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●平成8年(ワ)第5784号


包袋禁反言の原則/特許出願/均等論/脇の下用汗吸収パッド

 [事件の概要]
@事件の要点

 本件は、原告が被告に対し、脇下汗吸収パッドについての実用新案権の侵害を理由として損害賠償(遅延損害金の支払を含む。)を求めている事案です。


A事件の経緯

・昭和六〇年五月二一日、原告は、“脇の下用汗吸収パツド”と称する考案(本件考案)について実用新案登録出願をし(以下、これを「本件出願」という。)、

・昭和六一年一一月二八日、本件考案は、出願公開されました。

 本件出願当初の明細書(以下「当初明細書」という。)には、袖添付け部と身頃添付け部の縁部の形状に言及する記載はなかったが、本件考案の実施例を示すものとして、袖添付け部と身頃添付け部の縁部が彎曲連結部より曲率の大きな(曲率半径の小さな)三つの彎曲を連ねた縁形状とされたものの図面(別紙図面A)が添付されていました。

・平成二年六月一一日、本件出願は、その考案が、その出願前国内において頒布された刊行物に記載された考案に基いて、その出願前に、当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)がきわめて容易に考案をすることができたものと認められることを理由に、拒絶査定されました。

・平成二年八月二三日、原告は、右拒絶査定を不服として、その取消しを求める審判を請求するとともに、同日、当初明細書を全文にわたって補正しました。

 同日付け手続補正書による補正後の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」には、袖添付け部と身頃添付け部の縁部の形状が初めて記され、それが彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねた形状である旨が記載されていました。

 また、右審判の審判請求書には、本件考案の特徴は袖添付け部と身頃添付け部の縁部が彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねた縁形状とした点にある旨が記されていましたが、他方、右の補正事項は当初明細書に添付された図面の記載に基づくものである旨も記されていました。

・平成四年二月一三日、特許庁は、原告による右補正を認めて、本件考案について出願公告をすべき旨を決定し、

・平成四年五月一九日、本件明細書の記載とこれに添付された図面に基き、本件考案を出願公告しました。

・平成四年一一月一三日、右拒絶査定を取り消し、本件考案を実用新案登録すべき旨の審決がされ、

・平成五年三月二四日、本件考案は、実用新案登録されました(第一九五七七七八号)。

・平成五年七月五日、原告は、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」における「曲率の小さな」という記載を「曲率半径の小さな」に訂正する旨の訂正審判を請求し、

・平成七年一一月一六日、右訂正について、明瞭でない記載の釈明であるとして、これを認める旨の審決がされました。

・平成八年五月一〇日、被告は、右審決による訂正を無効とする旨の審決を求めて訂正無効審判を請求し、

・平成九年二月二五日、右訂正は明瞭でない記載の釈明に当たらず、また、単なる誤記でもなく、訂正前の登録請求の範囲に含まれていない構成の考案に登録請求の範囲を変更するものであるとして、右訂正を無効とする旨の審決がされた。
→請求の範囲の実質的な変更・拡張のケーススタディ1

 これに対し、原告は、右訂正無効審決の取消しを求めて、東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起しましたが、

・平成一〇年三月一七日、その請求を棄却する旨の判決が言い渡され、

・平成一〇年九月一〇日に、最高裁判所により、右判決に対する原告の上告を棄却する旨の決定がされ、右訂正無効審決が確定しました。


B争いのない事実

・原告は、実用新案登録番号第一九五七七七八号の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を有している。

・被告は、平成四年五月一九日から平成七年一二月三一日までの間に、別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造・販売し(以下、被告製品の各構成を別紙物件目録記載の符号に従い「構成a1」のように表記する。)、その総売上高は、一億一六九四万二〇〇〇円である。

・被告製品は、構成a1、a3、a5において、構成要件A1、A3、A5を充足する。

[登録実用新案の内容]

・考案の目的 従来の三日月型の汗吸収用パッドでは、袖繰りに沿うパッドの中央部では十分な汗の吸収面を確保できるが、前端及び後端部に至るに従い吸収幅面が急激に減少してしまい、脇の下全体に亘る吸収面の確保が困難であるという問題点を解決すること。

・考案の構成(登録実用新案の範囲)

 「吸水・吸臭層と止水層とを備える袖添付け部と身頃添付け部とを吸水・吸臭層を外面側とし止水層を内面側に対向させて重合し、両添付け部を彎曲連結部で相互に連結し、袖添付け部と身頃添付け部の内面側に両面接着テープを取付け、袖添付け部と身頃添付け部の縁部を前記彎曲連結部より曲率の小さな3つの彎曲を連ねた縁形状としたことを特徴とする脇下汗吸収パッド。」

・考案の効果 本考案は、以上のように構成されているので、上記目的に従い、脇の下の汗を吸収すると共に、汗による不快な臭いの発生を防ぎ、更に、心地よい香りを発生させることができるような、薄手で装着感の良好な、しかも面積に比して吸収範囲の広い脇下汗吸収パッドを得ることができる。

・構成要件の分説

(A1) 吸水・吸臭層と止水層とを備える袖添付け部と身頃添付け部とを有すること

(A2) 袖添付け部と身頃添付け部とを吸水・吸臭層を外面側とし止水層を内面側に対向させて重合し、両添付け部を彎曲連結部相互に連結していること

(A3) 袖添付け部と身頃添付け部の内面側に両面接着テープを取付けていること

(A4) 袖添付け部と身頃添付け部の縁部を前記彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねた縁形状としていること

(A5) 脇下汗吸収パッドであること


zu


[被告製品の構成]

 次の構成の脇下汗吸収パッド。

 a1 吸水・吸臭層2と止水層3とを備える袖添付け部1と身頃添付け部1'とを有し、

 a2 一体成形された両添付け部1、1'が吸水・吸臭層2を外面側とし止水層3を内面側に対向させて湾曲折り曲げ部4で2つ折りにされており、

 a3 袖添付け部1と身頃添付け部1'の内面側に両面接着テープ7が取付けられ、両面接着テープ7には剥離紙8が取付けられており、

 a4 袖添付け部1と身頃付け部1'の縁部5は湾曲折り曲げ部4より曲率半径の小さな3つの彎曲を連ねた縁形状になっている、

 a5 脇下汗吸収パッド。

「論点」

1 被告製品が本件考案の技術的範囲に属し、被告製品の製造・販売が本件実用新案権を侵害する行為に該当するかどうか。

(一) 被告製品が構成a2において構成要件A2を充足するかどうか。

(二) 被告製品が構成a4において構成要件A4を充足するかどうか。

(三) 被告製品が、構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分を「曲率半径の小さな」に置換した点において、本件考案と均等かどうか。

2 被告の過失の有無

3 原告の損害額

判決では、論点1(二)(三)のみを審理して請求を棄却していますので、以下、この点のみを解説します。

[論点1(二)に関する当事者の主張」

{原告の主張}

 構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分は、「曲率半径の小さな」の明白な誤記であり、これを「曲率半径の小さな」という意味に解釈してその構成要件の文言上の充足性を判断すべきであるから、被告製品は、構成a4において構成要件A4を充足する。

{被告の主張}

 「曲率」とは、曲線上の与えられた点でその曲線にもっともよく近似する円(曲率円)の半径(曲率半径)の逆数を意味し、「曲率の小さな」と「曲率半径の小さな」とは技術用語としての意味が反対であるから、構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分が「曲率半径の小さな」の明白な誤記であると解することはできず(このことは、本件明細書の「曲率の小さな」という記載を「曲率半径の小さな」と改める訂正を無効とする訂正無効審決がされ、これが確定したことからも明らかである。)、被告製品は、構成要件A4を充足しない。

[論点1(三)に関する当事者の主張」

{原告の主張}

  被告製品は、構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分を「曲率半径の小さな」に置換した点において、最高裁判例(平成一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁)の示す均等の成立要件をすべて充足しており、本件考案の技術的範囲に属する。

 すなわち、右のように置換しても、彎曲連結部と三つの彎曲を連ねた形状の縁部を有するという点で技術思想としての本質に変わりはなく、本件考案の目的を達することができ、本件考案と同一の作用効果を奏するものであって、「曲率半径の小さな」場合が本件考案の実施例として開示されていることからすれば、その置換が容易であることも明らかである。また、「曲率半径の小さな」場合は、新規性・進歩性を備えており、原告が出願手続において、実用新案登録請求の範囲から「曲率半径の小さな」場合を意識的に除外したような事実もない。

 構成要件A4に係る明細書の記載が誤記であることが明らかな本件においては、当該記載に対して保護すべき第三者の信頼があるとは到底考えられず、禁反言の法理が働くものではない。

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{被告の主張}

 構成要件A4は、本件考案を従来の公知技術から区別せしめる構成要件であり、本件考案の本質的部分である。

 また、構成要件A4は、原告がその実用新案登録出願手続において公知技術に基づく拒絶を回避するために行った補正によって挿入追加され、かつ、原告自身がその本質的部分である旨を強調した構成要件であって、客観的に第三者との関係でみる限り、「曲率半径の小さな」場合を意識的に除外したものと評価されて当然であり、「曲率の小さな」という部分を「曲率半径の小さな」に置換した場合について均等を主張することは、禁反言の法理によって許されるものではなく、仮にそうでないとしても、本件明細書の「曲率の小さな」という記載を「曲率半径の小さな」と改める訂正を無効とする訂正無効審決が確定したのであるから、右のように置換した場合について均等を認めることは、訂正無効審決の確定を無意味にするものであって、法的安定性を著しく害するから、均等の成立を妨げる特段の事情があるというべきである。したがって、被告製品は、本件考案と均等ではない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、被告製品が本件考案の構成のうちで“袖添付け部と身頃添付け部の縁部を前記彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねた縁形状としていること”を備えているか否か{論点1(二)}に関して次のように判断しました。

“二1 まず、被告製品が構成a4において構成要件A4を充足するかどうか(争点1(二))について検討する。

 2 乙第三号証(マグローヒル科学技術用語大辞典・第二版)によれば、「曲率」とは、曲線上の与えられた点でその曲線にもっともよく近似する円(曲率円)の半径(曲率半径)の逆数を意味し、「曲率の小さな」という語と「曲率半径の小さな」という語は、全く反対の意味であると認められるところ、構成要件A4は、袖添付け部と身頃添付け部の縁部を彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねた縁形状とするものであり、構成a4は、袖添付け部と身頃添付け部の縁部を彎曲連結部より曲率半径の小さな三つの彎曲を連ねた縁形状とするものであるから、被告製品が構成a4において構成要件A4を文言上充足しているということはできない。

 3 原告は、「曲率の小さな」という部分は「曲率半径の小さな」の明白な誤記であり、これを「曲率半径の小さな」という意味に解釈してその構成要件の文言上の充足性を判断すべきである旨を主張する。

 たしかに、前記一認定のとおり、袖添付け部と身頃添付け部の縁部の形状については、当初明細書には何ら記載がなく、その後、拒絶査定に対する審判請求の際にされた平成二年八月二三日付け手続補正書による補正後の本件明細書において、初めてそれが彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねた形状であると記されたものであり、他方、当初明細書には、その実施例を示すものとして、袖添付け部と身頃添付け部の縁部が彎曲連結部より曲率の大きな(曲率半径の小さな)三つの彎曲を連ねた縁形状とされたものの図面(別紙図面A)が添付され、右審判請求の請求書には、右の補正事項は当初明細書に添付された図面の記載に基づくものである旨が記されているものであって、右図面は、補正後の本件明細書においても添付されている。

 しかしながら、他方、甲第二号証、第七号証及び第八号証、乙第一号証、第二号証、第一三号証及び第一四号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件考案は、脇下汗吸収パッドについて、従来の三日月形状のものでは袖繰りに沿う中央部では十分な汗吸収面を確保できるが、前端及び後端部に至るに従って吸収面積が急激に減少してしまい、脇の下全体にわたる吸収面の確保が困難であるという問題点があったことから、パッドの形状を工夫することによって、面積に比して吸収範囲の広い脇下汗吸収パッドを得ることで、従来技術における右のような問題点を解決することを目的とするものであるところ、袖添付け部と身頃添付け部の縁部を形成する三つの彎曲の曲率が彎曲連結部の曲率に対して小さい場合であっても、パッドの両端部に従来の三日月形状のものに比べて広い範囲の吸収面を確保することができ、前記の問題点を解決し得ることからすれば(別紙図面B参照)、本件考案については、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」の記載を字義どおりに解しても、当業者において、その技術的意義を明確に理解でき、これを実施することが可能であるものと認められる。

 そうすると、本件明細書においては、「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」における縁部の彎曲の曲率に関する記載内容と本件考案の実施例を示す図面とが整合しないという点があるにしても、「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」における「曲率の小さな」という記載が「曲率半径の小さな」の明白な誤記であると認めることはできない。したがって、右の「曲率の小さな」という記載について、訂正審判を経ることなくこれを全く反対の「曲率半径の小さな」という意味に解釈することは、文言解釈の限界を超えるものとして、許されないというべきである。

 加えて、本件においては、前記一4に認定のとおり、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」中の「曲率の小さな」という記載を「曲率半径の小さな」と改める訂正を無効とする訂正無効審決が確定しているものであって、実用新案権侵害訴訟において考案の技術的範囲を定めるに当たり、審決により無効とされた訂正を施したのと同一の結果となるような文言解釈をすることは、訂正審判制度の趣旨を没却するものとして到底許されるべきではない。”

A裁判所は、“ 被告製品が、構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分を「曲率半径の小さな」に置換した点において、本件考案と均等かどうか”{論点1(三)}について次のように判断しました。

“三1 次に、被告製品が、構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分を「曲率半径の小さな」に置換した点において、本件考案と均等かどうか(争点1(三))について検討する。

 2 実用新案権侵害訴訟において、実用新案登録に係る願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても、

(1)右部分が当該実用新案権に係る考案の本質的部分ではなく、

(2)右部分を対象製品におけるものと置き換えても、当該考案の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、

(3)右のように置き換えることに、当業者が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、

(4)対象製品が、実用新案登録出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時にきわめて容易に推考できたものではなく(実用新案法三条二項参照)、かつ、

(5)対象製品が実用新案登録出願手続において実用新案登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品は、実用新案登録請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、当該考案の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成六年(オ)第一〇八三号同一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。

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 3 前記2(5)の要件は、いわゆる禁反言の法理から導かれるものであるが、実用新案登録出願において、出願人が、いったん考案の技術的範囲に属しないことを承認した場合に限らず、その内心の意思にかかわらず外形的にそのように解されるような行動をとった場合においても、実用新案権者が後にこれと反する主張をすることが許されない趣旨というべきである(前掲平成一〇年二月二四日第三小法廷判決参照)。

 けだし、出願人において一定の外形を作出した場合において、実用新案権者が後になって右外形に反する主張をすることを許すときは、右外形を信頼した第三者の利益を不当に害することとなるからである。

 これを本件についてみると、前記認定の事実によれば、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」には、袖添付け部と身頃添付け部の縁部の形状について、彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねたものでみると記されていたが、他方、その実施例を示す図面としては、「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」における右記載とは異なり、彎曲連結部より曲率の大きな(曲率半径の小さな)三つの彎曲を連ねたものが掲げられていたことになる。

 このような本件明細書の記載からすれば、原告は、縁部の形状を彎曲連結部より曲率の大きな三つの彎曲を連ねたものとする構成を、本件考案の実施例を示す図面として自ら掲げているのであって、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」にその構成を記載することが可能であったにもかかわらず、これを記載せず、かえってこれとは異なる構成のみを記載したものということができる。そして、前記のとおり、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」の記載を字義どおりに解しても、当業者において、その技術的意義を明確に理解でき、これを実施することが可能であることなどをも併せ考えれば、原告は、本件考案についての実用新案登録出願手続において、本件考案の技術的範囲を、袖添付け部と身頃添付け部の縁部の形状が彎曲連結部より曲率の小さな三つの彎曲を連ねたものに限定したと外形的に解される行動をとったものというべきである。そうすると、本件考案の構成要件A4のうちの「曲率の小さな」という部分において、被告製品は「曲率半径の小さな」である点で本件考案とその構成を異にするものであるところ、この点の相違については、前記2(5)の均等の成立を妨げる特段の事情があるものというべきである。

4 したがって、仮に被告製品が本件考案の他の構成要件をすべて充足するものであったとしても、本件考案と均等であると認めることはできない。”

B以上の結果、裁判所は次の結論に至りました。

“ 四 以上によれば、被告製品は、本件考案の技術的範囲に属しないものというべきであるから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

 よって、主文(請求棄却)のとおり判決する。”



 [コメント]
@本事例では、特許出願人(実用新案登録出願人)が発明(考案)の技術的範囲に属しないことを承認していないが、それを承認したように理解される外形的な行動を採ってしまった場合への包袋禁反言の適用、及び均等論第5条件の解釈が議論となりました。

A本事例において、脇の下用汗吸収パッドの袖添付け部及び見頃添付け部の縁部(前縁部)を、両部の後縁側の連結部(彎曲連結部)に比べて“曲率の小さな”3つの彎曲を連ねて形成する旨が請求の範囲に記載されていますが、この“曲率の小さな”が“曲率半径が小さな”の意味で誤って記載したのであろうということは、次の出願人の行動を見れば察しがつきます。

・願書に添付された図面に彎曲連結部より曲率半径が小さな3つの彎曲を連ねた構造が開示されていること。

・“曲率の小さな”の記載を“曲率半径が小さな”と誤記訂正する訂正審判を請求したこと。

Bちなみに前記審判では前記訂正を認める訂正審決が出されていますが、当該審決に対して訂正無効審判が請求され、訂正無効審決が確定しています。

 訂正無効審判とは、現在は廃止された制度で、訂正審決の効果を無効とすることを目的としています(→訂正無効審判とは)。

 “曲率の小さな”の記載を“曲率半径が小さな”とすることは一見誤記のようですが、技術的には正反対の内容であり、しかも、従来技術の欠点(三日月型のパッドの両端側で汗の吸収面の幅が狭いこと)を解消するという考案の目的からすると、“曲率の小さな”の構成でも一応は前記欠点を解決できると解釈できますので、実質的な変更と判断されるのは止むを得ないと考えます。
訂正審判のケーススタディ(実質上の変更2)

C均等論の第5要件は、“対象製品等が特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと”ですが(→均等論の第5要件とは)、

 本判決は、出願人に特定事項を意図的に除外する意図がなかった場合であっても、外形上、特定事項を除外したと理解されるような行動がとられたときには、均等論の第5要件の“特別の事情”に該当するという立場をとっています。

Dそして、裁判所は、本案件において次の行為が、“曲率半径の小さな”構成を除外すると外形上半断される行動であると判断しました。

・図面に掲げた“曲率半径の小さな”構成を請求の範囲及び考案の詳細な説明に記載することが可能であったにも拘わらず、これを記載せず、これと異なる構成を記載したこと。

・請求の範囲及び考案の詳細な説明の記載を字義通りに解釈しても、技術的意義を明確に理解できること。

E包袋禁反言の原則(及び均等論の第5要件)は、意見書で発明の効果を主張したなどの積極的な行動だけではなく、あることをしなかった(誤記の訂正をする機会があったにもかかわらず、それをしなかった)場合にも適用される可能性があることに注意するべきです。


 [特記事項]
 
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