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●昭和62年(行ケ)第122号(審決取消訴訟/否認)


特許出願と不可争力/分割出願/仮燃装置

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯

 原告は、名称を摩擦仮撚装置」(その後「仮撚装置」と補正)とする発明について、

 昭和50年6月24日にした昭和50年特許願第76854号(特許出願A)をし、

 昭和51年7月21日にAを出願分割して昭和51年特許願第85983号(特許出願B)をし、

 昭和52年3月28日にBを分割して昭和52年特許願第33257号(特許出願C)を行い、

 昭和52年12月30日にCをもう一度分割して昭和52年特許願第159867号(以下「特許出願D」という。)したところ、

 昭和58年3月10日特許出願Dが出願公告(特公昭58−12941号)されましたが、特許異議の申立てがありました。

 昭和61年1月27日に拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判を請求し、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)があったので審決取消訴訟を提起しました。

 なお、前記異議申立人は、前記異議申立書及び上申書において「1回目および2回目の分割出願の特許請求の範囲の記載が確定するまで本件異議の審査を中止し、それら特許請求の範囲が確定後に審査を再開されることを希望する」旨述べました。

 また前記特許出願Cについては、原出願からの分割が適法になされていない旨の拒絶理由通知書が出されており、これに対して特許出願人が意見書を提出しなかったため、適法に分割されなかった旨の審決が確定しています。

 特許出願人は、意見書を提出しなかった理由として、特許出願Cの発明について特許を受ける経済的な利益がないと判断したためであり、分割出願が不適法という拒絶理由に承服したものではなかったと説明しています。

A本件特許出願の請求の範囲

 第1の支持台上に設けられた第1の無端ベルトと、第2の支持台上に設けられ該第1の無端ベルトに交差しかつ交差する所で表面同志が接触するように配置された第2の無端ベルトと、該第1と第2の無端ベルトを駆動する手段と、該ベルトの交差する所を中心に該第1の支持台を回動させる機構とを備え、該第1と第2の無端ベルトの交差面に糸条を通し、それによつて該糸条は両ベルトにニツプされかつベルトの進行に伴つて撚られると同時に送り作用を受けるところの仮撚装置。

B本件特許出願に対する審決の理由の要点は次の通りです。

(イ)特許出願Dの原出願であるCが適法な分割出願であるとされなかつたことは当庁における記録上明らかであり(昭和58年審判第12605号審決参照)、したがつて特許出願Dの出願日は最先の原出願である特許出願Aの出願日まで遡及せず直前のCの出願日までしか遡及しないものである。

(ロ)したがつて、特許出願Dの発明は、その出願前国内に頒布された特開昭52−12360号公報(特許出願Bの公開公報、以下「引用例」という。)に記載された発明と同一であると認める。したがつて、特許出願D発明は、特許法第29条第1項第3号(新規性・文献公知)に該当し、特許を受けることができない。

(ハ)特許出願人(審判請求人・原告)は、次のように主張している。

・本来分割出願といえども、特許出願Cと分割出願の審査や審判の手続は互いに独立したものであり、Dの出願日の遡及効にかかわるCの分割の適否は当然Cに対する拒絶理由通知や審決とは独立して判断されるべきである。

・特許出願Cとその親に当たるBとはいわば“利用関係”にあるのであつて、決して同一発明とはいえず、分割は適法である。

 しかしながら、特許出願Cの発明とBの発明とが同一であることは、Cの審決に示されたとおりであり、かつ該審決は確定済である。また分割出願を特許出願Cとする分割出願が適法であるためには、特許出願Cである分割出願が適法な分割出願でなければならない(審査基準、出願の分割〔6、6 分割出願を原出願とする分割出願〕参照)。したがつて、特許出願Dの分割の適否は、Cの拒絶理由通知、及び審決と独立したものではない。

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C特許出願人が主張する取消事由

(イ)本件審決は、特許出願Dが特許を受けることができない理由の骨子として、次の事実を認定している。

(一) 特許出願DはCからの分割出願であり、CはBからの分割出願である。

(二) Cの発明とBの発明は同一である(したがつて、BからのCの分割出願は不適法であり、Dの出願日の遡及効はCの出願日までしか及ばない。)。

(三) 特許出願D発明は、Cの出願日前に公知となつた発明(出願Bの発明)と同一である(したがつて、特許出願Dは特許法第29条第1項第3号の適用を受ける。)。

(ロ)本件審決は、(一)及び(三)の事実について自ら事実認定をしながら、(二)の事実については、特許出願Cの審判において右(二)の事実が認定された上、BからのCの分割出願が不適法である旨判断され、かつその審判が確定しているから、右(二)の事実を更に証拠に基づき判断することは許されず、右確定審決の判断に拘束されるとの法律解釈を前提にして右(二)の事実を認定している(∵本件審決では“Cの発明とBの発明とが同一であることは、特許出願Cの審決に示されたとおりであり、かつ該審決は確定済である。」と判断している)。

(ハ)本件審決の前記判断は、特許法第44条の「もとの特許出願」(以下「親出願」という。)にかかる確定審決につきその実質的確定力(既判力)ないし一事不再理効を認め、さらにその効力を同条の「新たな特許出願」(以下「子出願」という。)にまで及ぼす誤つた法律解釈を前提とするものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。以下、その理由を詳述する。

・特許審決には、行政処分として一般に公定力(行政行為の効果の有無、)不可争力(形式的確定力)が認められ(→不可争力とは)、また、事実関係や法律関係についての争いを公権的に裁断する裁決としての性質上不可変更力(職権取消しができないという意味での自縛性)が認められる(→不可変更力とは)。しかしながら、特許審決には、民事訴訟法の規定が多く準用され、当事者の手続的保証がなされているとはいえ、裁判所の判決と異なり、一般に既判力ないし一事不再理効はなく、ただ特別に法律で規定された例外的場合のみ(例えば、特許法第167条)一事不再理効(再請求禁止の効力)が認められるにすぎない。すなわち、行政行為によつて認定された法律関係の内容(本件についてはBからCの分割の適法性)につき、当事者がこれに反する主張をし、行政庁や裁判所がこれに矛盾する判断をすることを禁止する効力は存在しない。

・分割出願制度は、一発明一出願の原則を維持しつつ特許出願に含まれている発明について出願の遡及効を認めることによりその発明を保護するために導入された制度である。分割出願における子出願が親出願からの適法な分割となるためには、特許法第44条に定める一定の要件を充足しなければならないが、一たん分割出願された以上、新規性、進歩性等の特許要件は独立して審査され、出願手数料納付、新規性例外及び優先権の主張は親出願とは別個独立して手続を履践する必要がある。すなわち、不適法な分割出願の場合は、子出願は出願日の遡及効が認められないことがあつても、独立して特許要件を審査され、分割後の親出願の取下げ、放棄、拒絶査定の確定、無効は子出願に何ら影響がなく、分割出願後親出願又は子出願のいずれかの権利を譲渡することも認められている。このように、子出願は手続面においても実体面においても親出願とは別個独立した出願として取り扱われているのであつて、親出願の手続が子出願に影響を与えることはない。本件審決は、このような子出願の独立性を無視し、親出願についてなされた手続の効力を子出願の手続にまで及ぼすという誤つた法律解釈に基づくものであり、その結果、子出願の手続において分割出願人が分割の適法性を争う機会を不当に奪うものである。

・親出願にかかる確定審決の実質的確定力ないし一事不再理効が子出願にかかる審査にまで及ぶとすれば、親出願の出願人は子出願について分割の遡及効を確保するため特許査定を得ることを望まない特許出願についてあえて不必要な主張立証をすることを強いられることになり、手続上不経済であるばかりでなく、分割出願制度の趣旨に反する結果となる。

E原告(特許出願人)の主張に対する被告の反論

(イ)本件審決は、原告主張のような親出願(特許出願C)にかかる確定審決の判断に拘束されるとの法律解釈を前提としてなされたものではない。

(ロ)すなわち、本件審決は、原告が主張するように、親出願にかかる審決の判断があつたからそれに拘束されて特許出願Dの出願日の遡及効はCの出願日までしか及ばない、とした訳ではなく、既に親出願の出願日の確定した事実があつたからこそ、その分割に不適法の理由のない特許出願Dの出願日を親出願の確定した出願日に基づいて認定したものである。

(ハ)そして、特許法第44条第2項に“新たな特許出願は、もとの出願の時にしたものとみなす。”と規定されていることから、分割された子出願である特許出願Dの審理においては、その分割が適法と認められるかぎり、その出願日は自動的に確定した親出願の出願日に遡及するだけのことであり、右親出願の分割を不適法とする審決が確定した事実があるにもかかわらず、その適、不適を別件である子出願の審理において更に判断することは許されないというべきである。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、審決に関して次のように認定しました。

 前記本件審決中には、審判請求人(原告)の主張に対する判断として、“Cの発明とBの発明とが同一であることは、Cの審決に示されたとおりであり”との記載が存するが、

 その骨子とするところは、特許出願Dの原査定の拒絶の理由である特許異議決定の理由に示した“特許出願Dの原出願が適法な分割出願であるとされなかつたことは当庁における記録上明らかであり、したがつて、特許出願Dの出願日は最先の原出願であるAの出願日まで遡及せず直前の特許出願Cの出願日である昭和52年3月28日までしか遡及しないものである」との認定、判断に基づき、

特許出願D発明と引用例(Bの公開公報)に記載された発明を対比し、両発明は同一であると認め、特許法第29条第1項第3号に該当するとしたものである。

A裁判所は、確定審決の不可争性・不可変更性に関して述べました。

 ところで、特許庁審判官が拒絶査定に対する審判事件手続においてなした審決が確定したときは、その確定審決は、審決の結論及びその理由中の判断について当事者を拘束し、審判請求人をしてその効力を争い得ない不可争力、特許庁をしてその効力を変更することを得ない不可変更力を有し、かつその効力は審判の当事者のみならず第三者に対しても及ぶものである。

B裁判所は、前記見解を本件に次のようにあてはめました。

 特許出願Cは、前記確定審決により、Bの分割出願として不適法であることが確定し、したがつて特許法第44条第2項の規定の適用がなく、その出願日は現実の出願日である昭和52年3月28日となるものであるから、その特許出願Cを分割出願したDの出願日は、特許出願Cの出願日である昭和52年3月28日まで遡及するにすぎず、それ以前に遡及することはあり得ないところである。

 このことは、出願人に対し、2以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな出願として出願する機会を与え、この新たな特許出願が分割出願として適法なものであるときに、新たな特許出願にもとの出願の時にしたものとみなす遡及効を認める(特許法第44条第1項、第2項)という分割出願制度の趣旨と特許出願Cの確定審決の有する前記効力からの当然の帰結であつて、このように解することは、親出願にかかる確定審決に実質的確定力(既判力)ないし一事不再理効を認めるものではなく、もとより子出願を不当に不利益に扱うものでもない。

 原告は、不適法な分割出願の場合は、子出願は出願日の遡及効が認められないことがあつても、独立して特許要件を審査され、親出願が子出願に影響を与えることはない旨主張するが、親出願の手続において、親出願が更にその親出願の分割出願としての要件を具備しないことが確定しているのにかかわらず、子出願の手続において、その確定した親出願の分割出願の適否を判断することは既に確定している行政処分を別個の行政手続によつて覆すことを認める結果となり、許されないといわざるを得ない。

 原告は、特許出願Bからの分割が不適法である旨の拒絶理由通知を受けた際、その発明が特許を受けることにつきもはや経済的利益がないと判断し、あえて特許庁に意見書を提出しなかつたのであつて、分割出願が不適法であることを認容したのではないのに、親出願にかかる確定審決の実質的確定力ないし一事不再理効が子出願にかかる審査に及ぶとすることは誤りである旨主張するが、原告主張の特許出願Cの確定審決に至る経緯は単なる事情にすぎず、また、その主張に法律上の根拠がないことは前述したところから明らかであつて、右主張は理由がない。

 以上のとおりであるから、特許出願Dの出願日は、直前の出願Cである昭和52年3月28日までしか遡及しないとした本件審決の認定、判断は正当であり、この点に関して本件審決に原告主張の取消事由はないというべきである。

 したがつて、このことを前提に、特許出願D発明は引用例(Bの公開公報の第4頁右下欄第9行ないし第5頁右上欄第1行及び第5図)に記載された発明と同一であり(特許出願D発明と引用例記載の発明が同一であることは、原告の争わないところである。)、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないとした本件審決にこれを取り消すべき違法は存しない。


 [コメント]
@特許出願の拒絶査定は行政処分であるので、所定の期間を経た後にはその内容について争うことができないという不可争力が発生します。

A親出願から子出願を、子出願から孫出願をそれぞれ出願分割したときには、子出願を親出願の出願日にしたものと見做される遡及効イ及び孫出願を子出願の出願日にしたものと見做される遡及効ロとが発生しますが、第2の特許出願が分割出願として不適当である旨の審決が確定したときには、遡及効イが発生しませんので、孫出願が親出願の日まで遡及効しません。 


 [特記事項]
 
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