手段たる計測単位131(筒線輪132、中央台134、滑動台135、計測路145ないし148等よりなる。)と組立手段たる組立物160(内環の偏心を行なう栓155、気筒156、半月形の突出部161、腕164、空気筒170、押台167、バネ171及び外環を変形させる供力腕180、押台186、バネ189、運動制限子185、気筒195、肘金機構192、杆196等よりなる。)とは、受器17及びこれと関連する充填機構(充填運搬器205、充填杆206、気筒208等よりなる。)を介して作動上連絡されており、

(ホ)内外環の寸法差の検査結果に従つて選出された特定寸法の球の一定個数が、計測単位131により受器17に供給され、

(ヘ)充填運搬器205の内部に固定してある套管204で形成される垂直溝202に降下して充填杆206との間に滞留し、

(ト)組立物160の作動により、内外環の間に球を充填するための間隙が形成された後に、充填杆206が後退(上昇)させられ、球は套管204の下端にある路210を通つて内外環の間隙に充填され、

(チ)次いで、充填杆206は前進(下降)して元の位置(原判決添付の本件公報図面第一四図に示されている位置)よりさらに下降し、

(リ)その先端が内外環の間隙に一旦突出して(右本件公報図面第二〇図に示されている位置)から元の位置に戻るが、球の混雑等のため適正に充填されず、

(ヌ)充填杆206が充分に突出されない場合は、自動的に揺動、移動等の整定手段が施され、それでもなお充分な突出ができないとき(すなわち、球の充填が不完全であるとき)は、機械が自動的に停止されるのである。

(b)右の認定から明らかなとおり、実施例の装置では、計測手段により選出された球が、共通の受器内に排出され、受器及びこれに関連する充填機構の単一の出口を経て、その下方に位置せしめられた内外環の間隙に充填されるようになつており、受器内には二種類以上の組の球が同時に存在することは許されず、組立手段における組立(充填)が完了しない限り、次の組の内外環に適合する球が計測手段により選出されて受器に排出されることはないから、計測手段と組立手段とは、一方が作動を完了することによつて他方が作動を開始し、一方の作動が停止すれば他方の作動も停止ないし空転するものであり、一方が他方の作動と無関係に作動を継続しうる余地はないものである。

(c)したがつて、実施例の装置に開示されている「計測手段と組立手段とが協力する」関係とは、計測手段と組立手段の各作動が相互に規制され、いわば一対一の対応関係をもつて作動するという不可分の関連性を有していることであるとみるべきものであり、明細書中には、これと別異に解すべきことを示唆する記載は存在しない。

zu

B裁判所は、前記本件特許発明の技術的範囲への係争物の属否に関して次のように判断しました。

(a)被控訴人装置においては、

(イ)組立手段である内外輪ボール組立装置(11)と計測手段であるボール計数装置(301)との間には、ボール排出口(312)、ボール分配板(319)、円板(324)、貯蔵筒(326)等よりなるボール記憶貯蔵排出装置(302)が介在し、

(ロ)ボール計数装置(301)によつて計測、計数された特定寸法の球の一定個数が、ボール排出口(312)、ボール分配板(319)を経て、円板(324)の円周上に設けられた多数の貯蔵筒(326)内に逐次供給されて滞留し、

(ハ)固定排出板(410)の位置に至つて排出され、組立装置(11)に供給されて内外環と組立てられるものが、このボール計数装置(301)からボール記憶貯蔵排出装置(302)の貯蔵筒(326)への球の供給と、貯蔵筒(326)から組立装置(11)への球の供給とは、それぞれその作動単位時間(サイクル)が異なつており、

(ニ)計測手段であるボール計数装置(301)と組立手段である組立装置(11)の各作動は、ボール記憶貯蔵排出装置(302)の介在により、それぞれ分離独立して行なうことが可能であつて、一方が作動を停止しても他方が作動を継続しうるものである。

(b)この被控訴人装置は、本件特許発明におけるように、計測手段と組立手段とが中間部品と内外両部品との組立をするについて作動上相互に規制されて不可分の関連性を有しているものではないことが明らかである。

(c)被控訴人装置を表示するものであることについて当事者間に争いのない原判決添付の別紙目録の記載、〈証拠〉によれば、被控訴人装置は、作動上、検査、計測の前工程と組立の後工程とに二分し、前工程のサイクルを後工程のサイクルより短かくすることにより、被控訴人が主張する作用効果、すなわち、前工程と後工程は相互に規制されることなくそれぞれ連続的に行ないうるから、装置全体として時間的な損失がなく、また、同一寸法の軸受の組立に対し従来の装置におけるより少ない種類の球を準備することで足りるという特段の効果を奏することも明らかである。

(d)したがつて、被控訴人装置は、本件特許発明の「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件を具備しておらず、本件特許発明とは技術的に異なるものというべきである。

(e)なお、控訴人は、被控訴人装置が、本件特許発明の構成要件をすべて具備し、これにボール記憶貯蔵排出装置(302)を付加したにすぎないものであるから、本件特許発明の技術的範囲に属する旨主張するが、前記のとおり、被控訴人装置は、本件特許発明の「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件を充足せず、計測手段と組立手段との関係を本件特許発明の構成とは別異なものとすることにより、本件特許発明と異なる特段の作用効果を奏するものである。

(f)したがつて、被控訴人装置は、その余の点につき判断するまでもなく、本件特許発明の技術的範囲に属しないといわざるをえない。


 [コメント]
@本事例は、過度に抽象的な機能的クレームを限定解釈した事例の第二審です。

A本件判決において特筆すべきことは、きわめて抽象的である機能的クレームでも直ちに実施例に限定されるのではなく、実施例から把握できる技術的思想に限定されると判示したことです。

Bすなわち、「計測手段と組立手段とが協力する」の意味を両手段が一対一の対応関係であるものと解釈し、係争物はそういう関係を有しないから技術的範囲に属しないと判断したことです。

C第一審では、“技術的範囲を定めるに当たっては、願書に添付された明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載に依らざるを得ない。”という趣旨の判示をしています。これは、実施例に限定しても構わないという意味にもとれますが、それはいささか限定し過ぎと思われます。


 [特記事項]
 
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