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@用途発明における発明の機序の意義
「新たな用途」といっても、例えば従来爆発物の材料として使用されていた物質に新たに医薬としての可能性を見い出したというように用途の違いがはっきりしていればよいのですが、特許出願の発明の用途が従来の用途と比較的接近している場合があります。こうした場合には発明のメカニズム(機序)に着目することが有効です。
A事例1
事件番号:平成18年(行ケ)第10227号 事件の種類:拒絶審決取消事件(審決取消)
事件の争点:用途発明の新規性
〔発明の名称〕シワ形成抑制剤
〔事件の経緯〕
原告は、平成8年3月22日、名称を「シワ形成抑制剤」とする発明について、特許出願をした(特願平8−66079号)が、平成14年11月7日拒絶査定を受けたので、平成14年12月19日付けで不服の審判請求をした。
特許庁は、上記請求を不服2002−24450号事件として審理し、原告は、平成15年1月20日付けで特許請求の範囲を変更する補正をしたが、特許庁は、平成18年3月24日「本件審判の請求は、成り立たない」旨の審決を行い、その謄本は平成18年4月11日原告に送達された。
〔用途発明の内容〕
「アスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤。」
〔審決の理由〕
(イ)本願発明は、本願出願前に頒布された特開平5−345719号公報の請求項1に記載されたアスナロを有効成分とする美白化粧料組成物の発明と同一であるから、特許法29条1項3号により特許を受けることができない、というものである。
(ロ)審決が認定した、本願発明と引用文献に記載された発明(以下「引用発明」という。)との一致点及び相違点は、次のとおりである。
〔一致点〕「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」である点。
〔相違点〕本願発明は当該組成物が「シワ形成抑制剤」であるのに対し、引用発明は「美白化粧料組成物」である点。
〔原告(特許出願人)の主張〕
「シワ」とは、後天的に生じた皮膚のゆがみ、表皮から真皮にかけての皮膚の変形であり、「皮膚の黒化やシミ、ソバカス等の色素異常」は、表皮内における色素(メラニン)の異常増加、沈着によって生じ、その発症には紫外線、女性ホルモン、遺伝的要因などの関与が指摘される。
b.「美白用薬剤」としては、メラノサイト内でのメラニン生成抑制、産生されたメラニンの還元、表皮内メラニンの排泄促進、メラノサイトに対する選択的阻害活性を有するものが用いられている。
〔特許出願時の技術常識〕
(a)シワに関して、「日光変性は、弾力線維染色を施した組織標本で一層明らかに認められることができる。この部位では弾力線維が寸断され、あるいは塊状を呈している。これが、皮膚の張り、弾力性の喪失であり、シワの原因となる。」、
「しわの発生にはさまざまな外的、内的要因が考えられている。日光とくに紫外線の影響はこれまで述べてきたとおりであるが、これ以外にも乾燥、物理的、化学的刺激など環境からの皮膚へのストレスが原因になりうる。」
(b)「美白」
「加齢に伴い皮膚の色素沈着は一般に増加する…。またすでに述べたように皮膚色は明度が低下し、色相は赤から黄の方向に変化する。その結果として概してくすむ方向へと変化する。これは加齢とともにメラニンなどの色素沈着が進み、皮脂の分泌量の低下や角層の肥厚や水分量低下などによる透明感の減少などが関係していると考えられる。」
〔裁判所の判断〕
@以上の事実によると、「シワ」と「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素沈着」では、
(ア)「シワ」が、皮膚の張り、弾力性が喪失して皮膚に線状や襞状の溝が形成される現象であるのに対し、「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素沈着」が、皮膚にメラミン色素が沈着して褐色〜黒色に変化する現象であって、現象として異なること、
(イ) 「シワ」と「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素沈着」は、いずれも紫外線暴露が原因の一つとなって起こるが、その機序は、「シワ」が、正常な弾性繊維とそれによる網状構造が変性し、異常な弾性組織が蓄積することによって起こるのに対し、「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素沈着」は、メラニン色素の沈着によって起こるものであって、機序が異なること、
(ウ)予防・治療法としては、紫外線の皮膚への吸収を防ぐもののように共通しているものがあるが、それ以外に多くの異なる予防・治療法があること、
が認められる。
B「シワ」は、上記(3)ウのとおり、現象もそれが生ずる機序も、「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素沈着」とは異なり、また、美白効果を主に訴求する化粧料、とシワ、タルミなど老化防止を主に訴求する化粧料は、製品としても異なるものと認識されていたところ、引用発明は、上記(2)のとおり、色素細胞を白色化して、紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失させ又は予防する美白化粧料組成物であるから、当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が、本件特許出願当時、引用発明につき、「シワ」についても効果があると認識する余地はなかったものと認められる。
〔コメント〕
本件の場合、「シワ」の形成のメカニズムには解明されていない点が多いといっても、シミなどとの区別ができる程度のことは特許出願の当時の時点で判っていました。従ってシワ形成抑制剤と美白化粧料とが別の用途として区別されました。特許出願時の技術常識としてこうした程度の区別がつかない場合には逆の結論がでる可能性があります。
→用途発明のスタディ5(用途の予測性)
A事例2
事件番号:平成25年(行ケ)第10255号
事件の種類:拒絶審決取消事件(審決取消) 事件の争点:用途発明の新規性
〔発明の名称〕芝草品質の改良方法
〔事件の経緯〕
原告は、米国特許出願に基づく優先権を主張して「芝草品質の改良方法」と称する発明について特許出願(特願2005−20775号)をし、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決がされたため、本件訴訟を提起しました。
〔特許出願の請求の範囲の記載〕
「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法であって、銅フタロシアニンを含有する組成物の有効量を芝草に施用することを含み、ただし、(i)該組成物は、亜リン酸もしくはその塩、または亜リン酸のモノアルキルエステルもしくはその塩の有効量を含まず、(ii)該組成物は、有効量の金属エチレンビスジチオカーバメート接触性殺菌剤を含まない、方法。」
〔事件の要点〕
(a)フタロシアニンは、従来、枯れた芝生を緑色に着色する顔料として使用されてきましたが、特許出願人は、“ある種のフタロシアニンが、芝草の生理学的性質である品質に対する影響を有するという属性を見出し、芝草の密度、均一性及び緑度改良という用途への使用に適することを見出したことに基づく、フタロシアニンの用途発明”として特許出願の手続を行いました。
(b)特許庁は、(i)「有効量を芝草に施用する、フタロシアニンを有効成分とする芝草の緑度(密度、均一性)改良剤」のように用途発明の形式を採っていないから用途発明とは認められない、(ii)「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するため」を効果として評価し、さらにこれら3つの要素を個々に先行技術と比較して、着色料などの引用発明と実質的に同一と判断しました。
(c)裁判所は、(i)のような解釈をしなければならない理由はない、「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するため」は全体として植物の本来の健康な状態を維持する意味と解釈するべきとし、さらに成長促進剤と着色料とは発明の機序が異なるとして審決を覆しました。
→用途発明のケーススタディ4(発明の機序・否定例)
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