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 パテントに関する専門用語
  

 No:  1169   

 

 
体系 民法
用語

非侵害保証条項のケーススタディ2

意味  非侵害保証条項とは、契約の対象を実施することが第三者の知的財産権を侵害しないことを定めた条項を言います。
非侵害保証条項とは


内容 @非侵害保証条項の意義

(a)特許法は、特許出願に係る発明を社会に開示して技術の進歩に役立てる反面で発明の開示として特許出願人に対して特許権を付与します。特許権者は自ら特許発明を実施して、発明の開発や特許出願などに要した費用を回収することもできますし、他人に対して特許ライセンスを設定して、ロイヤリティを得ることもできます。

(b)もっとも特許権者・ライセンシーのいずれが実施する場合でも無制限に実施する権利が保証されている訳ではなく、前述の特許出願の日前に出願された他人の特許発明を利用しているものである場合、或いは当該特許出願前に出願された他人の意匠権等を侵害する場合には、業としてその特許発明を実施することができないことになっています(特許法第72条)。ライセンシーとしては、特許発明の実施ができなければ契約を締結する意味がないですから、前述の非侵害保証条項を締結する場合があります。

(c)もちろんこうした条項は、特許ライセンス契約を前提としない物品の売買契約においても成り立ちます。

(d)しかしながら、この条項を締結する場合にもいろいろ注意するべき点があります。そうしたことを、事例を通じてご紹介します。

A非侵害保証条項の事例の内容

[事件の表示]平成27年(ネ)第10069号

[事件の種類]売買代金請求控訴事件

[判決の言い渡し日]平成27年12月24日

[発明の名称]ディジタル加入者線伝送方法及びxDSL装置

zu

[事件の経緯]

(a)訴外Xは、平成10年5月〜平成14年9月頃に亘り、「ディジタル加入者線伝送方法及びxDSL装置」と称する発明(他8件)の特許出願をすることにより、
平成15年10月〜平成17年6月頃、特許権(第3480313号等)を取得した。

(b)被告Bは、平成17年12月頃、原告Aとの間で、Aを売主とし且つBを買主とする売買契約を基本契約として締結した。その契約には、次の条項が含まれていた。

・Aは、Bに納入する物品並びにその製造方法及び使用方法が、第三者の工業所有権、著作権、その他の権利を侵害しないことを保証する。〔18条1項〕

・Aは、物品に関し、第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合、自己の費用と責任でこれを解決し、又はBに協力し、Bに一切の迷惑をかけないものとする。Bに損害が生じた場合には、AはBに対し、その損害を賠償する。〔18条2項〕

(c)被告Bは、平成23年5月頃、原告Aに対してチップセットを注文し、個別契約を締結した。

 なお、このチップセットの製造元は訴外C社(後にI社)である。

(d)被告Bは、平成22年12月頃、訴外Xから、前述の個別契約に係るチップセットに関してライセンスの申し出があったと主張して、原告Aに対して特許調査を依頼した。

・原告は、被告に対し、原告における進捗状況として、C社とI社に対し正式な対応依頼を申し入れたこと、I社が訴外Xへの対応当事者になる可能性があることを説明した。

・被告は、原告に対し、本件各特許の技術の使用の有無につき、原告の回答期限が平成23年2月4日であることを前提に、C社及びI社に対して同事項の回答期限を明確にすること、C社に対し、本件各特許につき既にライセンス契約が締結されているのかを再度確認し、締結されている場合は、正式な回答書面とそのことを確認できる資料を提出するよう要求することを依頼した。

・原告は、平成23年2月10日、被告に対し、書面にて、

(ア)C社は、平成21年12月22日に、訴外Xとの間でライセンス契約を締結しており、本件各特許が含まれている。

(イ)上記ライセンス契約における特許の許諾範囲には、C社が過去に販売した全ての製品が含まれるが、I社が販売した製品は含まれない。

 ことを報告した。

・原告は、平成23年2月22日、被告に対し、I社からの要請に基づき、被告のモデムに関する、部品表、回路図、モデム仕様書(被告のArgon550を使用したモデムの仕様書)の提供を求めた。

・被告は、平成23年2月25日、原告に対し、I社製チップ及びOS部分の仕様に基づき、技術的検討が可能であると考えること、及び提供を希望する詳細設計書は、被告において準備が不可能であり、モデムベンダーと交渉をしているが、提出する旨の同意は得られていないことを報告するとともに、モデムの技術資料を要請する意図をI社に確認すること、及び同資料の提出の遅延が、I社における対応の遅れの理由とされるのを回避することを要請した。

・I社は、平成23年3月22日被告に対し、

(ア)訴外N及びMが詳細な技術分析の結果として、訴外Xとライセンス契約を締結していることから、訴外Xの主張が妥当なものである可能性が高いこと、

(イ)I社において、多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行うことは望んでいないこと、

(ウ)C社製のチップセットについては既にライセンス契約が締結されており、同チップセットに比べるとI社製のチップセットの供給量は少なく、また、日本の特許権が対象となっていることから、

被告と訴外Xとのライセンス契約が最良の解決であると考えていることを伝えた。

(e)被告Bは、平成24年2月頃、訴外Xとの間でライセンス契約を締結し、ライセンス料を支払った。

 ライセンス契約の段階で、被告は、訴外Xから次の三つの選択肢を提案されていた。

・Early Licence(特許の抵触の有無を協議せずに低額のライセンス料で締結する)

・Negociated or Delayed Licence(抵触の有無を被告Bととの間で協議するがライセンス料は高額となる)

・裁判で抵触の有無を争う。

(f)被告Bは、平成24年6月頃、原告に対し、原告の本件基本契約18条違反により、被告には、被告が訴外Xに支払ったライセンス料相当額である損害が発生したとして、同契約24条に基づく損害賠償債権を自働債権とし、これと原告の被告に対する本件各物品の売買代金債権とを対当額で相殺するとの意思表示をした。
自働債権とは

(g)原告は、被告が前記チップセットの売買代金の一部を支払わないと主張して、同契約に基づき、残代金の支払いを求めて提訴した。

 原審では、本件基本契約の18条1項違反及び第2項違反が争点となり、1項違反は侵害の立証がないため、2項違反に関しては損害額との因果関係に欠くために、被告の主張は採用されず、結果として原告の主張の全部が認められた。

 被告は、原判決に対して控訴を行った。第二審は後訴の一部(2項違反に係る部分)を認容し、被告が主張する損害賠償債権2億円のうち、6000万円の限度で相殺の意思表示の効力を認めた。

zu

[裁判所の判断]

@基本契約18条1項違反に関して

{第1審}

・被告は、裁判所の釈明に対し、本件チップセットが本件各特許に係る発明の技術的範囲に属することにつき、本件チップセット自体を解析した上での立証を行うつもりがないことを明らかにしているから、チップセットの使用が本件各特許権の侵害行為となるという被告の主張はその前提を欠いて採用することができず、被告による本件基本契約18条1項違反の主張は、理由がない。

{第2審} 第一審の判断を支持した。

A基本契約18条2項違反に関して

{第1審}

 原告は、被告において訴外Xとライセンス契約を締結する場合に備えて、合理的なライセンス料を算定するための資料の提供を怠ったものといえるから、原告には本件基本契約18条2項の違反がある。しかしながら、

・訴外Xが被告にライセンスの申出をしてから、本件ライセンス契約までの約1年3か月の間、訴外Xが被告に対して具体的に何らかの法的手続をとる態度を示した事実も認めることはできないし、

・また、訴外Xは、被告に対し、一貫して提示するライセンス料の具体的根拠を示していない(しかも最優的に当初の提示額よりも大幅にライセンス料を減額している)から、

 被告は、法的根拠が明らかとは言い難い訴外Xの要求に対して、原告の同意のないまま、同要求に任意に従ったにすぎず、法的に見て、ライセンス料2億円の支払を余儀なくされたと評価することは、困難であり、
原告による本件基本契約18条2項違反と、被告の主張に係るライセンス料2億円相当額の損害の全部又は一部との間に相当因果関係を認めることはできないから、被告がした相殺の意思表示に係る自働債権は、その存在の証明がなく、同意思表示は、効力を有しないものというほかはない。

{第2審}

(a)技術分析の結果を提供すべき義務について

「訴外Iは、被告に対し、技術分析の結果を報告している。しかし…およそ本件各特許の有効性や充足性を判断できる程度の内容とはいえないものであった。そして、原告自らは、詳細な技術分析を行ったものとはいえない。.…原告は これを提供する義務を怠ったものというべきである。」

(b)ライセンス料相当額との因果関係について

「訴外Xからは、早期ライセンスのオファーが終了すれば、次のステージに移行する可能性を継続して告げられるなどして、差止請求訴訟を提起されるリスクを負っており、侵害が認定された場合に被る損害は2億円をはるかに超えることが予想されたことを総合的に鑑みれば、平成24年2月23日の時点において、控訴人が、本件ライセンス契約を締結し、ライセンス料2億円を支払うことも、社会通念上やむを得ないところであり、不相当な行為ということはできないのであって、被控訴人による本件基本契約18条2項違反と、控訴人のライセンス料2億円相当額の損害との間には、相当因果関係を認めることができる。」

[コメント]

(a)本件の条項がそうであるように、一般的な非侵害保証条項は、“第三者の工業所有権を侵害しないことを保証する。”となっておりますが、第三者の権利の侵害の損害の立証がライセンサーとライセンシーとの間で問題になる可能性があります。ライセンサーの側からすると、“本当は侵害でなかったのにライセンシーが先走って和解金を支払ったのではないか。”と言えるからです。

(b)そして発明品が一般的な機械類であればともかく、マイクロコンピューターなどであれば、侵害の成否の解析そのものが当事者にとって重い負担となります。

(c)ライセンシーの側からすると、“第三者の側から侵害の警告があったときにはその紛争解決の一切をライセンシーが負担する。”というような契約内容となっていることが望ましいといえます。

(d)本件の場合には、“…第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合、ライセンサーの費用と責任でこれを解決し、又はライセンシーに協力し、ライセンシーに一切の迷惑をかけない…”という内容でした。

 “又は”以降の文言を含んでおり、紛争解決の主体に関して含みを持たせた規定振りであったため、結局はライセンシーが自ら対処することになりました。

(e)ライセンシー自ら対処をすると、後日、ライセンサーの責任を追及する際にも、

・そもそもライセンス料を支払う必要がなかったのではないか

・ライセンス料をもっと減額させることができたのではないか

 と反論される可能性があることを予想しておかなければなりません。

(f)契約書には「ライセンシーに一切の迷惑をかけない」旨の文言がありますが、ライセンシーとしては、この文言を契約書に盛り込むことで安心してはいけないのであって、実際に迷惑がかかったときのライセンサーの義務を契約書に明記しておくことが重要であると考えられます。


留意点

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