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①Teva判決の意義
(a)従来、米国の特許制度において、1996年のMarkman判決以来、クレームの解釈は法律問題であると、理解されていました。
→Markman判決とは
(b)ここで法律問題とは、事実問題と対する概念であり、次のような区別があります。
・法律問題→裁判の審理のうち法律の適用に関する問題
・事実問題→裁判の審理のうち事実認定に関する問題
(c)一般に、陪審裁判では、陪審が事実関係を認定し、この事実を、予め裁判官が指定した法律に適用して、裁判官が設定した問いに答えるという形で、評決が導き出されるという形をとります。
これは、“法律問題は裁判所の専権に属する。”という考え方に基づきます。
(d)従って、“クレームの解釈は法律問題である。”という言い方は、“クレームの解釈は、裁判所の専権事項である。”ということを意味します。
例えば、クレーム中のある要素に「100〜200の範囲の分子量」という限定要件があり、訴えられた装置(係争物)の対応する要素の分子量が150であるとすれば、その要素に関してクレームの要件を満たしていると判断することは、法律問題であり、裁判官は、これを専権事項として自ら判断することができます。
(e)一般論として、このような判断を裁判所の専権事項とすることには、合理性があります。何故なら、合理的な判断力を備えた裁判官であれば正しく判断できるであろうと考えられるからです。
(f)しかしながら、そうではない場合もあります。例えば特許請求の範囲に記載された“分子量”と、係争物に関する証拠中の“分子量”とに、技術的な意味合いの齟齬があるおそれがある場合です。
請求の範囲に記載された用語は、特許出願人が選択するものであり、曖昧な表現が選択される可能性があるからです。
また特許出願の対象が先駆的な発明であり、専門的な技術用語や表記方法が確立されていないために、特許請求の範囲中の用語に疑義が生ずる場合もあります。
(g)こうした場合には、用語の意義は、専門家証人の意見などを聴取して決定する必要があります。
より詳しく言えば、最終的に用語の意義を決定することは裁判所の専権事項(法律問題)であるとしても、
・その用語を用いて特許出願人が何を表現しようとしたのか、
・いわゆる当業者は、特許出願人が選択した用語の意義を、特許明細書や図面等からどのように理解するのか
は、事実問題であります。
(h)裁判官は、必ずしも事実認定者(trier of
fact)が認定した事実をそのまま受け入れる必要はありませんが(→trier of factとは)、
認定された事実をよく吟味し、
そして法律に定められた一定の基準(現在の連邦規則では“clear
error”standard)により認定事項を取捨選択しなければなりません。 →Clear error reviewとは
こうした問題が取り扱われた事例を紹介します。
②Teva判決の内容
[事件の表示]Teva
Pharmaceuticals USA, Inc. 対 Sandoz, Inc. et al.,
[事件の種類]特許侵害訴訟 (認容→第1審判決取消→第2審判決取消)
[事件の経緯]
(a)原告(Teva)は、動脈硬化治療薬(多発生硬化症治療薬)の特許権を侵害しているとして、被告(Sandoz)を訴えました。
(b)特許クレームでは、当該治療薬の有効成分に関して、「5から9キロダルトンの分子量」を有すると記載されていました。
(c)被告は、“分子量”という用語が明確でないために発明が不明確であることを理由として特許無効を主張しましたが、地方裁判所は、その主張を退け、特許は有効であり、侵害されていると判決しました。
(d)控訴裁判所(CAFC)は、クレームの解釈は法律問題であるという前提に立って、事件を最初から見直し(いわゆる“de novo
standard”)、被告の主張する理由により特許が無効であると判示し、原判決を棄却しました。
(e)原告は、CAFCの判決を不服として、上訴しました。
[当事者の主張]
(a)被告は、“分子量”という用語がピーク平均分子量(Mp)・数平均分子量(Mn)・重量平均分子量(Mw)のいずれにも理解できるから発明は不明確であると主張しました。
ここで、「ピーク平均分子量」とは、クロマトグラムのピークトップ(最も強い強度のピーク)
の溶出時間に対応する分子量を意味します。
また「数平均分子量」とは、モル数による平均分子量です。
さらに「重量平均分子量」とは、重量による平均分子量です。
また被告は、クレーム解釈に関する事柄のうちで「事実問題」と「法的問題」を区別することは困難であり、クレームの解釈は法律問題であるという原則を尊重するべきである旨を主張しました。
(b)原告(Teva)側の専門家は、「明細書の図1のクロマトグラフを参照すると、当業者は、クレームの「分子量」がピーク平均分子量を意味していることが分かる。」と証言しました。
地方裁判所は、この証言を信頼して、「分子量」は、明確であると判断しました。
[最高裁判所の判断]
・地方裁判所の陪審は、専門家の証言を直に聞いているのであるから、書類上で証言に接する控訴裁判所の裁判官が陪審の判断を覆すと、トライアルの意味がなくなってしまう。
これを避けるために、控訴裁判所の裁判官は陪審の判断を尊重するべきである。
・米国連邦民事訴訟規則第52(a)(6)は、「明らかな誤り」が無い限り、上級裁判所は地裁の「事実認定」を「破棄してはならない」と定めており、この事件では、分子量に対する地方裁判所の認定に明らかな誤りは存在しない。
・前述のMarkman判決は、米国連邦民事訴訟規則第52(a)(6)の規定の例外を生ずるものではないと判断した。
・控訴裁判所は、事実問題と法的問題の区別には慣れているから、「事実問題」と「法的問題」を区別することは困難であるという被告の主張は採用しがたい。
[コメント]
(a)この判決に関しては、反対意見が付されています(トーマス判事・アリト判事)。
・クレーム解釈の過程には、事実問題の判断が含まれないため、de
novaスタンダード(下級審の判断を尊重せずに一から判断する基準)を適用するべきである。
・特許は契約よりは法令に類似する文書であり、法令に関する証拠的判断は法的問題であるから、特許クレームの解釈も同様であるべきである。
(b)個人的には、“クレーム解釈には事実問題が含まれない”というのは言い過ぎだと思います。
法令と異なり、前述の通り、クレームに使用される言葉や表現は個人(特許出願人)が恣意的に選択するものであり、技術専門家の証言などを利用して意味を理解することが必要な場面があるからです。
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