トップ

判例紹介
今岡憲特許事務所マーク


●217 F.3d 1365 金型温度制御方法事件(2000.06.30)


進歩性審査基準/特許出願の要件/KSR/後知恵/金型温度制御方法

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯

 Kotzabは、インジェクションモールド(以下「金型」という)の温度制御方法の発明について特許出願し、特許(米国特許第5427720号)を取得しましたが、当該特許に対して第三者から再審査の請求があったので、その制御に使用するセンサを「単一センサ」(single sensor)と限定することを求め、これが拒絶されたために、その決定の取り消しを求めて本訴訟に至りました。裁判所は上記決定を取り消しました。

A本件特許発明の概要

 特許明細書(再特許ではなく、特許出願により開示され、特許された明細書)により開示された発明は次の通りです。

(a)本件特許の発明の目的は、金型の温度を制御する方法において最上のインジェクションの質を保持しつつサイクル時間を最小化するとともにすることである。

(b)この目的を実現するために、冷却用及び加熱用温度媒体の流体制御弁が一つのセンサ(a sensor)により制御され、かつ、各ケースにおいて金型が必要とする冷材の量的な空間分配、並びに冷材及び熱材を金型へ供給するための通路が決定される。

(c)また名目的温度(目標温度)とセンサの測定温度とを各サイクル毎にサイクル期間中の明確な観測点において比較すること、さらに複数の流体制御弁を作動させるトリガー動作が予め貯蔵された通路内の冷材乃至熱材の量的空間分配のプロフィールにより決定される。

(d)従って、本発明においては、金型の幾何学的な面を考慮して温度制御のプロセスを個別化することにより個別に調整され特定の解決が図られる。その調整は、周期的にかつインジェクションプロセスのサイクルにシンクロされて、或いは、それぞれのサイクルの対応点を比較して行われる。

(e)この事柄は、平均化を回避し、セットされた温度からの実際の温度のズレを早い段階で察知し、具体的に修正を行うことを可能とする。

(f)(実施態様の欄において)図1に示すインジェクションモールド(射出成形)装置1は、モーター3・材料供給ホッパー4・スクリューハウジング5・吐出ノズル6を含む押出機2を有する。この吐出ノズルは、当該吐出ノズルと隣り合い、かつタンブラー7で終わる金型8に対して開口している。金型8は、金型凹部9と当該凹部内でプラスチック流動体材料を誘導するインジェクション用溝10とを有する。冷却水等の冷却材用の複数の通路11が金型凹部に設けられている。各通路に対応して、制御装置13により制御される流体制御弁12…12dが設けられている。

(g)インジェクション・モールディング・プロセスのサイクルは、図2に示されている。同図では、時間軸(横軸)に対する金型の壁の温度を示すカーブが示されている。この金型の壁は、時間0のときに、予め設定された温度を有している。その温度は、熱く溶けた材料の圧入により上昇し、最高温度に達した後に、冷却通路11中の冷却材による冷却の影響と材料が冷えることとにより下降する。そして冷えた成形品が外部へ取り出され、次のサイクルが始まる。

(h)相互に分離した冷却通路11a〜11dは、制御弁12a〜12dによって特定のジオメトリ(対象の形態を特定するための位置情報)に応じた異なる時間だけトリガーされる。ジオメトリに応じて各冷却通路11a〜11dに対するトリガー時間の分配を設定することは、各金型毎に経験的な或いは計算的な近似により行われ、コンピュータ18に記録される。予め設定されたプロフィールは、センサ15によって検知された実際の温度と予め設定された温度とのズレに応じて上書きされ、図2に示すサイクルの零点において測定及び対比が実行される。従って、その分配プロフィールがガードされている限り、各制御弁12a〜12dの開時間の延長及び短縮は、各冷却サイクルが持ち去る熱量とインジェクションモールドサイクルにより供給される熱量とが等価となることを保証する。

[引用例図1]

図面1

[同図2]

図面2

A本件特許の請求の範囲

 本件特許の内容を説明します。再発行により限定された箇所を[]の中に特許出願人にクレームされた特許の文章を[]の外に記載します。

〔クレーム1〕

 金型の温度制御方法であり、

 当該制御は、押出機(extruder)を用いて材料を金型の内部へ圧入(pressure feeding)し、当該金型内に保持(cure)し、当該金型から成形品を取り出すことにより行われ、かつ圧入・保持・取出しという行程を循環(recurring)サイクルのうちの一つの成型サイクルとしており、かつ循環サイクルは少なくとも1番目の成型サイクルと2番目の成型サイクルとを含むものであり、

 予め設定された名目(nominal)温度と上記1番目の成型サイクルと2番目の成型サイクルとの間で少なくとも一つの温度センサで測定された実際の温度とを比較し、温度差に応じて1番目の成型サイクル及び2番目の成型サイクルへ供給する温度制御媒体の量を決定するものであり、

 さらに改良点として、

 1番目及び2番目の成型サイクルに刺激的な温度制御媒体の供給を行うために、センサ[単一センサ]を利用して複数の流体制御弁を制御する行程と、

 少なくとも1番目及び2番目の成型サイクルにおいて所望の名目温度を実現するために必要な温度制御媒体の量的な空間分配を、経験的に或いは計算により決定し、さらに、少なくとも1番目及び2番目の成型サイクルにおいて所望の名目温度を実現するために必要な通路を、経験的に或いは計算により決定する行程と、

 上記所望の名目温度を実際の温度と比較する行程とを、

 を含み、上述の比較行程では上記実際の温度は、少なくとも1番目及び2番目の成型サイクルにおいて少なくとも一度所定の時点で(at a certain point)かつ同じタイミング(in time being the same)で測定するものとし、

 1番目のサイクルにおける比較は2番目のサイクルにおける比較とシンクロしており、

 上記各サイクルにおいて刺激的な制御媒体を供給するために複数の流体制御弁を作動させるトリガー動作が実行され、

 このトリガー動作は、各比較行程で決定された温度差と、温度制御媒体の量的な空間分配について貯蔵されたプロフィールとに対応されていることを特徴とする金型の温度制御方法。

B本件特許出願の先行技術

 WO92/08598(引用例)は、温度を制御するシステム・方法・装置、周期的なプロセッサー(特に溶けた材料を金型内で硬化させて製品を製造するためのプロセッサー)に関する発明を開示しています。

zu

C再審査の手続

(a)審判部は、引用例が“金型を通過する温度制御材料のパルス流を単一のセンサを用いて制御することによりインジェクション用の金型の温度を制御する方法”を開示しているという審査官の判断を支持しました。

(b)さらに審判部は、次の事実を認定しました。

(イ)引用例が平均的な温度測定手段に代えてただ一つの温度測定手段のみにより冷媒のパルス流れを制御することを開示していること(第6頁第17−23行目)。

(ロ)引用例が“最良の冷媒流れのタイミングは金型の公知の温度に応じて選択されるべきである”と開示していること(同頁第6〜8行目)

(ハ)別の先行技術である記事は(金型の)冷却部分のジオメトリ及びレイアウトの操作がモールドサイクルの大きな改善をもたらすと開示していること(Horst Wieder, “Understanding the pulse modulated mold temperature control method”,1987年)。

(c)審判部は、1984年5月の記事が金型の製作時に冷却通路の数・位置及び冷媒の量を含めた冷却レジームを設計することを開示していると判断しました。

(d)審判部は、これらの証拠から、金型内に冷却溝を分配して金型を設計することに経験的なデータを用いることは公知であると結論付けました。適当な冷媒を供給するために必要な冷媒のパルス流の長さの空間的な分配を経験的に決定することが引用例に開示されていると認定しました。

(e)そこで審判部は、審査官が引用例から自明であるとしてクレーム1,2、4〜9を拒絶したことを支持しました。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、進歩性(非自明性)の判断材料となる証拠について見解を示しました。

(a)米国特許法第103条の下で発明が自明であるかどうかの決定は、事実認定に基づいて法的に結論付けられ、審判部の決定は、実質的な証拠(substantial evidence)の事実認定に基づいて最初から見直される。

(b)実質的な証拠とは、証拠の重さ(weight of evidence)をいうのではなく、単にひとかけらの証拠(scintilla of evidence)であるかどうかである。実質的な証拠を検討するときには、我々は、事実を肯定するが証拠力を減ずる内容を含む証拠も考慮に入れなければならない。証拠が相反する結論を導く可能性を有することは、審判部がそれを実質的な証拠として採用することを妨げるものではない。

A裁判所は進歩性の判断手法(主にTSMテスト)に関して次の見解を述べました。

(a)進歩性の判断手法は、分析者が発明時(※2)に心を戻して当業者が先行技術文献及び従来の考え方(accepted wisdom)のみに基づいて当該発明が自明であるかどうかを判断することである。この方法においては、特に簡単に見える事例に関して、分析者が後知恵(hindsight)の狡猾な罠−特許出願人のみが教示している事項で当該特許出願を否定するという事態−に落ち込まないようにすることが重要である。

(※2)…これは本判例の時点の判断時期です。現在では特許出願の時が基準です。

(b)殆どの発明は古いエレメントの組み合わせである(In re Rouffet 149 F.3d 1350参照)。従ってクレームされた発明の個々の部分を先行技術に見出すだけでは当該発明の特許性を否定するには不十分であり、特定の組み合わせが望ましいことに関する動機付け・示唆・教示が必要である(In re Dance 160. F.3d 1339、In re Gordon 733 F.2d 900参照)。先行技術がただ一つであるときにも、当該技術を改変することには動機付け・示唆・教示が必要である。

(c)動機付け・示唆・教示は先行技術の記載、当業者の通常の知識、解決しようとする問題の特性nature of the problem)から明示的に導かれるものでもよく、また先行技術の全体から暗示的に導かれるものでもよい(WMS Gaming,Inc. v. International Game Tech., 184 F.3d 1339参照)。

(d)暗示的開示(implicit finding)のテストは、教示・当業者の通常の知識・問題の特性(nature of problem)の組み合わせによって解決されるべき事柄が全体として通常の知識を有する者に示唆されているかどうかの問題である。(In re Keller 642 F.2d 423参照)審判部が明示又は暗示的開示のいずれを拠り所とするにせよ、(その裏付けとなる)何らかの特定の事実認定を示さなければならない。(In Re DEMBICZAK 175 F.3d 999)。審判部の結論が根拠とするのは証拠ではない。

zu

B裁判所は上記進歩性の判断手法を本件に次のように当てはめました。

(a)特許権者の議論は、引用例は複数の通路用制御弁を制御するための単一の温度センサを教示も示唆もしていないということである。当裁判所はこれに同意する。

(b)審判部は、審査官の拒絶を支持したが、複数の制御弁を制御するための単一の温度センサの教示・示唆の問題に関して何もコメントしていない。そこで当裁判所は、審査官がこの限定条件を引用例の明示的な開示から導いたのか否かを判断する。

・審査官は、引用例中の“複数の弁を制御するために構築されかつ使用される一つのシステム”(第19頁第6〜8行目)に着目し、この記載のみから、引用例が“複数の弁を制御する一つのセンサ”を開示していると判断した。

・この判断は、“一つのシステム”が“一つのセンサ”を意味するという審査官の予見に基づいている。

(c)審査官の予見を採用した審判部の決定は、特許権者のクレームを拒絶する実質的な証拠を欠いている。

・特に“一つのシステム”が“一つのセンサ”を意味するという証拠はない。

・“センサ”或いは“プローブ”という用語は、引用例全体に亘って金型を測定する装置として使用されており、また“シグナル”という用語は、冷媒用の弁を制御する金型温度に対する反応を表すために使用されている。

・最後に“システム”という用語は、金型の温度を上げたり下げたりするための冷媒流れの開弁タイミングを担う全体的な温度制御システムに使用されている。

・引用例は決して“システム”という用語を“センサ”の代わりとなる単一の温度測定装置に関して使用していない。

・そして審判部は、“一つのシステム”が“一つのセンサ”を意味するという証拠に全く言及していない。

(d)前述の通り、実質的な証拠とは、単にひとかけらの証拠(scintilla of evidence)があるかどうかの問題であるが、本件の場合には、“一つのシステム”が“一つのセンサ”であることを示す一かけらの証拠もない。

(e)米国特許商標庁は、引用例中に記載された“マシーンの特定の箇所の温度測定”に単一のセンサを用いることができるから、引用例中の“システム”が単一のセンサを含み、単一のセンサで複数のバルブを制御することが示されていることになる、と主張する。

・教示・動機付け・示唆の暗示的な開示のテストでは、引用例中の2つの記述の組み合わせが当業者に示唆されているかどうかである。引用文献の開示内容の全体から考慮するべきであり、開示内容のうちの2つの記述を抽象的に考察するべきではない。

・ましてクレームされた限定要件の個々の事項がそれぞれ引用例に開示されているということでクレームを評価し、拒絶するべきではない。

・また引用例に開示された事項がクレーム発明の知識(いわゆる後知恵)なしにクレームに記載された通りの態様で組み合わされるだろうということの理由も説明されなければならない。

(f)当裁判所は、次のことを暗示的に裏付ける合理的な証拠を見い出せない。

・いわゆる当業者が発明者の問題(インジェクション・モールドの最小の温度制御により最終成形品の品質を維持するとともに、最小のモールドサイクル時間を実現すること)に直面していたこと。

・引用例の上述の2つの記述がただ一つの温度センサによって複数のバルブを制御する構成を動機付けること。

(g)このケースでは審査官及び審判部は後知恵の罠にはまってしまった。

・複数のバルブを制御する単一のセンサは、複数のバルブを制御する複数のセンサに比べて、簡単な概念である。

・この簡単な概念を念頭において、米国特許商標庁は、クレーム発明の限定に関連する引用例の記載を抽象的に判断した。

・しかしながら、発明者のクレームの知識に頼らないで、引用例に開示された記載をクレームの通りに組み合わせることができるという事実はなかった。

(h)引用例の事項を組み合わせることの動機付けを欠いていることから、当裁判所は、審判部がクレーム発明が一応自明であること(prima facie evidence)の立証に失敗したと結論する。


 [コメント]
@本判決は、後のKSR判決において、下級審(CAFC)が設計変更(自動車のアクセルの制御に関するエレメントの位置)に関して先行技術に教示・示唆・動機付けがないので、自明であると認めるべきでないと判断する根拠となった判例です。

A本判決のうち“組み合わせが好ましいことの動機付け・示唆・教示が存在する必要がある”という部分のみを切り取ると、KSR判決での権利者の主張も成り立つようにも思えます。しかしながら、切り取られた部分の直後に動機・示唆・教示は明示のものだけでなく、暗示的な開示でも足りる、明示的な開示は教示自体のみでなく当業者の知識や問題の特性(nature of problem)をも考慮する、としています。

BKSR判決は、TSMテストの厳格な適用を制限するものと評価されていますが、“厳格な適用を制限する”というのは、先例を言葉尻だけを捉えて適用するな、ということと置き換えてもよいと考えます。

CKSR判決以前の米国の進歩性(非自明性)の判断は日本のそれに比べて緩いと言われていましたが、日本の進歩性審査基準は、技術常識(→当業者の知識に相当)や設計的変更の可能性(→問題の特性に相当)に配慮しつつ、少なくとも技術分野の共通性・課題の関連性・作用機能の関連性・引用文献中の発明への示唆をしなければならないと定めています。Kotzab判決の内容はそれとかけ離れたものではなく、要は判決文をどう読むのかという問題だと考えます。

D本件の内容に戻ると、再発行特許の発明の本質は、金型の測定温度に基づいて金型冷却用の複数の冷媒通路の制御弁の動作を制御するに当たり、ジオメトリ(センサと各通路との位置関係)を考慮して単一の温度センサを利用して制御するものです。こうした技術が進歩性の判断時に自明であったどうかは判りません。

E一般に発明の要素の数が一つか複数かという問題は設計的事項である場合が多いですが、それは一般論に過ぎず、本件の「単一のセンサ」が設計的事項であるというのであれば、しっかりとした証拠が必要です。審判部はそれをせずに、引用文献中の“system”が“single sensor”と認定しました。進歩性を否定する論理に誤りがあったので審決は取り消さざるを得ません。


 [特記事項]
KSR判決で引用された事例 
 
 戻る




今岡憲特許事務所 : 〒164-0003 東京都中野区東中野3-1-4 タカトウビル 2F
TEL:03-3369-0190 FAX:03-3369-0191 

お問い合わせ

営業時間:平日9:00〜17:20
今岡憲特許事務所TOPページ |  はじめに |  特許について |  判例紹介 |  事務所概要 | 減免制度 |  リンク |  無料相談  

Copyright (c) 2014 今岡特許事務所 All Rights Reserved.