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●AMP INCORPORATED v. THE UNITED STATES 389 F.2d 448


黙示ライセンス/特許出願/禁反言/ワイヤースライス装置

 [事件の概要]
[事件の要旨]

(a)手続きの要点は、次の通りです。

原告は、被告であるアメリカ合衆国に対して特許侵害を提起した。

 原告によれば、被告は、原告の特許権に係るワイヤー切断装置(wire-splicing device)を権限なく使用した。

 前記特許権は、原告が後に取得した特許権(after-acquired patent)である。以下こうした特許を爾後取得特許という。
After-acquired patent(爾後取得特許)とは


(b)事件のあらましは、次の通りです。

 原告と被告であるアメリカ合衆国政府は、wire -splicing deviceを開発して提供する契約を有していた。

 試作品(model)が受け入れられ、当該契約を成立した。 

契約書の条項によれば、被告は、その特許権の主題に係る発明を実施することに関してロイヤリティ・フリーのライセンスを与えられていた。

 被告は、当該ツールの生産についての契約を締結するとともに、それの一定数のツールを受け取った。

原告は、被告による前記ツールの購入は原告の爾後取得特許(after-acquired patent)の侵害に相当するとして、28 U.S.C.S. § 1498に基づいて訴訟を提起した。

 裁判所は、被告に有利な判決(ruled in favor of)をした。原告が前記契約条項に基づいて被告に対して当該ツールにより実現されたアイディアを実施(practice) する権利を許諾したと解釈したのである。そして当該権利が行使されたと解釈された。

このことを基礎として、前述の爾後取得特許に関しても、その特別の権利(原告が契約上許諾した権利)を保護するために、当該ツールを被告が購入した行為は、黙示的に許諾されたものと解釈された。


(c)判決の結果は次の通りです。

 裁判所は、原告による侵害の申立を退けた。その理由は、被告である政府との間に交わした契約が、爾後取得特許(after-acquired patent)を実施することに関して暗黙のライセンスを含んでいたというのである。被告が当該ツールを購入する行為は、被告に許諾された特別の権利の範囲内である。


[事件の経緯]

 裁判に至るまでの経緯は次の通りです。

@この特許訴訟は、スリーブ圧縮ツールと称する発明に対する米国特許第2612932号(以下Vinson特許と称する)のクレーム4、5、7、及び10に関して、米国合衆国法典28編(司法手続)1428に基づいて、米国政府が権限なき使用をしたとして提起されたものである。米国政府は、その答弁書(reply)において、黙示のライセンスに基づく積極的抗弁(affirmative defense)を行った。
積極的抗弁(affirmative defense)とは

 この黙示のライセンスは、当事者間の先の合意に基づき法の運用(by operation of law)により発生するものである。
Implied license(黙示のライセンス)とは


A裁判所が解決するべき唯一の論点は、訴訟の対象となった特許に関して、前記黙示のライセンスが存在するか否かである。

 我々は、本件の状況において黙示のライセンスが存在したと決定する。


B1950年5月27日、原告であるAMPは及び被告は、研究開発契約を締結した。この契約は、電気ワイヤーをスライスするクリッピング・ツールを開発して軍に提供する義務を負う。

 なお、AMPはAircraft-Marine Products, Inc.の承継人(successor-in-interest)である。


C原告は、契約の要請に従って、ワイヤー・スライス・ツールの60個の試作モデルを、陸軍通信隊(Army Signal Corps)に対して提供した。軍に対して提供されたクリッピング装置は、G. H. Byremによって発明されかつ開発された。このツールに関する特許出願が1952年8月25日に行われた。1953年6月5日に、原告は、前記契約によって要求されたツールの最後の発送を前記陸軍通信隊に対して行った。そしてこれらのツールの受領により契約は完結した。

※前記特許出願に対して後日米国特許第2,722,146号が付与されている。以下、この特許をByrem特許という。


Dワイヤー・スライス・ツールの開発及び提供に関する前記契約は、特許権に関連する様々な条項を含む。その関連部分を次に引用する。

zu

第38条 特許権

(a)この条項において、下記の用語は以下の意味を有する。

(i) “本発明”という用語は、 次の事柄との関係で想定され或いは実際に実施された発明・改良・発見(特許になったか否かを問わない)を意味する。

(A)この契約により要求される試験的・開発的・研究的な業務

(B)この契約の主題に関連して行われる試験的・開発的・研究的な業務であって、それに関して当該契約が締結(award)された理解されるもの。

(b)契約者は、政府に対して、改変できない(irrevocable)、非排他的で移転できないロイヤリティ・フリーのライセンスであって全世界に亘って政府が製品や素材の製造・使用・法律に従った処分を行い或いは方法を使用するという形で本発明の実行することを合意し、かつ許可する。

 このパラグラフに記載された事柄は、本件発明以外の発明についてライセンスを与えたものと判断されてはならない。

(i)この条項の先行するパラグラフで政府に許可される権利に加えて、契約者は、政府に対して、この契約の完了又は最終的な決着に先立って契約者が現時点で所有し或いは今後発生するいかなる特許についても、補償その他の支払いをすることなく、ライセンスを許諾する。


Eこの契約の条項第38条(b)に従って、政府は、Byrem特許の主題である発明を実施するロイヤリティフリーのライセンスを許諾され、そして当該発明を実施した。

 この契約に依拠して、政府は、引き続いて、原告によって開発されたワイヤー・スライス・ツールの製造を求める入札(Bid)の案内を行った。この入札案内に応じて、一つの入札が受け入れられ、政府との間に契約が締結された。

 その結果として、Byrem特許の開示物と構造的に同一である、約26,000個のワイヤー・スライス・ツールが、原告以外の製造元から政府へ提供された。


F ほぼ同時期に原告と被告との契約は終了した。そして原告は、1946年に特許出願され、そして1952年に特許された 特許(Vinson特許)が、自身のByrem特許の基本となっている(dominate)ことに気づいた。すなわち、Byrem特許の開示により製造されたワイヤー・スライス装置は、先行のVinson特許を侵害するのである。原告は、Vinson特許の権利者と交渉して、1953年11月4日に当該特許を取得した。この取得日は、被告との契約の完了の後であった。
→基本特許(dominant patent)とは


[当事者の主張]

@原告は、政府によるツールの購入は原告との契約に基づくものとはいえ、原告が後日取得したVinson特許を侵害していると主張しました。


A政府は、当該Vinson特許が第三者の所有するものであれば侵害が成立するということを認めた上で、当該特許を取得しているのは原告であるから、オリジナルのライセンス合意に基づいて、黙示のライセンスが発生すると主張しました。


 [裁判所の判断]

(I)黙示ライセンスの有無に関して

@ 前述の背景から、論点は、単純に、利用特許(dominated patent)であるByrem特許に対する明示のライセンス(express license)を許諾された被告が、基本特許であるByrem特許について黙示的にライセンスされたことになるかどうかということになる。
→明示のライセンス(express license)とは
→利用特許(dominated patent)とは

 この論点を解決するためには、黙示のライセンスの原則に関する判例(case law)と、当事者の契約の特別の条項とを分析する必要がある。


A政府は、ワイヤー・スライス装置に関する本件特許に対する明示のライセンス自体が基本特許であるVinson特許の使用をオーソライズするものでないことを認めた。

 しかしながら、政府は、法律が本件を含む特別のケースにおいてライセンスを黙示する(imply)ことを指摘している。この指摘は正しい。

 この法律の原則は、次のように言われている。

 ある人物が彼の特許を他人に売り渡した場合であって、当該特許の発明が先行特許を侵害するものであるときに、たとえ当該特許を譲った後に先行特許を取得しても、当該特許を譲られた者(grantee)に対して先行特許の侵害であるとして訴訟を提起することを禁止(estopped from)されるというものである。

 United Printing Machinery Co. v. Cross Paper Feeder Co., 220 Fed. 322 (D. Mass. 1915)

 同じ原則が特許権の相続だけではなく、ライセンスによる特許権の付与についても認められる。

Steam Stone Cutter Co. v. Shortsleeves, 22 Fed. Cases, 1168 (D. Vt. 1879).

zu

B原告による議論は、その解釈は、黙示のライセンスの理論に歪みを生ずること、及び、係争中の事件(case at bar)に不必要な複雑さをもたらすということである。

 原告は、被告によって引用された事例は、エストッペルの認定に依拠している点で本件と異なっていると論じた。先例での裁判所は、黙示のライセンスが存在すると結論するプロセスにおいてエストッペル(禁反言)を生ずる事実に着眼している。原告がこの点を主張したことは正しい。しかしながら、原告は、それらの判例及びtext-writersが、法廷外の行為による禁反言(不実表示による禁反言)を記述しているという誤った推定をしている。そして原告は、本件にはそうしたエストッペルは存在しないとしている。何故なら、原告は、偽りの表示を何もしていないからである。このことは、前述のエストッペルの形態(form)の基本的な要素である。
→法廷外の行為による禁反言(estoppel in pais
→不実表示による禁反言(estoppel by misrepresentation


Cしかしながら、これらの事例の分析によれば、その事例における暗黙のライセンスを裏付けるエスペットルの態様は、“estoppel in pais”(法廷外の行為による禁反言)ではない。


D本件でのエストッペルは、実際には、法的エストッペルの性質を帯びる(in the nature of)ものである。法的エストッペルのエッセンスは、黙示のライセンスの原則に見出すことができる。それは、次の事実を含むものである。すなわち、ライセンサー(又は譲渡人)は、限定的な(definable)財産に関して、有価約因 (valuable consideration)が存することを前提として、許諾(或いは譲渡)を行い、しかる後に当該権利を過少評価し (derogate)或いは価値を損なう (detract from)ことを試みた。
有価約因(valuable consideration)とは

 許諾者(grantor)は、既に彼が約因 (consideration) を受け取った事柄から如何なる程度(in any extent)にせよ取り戻そうとする(taking back)ことを禁じられる。


E United Printing Machinery Co.,のケースでは、原告は、先の譲渡に関する部外者(stranger to)から第2の特許を購入して、この爾後取得特許が、先の譲渡に基づいて被告が使用している装置により侵害されたとして、被告を訴えた。譲渡の際に、原告が先行の特許を知っていたことを示す資料は存在しない。その結果、原告による不実の表示(misrepresentation)を生じていない。

 しかしながら、裁判所は、これらの事実からエストッペルが生ずると決定する。

 このエストッペルを定義するために、次の文章を引用する。


Fこの衡平の原則は、オーソリティにより裏付けられている。特許権者は、彼の権利を第三者へ譲渡しながら、より古い特許を購入し、取得した古い特許のコントロールを行使して、第三者が購入した筈の利益を奪い取る(dispossess)ことをしてはならない。

Faulks v. Kamp (C.C.) 3 Fed. 898; Curran v. Burdsall, (D.C.) 20 Fed. 835.


Gこの事例に対して裁判所が適用したエストッペルは、法廷外の行為による禁反言ではなく、むしろ法的禁反言の性質を有する。裁判所は、原告が承諾に引き続いて取った行為により、原告自身の承諾の価値を過少評価することを禁止する。が低いものであると主張する。

 この事例と本件では、どちらも不実表示(misrepresentation)が行われていない。故に前者を後者と区別することができない。

 どちらのケースも、当事者同士の合意の明らかな意図(manifest intention)に着眼している。


Hこの事例に対して裁判所が適用したエストッペルは、法廷外の行為による禁反言ではなく、むしろ法的禁反言の性質を有する。裁判所は、原告が承諾に引き続いて取った行為により、原告自身の承諾の価値を過少評価することを禁止する。が低いものであると主張する。

 この事例と本件では、どちらも不実表示(misrepresentation)が行われていない。故に前者を後者と区別することができない。

 どちらのケースも、当事者同士の合意の明らかな意図(manifest intention)に着眼している。


ICurran v. Burdsall, 20 Fed. 835 (N.D. Ill. 1883)においても、基本的に同じ事実が存在した。原告は、彼の特許に関する全ての権利・名義・利益を被告に対して譲渡するとともに、被告が譲渡された特許の主題(木材乾燥機)を使用することを、先行する特許の侵害であるとして規制しようとした。

 前記先行特許を原告が取得したのは、当該譲渡の後のことであった。


J裁判所は、原告の主張を退けるとともに、次のように述べた。

 申立人であるCurranは、彼の米国特許第189,432号(Curran特許)の明細書において、{木材乾燥機の}“天井から垂れ下がるカーテン”に言及(set forth)している。従って、彼が、より古い特許であるJohnson & Sumner特許を買い取ることによって、被告がCurran特許の用語の範囲で木材乾燥機を製造することを邪魔する(defeat)ことは禁じられる。

 Curranは、自らがまるでこのカーテン装置の発明者であるかのように振る舞った(held himself out as)のである。従って、彼がより古い特許の権利を取得することにより、彼自身の特許の譲受人に対して彼の特許を完全に享受すること(to the full enjoyment of)ことを邪魔することは、非常に不当(grossly unjust)でありかつ衡平を欠く(inequitable)ことである。

 たとえ古い特許からCurranの装置が明確に予期可能であったとしてもである。

 黙示ライセンスの原則は、爾後取得特許の状況と類似する事実関係(fact situation)に適用される。

zu


KScovill Mfg. Co. v. Radio Corp. of America, 9 F. Supp. 239 (1935年)事件においては、コンビネーション特許のオーナーが、当該コンビネーションの構成に使用されるサブコンビネーションをカバーする特許のオーナーによって訴えられた。
→サブコンビネーション特許とは

 それらコンビネーション及びサブコンビネーションをカバーする各特許は、もともと同一人物に対して付与された。そして、この人物は、コンビネーション特許を、ある当事者(被告側の先の権利者)に、サブコンビネーションを別の当事者(原告側の先の権利者)にそれぞれ譲渡したのである。

 地方裁判所は、コンビネーション特許のオーナーが、特許されたサブコンビネーションの部分を当該コンビネーションの要素として使用するための黙示ライセンスを有する旨を決定した。その決定をする際に、地方裁判所は、仮に黙示ライセンスを認めなければ、折角許可された限定可能な財産権が、その権利者にとって無意味なものになってしまう、と指摘した。


LFrederick B. Stevens, Inc. v. Steel & Tubes, Inc., 114 F. 2d 815 (1940年)事件において、裁判所は、次の状況で黙示ライセンスを認めた。

・ライセンサーである原告はペイントスプレー装置に関して第1特許を許可されている。

・前記原告は、当該ペイントスプレー装置の一部に関して特許出願して、当該出願に対して第2特許を受けた。

・原告は、前記第2特許に関して被告に対して明示のライセンスを許諾した。

 原告は、被告がライセンスを受けていない第2特許を侵害しているとして、被告を訴えた。

 裁判所は、被告が第2特許に関して黙示ライセンスを有する旨を決定した。その理由として、裁判所は、原告は被告が購入し、そのための支払いをした装置の使用を妨げることができない旨を述べた。

 この事例において、裁判所は、判決理由としてエストッペル(禁反言)という用語を用いずに単に黙示ライセンスを求めている。しかしながら、我々が前述したのと同じ論拠(rationale)を用いていることは明らかである。


M特許装置を使用するための権利を特許のオーナーが許諾した場合に、ライセンサーの許諾の下での実施を侵害とするような他の特許に関して、ライセンサーは黙示によるライセンスを付与したと考える十分なオーソリティがある。


Nこれらのケースは、黙示のライセンスの原則が、法廷外の行為による禁反言ではなく、むしろ法的禁反言を論拠としていることを示している。後者は、要するに、財産権や利益を譲与した者(grantor)自身の後の行為により、それら財産権や利益の価値が減殺されてはならないと言っているのである。これらのケースは本件とは異なるという原告の主張は正しくない。

 これらのケースで確立された原則はまさしく本件に当てはまる。


Oしかしながら、法律上において黙示のライセンスを成り立たせるための前提条件(prerequisite)が法廷外の禁反言ではないことを示すだけでは十分ではない。

 すなわち、原告から被告へ許可された財産権を定義するとともに、原告が当該財産権を過少評価し或いはその価値を損なうことを試みたことを示す必要がある。


Pこのケースでは、原告は、政府に対して、“改変できない、非排他的で移転できないロイヤリティ・フリーのライセンスであって全世界に亘って政府が製品や素材の製造・使用・法律に従った処分を行い或いは方法を使用する”ものを許諾した。また契約書の第38条(a)(i)によれば、“本発明”という用語は、発明・改良・発見(特許になったか否かを問わない)を意味する。


Qこのライセンス合意の重要な一面(facet)であって原告が無視している事柄は、Byrem特許自体ではなく、そのアイディアを使用することを政府に許可したということである。本発明(Subject Invention)は、“それが特許可能であるか否かを問わずに”全世界に亘って政府により或いは政府のために使用することができる。

 従ってこのライセンスは、特許性の有無に関わらずアイディアを実施し或いは実施させるものである。

 それは、Byremのツールにおいて具現化されたアイディアであり、たまたま特許され、そして政府に対してライセンスされた。

 政府は、このライセンスを根拠として、原告の従業員であるG. H. Byremが構想した発明を、実施させた。特許権の侵害品として申し立てられたツールは、Byremのツールと構造的に同一である。

 政府は、ライセンスされたことを行ったに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。

 その結果、原告は、政府がこのツールを使用することを否定されることを禁止される。

原告は、自らが許可したライセンスを否定(negate)することができない。原告はそのライセンスから有価約因を受け取っているからである。

 第三者が政府に対してどのような権利を有しているかは、原告のケースとは無関係である。なぜなら、第三者が被告にライセンスしていなくても、原告は被告にライセンスしているからである。


R原告は、その約因はByremのツールを研究開発することにのみ支払われたと主張している。この主張は誤りである。この議論は、事実上、我々に対して前記契約の一部を見過ごす(overlook)ことを要求するに等しい。

 契約に基づいて一方の当事者に支払われた金銭は、当該契約の全ての条項を実行するためのものであり、一部の条項を実行するためのものではない。これは、契約の基本的な考え方である。

 政府は、契約に含まれる全ての権利及び特権に対して約因を支払っている。被告は、前記契約の一方の当事者として、政府が行おうとする権利を過少評価することができない。

 先に引用したオーソリティに基づき、我々は、Vinson特許について、黙示のライセンスが法律の効果として発生したと決定する。このライセンスは、契約により政府に許諾された特別の権利を保護するために、政府にとって有利に働く。

zu


(II)原告の主張の当否に関して

@次に我々は、原告により強く主張された議論を検討する。この議論は、契約の条項自体により、黙示のライセンスを排除されているというものである。

 原告は、特に第38条(b)の言い回しを指摘する。すなわち、

 “このパラグラフに記載された事柄は、本件発明以外の発明についてライセンスを与えたものと判断されてはならない。”

 原告は、前述の爾後取得特許(すなわち、契約の終了後に取得された特許)は、この条項の範囲に属すると主張する。この条項がこのように解釈される以上、それ以上の意味は持ち得ない。


A我々は、契約書の解釈において、文章となった全ての部分、そこに含まれるそれぞれの言葉が有効であることが基本的な(cardinal)ルールであるという点において、原告に同意する。

 Henry J. Kaiser Co. et al. v. McLouth Steel Corp., 175 F. Supp. 743 (E.D. Mich. S.D. 1959), aff'd, 277 F. 2d 458 (6th Cir. 1960)

 しかしながら、当事者の意図が書面全体から読み取られなければならないということも、基本的なルールである。

 International Arms & Fuze Co. v. United States, 73 Ct. Cl. 231 (1931)

 従って、前記引用箇所の言い回しを理解するために、第38条の要旨(thrust)及び目的を検討しなければならない。

 主に強調された第38条の目的は、パラグラフ(b)の冒頭の部分に見出される。ここでは、次のことが記載されている。

 “契約者は、政府に対して、改変できない(irrevocable)、非排他的で移転できないロイヤリティ・フリーのライセンスであって全世界に亘って政府が製品や素材の製造・使用・法律に従った処分を行い或いは方法を使用するという形で本発明の実行することを合意し、かつ許可する。”

 我々が既に指摘した通り、ロイヤリティフリーのライセンスは、特定のパテントを実施するものではなく、あるアイディアを実施するためのものである。

 前記(b)の後半部分は、こうした当事者の意思と調和している。何故なら、そこには、“本件発明”以外の発明についてライセンスを与えたものと判断されてはならない、と記載されているからである。


B原告は、また前記第38条(i)の言い回しが下記の解釈の証拠(credence)となると主張する。

 “契約者は、彼が現在有している特許、並びに、契約者が現在又は契約の完了若しくは最終的決着の前に入手しているものに対して将来付与される特許権に関して、政府にライセンスを許諾する。”


C原告は、この条項は、被告の権利を、原告が契約期間(contract period)中に入手した発明に対する特許権に関する権利に限定しており、そしてVinson特許は、前記契約の終了後に入手されたから、Vinson特許に対してライセンスは許諾されていないと主張する。

 この主張は、2つの理由により受け入れることができない。

 第1に、前記条項は、実際には、爾後取得特許の下でのライセンスを禁止していない。

 この点に関して、条項は何も規定していない。

 第2に、前記条項は、「この条項の先行するパラグラフで政府に許可される権利に加えて」、被告に許諾される権利について取り扱っている。

 これらの文言から、このパラグラフは、契約の第38条(b)により許諾された本件発明を実施する権利を過小評価するものではないと解釈される。


D原告が依拠する第38条の2つのパラグラフは、本件発明について法律の作用により黙示のライセンスを生じさせることを禁ずる意図を有していない。

 Eastern Rotorcraft Corp. v. United States (299, 384 F. 2d 429 1967年)の先例は、本案の原告の立場に対して何の助けにもならない。

 何故ならば、このケースでは、契約書には、政府は、契約の枠外で“明示的にも黙示的にも”ライセンスを有しない旨を明確に述べているからである。しかもこの先例では、政府は、契約に入る時に基本特許の存在に気づいていた。

 他方、本件では、黙示のライセンスは明確に排除されていないし、基本特許の存在は契約の当事者のどちらにも知られていなかった。

 ライセンスの許諾は一般に交渉の問題であるけれども、前述のEastern Rotorcraft Corp.事件の時点において、交渉が明示的にしていない事柄を法律がしたという事例は殆どなかった。

 こうした理由から、既述のthe United Printing Machinery Co.事件では、次のように簡潔に述べている。

 “私は、異議申立人が実質的に売り渡した物を手元に残すこと、及び被告が購入した物の所有を妨げようとすることを求める訴状において、衡平の観念を見出すことができない。”


E故に、我々は、原告が契約書の第38条の下で問題となっているワイヤースライス装置に具現化されたアイディアを実施し或いは実施させる権利を政府に対して許諾したものと認定する。

 以上の理由により、そして前述のオーソリティを基礎として、我々は、基本特許であるVinson特許について被告が黙示のライセンスを許諾されたものと決定する。

 従って、原告の申立は退けられる。



 [コメント]
@本件では、黙示ライセンスの有無が問題となっています。黙示のライセンスは、それを付与しない場合にライセンシーに対して著しく不公平となる場合に認められます。

 今回では、黙示ライセンスを与えるかどうかの決め手として、ライセンサー側にエストッペル(禁反言)に該当されるかどうかが問題となりました。

 エストッペル(禁反言)とは、広く禁止することを意味する“estop”からきており、様々な様々があります。

 例えば

・捺印証書による禁反言(自分が証書に記載した事柄と矛盾した主張を禁ずる)

・記録による禁反言(裁判記録中の自らの陳述などと矛盾した主張を禁ずる)

・法廷外の行為による禁反言

 法廷外の禁反言は、先の2つのタイプ以外の事柄を対象とし、前述の不実表示はここに該当します。


Aそして、不実表示の事実が存在しないから、禁反言の原則は適用するべきでないという当事者の主張は間違っている、と裁判所は説諭しています。

 本件の契約は、新しい技術の開発及び提供を目的とする契約であり、開発された装置によって具現化されたアイディアを提供するものであると裁判所は解釈しました。として特許権者が契約終了後に第三者から譲渡された別の特許権を利用して、そのアイディアを実施できないようにすることは禁止されるべきであると、裁判所は判断しました。


 [特記事項]
 
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