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●平成12年(ネ)第5355号(特許侵害差止請求・棄却)


禁反言/特許出願/均等論/燻し瓦の製造方法

 [事件の概要]
@事件の経緯

(a)甲(控訴人)は、“燻し瓦の製造法”の発明について特許出願をし、 拒絶理由通知を受けたために、請求の範囲を減縮する(“表面処理材を付着させて”の“付着”の前に“数回に分けて”という要件を付加する)とともに、その作用効果を意見書で主張し、特許権を取得しました(特許第1630948号)。

(b)甲は、乙(被控訴人)の燻し瓦の製造・販売を特許権の侵害であるとして、それらの行為の差止及び損害賠償を求めて提訴しました。

(c)原審は、乙の製造方法が本件特許発明の技術的範囲に属さず、特許権を侵害しないとして甲の請求を棄却しました。

A特許請求の範囲

1.瓦生地の乾燥後焼成前に、該瓦生地表面に均一微粒子の粘土が混入された粘土水溶液からなる表面処理材を数回に分けて付着させて瓦生地表面に平滑な中間膜を形成し、次いでこの瓦生地を焼成した後、瓦生地の中間膜表面に燻化による炭素結晶膜を付着させることを特徴とする燻し瓦の製造方法。

B発明の詳細な説明

(イ)本発明は良好なる銀色光沢を有し、かつ充分か撥水性と耐変色性を有する燻し瓦の製造法に関するものである。

(ロ)燻し瓦の銀色光沢は加熱焼成された瓦生地の表面に炭化水素を含むガスを接触させ炭化水素を含むガスを接触させ炭化水素の熱分解脱水素によって瓦生地表面に炭素結晶子膜を形成させることによって得られるものである。

(ハ)ところで、一般の瓦生地はその製造に際してできるだけ粒度の細かい粘土を使用しているが、粘土粒子の大きさはその採掘場所等によって差異を有するものであり、その結果1個の瓦生地中にも大小粒子の粘土が含まれるのは避けることができず、瓦生地の表面に微小凹凸が形成されているものが多い。

(ニ)従来、これらの欠陥を解消するために瓦生地の焼成方法あるいは燻化方法を改良するなど工夫がなされてきたが、いずれも根本的な解決とはならず依然従来の欠陥を包含するままであった。

(ホ)そこで、本発明者は従来の燻し瓦の有する上記の欠陥原因を探求せんと、瓦生地表面に形成されている炭素結晶子膜の付着状態を観察したところ、第1図イに示すように瓦生地表面1に炭化水素2が比較的規則正しく配列しているものと、第1図ロに示すように不規則に配列しているものがあり、前者は瓦生地1の表面の銀色光沢が良好であるのに対して、後者は良好でないことが判明した。これは規則正しく配列した炭素結晶子2が平滑膜となって光の反射を活発にするからと思われる。

(へ)かくして、本発明者は瓦生地に対して炭素結晶子膜をその結晶子が規則正しく配列するよう付着したうえ、その炭素結晶子膜に安定性を付与すれば良好な銀色光沢が得られるのは勿論、長期に亘り水分の浸入を防げるので瓦生地中の鉄分が錆化して瓦表面に浮き上がってくるのを阻止できるという結論を得た。

(ト)然るに、従来の燻し瓦の生地表面には前記のように微小凹凸が形成されているため、この凹凸表面に従来の手法を用いて炭素結晶子膜を形成しても瓦生地表面の炭素結晶子が平滑となるよう規則正しく配列させることは中々困難であった。

(チ)本発明は以上の経過並びに欠陥に鑑みなされたものであって、瓦生地の乾燥後焼成前に、瓦生地の表面が平滑となるように表面処理を施し、この表面処理後に瓦生地を焼成、燻化し瓦生地表面に炭素結晶子膜を付着させるようにしたものである。

(リ)本発明に使われる粘土水溶液を瓦生地11表面に付着する表面処理の工程について説明すると・・・1度でなく数回に分けて行なうのが良い。すなわち、1度粘土水溶液を瓦生地11表面に付着した後、乾燥をまってさらに同じ工程を繰り返えす。その理由は1度乾燥させた膜の上に再度水溶液を付着させることにより瓦生地11の凹凸が完全に埋まり、より緻密でかつ平滑な中間膜13が形成されるからである。

C甲の控訴審での主張

(1) 本件発明の技術的範囲の解釈
 本件発明は、昭和57年4月19日の特許出願に係り、昭和60年9月24日に拒絶理由通知(「本件拒絶理由通知」という。)がされた後、昭和61年2月22日に拒絶査定(「本件拒絶査定」という。)がされたが、平成3年4月1日付け登録審決(「本件登録審決」という。)により、同年12月26日に登録された。

 その間、多項制への移行に伴って、特許法36条及び70条の改正がされている。

 本件特許出願当時、同法36条5項において、願書に添付された明細書の特許請求の範囲に実施態様を併記することが認められており、本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された「数回に分けて付着させ」の要件も、実施態様に係るものである。
実施態様項とは

zu

 また、平成6年にされた特許法70条の改正は、発明の構成にかかわらず、技術の多様化に柔軟に対応した特許請求の範囲の記載を可能とするものであって、本件明細書の特許請求の範囲の記載も柔軟に解釈されなければならない。

 本件発明は、粘土水溶液の製造方法及び表面処理材を付着させた瓦生地の焼成方法についての高度な自然法則を利用した発明であり、両者の中間処理過程である表面処理材の塗布方法はいくつかあるところ、それが本件明細書の発明の詳細な説明において実施例として紹介されている。

 表面処理材の付着は、本件発明の主要な内容でない公知の方法であり、付着の回数は多ければ多いほど良い結果を生むはずであるから、付着回数の要件を限定的に解釈すべきではない。

 本件明細書の特許請求の範囲において、表面処理材を数回に分けて付着させると記載されているのは、好ましい実施例の一つとして注意的に記載されているにすぎず、本件発明は、この構成に限定されない。

 本件発明は、陶磁器について公知の施釉などと異なり、良好な燻し瓦を製造するための高度な方法として特許されたものであり、また、上記「数回に分けて」の要件は、本件発明に係るものではなく、付す必要のない無意味な限定であるから、上記要件は、本件発明の技術的範囲とは関係がない。

(2) 特許出願の経過

 本件拒絶理由通知に対し、控訴人は、「数回に分けて」付着させるとの文言を注意的に付加した手続補正書(以下「本件補正書」といい、その補正を「本件補正」という。)を提出し、意見書も提出したが、本件拒絶査定がされた。

 しかし、この拒絶理由は、特許庁審査官が陶器瓦と燻し瓦とを混同したことによるものであり、特許出願人(控訴人)がその相違を指摘した結果、本件登録審決がされた。

 瓦生地を表面処理材に1回どぶ漬けしただけでも燻し瓦として認められる製品ができるが、美麗な燻し瓦として好評を得るためには、更に粘土水溶液を塗布する必要があるため、数回塗布が好ましいという趣旨で、本件補正により「数回に分けて」の要件が特許請求の範囲に加えられたものである。

 1回のどぶ漬けだけで製造されても燻し瓦としての商品価値はあるから、そのような燻し瓦の製造販売は、本件特許権を侵害するというべきである。

 本件特許出願当時、燻し瓦の製造過程は科学的に解明されておらず、それ以前に良質な燻し瓦を大量に生産する技術は存在しなかった。これを可能にしたのは、本件発明のように、可塑性の粘土水溶液により瓦生地に炭化水素を吹き付けることによって急激な温度低下を引き起こしながらも、その瓦生地の微粒子で形成された中間膜により、いったん付着した炭素結晶膜を安定させる高度な技術である。

 陶磁器瓦と燻し瓦の製法の相違は、粘土水溶液の成分と微粒子にあり、前者は、焼成によって粘土水溶液の成分自体からガラス層が形成されるのに対し、後者は、粘土水溶液とは別異の炭化水素ガスを吹き付けることによって、ガス中の炭素を瓦生地の表面に結晶させるものである。

 原審は、陶磁器の製造工程に用いられる施釉の技術に基づいて、燻し瓦の製造方法である本件発明における中間膜の形成技術が公知であったというが、陶磁器瓦と燻し瓦とを混同するものである。

 本件発明において粘土水溶液により形成する中間膜は可塑性中間膜であり、非可塑性中間膜は窯業においてはガラス化物質を指しているのに、原判決は、本件発明の粘土水溶液について釉薬と混同している。また、原判決は、本件発明において、還元脱水素反応により急速冷却して炭素結晶膜が形成されるにもかかわらず、自然冷却するものであるとして、本件発明を誤解している。

 (3) 均等論の適用

 被控訴人方法における粘土水溶液の1回の付着は、本件発明における数回の付着と均等であるから、被控訴人方法は、本件発明の技術的範囲に属する。

 すなわち、粘土水溶液の付着回数が1回であっても、釉薬塗布のように濃厚な粘土水溶液の付着により数回塗布と同一の効果を得ることは可能である。

 また、粘土水溶液による薄い1層の中間膜を形成しても、全く水溶液を塗布しない瓦生地を焼成したものに比べれば、素焼きになることを防止し、かつ、急速冷却を可能にする効果があるから、本件発明と均等であるというべきである。

 本件拒絶理由通知に対する本件補正により「数回に分けて」が加入されたが、このことから直ちに、均等の成立が否定されるべきではなく、外形的に発明の技術的範囲に属しないことが承認されたと解される事項に限り、意識的除外として均等論の適用が排除されるべきである。本件補正は、発明の詳細な説明に例示されている本件発明の本質的な部分でない事項を注意的に特許請求の範囲に格上げして記載したものにすぎず、拒絶理由を回避するためのものではないから、均等論の適用が肯定されるべきである。

zu

(4) 被控訴人方法

 被控訴人が原審で提出した乙第6、第7号証に記載された製造装置は、粘土水溶液を1回しか掛けることのできないもののようであったが、瓦生地全体に粘土水溶液を掛けることのできないものであるから、燻し瓦を製造するためのものではない。被控訴人は、上記製造装置の北側工場内に燻し瓦の粘土水溶液の塗布装置が複数設置してあり、これら4種類の装置を順次使用して、粘土水溶液を複数回塗布している。これら装置は、単独では1回しか塗布することができないが、瓦生地を台車により移動するなどして、複数回塗布することが可能である。

 被控訴人提出のビデオ(検乙第1号証)及び写真撮影報告書(乙第26号証の1、2)においては、瓦生地の止め金具で覆われた部分には粘土水溶液が掛からず、その部分は焼成により素焼きになるはずである。しかし、被控訴人製品は、その全面に炭素結晶膜が形成されており、素焼きの部分が存在しない。そうすると、瓦生地の全面に粘土水溶液が塗布されていることとなり、1回しか粘土水溶液を塗布していないということはあり得ない。

 被控訴人の燻し瓦製造装置は、控訴人の製造工程における装置と同一であり、瓦生地の金型も、控訴人が第三者に預けたものが被控訴人に引き渡されたのであって、控訴人のものと同一である。また、控訴人の元従業員2名が被控訴人に採用されており、これらの者は、控訴人の上記装置の使用方法を知悉していることから、被控訴人の製造装置は、控訴人と同一の使用をされているはずである。

D乙の控訴審での主張

(1) 本件発明の技術的範囲の解釈について

 本件明細書の特許請求の範囲には、粘土水溶液から成る表面処理材を数回に分けて付着させることが本件発明の要件として記載されており、本件発明の技術的範囲に属する方法は、この要件を満たすものに限定される。粘土水溶液を1回のみ付着させている被控訴人方法は、本件発明の技術的範囲に属さないことが明白である。

(2)特許出願の経過について

 本件特許出願当初の特許請求の範囲には、粘土水溶液から成る表面処理材を付着させる旨記載されているものの、「数回に分けて」との限定は付されておらず、本件拒絶理由通知を受けてされた本件補正において「数回に分けて」の要件が付加されており、上記拒絶理由を回避するために特許請求の範囲の減縮がされたことは明らかである。

 また、本件拒絶査定に対する審判請求の理由においても、表面処理材を数回に分けて付着させることが強調されており、この点が特許庁審判官に認められて本件登録審決がされたものである。

 被控訴人方法では、瓦生地に表面処理材を1回付着させているのみであり、本件発明における「数回に分けて」の要件を充足していない。

 また、特許出願人(控訴人)は、拒絶理由通知を受けこれを覆すために、特許請求の範囲に「数回に分けて」の文言を追加したのであるから、その文言が意味を持たないと主張することは、禁反言の法理に照らし許されない。

 特許請求の範囲中、粘土水溶液から成る表面処理材を付着させて瓦生地表面に平滑な中間膜を形成する点、瓦生地を焼成した後瓦生地の中間膜表面に燻化による炭素結晶子膜を付着させる点は、本件出願時公知の技術であり、本件発明の技術的範囲は、表面処理材の付着を数回に分けて行う場合に限定されると解すべきである。

(3) 均等論の適用について

 上記の特許出願経過に照らすと、表面処理材を1回付着させる構成は、本件発明の技術的範囲から意図的に除外されているというべきであるから、上記構成に均等論の適用はない。

(4) 被控訴人方法について

 被控訴人は、4種類の装置を順次使用して瓦生地表面に粘土水溶液を付着させる工程を採っていない。被控訴人の工場は、釉薬瓦製造ライン、燻しのし瓦製造ライン、燻し役物瓦製造ライン及び燻し桟瓦製造ラインの4種の製造ラインを有しているが、各々の製造ラインは全く独立して配置され、相互に連結されておらず、いずれのラインにおいても、粘土水溶液は1回流し掛けされているのみである。

 陶器瓦は、瓦生地表面に釉薬を掛けて窯で焼成するだけであるため、釉薬が掛かっていない部分は素焼きとなるのに対し、燻し瓦は、窯で焼成した後、燻す工程により瓦生地全体が燻し瓦になるのであり、素焼きとはならない。被控訴人製品が素焼きの部分を有しないことから、被控訴人方法が数回に分けて粘土水溶液を付着させていると推認することはできない。

 被控訴人方法において使用されている金型は、控訴人のものと異なっており、控訴人が第三者に預けた金型を被控訴人が受領したこともない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、甲の請求の認否に関して次のように判断しました。

1 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断するが、その理由は、次の通り補正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三争点に対する判断」の通りである。

 (補正箇所・省略)

A裁判所は、控訴人甲の当審における主張について次のように判断しました。

(1) 本件発明の技術的範囲の解釈について

 ア 本件明細書の特許請求の範囲には、「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件が明記されており、また、発明の詳細な説明には、「本発明に使われる粘土水溶液を瓦生地11表面に付着する表面処理の工程について説明すると・・・1度でなく数回に分けて行なうのが良い。すなわち、1度粘土水溶液を瓦生地11表面に付着した後、乾燥をまってさらに同じ工程を繰り返えす。その理由は1度乾燥させた膜の上に再度水溶液を付着させることにより瓦生地11の凹凸が完全に埋まり、より緻密でかつ平滑な中間膜13が形成されるからである。」(4欄26行目〜37行目)との記載がある。

 この発明の詳細な説明の記載を参酌すると、特許請求の範囲に記載された「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件は、「表面処理材を1回付着させる」方法を含まないことが明らかである。

zu

 イ 控訴人は、本件特許出願の後に、多項制への移行に伴って、特許法36条及び70条の改正がされていることを主張するので、この点について判断する。

 本件特許出願当時、昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条5項において、特許請求の範囲に実施態様を併記することが認められていたが、控訴人は、このことから、本件明細書の特許請求の範囲に記載された「数回に分けて付着させて」の要件も、実施態様に係るものであると主張する。

 しかしながら、同項により実施態様を特許請求の範囲に記載することができたのは、発明の必須要件と併せて記載される場合であったところ、本件明細書の特許請求の範囲には、出願から今日に至るまで、請求項は1項のみ記載されているから、それが本件発明の必須要件を記載したものと解するほかはない。

 また、控訴人は、平成6年法律第116号による改正により特許法70条2項が追加され、明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきである旨規定されたことを主張するが、発明の詳細な説明等を参酌して特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきことは、上記改正前においても異なるところはなく、同改正は、その旨を法文上明記したものにすぎないから、上記改正をもってしても、発明の構成にかかわらず技術の多様化に柔軟に対応した特許請求の範囲の記載を可能とするものであるとする原告の主張は、採用することができない。

 そして、発明の詳細な説明の記載を参酌すれば、上記のとおり、特許請求の範囲に記載された「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件は、「表面処理材を1回付着させる」方法を含まないことが明らかである。

 ウ さらに、控訴人は、本件発明は、粘土水溶液の製造方法及び表面処理材を付着させた瓦生地の焼成方法についての高度な自然法則を利用した発明であり、両者の中間処理過程である表面処理材の塗布方法は、本件発明の主要な内容ではないとか、「数回に分けて」の要件は、本件発明に係るものではなく、付す必要のない無意味な限定であるなどとして、本件明細書の特許請求の範囲において表面処理材の付着を数回に分けて行うと記載されているのは、好ましい実施例の一つとして注意的に記載されているにすぎないから、粘土水溶液の付着回数は、本件発明の技術的範囲とは関係がないと主張する。

 しかしながら、上記のとおり、本件明細書の特許請求の範囲の記載は、一実施態様の記載ということはできず、本件発明の必須要件のみを記載しているというほかはないから、特許請求の範囲に「表面処理材を数回に分けて付着させて」という要件が記載されている以上、この要件を具備しない方法は、本件発明の技術的範囲に属するということはできない。このことは、本件発明において表面処理材の付着が重要であるかどうかに関係がない。

 (2)特許出願の経過について

 ア 本件特許出願の経過は、上記1のとおり補正して引用する原判決判示のとおりであり、控訴人は、出願当初の本件明細書を添付した本件特許出願について本件拒絶理由通知(乙第5号証の2)を受け、その特許請求の範囲に「数回に分けて」の文言を追加する本件補正(同号証の3)をしているのであって、このような特許出願の経過に照らすと、「表面処理材を1回付着させる」方法が「表面処理材を数回に分けて付着させて」の要件を充足すると主張することは、禁反言の法理に照らしても許されないというべきである。

 イ 控訴人は、本件拒絶理由通知に対し特許出願人(控訴人)が提出した本件補正書は、「数回に分けて」付着させるとの文言を注意的に付加したものであると主張する。

 確かに、本件補正は、特許請求の範囲の記載のみを補正し、本件明細書の発明の詳細な説明を変更していない。しかしながら、発明の詳細な説明には、本件補正の前後を通じ、「本発明に使われる粘土水溶液を瓦生地11表面に付着する表面処理の工程について説明すると・・・1度でなく数回に分けて行なうのが良い。すなわち、1度粘土水溶液を瓦生地11表面に付着した後、乾燥をまってさらに同じ工程を繰り返えす。その理由は1度乾燥させた膜の上に再度水溶液を付着させることにより瓦生地11の凹凸が完全に埋まり、より緻密でかつ平滑な中間膜13が形成されるからである。」との上記記載があり、本件補正は、特許請求の範囲の記載を、表面処理材を数回に分けて付着させるのが良いとする発明の詳細な説明の記載と整合させたものであって、本件補正により、「表面処理材を1回付着させる」方法は、意識的に本件発明の技術的範囲から除外されたものというべきである。

  ウ また、控訴人は、拒絶理由が特許庁審査官において陶器瓦と燻し瓦とを混同したことによるものであり、控訴人がその相違を指摘した結果、本件登録審決がされたと主張するが、上記のとおり、特許請求の範囲に「表面処理材を数回に分けて付着させ」る構成が記載され、発明の詳細な説明において、表面処理材を1回でなく数回に分けて行うのが良いなどの記載がされている以上、本件拒絶理由の当否や本件登録審決の理由は、本件発明の技術的範囲に係る上記解釈に影響を及ぼすものではない

  エ 控訴人は、瓦生地を表面処理材に1回どぶ漬けしただけでも燻し瓦として認められる製品ができ、美麗な燻し瓦として好評を得るために数回塗布が好ましいという趣旨で「数回塗布」が特許請求の範囲に加えられたとか、1回のどぶ漬けだけでも燻し瓦としての商品価値はあると主張する。しかしながら、特許請求の範囲に記載された「表面処理材を数回に分けて付着させ」る構成を充足しない方法は、仮に、その方法により燻し瓦の製造が可能であり、かつ、その製品の品質が良好であっても、本件発明の技術的範囲に属さないことは当然である。

   オ さらに、控訴人は、本件発明が良質な燻し瓦を大量に生産することを可能にしたとして、その作用効果についてする主張するが、上記のとおり、「表面処理材を数回に分けて付着させ」る構成を充足しない方法は、その作用効果にかかわらず本件発明の技術的範囲に属さないから、控訴人の上記主張は失当である。

 (3) 均等論の適用について  ア 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するというべき場合があるところ、対象製品等が特許発明の特許出願の手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるときは、特許請求の範囲に記載された構成と均等であるということができないことは、判例とするところである(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)。

 本件においては、上記のとおり、「表面処理材を1回付着させる」方法は、本件補正により、特許請求の範囲から意識的に除外されたものというべきであるから、この点において、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属するということはできない。

 イ 控訴人は、被控訴人方法における粘土水溶液の1回の付着は、本件発明における数回の付着と均等であると主張し、その理由として、粘土水溶液の付着回数が1回であっても釉薬塗布のように濃厚な粘土水溶液の付着により数回塗布と同一の効果を発生させることが可能であるとか、粘土水溶液による薄い1層の中間膜を形成しても、全く水溶液を塗布しない瓦生地を焼成したものに比べれば、素焼きになることを防止し、かつ、急速冷却を可能にする効果があると主張する。しかしながら、作用効果が同一であることは、特許請求の範囲に記載された構成と対象製品等の異なる部分が均等であるというための積極的要件の一つではあるが(上記判例)、仮に、これが肯定されたとしても、上記のとおり、本件においては、表面処理材を1回付着させる構成が特許出願の手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたのであるから、その構成が特許請求の範囲に記載されたものと均等であるということはできない。

 ウ 控訴人は、本件拒絶理由通知に対する本件補正により「数回に分けて付着」構成が補正により加入されたが、外形的に発明の技術的範囲に属さないことが承認されたものではないから、意識的除外として均等論の適用が排除されるというべきではないと主張する。しかしながら、特許出願の手続において特許権者がいったん特許発明の技術的範囲に属さないことを承認した場合はもちろんのこと、そうでなくとも、外形的にそのように解される行動をとった場合に、特許権者が後にこれと反する主張をすることは禁反言の法理に照らし許されないのであって(上記判例)、発明の技術的範囲に属さないことが承認された事項に限り均等の成立を否定すべきであるとする控訴人の主張は、採用することができない。

 また、控訴人は、本件補正について、発明の詳細な説明に例示されている本件発明の本質的な部分でない事項を注意的に特許請求の範囲に格上げして記載したものにすぎないとか、本件拒絶理由を回避するためのものではないと主張するが、上記のとおり、控訴人が拒絶理由通知を受け、特許請求の範囲に表面処理材を「数回に分けて」付着させる構成を加入する本件補正をしたのであるから、本件補正により「表面処理材を1回付着させる」方法が特許請求の範囲から意識的に除外されたことは明らかである。

 (4) 被控訴人方法について

 ア 証拠によれば、被控訴人工場は、第1ないし第3工場から成り、釉薬瓦製造ハンガーラインが第1工場から第2工場の一部にかけて、燻しのし瓦製造ハンガーライン及び燻し役物瓦製造ハンガーラインが第2工場内に、燻し桟瓦製造ハンガーラインが第3工場内にそれぞれ配置され、合計4種の製造ハンガーラインが配置されているが、粘土水溶液を瓦生地表面に1回塗布する上記4種類のハンガーラインは、それぞれ製造する燻し瓦の種類を異にし、互いに独立し、連結されてはいない。そうすると、被控訴人方法は、粘土水溶液から成る表面処理材を瓦生地表面に1回塗布する方法であると認められる。

 イ 控訴人は、被控訴人が上記4種類の装置を順次使用するなどして、瓦生地表面に粘土水溶液を複数回塗布していると主張し、この主張に沿う証拠(甲第28〜第35号証、原審証人C)を提出するが、被控訴人の提出する上記乙号証及び検乙号証に特段不自然な内容は見受けられない上、各ハンガーラインは他のハンガーラインから独立しており、製造される燻し瓦の種類も異なるのであるから、上記甲号証及び証言のうち上記認定に反する部分は採用することができず、被控訴人が上記4種類の装置を順次使用して、瓦生地表面に粘土水溶液を複数回塗布していると認めることはできない。
 (後略)


 [コメント]
@本件は、特許出願の審査の段階での拒絶理由通知書において、請求の範囲に記載された“表面処理材を付着させる”を“表面処理材を数回に分けて付着させる”という減縮補正を行い、かつ特許出願の明細書の発明の詳細な説明に“数回に分けて”の効能が記載されていたのにも関わらず、当該特許出願に対して特許権が付与され、権利行使の段階で“数回に分けて”は“無意味な限定”であったから、“表面処理材を一度に付着させる”方法も特許発明と均等であると主張した事例です。
均等論とは

A裁判所は、禁反言の原則を用いて原告の主張を退けました。

B原告は、そもそも拒絶理由通知書の理由が間違っていた(陶器瓦と燻し瓦とを混同とを混同している)のであって、特許出願人の指摘により特許に至った、特許出願人が限定の意図を承認していなければ“意図的限定に当たらない”と主張しますが、外形的に限定したと見れられる行動(請求の範囲の減縮)をすれば、禁反言が適用され、拒絶理由通知の理由の当否は裁判所の判断に影響しません。

 この点に関して米国のエスペットル(禁反言)の判例でも類似の事例があります。
849 F.2d 1430 E.I. Du Pont de Nemours v. Phillips Petroleum Co.


 [特記事項]
 
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