[事件の概要] |
@本件の経緯 原告は、“ヒンジ蓋付きパック”の発明についてドイツ特許出願に基づく優先権を主張して、我が国に特許出願を行い、特許第1777824号を取得し、これに対して、被告が進歩性の欠如を理由として、特許無効審判を請求し、当該請求が認容されたため、その審決の取り消しを求めて本件訴訟に至りました。 A本件特許請求の範囲 パック本体とヒンジ蓋とを備え、このヒンジ蓋が後壁で結合されかつ閉位置でパック本体に結合されたカラーを囲み、 特に内側包装紙に包まれた一群のシガレット(スズ箔ブロック)を収容するカードボード等の折畳み可能材から直方体状に形成されるヒンジ蓋付きパックであって、 パック本体10とヒンジ蓋11とカラー22との(垂直方向)長手方向縁部26、27、28、29、30を湾曲させ、この湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させたことを特徴とするヒンジ蓋付きパック。 B本件発明の概要 (a)本発明の目的は従来のヒンジ蓋パックに対して材料による費用を減じ、構造および機能的に勝れた上記形式のヒンジ付きのパックを形成することにある。 (b)長手方向縁部を湾曲させたことにより、ヒンジ蓋付きパックをこのパック内容物特に一群のシガレットの外形に密にかつ正確に適合させることができ、材料を確実に節約することができる。従来の角形のヒンジ蓋付きパックは、隅部に配置されたシガレットに対してこの部分に空間部の残るため、長手方向縁部の領域では可能なかぎりの有効利用は図られなかった。本発明では実際にスズ箔のブロックが正確かつ確実に取り巻かれ、したがって材料が確実に節約される。 [本件特許] [引用文献1] 10…パック本体 11…ヒンジ蓋 22…カラー C本件特許出願の前に存在した先行技術は、次の通りです。 (a)引用例1 特開昭55−116519号公報(本訴甲2) 引用例1には、包装箱本体と丁番蓋21とを備え、この丁番蓋21が後壁で結合されかつ閉位置でカラー33を囲み、錫はく素材32に包まれた一群の巻タバコ31を収容する折畳み可能材から直方体状に形成される(第1、2図参照)巻タバコ用丁番蓋付き包装箱が記載されている。 (b)引用例2 米国意匠第279507号公報(1985年7月2日発行) (c)引用例3 スイス国意匠第114028号公報(1984年発行) (d)引用例4 TOBACCO JOURNAL INTERNATIONAL誌(隔月刊)、第245頁、1985年第3号(6月号)、Mainzer Verlagsanstalt und Druckerei Will undRothe社発行、の写し (e)引用例5 ドイツ国実用新案出願第7120716号明細書、並びにその特許(実用新案登録)公告及び登録カードの写し(本訴甲3) 引用例5には、折畳み可能な硬質カードボードから直方体状に形成されるシガレット用パックであって、パック本体の垂直方向及び長手方向縁部を湾曲させたパックが記載されている。 (f)引用例6 特開昭51−79800号公報 (g)引用例7 実開昭55−88922号 (h)引用例8 八角形状パックのサンプル (i)引用例9 ドイツ国特許出願第P3515775.5号明細書(本件優先権基礎出願) D本件特許に対して主張された無効理由は次の通りです。 【主位的主張】 本件特許出願に対する優先権主張は認められない。優先権主張が認められない場合、本件発明は、引用例1ないし引用例4に記載された発明より、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、本件特許は、特許法29条2項(進歩性)の規定に違反してされたものであるから、本件発明の特許は無効である。 【予備的主張】 本件特許出願に対する優先権主張が認められる場合にあっても、本件発明は、引用例1、引用例3及び引用例5に記載された発明より、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、本件特許は、特許法29条2項(進歩性)の規定に違反してされたものであるから、本件発明の特許は無効である。 →予備的請求とは D本件特許に対する審決の内容は、次の通りです。 (1)主位的請求(本件特許出願に対する優先権主張の是非)に関しては、判断しない。予備的請求が認められるからである。 (2)予備的請求に関しては、下記の理由により認容される。 (a)本件特許発明と引用例1との一致点及相違点は次の通りである。 【一致点】 「パック本体とヒンジ蓋とを備え、このヒンジ蓋が後壁で結合されかつ閉位置でカラーを囲み、特に内側包装紙に包まれた一群のシガレット(スズ箔ブロック)を収容する折畳み可能材から直方体状に形成されるヒンジ蓋付きパック。」 【相違点1】 本件発明のヒンジ蓋付きパックは、カードボード等の折畳み可能材から形成されるものであるのに対し、引用例1のヒンジ蓋付きパック(丁番蓋付き包装箱)は、折畳み可能な素材を折曲げて形成されるものではあるが、素材について具体的に限定されていない点。 【相違点2】 本件発明のカラーはパック本体に結合されているが、引用例1のカラーは、パック本体(包装箱本体)に結合されているか否か不明な点。 【相違点3】 本件発明のヒンジ蓋付きパックは、「パック本体10とヒンジ蓋11とカラー22との(垂直方向)長手方向縁部26、27、28、29、30を湾曲させ、この湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させ」ているのに対し、引用例1のヒンジ蓋付きパック(丁番蓋付き包装箱)は、このような構成を備えていない点。 【相違点1について】 引用例1には「丁番付き箱又は硬い箱」と記載されており、硬い包装箱に用いる素材として、カードボード等を採用することは、例えば、引用例5の記載事項である「カードボード製の又はいわゆる硬質のシガレット用パックは通常、硬質カードボード製ブランク・・・折り曲げることにより」から慣用技術と認められるので、当業者が必要に応じ選択し得た程度の事項である。 【相違点2について】 パック本体に沿って設けられるカラーを、パック本体に結合したものは、例えば、引用例7に示すように、ヒンジ蓋付きパックにおいて周知技術である。 【相違点3について】 引用例5には、折畳み可能な硬質カードボードから直方体状に形成されるシガレット用パックであって、パック本体の垂直方向及び長手方向縁部を湾曲させたパックが記載されている。 そして、パック本体の縁部を湾曲させることについて、引用例5には、ユーザのポケットを破損させない硬質カードボード製シガレット用パックを提供することを目的とする旨記載されている(1頁1行〜2頁3行(訳文1頁))。 一方、引用例1記載の丁番蓋付き包装箱は、「硬い箱とも称せられるもの」(2頁左下欄)であって硬質であり、直方体形状をしているので、引用例5で前提としている硬質のシガレット用パック同様、ユーザのポケットを破損させるおそれがあるものである。 そこで、ユーザのポケットの破損を防止する目的で、引用例5に記載された発明を、引用例1記載の丁番蓋付き包装箱に適用し、丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲するように構成することは、当業者が容易に想到し得たことである。 そして、丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲させるに当たって、丁番蓋とカラーとは、包装箱本体に沿って設けられているのであるから、丁番蓋とカラーの長手方向縁部を、包装箱本体の長手方向縁部とともに湾曲させることは、当業者が当然考慮し得た事項にすぎない。 また、一般に、シガレット用パックの寸法は、収容されるシガレットの寸法を考慮して、シガレットの収容に過不足のない大きさに、その高さや幅が設計されるものであるから、パックの長手方向縁部を湾曲させる場合も、シガレットの径を考慮して湾曲の度合いを決定することは、当業者が設計に当たり、当然考慮し得た事項であるので、湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させることは、設計的事項にすぎない。 被請求人(原告)は、引用例5記載のシガレット用パックについて、縁部を湾曲させることの課題が本件発明と異なる旨主張するが、引用例1の丁番蓋付き包装箱に、引用例5の発明を適用することの容易性の判断に当たっては、適用のための動機付けの有無が問題とされるのであって、動機付けとなる課題が本件発明の課題と同一であることを要さないものである。 また、本件発明の効果として、被請求人が主張する、材料の節約は、湾曲した縁部の採用により、当然期待し得た程度のものにすぎず、また、握りやすい点も、引用例5にも、「取り扱い易く」(3頁1〜7行)とあるように、当業者が当然期待し得た程度のものであるから、格別なものではない。 E特許出願人の主張は次の通りです。 (a)審決は、相違点3についての判断を誤ったものである (b)審決は、本件発明と引用例1記載の発明との間の相違点3について、「ユーザのポケットの破損を防止する目的で、引用例5に記載された発明を、引用例1記載の丁番蓋付き包装箱に適用し、丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲するように構成することは、当業者が容易に相当し得たことである。」と判断している。 しかし、本件発明の課題は、「従来のヒンジ蓋パックに対して材料による費用を減じ、構造及び機能的に勝れた上記形式のヒンジ蓋付きのパックを形成すること」である。 審決は、本件発明とは関係のない技術課題を根拠として、引用例1に記載の発明に引用例5に記載の発明を適用するに当たっての動機付けの判断を行っており、この判断は適切でない。 (c)審決は、相違点3について、「丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲させるに当たって、丁番蓋とカラーとは、包装箱本体に沿って設けられているのであるから、丁番蓋とカラーの長手方向縁を、包装箱本体の長手方向側縁部とともに湾曲させることは、当業者が当然考慮し得た事項にすぎない。」と説示する。 しかし、「当業者が当然考慮し得た事項」と判断するに際しては、その裏付けとしての、周知技術なり慣用技術、あるいは技術レベルについての言及のもとになされるべきである。審決においては、そのような根拠が示されることなく、ただ「当業者が当然考慮し得た事項」としているだけである。 その判断に関しても、引用例1に記載の発明に引用例5に記載の発明を適用し、さらにその際、カラーの長手方向縁部を湾曲させるとの、いわゆる「容易の容易」の判断を行っている。この判断についてもその裏付けが示されてなく、このように、根拠を示すことなく、容易のさらに容易の判断を行うようなことは適切でなく、誤りである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許発明の進歩性に関して次のように認定しました。 (a)本件発明は、ヒンジ蓋付きパックに関するが、本件発明の目的(技術的課題)等の記載からみて、本件発明の中心的な特徴と認められる相違点3に係る構成、すなわち「パック本体10とヒンジ蓋11とカラー22との(垂直方向)長手方向縁部26、27、28、29、30を湾曲させ、この湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させ」ているとの点は、シガレット用パックの考案に関する引用例5に記載されているような、「少なくとも側部において、丸くなった縁部を有し、少なくとも底部に、丸くなった角部を有する。」(訳文2頁3〜4行)との構成に相当し、相違点3に係るような形状を与えることは、既に「ヒンジ蓋付きパック」の技術分野において知られているものと認めることができる。 (b)そして、上記公報第4欄にあるような本件発明の目的、すなわち、「本発明の目的は、従来のヒンジ蓋パックに対して材料による費用を減じ、構造及び機能的に勝れた上記形式のヒンジ蓋付きのパックを形成することにある。」との点は、材料費節減、構造機能の向上を図るという、当業者であれば通常認識していることであり、あまりにも自明のことである。そうすると、前記相違点3に係る構成を採用することは、包装材の消費を最小限にとどめるための設計思考過程において、収納物であるシガレットの形状に対応した形状を採用するものとして、当業者にとって容易に想到し得ることというべきである。 この相違点3に係る構成に基づく作用効果も、上記目的からして、当業者であれば容易に想到可能なものであって、格別なものとはいうことはできない。 (c)したがって、引用例1記載の発明との間の相違点3に係る本件発明の構成は、当業者にしてみれば容易に想到し得たものにとどまり、これと同旨の審決の判断に誤りはない。原告は審決の判断についてるる主張するが、採用することができず、原告主張の審決取消事由は理由がない。 |
[コメント] |
@本事例は、複数の創作過程を積み重ねて本件発明に至ること(いわゆる“容易の容易”)の困難性を特許権者が主張した事例です。 Aこの種の主張は、たびたび当事者により行われており、それが認められることもあります。→平成27年(行ケ)第10149号(グラブバケット事件) しかしながら、他方で、(副引例から主引例への)具体的な技術の適用に伴う設計変更は、当業者の通常の創作能力の範囲であり、進歩性を認めるに足る特別の事情がない限り、当業者が容易にできたものと認められる(旧進歩性審査基準)という考え方もあります。従って、画一的に極め付けるのではなく、特許出願時の技術常識を参酌するのではなく、当業者の目線に立って彼らならどうするかという観点から判断することが必要です。 B本件の構成要件の“パックの各縁部を湾曲させ、湾曲部の半径をシガレットの半径にほぼ対応させたこと”のうち“湾曲部の半径をシガレットの半径にほぼ対応させたこと”(第1の変更)は、一見すると、容易に想到し得ない(進歩性を有する)ようにも見えます。 しかしながら、容器・包装の分野において、包装する物と包装される物との間で対応するサイズ・形状を採用することで、省材料、省スペースを図るという技術は普遍的なものです。贈答品の包装が中身に比べて不相応に大きければ一般人でも“無駄だ。”と考えるでしょう。 包装するという機能を突き詰めると、包装される物の外形にぴったり合う形状とし、無駄な隙間をなくし、それにより材料を節約するということは当たり前です。 従って、複数の設計変更を経る場合でも、それぞれの変更が自明の課題に応えるものである場合には、複数の変更を経るから進歩性を有するという議論は成り立ちにくいことになります。 Cまたパック本体及びヒンジ蓋の縁部だけでなく、カラーの縁部も湾曲させたという点に関しては、包装される物と包装される物との形状を対応させて無駄を無くすという技術思想の本質に着目すれば、たとえカラーに関して明示の示唆が無くても、パック本体及びヒンジ蓋の縁部をシガレットの曲がり具合に対応させて湾曲されていながら、パック本体及びヒンジ蓋の間にあるカラーを湾曲形状としないというのはありえないことであります。 パック本体及びヒンジ蓋の縁部を湾曲形状としたことの意味がなくなるからです。 そうであれば、引用文献中の“少なくとも側部に丸みをつける”の“少なくとも”を、別の場所にも丸みをつけることの示唆と理解し、カラーの縁部を湾曲させることの動機付けと理解するべきと解されます。 従って、複数の設計変更を経る場合でも、一つの変更が別の変更の延長線上にあるような場合には、複数の変更を経るから進歩性を有するという議論は成り立ちにくいことになります。 D参考までに、米国特許出願の進歩性引用文献には、非自明性(進歩性)の判断基準として、教示・示唆・動機つけに着目するTSMテストが提唱されていますが、これに関してとして、“示唆は、変更しようとする事柄(本時例ではカラーの湾曲形状)に対する明示の示唆である必要はない、文献全体としてそのことを示唆していれば足りる” という判例があります。 →642 F.2d 413「デジタルカウンターで作動するペーサー」事件(In re Keller) これは外国の判断基準ですが、一つの参考にはなると思います。 |
[特記事項] |
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