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①事業の準備の意義
(a)先使用権は、特許権に対する抗弁権の一種であり、他人の特許出願前に当該出願の内容を知らないで自分の発明をした者又はその者から発明を知得した者が当該特許出願前から発明の実施である事業又はその準備をしていた場合には、その実施をしている発明及び事業の目的の範囲内で、当該他人の特許権に対して認められる法定通常実施権です(特許法第79条)。
(b)こうした権利を認める理由の一つは、他人の特許出願とは異なる知得ルートで知得した発明を実施する事業の設備(工場)が荒廃したり、その事業の準備が無に帰するのは産業政策的に得策ではないからです。
(c)従って“事業の準備”とは、経済的に保護に価するものでなくてはなりません。
ただ単に頭の中で発明品の構想を練ったというごときでは事業の準備に該当しません。ここでは他人の特許出願前に設計図面を作成したことが事業の設備に当たるかどうかが争われた事例を紹介します。
②事業の準備の事例の内容
[事件の表示] 昭和36年(ワ)第6805号
[事件の種類]特許実施権存在確認請求事件
[発明の名称]電動機駆動型撮影機
[事件の経緯]
被告は、昭和三十三年二月三日に、電動機駆動型八ミリ撮影機の発明について特許出願を
行い、特許権を取得した(第二六六、七〇六号)。
原告は、カメラ、フイルムその他の光学機器及びその附属品の製造、販売を目的とする株式会社であり、さきに電動機駆動型八ミリ撮影機の製作を計画しており、
昭和三十二年十二月五日、原告会社の第三十一回研究会議において、フイルムの駆動源である電池の消耗度に関する表示方式の必要なことが示唆され、その担当者である第三設計課長に対し、右表示方式の具体策の提出が要望されたこと
第三設計課においては、協議検討の結果、具体的設計作業を開始するとともに、本件特許出願当時において、電動機駆動型八ミリ撮影機の設計図を作成していた。
原告の主張によれば、前記設計図の構想(撮影機に用いられる電機露出計の指示器を適当な電気抵抗の介在組み合わせのもとに、フイルムの駆動用電池に接続し、もつて、右露出計の指示計器により、電池の電圧又は電流の測定を行ないうるようにする)は本件特許発明と同じものである。
[裁判所の判断]
本件特許出願当時において、原告主張の…構想のもとに、電動機駆動型八ミリ撮影機の設計図を作成していたことを認めることができるが、この程度の作業の段階にあつただけでは、いまだもつて、該撮影機の生産その他の事業の準備をしていたものとはいいがたく、また、この事業を実施するに足る設備を有していたものとも認めることはできない。
なお、前掲各証拠によれば、当時、右構想を撮影機に取り入れた場合の具体的配線図等は、まだ完成しておらず、また、原告の主張するところによれば、この撮影機の製造準備命令が発せられた昭和三十三年三月十二日当時、試作の結果すら判明していなかつたもののようである。
しかも、他に、本件特許出願当時、原告において、前認定の程度の作業以上に前記撮影機の生産等の準備をしていた事実又はその事業の設備を有していた事実を認めるに足る明確な証拠はないから、原告の前示主張は採用しうべくもない。
[コメント]
設計図面を作成していたと言っても、研究会議で提示された技術的課題を解決するために設計課で対応していたという段階であり、研究開発の段階を超えて、事業の準備に着手したいたとまでは言えないと考えます。
作成された設計図面が最終図面であれば、即時実施の意図が認められる可能性が高くなります。最終図面が作成されていなくても、他人の特許出願前に注文主との間で細かい打ち合わせを行って最終図面を作成可能な段階に至っていれば、「事業の実施」に該当すると判断された事例があります。
→実施の準備のケーススタディ1(先使用権に関して)
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