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●13-854 (特許侵害事件/容認) Teva v. Sandoz事件


明確な誤り/特許明細書/特許出願/共重合体

 [事件の概要]
@事件の経緯

(a)原告(Teva Pharmaceuticals USA, Inc.,)は多発性硬化症の医薬品に関連する権利として米国特許第5981589号他を有しています。

(b)同特許は、前記医薬品の一成分である共重合体1を対象としており、そのクレームに「5から9キロダルトンの分子量」という要件を含んでいます。

(c)被告(Sandoz Inc.)は、前記医薬品のジェネリック・バージョンを市場に出そうとし、原告は地方裁判所に被告を訴えました(810 F.Supp.2d 578)。

(d)被告は、地方裁判所の審理においてクレーム中の「分子量」という要件が分からないために特許が無効であると主張しました。

(e)この文言に関しては、原告側及び被告がそれぞれ専門家を証人喚問する事態となり、専門家の間でも意見が対立しました。

(f)地方裁判所は、原告側の専門家の意見を容れて、特許が有効であると判断しました。

(g)ところが、控訴裁判所(連邦巡回裁判所)は、特許の有効性を最初から(de novo)審理し、被告側の専門家の意見を採用して特許が無効であると判断しました。
De novo reviewとは

(h)被告は、最高裁判所に上訴しました。

A特許クレームの内容

 5から9キロダルトンの分子量を有する共重合体−1であって、次の手順により生成されるもの。

 保護された共重合体−1を臭化水素酸に反応させて、トリフルオロアセチル共重合体−1を生成するステップ。

 トリフルオロアセチル共重合体−1をaqueous piperidine solutionして共重合体−1を生成するステップ。

 その共重合体−1をpurifyして5から9キロダルトンの分子量を有する共重合体−1を生成するステップ。

B無効理由の要旨は次の通りです。

(a)米国特許法第112条第2項によれば、「(クレームは)特許出願人が発明と考える主題を特に指摘し、明確に請求するものでなければならない。」としている。

(b)被告によれば、前記クレーム1の中の「分子量」は、(イ)ピーク平均分子量、(ロ) 数平均分子量、もしくは(ハ) 重量平均分子量の3つの意味に解釈することができるので、クレームは不明確である。

C無効理由に対する当事者の攻防を簡単に説明します。

(a)原告は、前記クレーム1の「分子量」はピーク平均分子量であると主張しました。

(b)被告は、原告の主張する方式であると特許出願人が開示した図1のデータと合致しない(図1に実線で示す曲線のピークは分子量が7.7のライン上にある筈であるのに、実際には外れた位置にある)と指摘して、原告の主張は信用できない、と反論しました。

〔本件特許発明〕

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(c)原告は、指摘された事実は、7.7という量の分子が前記サンプル中で最も優勢(prevalent)な分子であることを意味するに過ぎないと主張しました。

(d)被告は、図1の曲線のピークをよく観察すると、最も優勢な分子の分子量は6.8であり、計算上の分子量7.7を僅かに下回る。従って特許出願人のいう“分子量”は第1の意味(ピーク平均分子量)ではありえないと反論しました。

(e)原告側の専門家は、この分野の技術に精通した者(skilled artisan)であれば、図1に示すような分子量の分布曲線に対するクロマトグラム(chromatogram)から変換されたデータから、各カーブのピークが少しシフトすることは理解できる、このことは、同図の曲線のピークから読み取れる数値と同図の説明文(legend)中の数値とのずれを説明する、と証言しました。

(f)被告は、そうしたシフトはあり得ないと反論しました。

D地方裁判所の審理の要旨

 地方裁判所は、原告側の専門家の意見を考慮して、クレーム中の「分子量」とは、一番目の意味であると判断しました。そして裁判官は、発明が明確であるかどうかは特許出願時に当業者が理解できるか否かにより決定するべきであると指摘し、本件特許のクレームは明確であると判断しました。

E控訴裁判所の審理の要旨

 控訴裁判所は、地方裁判所とは反対に、「分子量」という用語が不明確であり、クレームが無効であると判断しました。

 その際に控訴裁判所は、De Novo Reviewを採用して地方裁判所のクレーム解釈をあらゆる面から見直しました。


 [裁判所の判断]
@最高裁判所は、控訴審での判断基準に関して次の見解を示しました。

(a)先例(Markman v. westview Instruments, Inc.,)において、我々は、特許クレームは、特許権の範囲を定める特許書類(patent document)の一部であり、従ってクレームの解釈は、そこに使用された用語の解釈を含めて、陪審員(jury)ではなく、裁判官(court)のみががこれを行う責を負うと説明した。

(b)本件の問題は、控訴裁判所は、地方裁判所の事実認定を法律問題(question of law)として最初から見直す(De novo)べきか、それとも明らかな誤り(clear error)の有無のみを判断するべきかである。
法律問題とは

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(c)Civil Procedureの連邦規則52(a)(6)は、「(控訴審は)明らかに誤っている場合を除いて地方裁判所の事実の認定(findings of fact)を覆してはならない」と定めている。

 “事実の認定を最初から見直すことは、無視できる程度にしか(negligibly)正確性の向上に貢献せず、司法資源の莫大な無駄使いとなる。”と考えられているからである。

 470 U.S. 564, 574 Anderson v. Bessemer City

(d)当裁判所の意見は、前述の規則52(a)(6)の例外を作ることではない。

(e)当裁判所は、書類の解釈が法律問題として取り扱われるのと同様に、クレームの解釈も法律問題として取り扱われることが適当である、と考える。

 一般に文章にされたもの(written instruments)の解釈は純然たる法律問題(qeustion of soly law)と理解されているからである。

(f)ところがクレーム解釈が最終的には法律問題であるとしても、当裁判所は、解釈をする際に補充的な事実認定(subsidiary factfing)が必要とされる場合があると認識する。

 すなわち、クレーム解釈において、事実を明らかに確証(evidently underpinning)しようとしたり、或いは、法律上の原則的基準(pristine legal standard)と手続(特許出願等)の経緯(historical facts)との間のどこかに問題点が埋もれているような場合である。

(e)また裁判では、特許出願の出願書類や特許出願の経緯のような内部証拠の他に、いわゆる外部証拠がクレーム解釈に用いられることがある。例えば科学技術の背景を理解したり、一定の時期(例えば特許出願の時・発明時)における所定の技術的用語の意味を知るために科学的証人(scientific witness)の証言を求める場合がある。
外部証拠(extrinsic evidence)とは

(f)こうした補充的な事実認定が行われるときには、控訴審は“明確な誤り”が存在するか否かという判断基準を適用しなければならない。

A最高裁判所は、前記の見解を下記のように本件に当てはめました。

(a)控訴裁判所は、地方裁判所の判断を見直すに際して、図1の曲線のピークは同図の説明文中の7.7キロダルトンの分子量と合致しないと認定した。

(b)控訴裁判所は、その認定に当たり、図中の曲線のピークと説明文中の数値のズレに関する原告の説明を採用することを拒否した。

(c)控訴裁判所は、その説明を受け入れた地方裁判所の判断に“明確な誤り”を見い出すことをしなかった。

(d)従って控訴裁判所の判断は覆されるべきである。


 [コメント]
@米国特許出願の実務では、クレーム解釈は一般に法律問題であり、控訴審では第一審の判断を最初から見直すというということが通常ですが、本事例は、事情により、事実問題として扱われる(“明確な誤り”があるかという基準が適用される)ということを示した事例として重要です。

A具体的には、特許出願時に使用されていた技術の用語の意味や技術常識などに関して、専門家を法廷に呼んで証言させたようなケースです。こうした外部証拠に関して補充的な事実認定を行うのは、事柄の性質として事実問題だからです。

B控訴審は、書面のみで判断を行いますので、白黒つけがたい微妙な判断では、その証人が証言するところを実際にみて判断をする下級審の裁判官の方がより適切に判断できるであろうという考え方が根底にあります。

C特許出願の明細書の作成の教材として考えた場合、「分子量」のような多義的な用語に関してはとりわけ慎重な使い方が求められます。特許出願人が或る一つの意味で使用するのが当然というつもりでも、他の意味でも解釈できる場合、特許訴訟で紛糾を生ずる原因になるからです。
 [特記事項]
 
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