[事件の概要] |
@事件の経緯 (A)PSC Computer Products, Inc(以下、PSC)はヒートシンク用の固定装置のクリップの発明に関して特許出願した発明者からU.S. Patent 6,061,239(以下、239特許という)を譲り受け、競業社であるFoxconn International, Inc等(以下、Foxconn)を特許権侵害であるとして中央カリフォルニア地裁へ訴えました。 地裁では、PSCが明示的に金属製クリップをクレームしているが、イ号部品であるプラスチック製クリップについてはクレームせず、明細書において開示されているだけなので、均等論下での侵害は成立せず、Foxconnが求めた非侵害とする略式判決をしました。 PSCはこれを不服として連邦巡回裁判所(CAFC)へ控訴ましたが、CAFCは非侵害とする地裁の略式判決を支持しました。 (B)本件特許発明 電子半導体デバイスを搭載するモジュールと保持用クリップ(retainer clip)とヒートシンクとを具備し、 前記モジュールは、前記保持用クリップ及びシートシンクに係合(engagement)するように設けられており、 前記ヒートシンクは、実質的に平坦な底面を介して前記デバイスの上面と熱伝導すること(heat conductive engagement)が可能に設けられているとともに、当該ヒートシンクの上面、少なくとも一つのチャネルで区分される複数のフィンを有してなる、 前記ヒートシンクの一つのチャネルに受け入れられ、当該チャネル方向に長く延び、その長手方向の2両端に前記モジュールの係合手段と係合可能な保持手段(holding means)を有し、その非緊張状態で長手方向の中央部分が前記デバイスの上面から所定の距離を離れている、金属製ストラップと、 このストラップの中央部分に対してピボット連結され、ベアリング面を備えたカムにアームを固定させており、ストラップの非緊張状態でピボット軸からベアリング面までの距離がピボット軸及びヒートシンクの間の距離よりも大となるように設けた、カム式ラッチとを具備し、 前記アームを回転させることにより、前記カムのベアリング面がヒートシンクの底部の表面に強制的に当接されるとともに前記ストラップが緊張状態となり、前記ヒートシンクが前記モジュールと熱伝導可能に係合することが可能に構成したことを特徴とする、ヒートシンクアセンブリ。 (C)本件明細書の記載等 (a)背景技術 (イ)本発明は、電子アセンブリの冷却技術に関する。 (ロ)ICデバイスの大規模化に伴い、自然換気や機械換気ではデバイスから生ずる熱を十分に除去することが困難となったため、半導体デバイスに直接適用するヒートシンクが用いされるようになった。 (ハ)当該デバイスにヒートシンクを適用するために接着剤などのボンド技術を用いることは、その恒久的性質より好ましくない。デバイスを廃棄するときにヒートシンクまで捨てなければならなくなるからである。保持用クリップのような機械的手段によりデバイスにヒートシンクを取り付けることが望ましい。なお、典型的なヒートシンクは、デバイスと同程度の水平板から複数の放熱用のフィンを起立してなるものである。 (ニ)近年では、プリントされた回線ボードを含むカートリッジを用いることも行われる。カートリッジは、最も広い一つの面を除いてプラスチックで形成することができる。当該一面は熱的インターフェイスを提供するために、金属で形成される。 (b)先行技術及び問題点 (イ)明細書には、特許出願人(特許権者)が先に取得した米国特許第5600540号(電子回路を印刷したボードに開口された装着穴にソケットを取り付け可能とするとともに、このソケットに半導体デバイスを搭載し、ソケットの上に載置したヒートシンクをヒートシンクの上側からソケットの両側面に亘る逆U字形の保持用クリップで保持したもの)が記載されています。 (ロ)明細書中の特許出願人の記載によれば、先行技術には次の問題があります。 ・第1の問題は保持具を装着することのコストにあり、特にヒートシンクを半導体チップ及びソケットに適切に取り付けることに要する手間にかかるため、コスト高に結び付く。 ・第2の問題点は、保持用クリップが適切に係合したことが容易に認識できるように設計することである。保持用クリップの不適切な係合を作業員が見逃すと、製品の移動時の振動等により保持用クリップが弛み、デバイスからヒートシンクが脱落することで発生した熱により周囲の部品が壊れるおそれがある。 ・第3の問題点は、保持用クリップ自体のコストである。従来のデバイスは複雑な機械的操作を必要としていたために、保持用クリップの価格が非常に高くなっていた。例えばスタンピングマシンの如き最も簡易な金属成形装置のみを利用してクリップを製造することは非常に重要である。ワイヤーは、保持用クリップの製作する上で適切ではない。ワイヤー自体は簡単な構造ですが、ワイヤーを折り曲げて一定の形にすることは、単なるスタンピングに比較して複雑でコスト高だからである。他の先行装置は、金型成形されたプラスチック及び(又は)鋳造或いは鍛造された金属部品を使用しているが、単なる金属形成操作に比べて高価となる。 ・第4の問題は、半導体デバイス・ヒートシンク・保持用クリップを含む電子デバイスの搬送中の粗い取り扱いによって生ずる。全ての保持用クリップがヒートシンクに対して均一で大きな圧力を加えることが望ましい。この圧力は2つの当接面の間に摩擦による係合を生ずる。しかしながら、その面内方向の加速度などによって保持用クリップが外れてしまい、これによりデバイスからヒートシンクへの熱伝導の効率が低下するおそれがある。 (c)発明の構成及び目的 特許出願人が記載した明細書の発明の開示の欄には発明の構成及び目的に関して次の記載があります。 ・この発明は、ヒートシンク20及び保持用クリップ30,31を含むシートシンクアセンブリに関する。 ・このヒートシンクアセンブリは、半導体デバイス又はこの半導体デバイスを含むモジュール10又はハウジングに取り付けられる。 ・ヒートシンク20は、半導体デバイス又はモジュール10のケース11の上面と略同サイズの底部24を有する。そしてヒートシンク20の底部24には、シートシンクの底板と一体である複数の冷却フィン21が設けられており、これらフィンを区分することで、保持用クリップ30,31を受けるチャネル23が形成されている。 ・保持用クリップ30,31は、2つのパーツで形成されている。一方のパーツは、一方向に長く(elongated)かつ柔軟な金属製ストラップ40であり、前記チャネル23内に配置されている。ストラップの両端には、モジュール10の開口14、15と噛み合う保持具14、15が設けられている。ストラップ40の長さは、初期の状態でストラップの両端が前記開口14、15に近接するとともに、ストラップの中央部分41が前記底部丸の上面から離間するように設ける。このとき、ストラップ40は非緊張状態にある(図8参照)。 ・保持用クリップ30,31は、さらにカム式ラッチ60を有する。このカム式ラッチ60は、前記ストラップ40のセンター部分41に対してピボット連結され、ベアリング面64を備えたカム61、62と、このカムに固定させたアーム65とを有する。前記ストラップ40非緊張状態でピボット軸48からベアリング面64までの距離がピボット軸48及びヒートシンク20の底部24の上面の間の距離よりも大となるように設けられている。 ・図8の状態より図9の如く前記アーム65を回転させることにより、前記カム61、62のベアリング面がヒートシンク20の底部24の表面に強制的に当接されるとともに前記ストラップが緊張状態となり、前記ヒートシンクが前記モジュールと熱伝導可能に係合することが可能となる。 ・本発明の目的は、前述の従来の装置の問題点を解決し、低価格で容易に組み立てることができかつアセンブリとしての実質的な一体性を有する保持用クリップ及びヒートシンクアセンブリであって、当該ヒートシンクアセンブリを組み込んだ電子でバイスが不利な環境に置かれても耐えることができ(impervious)、低コストで製造することができるものを提供することである。 (d)実施例 特許出願人が記載した実施例には次の記述があります。 “保持用クリップは、図2〜図7に示す第1実施例においてより具体的に記載されている。一般に、保持用クリップ30は、金属製ストラップ40と、カム式ラッチ60とを具備する。細長いストラップ40は、ステンレスのような柔軟な金属で形成されるが、それ以外の柔軟な材料もストラップの素材として適当であるかも知れない。各ストラップは、ほぼ平坦なセンター部分41を有し、その両端で屈曲して2つの脚部又は垂下部分42、43が形成されている。” B係争物 前述のストラップ及びラッチは、本発明のカム式保持用クリップのただ2つの部品です。PCS(控訴人・原告)及びFoxccon(被控訴人)は、ともにヒートシンクアセンブリのカム式保持用クリップを販売していました。原告のクリップは金属製であり、被告のそれはプラスチック製でした。原告の特許の請求項1は、当該クリップが“柔軟な金属で形成されている”ことを限定しています。原告は、被告のクリップが文言侵害ではないが、均等論を適用した侵害(均等侵害)であると主張しました。 C地方裁判所の判断は次の通りです。 (a)地方裁判所は、239特許のクレーム及び明細書を検討し、原告(PSC)はプラスチック製クリップを公衆の用に供した(dedicated)という被告の主張に同意した。 (b)地方裁判所は、被告に対するサマリージャッジメントにおいて、Johnson & Johnston Associate v. R.E.Service Co., 285 F.3d 1046の判決に依拠した。この判決では、ある主題を明細書に記載しながら請求項クレームに記載していない特許出願人は、その主題を公衆の用に供したことになるという判断が示されている。 同趣旨の判決として、Maxwell v. J Baker Inc., 86 F.3d 1098がある。 (c)地方裁判所は、この結論に至る過程において、明細書中のコラム4第49〜51行目の「金属製ストラップ40と、カム式ラッチ60とを具備する。細長いストラップ40は、ステンレスのような柔軟な金属で形成されるが、それ以外の柔軟な材料もストラップの素材として適当であるかも知れない。」及びコラム2第39〜41行目の「他の先行装置は、金型成形されたプラスチック及び(又は)鋳造或いは鍛造された金属部品を使用しているが、単なる金属形成操作に比べて高価となる。」という記載に着目した。 地方裁判所によれば、239特許の発明について特許出願がなされた時点で発明者はプラスチックを含む他の材料を彼の発明の要素として使用出来ることを理解しており、金属を使用する設計が従来の技術に対する改良点であることを理解していた。ところが発明者は、クレームにプラスチックを記載しておらず、却って“金属”という明確な限定を請求項に導入した。そこで地方裁判所は、本件にJohnston判決を当てはめて、請求項に含まれていない開示事項については、公衆の用に供されたものと決定した。 従って原告は、公衆の用に供した部分について均等論を用いて特許発明の技術的範囲を拡張することができない。 地方裁判所は、この結論の裏付けとして、SciMed Life Systems v. Advanced Cardiovascular Systems, 242 F.3d 1337を援用した。この結論の要旨は次の通りである。 “明細書を読まずにクレームの文言から判断したときに問題の事柄が特許発明の技術的範囲に入ると考えられるとしても、明細書が特許発明はその事柄を含まないことを明らかにしている場合には、当該事柄は特許発明のクレームが及ぶ範囲の外にあるというべきである。 (特許出願人により)批判され或いは除外(disclaim)された特定の事柄については、特許権者は均等論を適用してこれを権利範囲に含めることができない。” こうした手続の本で、地方裁判所は、原告はプラスチックを含む非金属の柔軟な材料の使用を開示するとともに公衆の用に供したのであり、これを権利範囲に含めるために均等論の適用を主張することができないと決定した。 D原告の主張の要旨は次の通りです。 Johnston判決においては、特許出願人がクレームしなかった事柄が明細書中に特定して開示されている。これに対して本件特許出願人は、発明の構成に関して“細長いストラップ40は、ステンレスのような柔軟な金属で形成されるが、それ以外の柔軟な材料もストラップの素材として適当であるかも知れない。”としか記載しておらず、プラスチックを特定的に開示したとまでは言えないので、前記判決を本件に当てはめるのは妥当ではない。 |
[最高裁判所の判断] |
@裁判所は、判決の前提となる判断の基準に関して均等論を認める意義について次のように説諭しました。 当裁判所は、地方裁判所のsummary judgementを法律問題として最初から(de nova)見直す。→summary judgementとは 特許侵害の有無の決定では、一般にはクレームの構成(claim construction)を解釈し、次に解釈された特許発明と係争物とを対比して原判決の明らかな誤りの有無を判断する。 しかしながら、本件ではクレームの解釈について争いが生じておらず、地方裁判所はこれに関して判断をしていない。従って本件における特許侵害の分析の主観点は、特許出願人が従来技術にプラスチックを使用することを記載していたにも関わらず、これをクレームに含めなかった場合に、均等論を適用してこれに権利範囲を及ぼすことができるかという点に置かれる。 A裁判所は、本件と類似する事案の判決に関して本件に関係する判決に関して次のように述べました。 (a)この訴訟で解決するべき論点は、Johnston判決が及ぶ範囲である。 (b)原告は、Johnstonが開示した物は明確で特定的であるのに対して、本件の特許出願人が開示した物はそうではないから、2つの事件は異なると主張する。 Johnstonの特許(米国特許第5153050号)は、プリントされた回路ボードに関するものである。この特許のクレームでは、“アルミニウムのシート”と明確に規定していたのに対して、明細書には“アルミニウムがより好ましいが、ステンレス鋼やニッケル合金を用いてもよい。”と記載されていた。そして係争物はステンレス鋼でできていた。 我々(CAFC)は、本件特許はステンレス鋼を代替物として公衆の用に供したと解されるから、係争物は原告特許を侵害しないと判決した。 (c)同様にMaxwell判決での特許第4624060号は、小売環境でのディスプレイのために一組の靴(mated shoes)を相互に取り付けるシステムに関する。この特許は、“タブは靴の後部又は側部において裏地の縫い目(lining seam)に縫い付けることができる”ことを明細書に開示していたが、クレームには記載していなかった。係争物は、靴の裏地の縫い目にタブを縫い付けていた。 CAFCは、タブは靴の後部又は側部において裏地の縫い目に縫い付けることができることにより一組の靴を一まとめにすることが代替手段として公衆の用に供されたと解釈して、係争物が前記特許を侵害しないと解釈した。 A裁判所は、原告の主張に対して次のように判断しました。 (a)原告によれば、Johnstonの明細書は、その開示の正確さ及び明確さ故に公衆の用に供された事柄を明らかにしている。これに対し、原告の239号特許は、プラスチックの開示が正確でも明確でもないから、当該開示は公衆の用に供されたものとならない。 (b)ここで当裁判所は、2つの問いに答えなければならない。 ・或る事柄が公衆の用に供されたというためにはどの程度に特定的に開示されていたというべきであるのか。 ・239特許の明細書は、プラスチック部品を公衆の用に供したと言える程度に特定的かつ特定的に開示しているか? (c)Johnston及びMaxwellの開示が正確で明確であるという原告の指摘は正しい。これらの明細書を読んだ誰もが、スレンレス鋼に対するJohnstonの開示及びタブを靴の裏地の縫い目に縫い付ける旨のMaxwellの開示が特許発明に代わる代替的手段であることを明確に理解できる。 (d)原告によれば、Johnston及びMaxwellの開示と同程度に明確である言い回しをしたときに当該開示事項は公衆の用に供されたものになると解釈するべきである。そして、239特許において従来品はプラスチックで係止絵される旨の表現は曖昧で(obique)で偶発的(incidental)であるから、公衆の用に供されたものとはならない。 我々は、原告の主張に同意しない。原告はプラスチック部分を備えたクリップを含む従来品を正確かつ明確に開示した。明細書の重要な目的は、特許発明の主題を公衆に知らしめることであり、他方、特許のクレームの目的は、発明の範囲を公衆に知らしめることである。239号特許の明細書は、金属の代用品としてプラスチックを使用できることを公衆に知らせたのであり、これを将来に亘って使用しても権利侵害にはならない。 (e)その根拠を次の通り説明する。 (イ)発明を正確に記述することの意義としては次のことが挙げられる(Bates v. Coe, 98 U.S. 31,39) ・特許され、存続期間の満了の際に公衆の財産となるものが何であるのかを政府が知ることができるようにすること。 ・実施のライセンスを受けた者が発明品を製作・製造し、或いは発明を使用できるようにすること。 ・別の発明者が未だ独占されていない発明の範囲を知ることができるようにすること。 (ロ)クレーム及び明細書の関係は次の通りである。 ・発明の範囲を限定するのは特許のクレームであり明細書は独占の範囲を広げるために用いられてはならない(Burns v. Meyer 100 U.S. 671,672) ・クレームは明細書によって光を当てることにより解釈されるべきであり、発明を評価する際にクレーム及び明細書の双方を読むのが基本である(Seymour v Osborne)。 (ハ)以上述べたように、クレームは、発明を限定することにより特許発明について製造・使用・販売する誰もが特許権を侵害することを通知する機能を有する。そしてクレームの用語索引(concordance)として明細書を用いることは裁判上で認められている。 (ニ)(中略)公衆に対する前記通知機能が実現されるためには、クレーム及び明細書の両方の言い回し(language)が公衆に理解されることが必要である。我々(CAFC)が裁判所でたびたび判示しているように、他の形で解釈することを強制する特別な理由がない限り、当業者が理解するように解釈しなければならないのである。 “内部証拠を分析する場合、我々はクレームの言い回しを分析の出発点とするべきである。その際にはクレームの用語は一人の当業者が理解する通常の意味を有するという強い推定が働くことを考慮になければならない。”(Apex Inc. v. Raritan Computer Inc. 325 F.3d 1364, 1371) ・“明細書を参酌しつつクレームを読むときには、一人の当業者が何をクレームされたかを理解するかを問うべきである(Servs.Co v Halliburtan Energy Servs 338 F.3d 1368,1372)。 ・“我々は、最初に、クレームの用語に対して一人の当業者が理解し得る一般的でなじみのある意味を与えるべきである(Dow Chen Co. v. Sumitomo Co.257 F.3d 1364 1371) これらから導かれる簡単なロジックの結果として、明細書は一人の当業者が理解するように解釈されなければならない。 (ホ)これに伴い、一人の当業者が特許を読み解くことができ、明細書に何が開示されかつ議論されているかを理解することができ、何がクレームされているのかを理解することができなければならない。 請求項に記載されていない事柄は、特許権者によって発明されていないこと、すなわち特許出願人が発明をする前に公知・公用となっていることが一般的であるが、これは推測にすぎない。もっともそれが事実であるかどうかとは別に、特許出願人の行為により、その事柄が公衆の財産となってしまう可能性がある(Mahn v. Harwood 112 U.S. 354)。 何が開示されかつそのうちの何がクレームされたのかを明確に理解できるようにすることは、前記通知機能の核心である。このことにより、どういう製品やプロセスが特許を侵害し、或いは侵害しないのかを公衆が了知することができる。 もし特許権者が“特定的に開示されかつクレームされていない事項”(Specifically disclosed but unclaimed matter)を均等論によって回復できるのであれば、公衆は何が特許侵害となりかつ何が特許侵害とならないのかを知る術がなくなってしまう。例えばFesto Corp v Schoketus Kinzuku Kabushiki Co., 344 F.3d 1359,1369を見よ。こうした保護範囲の回復は、公衆に対する特許の通知機能を骨抜きとし、法的な不安定性を生ずる。 (へ)我々(CAFC)は、一人の当業者が明細書を読んでクレームされていない開示事項と理解できたときには、当該事項は、公衆のように供された代替事項と解する。 もっともDedicationの法理(クレームに記載されていない開示事項は公衆の用に供されたものと解するという原則)は、明細書に一般的(generic)な記載をすることにより、個々の特定の部分(particular genus)が公衆のように供されたことを意味しない。開示されたがクレームに記載されていない事柄は、当業者が識別(identify)できる程度に特定されたものでなければならない。 →Dedicationの法理 B裁判所は、239特許に対するDedicationの法理の適用に関して次のように判断しました。 (a)239特許に対して地方裁判所が認定した処によれば、その明細書は、一般的開示及び特定的開示の双方を含んでいる。 (b)我々は、「細長いストラップ40は、ステンレスのような柔軟な金属で形成されるが、それ以外の柔軟な材料もストラップの素材として適当であるかも知れない。」という記載が一般的な開示であり、ステンレス鋼以外の柔軟な材料を公衆の用に供したことにならないという原告の主張を認める。 (c)他方、我々は、「他の先行装置は、金型成形されたプラスチック及び(又は)鋳造或いは鍛造された金属部品を使用しているが、単なる金属形成操作に比べて高価となる。」という記載が特定的であり、プレスチック部品を公衆の用に供したことになるという地方裁判所の主張に同意する。 この明細書の言い回しから読み手である当業者は、金属製クリップの代替品としてプラスチック製品を用いることができると合理的に結論付けるであろう。原告は、金属製部分に追加してプレスチック製品をクレームするか、或いはより広いクレームを作成するべきであったのであり、それをしなければプラスチック部分は公衆の用に供されたものとなる。 239特許のクレーム及び明細書の組み合わせは公衆に対して、金属製クリップを備える保持具は特許権を侵害するが、プラスチック製クリップを備えるそれは特許権を侵害しない旨を通知した。 地方裁判所は、一人の当業者が明細書を読解してプレスチック部分が金属部分の代替品となると理解すると解釈せざるをえないと結論した。 前述のDedicationの法理は、発明者に対して特定の主題を開示してクレームし、より広いクレームで特許出願の審査を受けることを要求する。そうでなければ、その主題は公衆の用に供されたことになり、均等論により回復することができない。 従ってヒートシンクのカム式保持具の製造にプラスチックパーツを使用する技術は、公衆の用に用されたのである。 |
[コメント] |
@米国の裁判上では、特許出願人が明細書に特定的に開示しながらクレームに記載していなかった事項は、均等論により保護範囲に回復することができないという原則が確立しています。 Aこの原則は“特定的に”(specifically)に開示された事柄にのみ適用されます。 B本事例で問題になったのは、“特定的”の程度であり、当事者間で争点となった2つの開示事項のうち一方は特定的でなく、他方は特定的であると判断されました。 (a)特定的でないと判断されたのは、「細長いストラップ40は、ステンレスのような柔軟な金属で形成されるが、それ以外の柔軟な材料もストラップの素材として適当であるかも知れない。」という記載です。 “それ以外の柔軟な材料”と言っても、具体的にどういう材料が権利範囲から除外されているのかが具体的に当事者に示されていないからです。 (b)特定的な開示と判断されたのは、従来技術の欄中の「他の先行装置は、金型成形されたプラスチック及び(又は)鋳造或いは鍛造された金属部品を使用しているが、単なる金属形成操作に比べて高価となる。」という記載です。 (c)先行技術を批判的に開示されており、かつ批判している対象が“プラスチック”であることが明瞭です。従来技術の欄で“プラスチックを用いると高価になる”と批判しており、クレームで“金属製のクリップ”と限定しているから、特許発明の範囲は金属製のクリップを用いたものに限定されており、プラスチック製クリップを用いる物は公衆の用に提供されたことが公衆に通知されたことになるというのが、米国巡回裁判所(CAFC)の解釈です。 (d)判例では、前記原則の根拠を、クレームの通知機能(明細書に開示された事項のうちで何が権利範囲内であり、何がそうでないかを公衆に通知する機能)に置いています。 (e)そしてこの機能を担保させるために、特定的な開示事項に該当するかどうかを判断するに際しては次の基準が適用されます。 「一人の当業者が明細書を読んでクレームされていない開示事項と理解できたときには、当該事項は、公衆のように供された代替事項と解する。」 (f)Dedicationの法理は、もともと特許出願人が明細書の実施形態の欄に“クリップは金属又はプラスチックで形成できる。”と記載されているとともに、クレームに「クリップは金属製である」と限定している場合を想定しており、こうした記載は、クレームから除外される事項を直接的に表していると言えます。 これに比べて、本件の特許出願人の「他の先行装置は、金型成形されたプラスチック及び(又は)鋳造或いは鍛造された金属部品を使用しているが、単なる金属形成操作に比べて高価となる。」という表現は、読み手がその意味合いを推察しなければならない点でより間接的であると言えます。 しかしながら、間接的な表現であっても、読み手は金属製パーツの代替物としてプラスチック製パーツが公衆の用に供されたと理解すると、裁判所は判断したものと理解されます。 (g)日本で類似の問題を扱った事例として、平成27年(ネ)第10014号(マキサカルシトール事件)です。 →平成27年(ネ)第10014号[その2] この事件では、権利対象である物質が請求項中で図表として特定されており、図表には ビタミン類の構成が記載されていました。ビタミン類には幾何異性体としてトランス体とシス体とがありますが、、クレームの図表にシス体が記載されていました。明細書にもほぼ一貫してシス体の構成について解説されていましたが、シス体に限定する理由は記載されていませんでした。ところが明細書に目的物質に至る過程を示す図表として、トランス体を目的物質とした場合の中間体があり、このことを根拠として、当事者が明細書に開示されていながら請求項に記載されていない事項には均等論が適用されないと主張したのです。 しかしながら裁判所はこの主張を認めませんでした。 |
[特記事項] |
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