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●平成23年(行ケ)第10148号(審決取消訴訟/容認)


平成23年(行ケ)第10148号/新規性・進歩性審査基準/特許出願/医薬

 [事件の概要]
@本件の事例は次の通りです。

(a)被告は、先の特許出願(出願日;平成7年6月20日)に基づく国内優先権を主張して「医薬」と称する特許出願(特願平8−156725号)をし、本件特許(特許第3148973号)を取得した。

(b)原告は、本件特許の請求項1ないし16、18ないし30及び32ないし44について、特許無効審判を請求し(甲28)、無効2010−800087号事件として係属した。これに対して、被告は、同年7月27日、訂正請求をした(乙33)。

(c)特許庁は、平成23年3月22日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」旨の本件審決をし、その謄本は、同月31日、原告に対して送達された。

A本件特許の請求の範囲の記載は次の通りです。

「(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と、(2)アカルボース、ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα−グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬」

B本件特許の明細書には次の記載があります。

 ア 本件各発明は、インスリン感受性増強剤とそれ以外の作用機序を有する他の糖尿病予防・治療薬とを組み合わせてなる医薬に関する(【0001】)。

 イ ピオグリタゾンは、障害を受けているインスリン受容体の機能を元に戻す作用を有するインスリン感受性増強剤の1つであり、その作用は、比較的緩徐であって、長期投与においてもほとんど副作用がない。しかしながら、本件各発明の特定の組合せを有する医薬については知られていない(【0002】)。他方、糖尿病治療に当たっては、個々の患者のそのときの症状に最も適した薬剤を選択する必要があるが、個々の薬剤の単独での使用においては、症状によっては充分な効果が得られない場合もあり、また投与量の増大や投与の長期化による副作用の発現など種々の問題があり、臨床の場ではその選択が困難な場合が多い(【0003】)。

 ウ 本件各発明は、インスリン感受性増強剤を必須の成分とし、さらにそれ以外の作用機序を有する他の糖尿病予防・治療薬を組み合わせることで、薬物の長期投与においても副作用が少なく、かつ、多くの糖尿病患者に効果的な糖尿病予防・治療薬としたものである(【0004】)。

 本件各発明の医薬は、糖尿病時の高血糖に対して優れた低下作用を発揮し、糖尿病の予防及び治療に有効である。また、この医薬は、高血糖に起因する神経障害、腎症、網膜症、大血管障害又は骨減少症などの糖尿病性合併症の予防及び治療にも有効である。さらに、症状に応じて各薬剤の種類、投与法又は投与量などを適宜選択すれば、長期間投与しても安定した血糖低下作用が期待され、副作用の発現も極めて少ない(【0045】)。

 エ 本件各発明においてインスリン感受性増強剤と組み合わせて用いられる薬剤としては、α−グルコシダーゼ阻害剤やビグアナイド剤などがある。

 α−グルコシダーゼ阻害剤は、アミラーゼ等の消化酵素を阻害して、澱粉や蔗糖の消化を遅延させる作用を有する薬剤であって、具体例には、アカルボース、ボグリボース及びミグリトールなどがある。

 ビグアナイド剤は、嫌気性解糖促進作用、末梢でのインスリン作用増強、腸管からのグルコース吸収抑制、肝糖新生の抑制及び脂肪酸酸化阻害などの作用を有する薬剤であって、具体例には、フェンホルミン、メトホルミン及びブホルミンなどがある(【0030】)。

 オ 本件各発明においてピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と組み合わせて用いられる薬剤としては、インスリン分泌促進剤などが挙げられる。

 インスリン分泌促進剤は、膵β細胞からのインスリン分泌促進作用を有する薬剤であって、例えばスルフォニール尿素剤(SU剤)が挙げられる。SU剤は、細胞膜のSU剤受容体を介してインスリン分泌シグナルを伝達し、膵β細胞からのインスリン分泌を促進する薬剤であって、具体例には、グリベンクラミドやグリメピリドがある(【0033】)。

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C本件特許出願の優先権主張日以前に知られていた先行技術は次の通りです。

 ア 引用例1:「経口血糖降下剤の使い方と限界」(medicina vol.30、no.8・1471〜1473頁。平成5年8月刊行。甲1)

 イ 引用例2:「新しい経口血糖降下剤の開発状況と展望」(medicina vol.30、no.8・1541〜1542頁。平成5年8月刊行。甲2)

 ウ 引用例3:「NIDDMの新しい治療薬」(Therapeutic Research vol.14、no.10・4122〜4126頁。平成5年10月刊行。甲3)

 エ 引用例4:「経口糖尿病薬−新薬と新しい治療プラン−」(総合臨床 vol.43、no.11・2615〜2621頁。平成6年11月刊行。甲4)

D本件特許に対する審決は次の通りです。

 本件審決の理由は、要するに、

(a)本件発明1ないし4、6、7、9、10及び12は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号に違反するものではない、

(b)本件発明1ないし5、7、8、10及び11(以下、これらを併せて「本件発明1等」という。)は、前述の引用例1ないし4に記載された発明であるとはいえないから、特許法29条1項3号の規定により無効とすることはできない、

(c)本件各発明は、上記発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、同条2項の規定により無効とすることはできない、というものである。

Eなお、本件審決が認定した引用例1ないし4に記載の発明(以下「引用発明」という。)並びに本件発明1と引用発明との相違点は、以下のとおりです。

 ア 引用発明:ピオグリタゾン、又は、アカルボース及びボグリボースから選ばれるα−グルコシダーゼ阻害剤のいずれか1つを有効成分とする糖尿病治療用医薬

 イ 一致点:糖尿病治療薬である点

 ウ 相違点:本件発明1の治療薬はピオグリタゾンと、アカルボース及びボグリボースから選ばれるα−グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなるものであるのに対し、引用発明の治療薬は上記3つの化合物のいずれか1つを単独で有効成分として使用するものであって、それらを併用するものではない点

F特許権者が主張した審決取消事由は次の通りです。

  (1) 引用例3に基づく本件発明1等の新規性に係る判断の誤り(取消事由1)

  (2) 引用例4に基づく本件発明1等の新規性に係る判断の誤り(取消事由2)

  (3) 本件各発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3)

G取消事由に対する当事者の主張は次の通りです。

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〔取消事由1に関する原告の主張〕

(a)本件審決は、引用例3の図3に示されたピオグリタゾンとα−グルコシダーゼ阻害剤とを併用することは、併用について単に将来的な糖尿病治療を前提とするものであり、その併用により実際に糖尿病治療が行われたことや、その併用についての薬理効果を確認したことについての記載がないから、医薬の有用性を理解できず併用医薬の発明として記載されているものではなく、引用例3には本件発明1等が記載されていないと判断した。

(b)しかしながら、本件発明1の構成は、引用例3の図3に示されている。すなわち、引用例3の図3には、「将来のNIDDM薬物療法のあり方」と題して、@α−グルコシダーゼ阻害剤とSU剤との併用、Aα−グルコシダーゼ阻害剤とインスリン感受性増強剤、BSU剤とインスリン感受性増強剤との併用という3つの技術的思想が記載されており、特にBについては併用したときの効果が数値をもって具体的に記載されているばかりか、この図に関して、「すでに臨床治験を終了あるいは進行中であり、近い将来に臨床の第一線に登場する可能性が高い」旨の説明がされている。

(c)しかも、糖尿病の薬物療法においては、薬理効果の作用機序が異なる医薬を併用使用することにより、各医薬の持つ作用の発現によって治療効果を高めていることは、一般的に行われてきており(甲7、13〜18)、糖尿病の治療においては併用禁忌とされる組合せが見当たらない(引用例1〜4、甲5、6、25〜27)。したがって、新たな作用機序を有するインスリン感受性増強剤との併用については、本件優先権主張日当時の当業者は、直ちにその有用性を理解し、他の治療薬との併用による相加的、相乗的な効果を期待できた。

(中略)よって、本件発明1等は、引用例3に記載された発明であり、この認定を誤る本件審決は、取り消されるべきである。

 〔取消事由1に関する被告の主張〕

(a)併用医薬発明は、それぞれ単独で投与した場合と比較して、併用投与の方が優れた効果(併用効果)を奏する場合にはじめて特許性が認められ、発明として完成するものであるところ、ここにいう「併用効果」は、臨床上、単独投与で十分な効果が得られない患者に対して別の薬剤を併用投与して効果(併用効果を示すことは、必要とされない。)が得られる「臨床上の併用の有用性」(乙17)とは区別されなければならない。

 したがって、引用例に併用医薬特許発明が開示されているというためには、併用効果の記載が必要であるところ、原告が提出した引用例には、いずれも併用効果の記載がない。

 (2) また、本件審決も認定するように、糖尿病に対する薬剤の併用治療に関し、本件優先権主張日の前において、異なる作用機序の薬剤を併用して用いれば例外なく、相加的又は相乗的な効果が必ずもたらされることを当業者が認識していたという事実を認めるに足りる根拠は、全く見出せない。

 このように、同一の疾病治療に用いられている作用機序の異なる2つの医薬を組み合わせて使用する場合の併用効果については、必ずしも相乗的な効果がもたらされるとは限らないため、実際の効果については現実に使用してみなければ分からないという認識が、当業者には一般的であるところ、ピオグリタゾン(インスリン感受性増強剤)は、本件優先権主張日当時、まだ臨床試験中であり、市場にはインスリン感受性増強剤自体存在しなかったため、インスリン感受性増強剤と他の血糖降下剤との併用による効果の増強(相乗的効果)は、実証されておらず、その予測可能性は、極めて低かった。むしろ、同じチアゾリジン系インスリン感受性増強剤であるトログリタゾンと他の経口糖尿病薬(SU剤、メトホルミン)との併用では、単独投与と差異がないことが報告されていた(乙17)。したがって、引用例3及び4の各図の記載によって、インスリン感受性増強剤とその他の血糖降下剤との併用が本件優先権主張日当時、技術的思想として確立していたとはいえない。

 引用例3の図3は、その標題及び引用例3の執筆者の陳述書(乙24)からも明らかなように、将来のあり方(期待や可能性)を示したものにすぎず、具体的な併用の形態や併用効果を示すものではない。また、引用例3には、SU剤では効果不十分な患者に対してトログリタゾンを追加投与した場合の臨床上の効果の有用性についての記載はあるが、併用効果についての記載はない。(中略)

 よって、引用例3には、本件発明1等が記載されているとはいえない。
取消事由2(引用例4に基づく本件発明1等の新規性に係る判断の誤り)について

 〔取消事由2に関する原告の主張〕

(a)本件審決は、引用例4の図6には糖尿病治療薬において、インスリン抵抗改善薬とα−グルコシダーゼ阻害剤との併用やSU剤とインスリン感受性増強剤とα−グルコシダーゼ阻害剤との3者併用の薬剤の組合せが試みられる旨の記載があるが、これが併用について単に将来的な糖尿病治療を前提とするものであり、(中略)併用することにより実際に糖尿病治療が行われたことや、その併用について糖尿病治療に係る薬理効果を実際に確認したことについては記載がなく、ピオグリタゾンとα−グルコシダーゼ阻害剤とを選択し、この2つの薬剤でもって併用治療を行うことについての記載や示唆もないから、医薬の有用性を理解できず併用医薬の発明として記載されているものではない旨を説示して、引用例4には本件発明1等が記載されていないと判断した。

(b)しかしながら、引用例4の図6には、インスリン感受性増強剤とα−グルコシダーゼ阻害剤との併用投与による糖尿病の治療プランが有用なものとして具体的かつ実際に開示されている。糖尿病の薬物療法においては、併用投与が一般的に行われていることや、医薬発明の用途発明の開示において具体的な薬理効果の記載が必要ではないことは、前記のとおりである。よって、本件発明1等は、引用例4に記載された発明である。

 〔取消事由2に関する被告の主張〕

 前記のとおり、引用例に併用医薬特許発明が開示されているというためには、併用効果の記載が必要であるところ、引用例4には、SU剤とインスリン感受性増強剤という作用機序の異なる薬剤について、その併用の可能性や期待についての記載はあるが、具体的な併用の方法や、併用の効果については記載がない。

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 〔取消事由3に関する原告の主張〕

(a)本件審決は、本件優先権主張日当時において、異なる作用機序の薬剤を併用して用いれば例外なく、相加的又は相乗的な効果が必ずもたらされることを当業者が認識していたという事実を認めるに足りる根拠を全く見出せないことを前提として、相違点に係る糖尿病治療薬の構成を、引用例1ないし4の記載から当業者が容易に想到することができた一方、本件発明1の効果が、本件明細書の実験例1及び甲8ないし10の記載に基づき、引用例1ないし4の記載からは当業者が予測できない格別顕著なものであると説示して、本件発明1を当業者が容易に想到することができたとは認められないと判断した。

(b)しかしながら、前記のとおり、相違点に係る構成は、引用例3又は4に記載されているところ、仮に相違点が存在するとしても、相違点の構成が容易に想到し得るものであれば、特別な事情のない限り、進歩性は認められず、その作用効果が顕著であることは、特許出願人又は特許権者において明らかにする必要がある。
立証責任の分配とは

 しかるところ、本件明細書の実験例1は、ラットのデータにすぎないし、併用効果が知られている異なる作用機序を有する医薬品の併用投与による、従来技術との効果の対比実験を行ったものではないから、併用投与による予測の範囲を越えたものであるか否かは、直ちに明らかとはしていない。(中略)本件審決は、そもそも、引用例1ないし4から当業者が予測できる量的効果がいかなるものであるかについて一切説示しておらず、証拠に基づかずに作用効果の顕著性を認定している。

 むしろ、糖尿病の薬物療法においては、薬理効果の作用機序が異なる医薬を併用使用することにより、各医薬の持つ作用の発現によって治療効果を高めていることは、一般的に行われてきており(甲7、13〜18)、糖尿病の治療においては併用禁忌とされる組合せが見当たらない(引用例1〜4、甲5、6、25〜27)。例えば、本件優先権主張日当時、当業者がインスリン感受性増強剤とSU剤との併用を試みることは、容易であった(甲18)。そして、本件明細書の実験例1が示す作用効果は、ピオグリタゾンとα−グルコシダーゼ阻害剤との併用投与に関して記載されたピオグリタゾンの添付文書(甲19)の記載によっても、ピオグリタゾンとSU剤との併用効果よりも劣っており、当業者の予測する範囲内のものであった。

(c)ピオグリタゾンと他剤との併用効果は、追加的な改善効果を有するにすぎず、その程度を当業者が予測できない格別顕著なものと認定した本件審決には、誤りがある。

 〔取消事由3に被告の主張〕

(a)引用例3及び4には、いずれも本件発明1の構成や効果が記載されていない。すなわち、引用例1ないし4には、インスリン感受性増強剤であるピオグリタゾンやトログリタゾンと、α−グルコシダーゼ阻害剤であるアカルボース、ボグリボース又はミグリトールとを併用すれば効果の高い治療が可能となるかもしれない、という単なる期待の域を出ないものであり、他の証拠の記載も同様であって、いずれの証拠も、異なる作用機序に基づく糖尿病治療薬の併用は、相加的又は相乗的な効果を必ずもたらすことを裏付けるものではないのであって、本件優先権主張日当時、インスリン抵抗改善薬とα−グルコシダーゼ阻害剤との併用効果は、知られていなかった。

(b)また、前記のとおり、同一の疾病治療に用いられている作用機序の異なる2つの医薬を組み合わせて使用する場合の併用効果については、必ずしも相乗的な効果がもたらされるとは限らないため、実際の効果については現実に使用してみなければ分からないという認識が、当業者には一般的であるところ、このような本件優先権主張日当時の技術水準等を考慮すれば、前記の併用効果があれば、本件発明1の顕著な効果を認めるには十分である。

 そして、アカルボース、ボグリボース及びミグリトールは、いずれもα−グルコシダーゼ阻害剤に分類される経口血糖降下剤であり、その作用機序(本件明細書【0030】、引用例1〜4、乙6〜8)、下痢等の消化器症状という副作用(引用例3、4)及び化学構造において共通しているところ、本件明細書の実験例1(ピオグリタゾンとボグリボースとの併用)及び2(ピオグリタゾンとグリベンクラミドとの併用)のうち、実験例1は、本件発明1の構成により、それぞれ単独で使用する場合に比較して少量で優れた血糖降下作用(相乗的効果)が得られ、それゆえ副作用を低減しうるという併用効果を具体的に記載している。

(中略)本件優先権主張日当時、チアゾリジン系インスリン感受性増強剤については、他の血糖降下剤(SU剤、メトホルミン)との併用効果に関して、単独投与と相違がないとする論文が存在した(乙17)。また本件各発明に係るピオグリタゾンは、顕著な商業的成功を収めており、このことは、本件各発明の顕著な効果を示す証拠の1つといえる。

(c)以上のとおり、本件発明1は、引用例1ないし4に記載の発明に対して進歩性を有しており、その要件を全て含む本件発明2ないし12も、同様に進歩性が認められる。


 [裁判所の判断]
@裁判所は取消事由1に関して次のように判断しました。

(a)引用例3の図3には、本件発明1等の構成がいずれも記載されており、特許出願人による優先権主張日当時の技術常識を参酌すると、その作用効果又は作用効果に関わる構成もいずれも記載されているに等しいというべきであって、これらの発明は、いずれも特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明(特許法29条1項3号)であるから、審決は取消を免れない。その理由は下記の通りである。

(b)引用例4には、「糖尿病状態になれば、病状と分泌不全と抵抗性とのバランスにより、以下の薬剤の組合せが試みられる(図6)。空腹時血糖が110mg/dℓ以下で食後血糖が200mg/dℓ以上であればα−グルコシダーゼ阻害剤をまず試みる。空腹時血糖が110mg/dℓから139mg/dℓであれば、空腹時の肝糖産生抑制するために就寝前にスルフォニール尿素剤の経口投与、あるいはインスリン抵抗性改善剤やビグアナイド剤の投与が試みられるが、やはりそれらとα−グルコシダーゼ阻害剤の併用が好ましい。次に空腹時血糖が140mg/dℓから199mg/dℓであれば、スルフォニール尿素剤単独投与、スルフォニール尿素剤とインスリン抵抗性改善薬との併用が試みられる。しかし同様にα−グルコシダーゼ阻害剤の併用という3者併用療法が好ましい。」旨の記載がある。

(b)このように、インスリン受容体の機能を元に戻して末梢のインスリン抵抗性を改善するインスリン感受性増強剤と消化酵素を阻害して食後の血糖上昇を抑制するα−グルコシダーゼ阻害剤とでは血糖値の降下に関する作用機序が異なることは、本件優先権主張日当時の当業者の技術常識であった。

(c)作用機序が異なる薬剤を併用する場合、通常は、薬剤同士が拮抗するとは考えにくいから、併用する薬剤がそれぞれの機序によって作用し、それぞれの効果が個々に発揮されると考えられるところ、糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤とα−グルコシダーゼ阻害剤とを併用投与した場合に限って両者が拮抗し、あるいは血糖値の降下が発生しなくなる場合があることを示す証拠は見当たらない。むしろ、引用例4には前述の通り3者併用療法が望ましい旨の記載があるから、引用例3には本件発明1の記載があると認められる。

(d)また本件明細書には、塩酸ピオグリタゾンとボグリボースとの併用投与の実験についての記載がある。(中略)対照群(薬物投与なし)のラットから14日後に得られた血漿グルコース濃度は、345±29mg/dℓであり、ヘモグロビンA1は、5.7±0.4%であるのに対し、塩酸ピオグリタゾン及びボグリボース併用投与群のラットでは、結晶グルコース濃度は、114±23mg/dℓであり、ヘモグロビンA1は、4.5±0.4%であるから、併用投与群において投与後に血漿グルコース濃度及びヘモグロビンA1が相当程度減少したことが一応示されているということができるが、上記実験においては、併用投与群のラットは、いずれも各単独投与群が投与された塩酸ピオグリタゾン及びボグリボースの各用量をそのまま併用投与されているため、結果として最も大量の糖尿病治療薬を摂取していることになるばかりか、ラットからの血液採取が各薬剤の14日目の最後の投与から何分後にされたのかが不明であるから、実験結果の数値の評価は、相当慎重に行わなければならない。そうすると、以上の数値にもかかわらず、(中略)本件明細書に記載の塩酸ピオグリタゾンとα−グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用投与の実験結果は、両者の薬剤の併用投与に関して当業者が想定するであろういわゆる相加的効果の発現を裏付けているとはいえるものの、それ以上に、両者の薬剤の併用投与に関して当業者の予測を超える格別顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)を立証するには足りないものというほかない。

(d)引用例3の図3に記載の発明及び本件各発明の血糖値の降下に関する各作用効果は、いずれもピオグリタゾン又はその薬理学に許容し得る塩とアカルボース、ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα−グルコシダーゼ阻害剤とを併用投与した場合に想定されるいわゆる相加的効果である点で共通するものと認められる。

(c)(こうした相加的効果は引用例3の図3に接した当業者も認識できるできるから)、引用例3の図3には、本件発明1等の構成がいずれも記載されており、本件優先権主張日当時の技術常識を参酌すると、その作用効果又は作用効果に関わる構成もいずれも記載されているに等しいというべきである。
記載されているに等しい事項とは(新規性)

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A裁判所は取消事由3に関して次のように判断しました。

(a)本件明細書は、前記1(1)クに記載のとおり、ラットに対して塩酸ピオグリタゾン1重量部に対してボグリボース0.31重量部を併用投与した実験例の記載はあるものの、それ以上に、ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩とα−グルコシダーゼ阻害剤との各用量の特定又はそれによる臨界的な意義を何ら明らかにしていない。

(b)むしろ、作用機序が異なる薬剤を併用する場合、通常は、薬剤同士が拮抗するとは考えにくいから、併用する薬剤がそれぞれの機序によって作用し、それぞれの効果が個々に発揮されると考えられるところ、糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤とα−グルコシダーゼ阻害剤とを併用投与した場合に限って両者が拮抗し、あるいは血糖値の降下が発生しなくなる場合があることを示す証拠は見当たらないばかりか、当業者は、本件優先権主張日当時の技術常識に基づき、これらの作用機序が異なる糖尿病治療薬の併用投与により、少なくともいわゆる相加的効果が得られるであろうことまでは当然に想定するものと認められる。

(c)以上によれば、引用例3の図3に記載の発明において、ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩とα−グルコシダーゼ阻害剤とを併用投与するに当たって、各用量をどのように特定するかは、投与者がそれにより得ようとするいわゆる相加的効果の内容に応じて適宜設計すれば足りる事項であるというべきであって、本件発明6、9及び12の前記相違点に係る構成は、実質的な相違点とはいえないか、せいぜい当業者が容易に想到することができるものであるといえる。


 [コメント]
 新規性・進歩性審査基準では、新規性の規定中の「刊行物に記載された発明」は刊行物に記載されているに等しい事項を含むとし、「記載されているに等しい事項」とは、記載されている事項から特許出願時における技術常識を参酌することにより導き出せるものをいうと述べています。

(b)本件判決では、引用文献に記載された併用医薬(作用機序の異なる医薬を2以上組み合わせたもの)に関して、この解釈が適用されました。

(c)特許庁の主張は、組み合わせの医薬に関して“実際の効果については現実に使用してみなければ分からない”とし、他方特許権者側は“糖尿病の薬物療法においては、薬理効果の作用機序が異なる医薬を併用使用することにより、各医薬の持つ作用の発現によって治療効果を高めていることは、一般的に行われている”と主張しました。何れの主張もそれなりに説得力があるようですが、裁判所で物を言うのは、主張を裏付ける証拠の出来です。特許権者側が糖尿病治療に関して医薬の併用が実用的に行われていることを引用例4などで十分に証明したのに対して、これに対する特許庁側は、“ピオグリタゾン(インスリン感受性増強剤)は、本件優先権主張日当時、まだ臨床試験中である”、“市場にはインスリン感受性増強剤自体存在しなかった” と反論したに過ぎませんでした。


 [特記事項]
 
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