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●平年28年(ネ)第10046号(特許権侵害差止請求控訴事件・棄却)


存続期間の延長登録の処分の対象であった物/特許出願/禁反言/オキサリプラティヌム

 [事件の概要]
(a)本件は、特許第3547755号の侵害訴訟の控訴審です。

(b)一審原告はスイス法人であり、 “オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤”と称する発明に関してPCT出願を行い、日本国への移行分である特許出願(特願平8−507159号)について本件特許権を取得しました。

(c)本件特許権は存続期間が延長されており、被告製品の生産等の差止及び廃棄を求める侵害訴訟の一審において、存続期間が延長された本件特許権の効力が及ぶ範囲、すなわち、本件特許権の効力が一審被告各製品の生産等に及ぶか否かが争われました。
特許権の存続期間の延長登録制度とは

(d)そして、原判決は、その効力が一審被告各製品の生産等には及ばないとして一審原告の請求をいずれも棄却したため、一審原告がこれを不服として控訴しました。


[特許発明の説明]

{特許請求の範囲}

「【請求項1】濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」

{発明の詳細な説明}

「この発明は、腸管外経路用の、オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤に関するものである。

 オキサリプラティヌム…は、…ジアミノシクロヘキサン誘導体類(dach−白金)の混合物から製造した光学異性体の一つ…である。この白金錯体化合物は、例えばシスプラチンのような他の既知白金錯体化合物と同等またはそれ以上の治療活性を示すことが知られている。

 …オキサリプラティヌムは、種々の型の癌…の治療的処置に使用し得る細胞増殖抑制性抗新生物薬である。

 …現在、オキサリプラティヌムは、投与直前再構成用および5%ぶどう糖溶液希釈用の凍結乾燥物として、注射用水または等張性5%ぶどう糖溶液と共にバイアルに入れて、前臨床および臨床試験用に入手でき、投与は注入により静脈内に行われる。

 しかし、このような投与形態は、比較的複雑で高価につく製造方法(凍結乾燥)および熟練と注意の双方を要する再構成手段の使用を意味する。さらに、実際上、このような方法は、溶液を突発的に再構成するとき間違いが起こる危険性があることが判明した;事実、凍結乾燥物から注射用医薬製剤を再構成するときまたは液剤を希釈するときに、0.9%NaCl溶液を使用するのはごく一般的である。オキサリプラティヌムの凍結乾燥形態の場合にこの溶液を誤って使用すると、有効成分に極めて有害であり、それはNaClで沈殿(ジクロローdach−白金誘導体)を生じ、上記製品の急速な分解を引き起こす。

 それ故、製品の誤用のあらゆる危険性を避け、上記の操作を必要とせずに使用できるオキサリプラティヌム製剤を医療従事者または看護婦が入手できるようにするため、直ぐ使用でき、さらに、使用前には、承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり、凍結乾燥より容易且つ安価に製造でき、再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在) および治療活性を示す、オキサリプラティヌム注射液を得るための研究が行われた。これが、この発明の目的である。

 この発明者は、この目的が、全く驚くべきことに、また予想されないことに、腸管外経路投与用の用量形態として、有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり、有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤、緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより、達成できることを示すことができた。特に、約1mg/mlより低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は、充分安定でないことが見出された。

 従って、この発明の目的は、オキサリプラティヌムが1ないし5mg/mlの範囲の濃度と4.5ないし6の範囲のpHで水に溶解し、医薬的に許容される期間の貯蔵後製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%を示し、溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。この製剤は他の成分を含まず、原則として、約2%を超える不純物を含んではならない。

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[特許出願の審査の経緯]

(a)特許出願の審査を担当した審査官は次の拒絶理由通知を発しました。

「引用例1には、オキサリプラティヌムからなる抗腫瘍剤の発明が記載されているが、安定な水溶液を得ることは記載されていない点で、本願上記請求項(判決注:請求項1〜9を指す。)に係る発明と相違する。

 しかし引用例2には、シスプラチン及びオキサリプラティヌムからなる医薬組成物を、水溶液の形態で投与することが記載されている。また、引用例3には、シスプラチンの安定な水溶液を得る目的で、シスプラチンの濃度、及び水溶液のpHを調整することが記載されている。

 したがって、引用例1に記載の発明において、オキサリプラティヌムの安定な製剤を得る目的で、オキサリプラティヌムの濃度、及び水溶液のpHを調整し、本願上記請求項に係る発明を構成することは、当業者が容易になし得た程度のことである。

 また、効果についても、本願上記請求項に係る発明が、引用例1〜3に記載された発明と比較して、格別有利な効果を有するとも認められない。」

(b)特許出願人(一審原告)は、前記拒絶理由通知に対して、平成16年1月21日付けで意見書(本件意見書。乙13)を提出し、次のとおり意見を述べました。

 「[2] 本願発明の説明

 本願発明の目的は、本願明細書3頁20行〜4頁23行に記載のとおり、

(1)オキサリプラティヌム水溶液を安定な製剤で得ること、かつ

(2)該製剤のpHが4.5〜6であることであり、さらに

(3)該水溶液が、酸性またはアルカリ性薬剤、緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないことである。

 本願の上記溶液のpHは該溶液に固有のものであり、オキサリプラティヌムの水溶液の濃度にのみ依存する。オキサリプラティヌムは下記[3]に詳述するとおり、有機金属錯体であり、配位結合が非常に弱いという性質をもつ。このため、本願発明の構成においてのみ、安定な水溶液を得ることができる。」(2頁12〜21行目)

 「[3] 本願発明が特許法第29条第2項に該当しない理由

 [3−1] 引用文献1について

 …引用文献1はオキサリプラティヌムからなる抗腫瘍剤の発明であり、安定な水溶液を得ることは記載されていない。

 [3−2] 引用文献2について

 引用文献2は、オキサリプラティヌムとシスプラチンを含む組成物が記載されている。該組成物は、請求項に記載のとおり、シスプラチンとオキサリプラティヌム、緩衝剤を含む凍結乾燥物であり、溶液とするための再構成を必要とする。

 しかしながら、これらの化合物を含む、水溶液の『安定な』薬剤を得ることは記載されていない。さらに、…

 [3−3] 引用文献3について

 引用文献3にはシスプラチンの安定な水溶液を得ること、該水溶液がNaClおよびクエン酸を含むことが記載されている。

 …しかしながら、当業者が引用文献3に記載されている方法に従って、オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ようとしても、オキサリプラティヌムでは困難である。なぜならば、

 ……上述の通り、オキサリプラティヌムは非常に弱く特にクエン酸に対して大変繊細であり、オキサリプラティヌムにおけるシュウ酸の配位はカルボン酸基のために他の配位子によって置換を受けやすい。

 したがって、当業者が引用文献3に記載されている方法に従って、オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ることは非常に困難である。」(2頁25行目〜4頁18行目)

 「[4] まとめ

 以上、[3−1]〜[3−3]で述べたように、いずれの先行文献(判決注:「引用文献」の誤記と認める。以下同じ。)の場合も記載されている発明は、錯体の配位結合が弱い、特にクエン酸に対して非常に弱いというオキサリプラティヌムの固有の性質に対して、安定な水溶液を得るものではなく、これにより得られるオキサリプラティヌム水溶液の安定な製剤が、溶液の投与時の再構成を必要とせず、間違い・事故が起こる危険性が極めて低く、医療従事者が必要なときに直ぐに使用できるという本願発明が相する(判決注:「奏する」の誤記と認める。)格別な効果を開示ないし示唆する記載がない。

 従って、本願発明は、先行文献1〜3に記載される発明から当業者が容易に想到乃至到達できる発明はなく(判決注:「発明ではなく」の誤記と認める。)、しかもこれらを組み合わせたとしても当業者が容易に想到乃至到達できる発明でもない。それ故、本願発明は先行文献1−3に対して特許性を有する。

 以上のとおり、本願請求項1〜9に係る発明は、引用文献1〜3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることが出来たものではないので、特許法第29条第2項の規定に該当しない。」(4頁24行目〜5頁10行目)

(c)この後、特許出願人(一審原告)は、平成16年3月19日付けで特許査定を受け、同年4月23日付けで本件特許権の登録を受けました。


[被告製品]

(a)被告製品は、1バイアル中に、有効成分としてのオキサリプラティヌムと、添加物としての濃グリセリンとを同じ重量で含むものであり、前者50mgに後者50mgを添加したもの、前者100mgに後者100mgを添加したもの、前者200mgに後者200mgを添加したものの3種類があります。 

 濃グリセリンの添加目的は、いずれも安定剤です。

(b)被告製品は、本件特許権の専用実施者が製造販売する製品Aの後発医薬品として厚生労働大臣から医薬品製造販売許可を得ており、その効能・効果及び用法・用量は製品Aと同じである。

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[当事者の主張]

{原告の主張}

(a)延長登録後の特許権の効力が及ぶ均等物ないし実質同一物(以下、両者を併せて「実質同一物等」という。)に関して、原判決は、処分対象の「物」に対して、その相違が周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏しないものであると解釈し、一審被告各製品に使用されている濃グリセリンは、周知技術・慣用技術の付加等ではなく、新たな効果を奏するものであるから、一審被告各製品は実質同一物等に該当せず、延長登録後の特許権の効力は及ばないと判示した。

(b)しかし、実質同一物等は、特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に基づいて検討すべきものである以上、問題とすべきは、「先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた成果に全面的に依拠して、安全性の確保等法令で定めた試験等を自ら行うことなく、承認を得ているかどうか」である。一審被告各製品のように、添加剤を異にする後発医薬品であっても、先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた安全性の確認等の成果に全面的に依拠して、安全性の確保等に関して法令で定めた試験等を自ら行うことなく、承認を得て製造、販売しているものであれば、当然に実質同一物等に該当すると解釈すべきであり、原判決の実質同一物等の解釈は、明らかに誤っている。(中略)

(c)(被告各製品の実験結果を)、専用実施権者の医薬品Aと比較した場合、一審被告各製品に含まれるグリセリンがオキサリプラチンの自然分解を抑制する効果の差は存在せず、かかる試験結果からみても、原判決が、この点において「新たな効果を奏しているとみることができる」と認定したことは、明らかな事実誤認であるといえる。

{被告の主張}

本件発明は、水とオキサリプラチンのみからなり、添加剤や他の成分を含まない製剤であって(甲2・2頁43〜46行目、3頁2、3行目)、添加剤等の存在を排除している発明である。

 これに対し、一審被告各製品は、添加剤としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むため、本件発明の技術的範囲に含まれないことが明らかである。

 したがって、一審被告各製品は、もともと本件発明の技術的範囲に属さないものであり、「先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた安全性の確認等の成果」に全面的に依拠するものなどではない。(中略)

 一審原告の主張は、後発医薬品に用いられる添加剤についての承認制度における安全上の取扱いにおける基準と、本件発明及び延長された「特許発明の物」(処分の対象となった物による特許発明の実施行為)と一審被告各製品の添加剤(濃グリセリン)の関係とを混同するものであって、誤りである。
→延長登録の理由である処分の対象となった物とは

 一審被告各製品が後発医薬品として先発医薬品の有効性や安全性に依拠しているかどうか、一審被告各製品の添加剤の安全性が承認制度上どのように取り扱われているかなどは、本件発明及び延長された「特許発明の物」(処分の対象となった物による特許発明の実施行為)との関係で、実質同一物等と判断されるかどうかの基準とは全く無関係である。

 すなわち、一審被告各製品に濃グリセリンが添加されているのは、毒性が懸念されるジアクオDACHプラチン二量体の発生を抑制するために濃グリセリンを添加することが有効であるという新たな知見を、一審被告が見いだしたことによる(乙4・段落【0010】〜【0014】等)。

 一審被告は、かかる知見について平成24年7月9日特許出願し、平成25年7月12日特許権の設定登録を受けており(特許第5314790号。乙4はその特許公報である。以下、同特許を「一審被告特許」、同特許権に係る発明を「一審被告発明」といい、乙4を「乙4公報」という。)、一審被告各製品はその実施品である。

 ほかの多数の添加剤と同様、濃グリセリンについても、医薬品の製造承認に当たり安全性が認められる範囲においてこれを添加剤として使用することが許容されているが、だからといって、濃グリセリンが前記のような新たな効果を奏することが見いだされない限りは、これをオキサリプラチンの注射用水溶液に添加する必然性は全くない。


 [裁判所の判断]
(A)裁判所は、特許法第68条の2の「処分の対象となった物」の判断基準に関して次のように説諭しました。

(ア)医薬品医療機器等法の承認処分の対象となった医薬品における、法68条の2の「政令で定める処分の対象となった物」及び「用途」は、存続期間が延長された特許権の効力の範囲を特定するものであるから、特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨(特許権者が、政令で定める処分を受けるために、その特許発明を実施する意思及び能力を有していてもなお、特許発明の実施をすることができなかった期間があったときは、5年を限度として、その期間の延長を認めるとの制度趣旨)及び特許権者と第三者との衡平を考慮した上で、これを合理的に解釈すべきである。

 そうすると、まず、前記のとおり、医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は、「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」であり、これらの各要素によって特定された「品目」ごとに承認を受けるものであるから、形式的にはこれらの各要素が「物」及び「用途」を画する基準となる。

 もっとも、特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨からすると、医薬品としての実質的同一性に直接関わらない審査事項につき相違がある場合にまで、特許権の効力が制限されるのは相当でなく、本件のように医薬品の成分を対象とする物の特許発明について、医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項は、医薬品の「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」である(ベバシズマブ事件最判)ことからすると、これらの範囲で「物」及び「用途」を特定し、延長された特許権の効力範囲を画するのが相当である。

 そして、「成分、分量」は、「物」それ自体の客観的同一性を左右する一方で「用途」に該当し得る性質のものではないから、「物」を特定する要素とみるのが相当であり、「用法、用量、効能及び効果」は、「物」それ自体の客観的同一性を左右するものではないが、前記の通り「用途」に該当するものであるから、「用途」を特定する要素とみるのが相当である。

(イ)上記(ア)によれば、相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)が、具体的な政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」において異なる部分が存在する場合には、対象製品は、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。しかしながら、政令処分で定められた上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復するという延長登録の制度趣旨に反するのみならず、衡平の理念にもとる結果になる。このような観点からすれば、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり、第三者はこれを予期すべきである(なお、法68条の2は、「物…についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定しているけれども、同条における「物」についての「当該特許発明の実施」としては、「物」についての当該特許発明の文言どおりの実施と、これと実質同一の範囲での当該特許発明の実施のいずれをも含むものと解すべきである。)。

 したがって、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である。

(ウ) そして、医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容(当該特許発明が、医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるのか、医薬品の有効成分の存在を前提として、その安定性ないし剤型等に関する発明であるのか、あるいは、その技術的特徴及び作用効果はどのような内容であるのかなどを含む。以下同じ。)に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。

 上記の限定した場合において、対象製品が政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれる類型を挙げれば、次のとおりである。すなわち、
zu

@医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合、

A公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき、

B政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合、

C政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合(本件処分1と2、本件処分5ないし7がこれに該当する。)は、これらの差異は上記にいう僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるというべきである(なお、上記@、B及びCは、両者の間で、特許発明の技術的特徴及び作用効果の同一性が事実上推認される類型である。)。

 これに対し、前記の限定した場合を除く医薬品に関する「用法、用量、効能及び効果」における差異がある場合は、この限りでない。なぜなら、例えば、スプレー剤と注射剤のように、剤型が異なるために「用法、用量」に数量的差異以外の差異が生じる場合は、その具体的な差異の内容に応じて多角的な観点からの考察が必要であり、また、対象とする疾病が異なるために「効能、効果」が異なる場合は、疾病の類似性など医学的な観点からの考察が重要であると解されるからである。

(B)裁判所は、上記の基準を本件に次のように当てはめました。

(a)延長登録された本件特許権の効力は、本件各処分の「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で及ぶところ、本件各処分の「成分」は、文言解釈上、いずれもオキサリプラチンと注射用水のみを含み、それ以外の成分を含まないものである。

 これに対し、一審被告各製品の「成分」は、いずれもオキサリプラチンと注射用水以外に、添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであり、その使用目的が安定剤である。

 そうすると、本件各処分の対象となった物と一審被告各製品とは、少なくとも、その「成分」において文言解釈上異なるものというほかなく、この点の差異が、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であるとして、法68条の2の実質同一といえるのか否かを判断すべきことになる。

(b)本件明細書の記載によれば、オキサリプラティヌムは、種々の型の癌の治療に使用し得る公知の細胞増殖抑制性抗新生物薬であり、本件発明は、そのオキサリプラティヌムの凍結乾燥物と同等な化学的純度及び治療活性を示すオキサリプラティヌム水溶液を得ることを目的とする発明である。本件明細書には、オキサリプラティヌム水溶液において、有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて、「酸性またはアルカリ性薬剤、緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」を用いることにより、本件発明の目的を達成できることが記載されており、「この製剤は他の成分を含まず、原則として、約2%を超える不純物を含んではならない」との記載も認められる。

 他方で、本件明細書には、「該水溶液が、酸性またはアルカリ性薬剤、緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含有する場合に生じる不都合についての記載はなく、実施例においても、添加剤の有無についての具体的条件は示されておらず、これらの添加剤を入れた比較例についての記載もない。

 しかしながら、前記特許出願の経過において一審原告が提出した本件意見書には、

 本件発明の目的が、「オキサリプラティヌム水溶液を安定な製剤で得ること」及び「該製剤のpHが4.5〜6であること」に加えて、「該水溶液が、酸性またはアルカリ性薬剤、緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」点にあること、

 さらに、水溶液のpHが該溶液に固有のものであって、オキサリプラティヌムの水溶液の濃度にのみ依存すること、オキサリプラティヌムの性質上、本件発明の構成においてのみ、「安定な水溶液」を得られることがわざわざ明記されており、

 これらの記載を受けて、審査官が引用する引用文献1ないし3では、そのような「安定な水溶液」は得られないこと、すなわち、緩衝剤を含む凍結乾燥物やクエン酸を含む水溶液では、「オキサリプラティヌムの安定な水溶液」を得ることは(非常に)困難である旨が具体的に説明されている。

 その上で、意見書は、本件発明が法29条2項に該当しないとの結論を導いて審査官に再考を求めているのであり、一審原告はその結果として特許査定を受けているのである。

 本件明細書の前記記載やこれらの特許出願の経過を総合的にみれば、本件発明の課題は、公知の有効成分である「オキサリプラティヌム」について、承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定であり、凍結乾燥物から得られたものと同等の化学的純度及び治療活性を示す、そのまま使用できるオキサリプラティヌム注射液を得ることであり、その解決手段として、オキサリプラティヌムを1〜5mg/mlの範囲の濃度と4.5〜6の範囲のpHで水に溶解したことを示すものであるが、更に加えて、「該水溶液が、酸性またはアルカリ性薬剤、緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」ことをも同等の解決手段として示したものである。

 以上によれば、本件発明の特許請求の範囲の記載の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言は、本件発明がオキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって、他の添加剤等の成分を含まないことを意味するものと解さざるを得ない。

 これに対し、一審被告各製品は、オキサリプラチンと注射用水のほか、有効成分以外の成分として、オキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含有するものであるから、一審被告各製品は、その余の構成について検討するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属さないものといわざるを得ない(なお、(1)及び(2)のとおり、本件においては、法68条の2の延長登録された特許権の効力範囲についての判断が先行したが、これは本事案の経緯とその内容に鑑み、そのようになったにすぎず、通常は、まず、相手方の製品が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを先に判断することも検討されるべきである。)。

B以上の理由で裁判所は控訴を棄却しました。


 [コメント]
@特許権の存続期間は特許出願日から20年間を超えないことが原則ですが、薬事法などの処分を受けることが必要であるために特許発明を実施できず、実質的に存続期間が浸食されていた場合に、例外として延長が認められます。

A延長登録制度に関しては、ベバシズマブ事件最高裁判決(平成26年(行ヒ)第356号)において、処分の対象である物の有効成分と効能・効果(発明の構成・効果に相当)が同じであっても、用法・用量(発明の態様に相当)が異なるために、先の処分によって実施できなかったものに関して、特許権の存続期間が認める判決が出されました。

Bこうした事情を踏まえて、処分の対象である物の実質的同一の態様を列挙して示したのが、本判決の意義です。

Cその態様とは次の通りです。

(a)医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合、

(b)公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき、

(c)政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合

(d)政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合
処分の対象である物の実質的同一の態様

 本件のような後発的医薬品は(b)に該当します。

D前記(b)の場合には、作用効果の同一性が問題になるところ、特許明細書によれば、発明の目的は「添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」であることにより達成できると記載されていたのに対して、係争物は、重量表示でオキサリプラティヌムと同量の安定剤(濃グリセリン)を含んでおり、作用効果の同一性が争点となりました。

 一審原告は、実験資料を提出して、原告の発明品と被告製品とに効果の差異はない旨を主張しましたが、裁判所は、特許出願の審査において“添加物を含まない”ことを意見書で強調し、特許査定になったと指摘して、原告の主張を退けました(→包袋禁反言の原則とは)。


 [特記事項]
 
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