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●平成26年(行ヒ)356号{審決(特許出願・延長登録出願の拒絶査定に対する不服審判の審決)取消請求上告事件・請求認容・上告棄却}


延長登録/特許出願/用量・用法/進歩性/血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト

 [事件の概要]
1 本件は、特許第3398382号(本件特許)の特許権者である被上告人が、本件特許権の存続期間の延長登録出願に係る拒絶査定不服審判の請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求める事案です(→上告とは)。

 特許権の存続期間の延長登録出願(以下「延長登録出願」という。)の理由となった医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(平成25年改正前の題名は、薬事法。以下「医薬品医療機器等法」という。)の規定による医薬品の製造販売の承認(出願理由処分)に先行して、同一の特許発明につき医薬品医療機器等法の規定による医薬品の製造販売の承認(先行処分)がされている場合において、

 先行処分の存在により延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないとして、特許法(以下「法」という。)67条の3第1項1号に該当することになるか否かが争われています。


[事件の概要(原審が適法に確定した事実関係等の概要)]

(1) 本件特許(請求項の数は11である。)は、発明の名称を血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストとして、平成4年10月28日に特許出願がされ、平成15年2月14日に設定登録がされた。

 本件特許に係る発明は、血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する、がんを治療するための組成物に関するものである。

(2) 被上告人は、平成21年9月18日、販売名を「アバスチン点滴静注用100mg/4mL」、一般名を「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とする医薬品につき、医薬品医療機器等法14条9項の規定による医薬品の製造販売の承認事項の一部変更承認(本件処分)を受けた。

 本件処分の対象となった医薬品(本件医薬品)は、

・その有効成分を本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された「抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニスト」に当たる「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とし、

・効能又は効果を「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」とし、

・用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。

 本件医薬品の製造販売は、本件特許権の特許発明の実施に当たる。

(3)本件処分よりも前に用法及び用量以外を本件医薬品のそれと同じくする医薬品に、医薬品医療機器等法14条1項による製造販売の承認(本件先行処分)がされている。

 本件先行処分の対象となった医薬品(本件先行医薬品)は、

 その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人には、ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」

とするものである。

 本件先行医薬品の製造販売は、本件特許権の特許発明の実施に当たる。

(4) 本件先行処分によっては、XELOX療法(1サイクルを3週間とし、内服薬と2時間の点滴薬の投与で済む療法)とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったところ、本件処分によって初めてこれが可能となった。

(5) 被上告人は、平成21年12月17日、本件処分を受けることが必要であったために本件特許権の特許発明の実施をすることができない期間があったとして、本件特許権につき延長登録出願をしたが、審査官から拒絶査定を受けたので、これを不服として拒絶査定不服審判の請求をした。

(6) 特許庁は、平成25年3月5日、

 法67条の3第1項1号にいう特許発明の実施は、法67条2項の政令で定める処分(政令処分)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項(特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項)に該当する全ての事項によって特定される医薬品の製造販売行為と捉えるべきところ、

 本件特許権の特許発明のうち本件医薬品に係る発明特定事項に該当する全ての事項によって特定される範囲は、既に本件先行処分によって実施できるようになっており、

 本件特許権の特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないことを理由に上記審判の請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)をした。


[第一審の判断]

 本件先行処分では、「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」との用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為、及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は解除されておらず、本件処分によってこれが解除されたのであるから、

本件処分については、延長登録出願を拒絶するための選択的要件のうち、「政令で定める処分を受けたことによっては、禁止が解除されたとはいえないこと」との要件を充足していないことは、明らかであるなどとして、請求を認容した。


 [最高裁判所の判断]
@最高裁判所は、延長登録の可否の判断基準について次のように説諭しました。

(a)特許権の存続期間の延長登録の制度は、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。法67条の3第1項1号の文言上も、延長登録出願について、特許発明の実施に政令処分を受けることが必要であったとは認められないことがその拒絶の査定をすべき要件として明記されている。

(b)これらによれば、医薬品の製造販売につき先行処分と出願理由処分がされている場合については、先行処分と出願理由処分とを比較した結果、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売をも包含すると認められるときには、延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないこととなるというべきである。

(c)そして、このように、出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは、飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり、特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。

(d)ところで、医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売の承認を受けることによって可能となるのは、その審査事項である医薬品の「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解される。

(e)もっとも、前記のとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると、延長登録出願に係る特許の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとならない審査事項についてまで両処分を比較することは、当該医薬品についての特許発明の実施を妨げるとはいい難いような審査事項についてまで両処分を比較して、特許権の存続期間の延長登録を認めることとなりかねず、相当とはいえない。そうすると、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するか否かは、先行処分と出願理由処分の上記審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について、両処分を比較して判断すべきである。

(f)以上によれば、出願理由処分と先行処分がされている場合において、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは、延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。


A最高裁判所は、上記の基準を本件に次のようにあてはめました。

(a)これを本件についてみると、本件特許権の特許発明は、血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する、がんを治療するための組成物に関するものであって、医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ、医薬品の成分を対象とする物の発明について、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果である。

(b)そして、本件処分に先行して、本件先行処分がされているところ、本件先行処分と本件処分とを比較すると、

・本件先行医薬品は、その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人には、ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものであるのに対し、

・本件医薬品は、その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。

(c)そして、本件先行処分によっては、XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったが、本件処分によって初めてこれが可能となったものである。

(d)以上の事情からすれば、本件においては、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するとは認められない。

(e)以上によれば、本件特許権についての延長登録出願に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとする本件審決を違法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文(上告棄却)のとおり判決する。



 [コメント]
(a)医薬品医療機器等法(いわゆる薬事法)は、“品質、有効性及び安全性の確保並びにこれらの使用による保健衛生上の危害の発生及び拡大の防止のために必要な規制を行う”ことを目的とし、

 医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は、「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」です。

 このうちで処分の可否に直接関係する実体的な審査事項は「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」であると解釈されています。

(b)他方、特許法は、新規性・進歩性等の要件を具備する発明を開示した特許出願人に対して、当該発明の公開の代償として特許権を付与し、発明の保護及び利用の調和を図ることで産業の発達に寄与することを目的とし、

 前記特許出願の審査は、発明の構成(発明の課題解決手段)や効果(発明の結果)に着目して前述の新規性・進歩性などの特許要件が判断されます。

(c)そしていわゆる薬事法の審査事項である「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」を特許法の概念に当てはめると、

・成分・分量は発明の構成に、

・効能及び効果は発明の効果に

・用法・用量は発明の態様に

それぞれ対応すると考えられます。

(d)ここで用法・用量とは、例えば医薬品の剤型とか、投与の間隔などに相当します。

(e)そして従来では、先行処分のうち用法・用量を変えただけでは、特許発明の発明特定事項に相当する変更がないから、特許権の存続期間(本来は特許出願の日から20年を超えない)の延長登録延長登録を受けることができないという判例がありました。

(f)これに対して、本判決は、処分の対象である物の有効成分と効能・効果(発明の構成・効果に相当)が同じであっても、用法・用量(発明の態様に相当)が異なるために、先の処分によって実施できなかったものに関して、特許権の存続期間が認めるとしたことに意義があります。

(g)なお、本判決を踏まえて、処分の対象となった物の実質的同一性の態様に関して次の判例が示されています。

 平年28年(ネ)第10046号(オキサリプラティヌム事件)


 [特記事項]
 
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