[事件の概要] |
@事件の経緯 (a)Telnaesは、“リール停止位置の選択に乱数発生装置を利用した電子ゲーム装置”と称する発明について特許出願を行い、特許権(第4448419号)を取得し、これをInternational Game Technology(IGT)に譲渡しました。 (b)IGTはWMS Gaming Technlogyが自己の特許権を侵害としているとして警告しました。WMSは、自社の係争物が侵害をしていない旨及び当該特許が無効である旨の宣言的判決(declaratory judgement)を求めて地方裁判所に提訴しました。地方裁判所は特許権が無効ではなくかつ侵害行為があったと判断し、WMSはこれを不服として控訴して本件訴訟に至りました。 →Declaratory judgementとは (c)本事件の主要な論点は機能的クレームに対する均等論の適用及び進歩性(非自明性)の判断ですが、ここでは前者のみを扱います。前者については下記を参照して下さい。 →184 F.3d 1339(1/2) (d)侵害訴訟の対象となったWMSの製品は、特許権(第5456465号)の一実施例です。 A本件特許のクレーム 軸の回りに回転自在に取り付けられ、予め定められた数字をラジアル・ポジションに配置してなるリールと、 このリールが前記軸の回りで回転運動することをスタートさせる手段と、 当該リールの角度的回転位置(angular rotational position)を示すためにリールの周囲に固定された表示(indicate)と、 前記角度的位置に割り当てされる表示(indicia)と、 前記リールの角度位置を代表する複数の数値を割り当てるように形成されており、これらの数値は、各ラジアル部分に対して予め設定された数値を超えるように設定されており、その結果として、幾つかのローテーション部分が複数の数値により代表されるように構成された複数の数値割り当て手段(means for assigning a plurality of number)と、 割り当てられた複数の数字から一つの数字をランダムに選択する手段と、 選択された数字に代表される一つの角度部分でリールを停止する手段と、 を備えたゲーム装置。 [本件発明] A本件特許発明の説明 本件特許明細書には次の説明があります。 (a)一般的なスロットマシーンは、、周囲に複数のシンボルを配置した複数のリールを有し、一例として、各リールは、20のストップ・ポジションを有する。ストップポジションの数は、表示されたシンボルのオッズを影響する。 (b)リールの数及び各リールにおけるストップポジションの数は最低の勝の可能性を左右する。例えば3つのリールに20のストップポジションがあれば、最低の勝の可能性は、20の3乗分の1(=1/8000)である。 (c)勝の可能性を下げる伝統的な方法は、リールの数、又は、各リールにおけるストップポジションの数を増やすことである。各リールにおけるストップポジションを増やすと、リールのサイズが大となる。しかしながら、プレーヤーは、3つより多くのリールがあるスロットマシーン、或いは、リールの大きいスロットルマシーンに魅力を感じないことが経験的に知られている。 (d)本件特許発明は、標準的なスロットルマシーンの外観を変えずに勝の可能性を下げることができる。本件発明のスロットマシーンは、電子的に制御されている。すなわち、制御回路が、各リールのストップポジションをランダムに決定する。勝率を下げるときには、制御回路は、リールのストップポジションの数より大きな範囲から数字を選ぶ。 (e)その数字の範囲は、各リール毎に非均一に割り当てられる(non-uniformally mapping)。その数字の範囲の割り当てには、製造者又はオペレータが操作可能なルックアップテーブルに基づくメモリーを使用することができる。例えば、制御回路は、20のストップポジションを有するリールにおいて、1から40までの範囲から数字を選ぶ。40個の数字は、リールの20個のストップポジションに対応して非均等に割り当てられている。例えば或るシンボルには、1個の数字のみが割り当てられる。他のシンボルには、6個の数字が割り当てられる。 B原告が主張する無効理由 (a)原告は、米国特許第3918716号(引用例2)及びオーストラリア特許280649号(引用例3)を参照して米国特許第4095795号(引用例1)に基づいて本件特許発明が自明であると主張しました。 (b)原告によれば、 引用例1は、リールタイプのスロットルマシンであって、マイクロコンピュータの制御によりストップポジションに数字を均等に割り当てることを開示している、 引用例2〜3は、ストップポジションに対して非均等に数字を割り当てること(すなわちストップポジションの数字を超える複数の数字を複数のストップポジションに割り当てること)により、勝ちのオッズを下げることを開示している、 従って引用例2〜3の非均等割り当ての手法を引用例1の装置に適用することで本発明に至ることは容易である、というものです。 (c)なお、引用例1は、本件特許出願の審査において審査官によって考慮されました。しかしながら、引用例2〜3は、当該特許出願の審査で考慮されていません。 C地方裁判所の認定 地方裁判所は、次のように事実認定し、自明性を否定しました。 (a)引用例3は、回転する物理的リールを、結果を決定するユニセレクター(uniselector)に、またウェハーを、結果を表示する透明材料にそれぞれ置き換えた。各ユニセレクターは、25の結果に対応する25のコンタクトポイントを油脂、一つのユニセレクターが一つのディスプレーに割り当てられている。従って、所定のシンボルが表示される最低の可能性は、機械的なシステムと同様に、25分の1である。引用例1は、ユニセレクターにマルチプルコンタクトを設けることにより、同じシンボルに対する表示の可能性を、25分の2、25分の3にすることを可能としている。しかし、これも古い機械的なリールや引用例1と同じである。 従って、地方裁判所は、引用例3は単に物理的リールをシミュレートしたものに過ぎないと判断した。 (b)引用例2は、回転する物理的リールを、結果を決定する電子ドライバユニットに、またウェハーを、結果を表示する透明材料にそれぞれ置き換えた。各ドライバユニットは、16の結果を有する。一つのドライバは、3つのディスプレイセクションに割り当たられている。一定のシンボルの現れる最低の可能性は、16分の1であり、これは機械的システムと同じである。引用例2は、表示の可能性を、16分の2、16分の3に高めることを開示しているが、これは引用例1或いは機械的リールと同じである。 D当裁判所での原告の主張は、次の通りです。 (a)引用例2及び引用例3は、ともに勝ちのオッズを減少させるという概念を開示する。すなわち、両引用例は、ランダムに数値を発生させる装置を用いて、ディスプレイシンボルに対して非均等に数値を割り当てることを教示している。 (b)引用例3は、スロットルマシーンのシミュレーション装置であり、6つのディスプレイを備える。ところが各ディスプレイは、6分の1の可能性を有するのではない。一つのディスプレイは、25分の1を有する。 (c)引用例2は、16個の数字を僅か7個のシンボルに割り当てている。いくつかのシンボルは、倍数(multiple number)を割り当てられており、他方、一つのシンボルはたった一つの数字を割り当てられている。従って引用例2は、特定のシンボルに割り当てられる数字の数量(quantity of numbers)を変更することで、シンボルの勝ちの組み合わせの可能性を下げる方法を開示している。 E当裁判所での被告(特許権者)の反論は次の通りです。 (a)引用例3は、そもそもリールもリールのストップポジションも有しない。従って、引用例3は本件特許でクレームされた内容を開示しておらず、引用例1から離れて(missing from)いる。 (b)引用例2は、シンボルディスプレーを表示させるためにドライバ回路を使用しているが、数値もリールストップポジションも用いていない。 (c)従って引用例2〜3は、実際のリールにおける複数のシンボルの出現をシミュレーションするために、シンボルに数値を割り当てているに過ぎない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、非自明性の判断における基本的な考え方を示しました。 (a)進歩性の判断は、いわゆるグラハムテストに従って行う。 →グラハムテストとは (b)いわゆる特許の有効性の推定により、特許の無効を主張する者は、明確で確信的な証拠を提示する必要がある。 →Presumption of Patent Validityとは (c)複数の文献の組み合わせにより進歩性を否定するときには、文献を組み合わせることの示唆又は動機付けが存在することが必要である(※1)。 (※1)…KSR判決後は、示唆又は動機付けの他に技術常識も組み合わせの根拠となると解釈されています。 (d)文献中の組み合わせの示唆は、明示的なものでも非明示的なものでも構わない。当該技術分野の一般的な常識や解決しようとする問題の性質(nature of problem)を考慮して、組み合わせを示唆していればよい。1357, 47 USPQ 2d at 1458. (e)“2つの既知の要素を組み合わせた発明の特許性を決定するときには、先行技術が全体としてその組み合わせの好ましさ(desirability)、その結果としての自明性を示唆する何かしら(something)が先行技術に存在するかどうかである。”974 F.2d 1309 In re Beattie A裁判所は、前記の考え方を本件に当てはめて発明の自明性を次のように判断しました。 (a)当裁判所は、地方裁判所の判断に明確な間違いを見い出すことができない。 その判断とは、引用例2〜3は勝ちのオッズを下げるための非均等割り当てを教示しておらず、単に物理的なリールをシミュレートするためにディスプレイ用シンボルに数値(すなわちユニセレクターやドライバ回路の出力)を非均等に割れ当てたに過ぎないというものである。 (b)証拠を見る限り、我々は、引用例2〜3が伝統的なリールタイプのスロットマシーンをシミュレートしたに過ぎないという第一審裁判所の最終判断をsecond-guess(後推量でいろいろという)することができない。 ・伝統的なスロットマシーンの各リールは複数のストップポジションを有し、各ポジションにシンボルが現れる。 ・ユニークな(希少な)シンボルの数は、ストップポジションの数よりも少ない。例えば、リールが20のストップポジションを有していたとすると、シンボル“7”は1箇所にしか現れないのに対して、シンボル“チェリー”は6箇所、シンボル“2重線”は5箇所、シンボル“3重線”は3箇所、シンボル“ブランク”は5箇所で表れるという具合である。あるシンボルは、他のシンボルの数倍の割合で出現するのである。 ・従って引用例2〜3での複数の結果のシンボルへの割り当ては、現実のリールでの倍数出現をシミュレートしたものである。 (c)当裁判所は、引用例2〜3は標準的なスロットルマシーンの物理的なリールを単にシミュレートしたものにすぎないという下級審の事実認定を受け入れる。 そして、この前提に立つと、当裁判所は、引用例2〜3はリールストップポジションの数を超えた数値の範囲で勝ちのオッズを低減することを教示していないという、下級審の判断に関しても、明確な誤りを見い出し得ない。 (d)この結論は、機械的なリールの欠陥(騒音・擦り切れ易い・不正行為にもろい)を解消するという引用例2〜3の発明の目的によっても補強される。 Bさらに裁判所は、2次的考察に関して次のように判断しました。 地方裁判所は、2つの同業者が特許権者の特許についてライセンスを購入し、2ミリオン$を超えるライセンス料を支払っていると認定した。 これらの事実は、本件特許が自明ではないことの強く示唆するもの(strong indicia)である。 |
[コメント] |
@我国の特許出願の実務では、“引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。”とされています(進歩性判断基準)。具体的にどの程度の示唆であれば進歩性を否定することができるのかを考える材料として本件事例を紹介します。 A米国特許出願の実務では、文献同士を組み合わせる示唆は、非明示的なものであっても構わないという解釈があります。解決しようとする課題の性質や技術常識を勘案して、組み合わせることが好ましいと理解されれば足りるからです。 →217 F.3d 1365 In re Kotzab Bそうした解釈の下で進歩性が肯定された判例が多数ありますが、本件では、その解釈を考慮してもなお、文献同士を組み合わせるに足る示唆が存在しないと判断された事例です。 Cその理由は、本件特許権は、従来の機械的なスロットルマシーンのリール数やリールの大きさを変えずに勝ちの可能性を低減することを目的として数字の非均等割り当ての技術を使用していたのに対して、副引用例は類似の技術を使用していたものの、それは現実のゲーム機の機能をシミュレートするためであり、現実の装置の外観を変更することまでは意図していなかったからです。 Dなお、本判決では、引用文献同士を組み合わせるには、教示・動機付け・示唆がなければならない旨の件がありますが、KSR判決により、文献同士を組み合わせに関してTSMテストの厳密な適用は好ましくないとされていますので、判決中のその箇所は修正を受けなければなりません。しかしながら、示唆の意味の解釈では参考になると考えます。 →KSR判決とは |
[特記事項] |
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