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● 974 F.2d 1309 In re BEATTIE(拒絶審決取消請求事件/否認)


進歩性審査基準/特許出願/阻害要因/発明の示唆

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯の概要

 BEATTIEは、“キーボード又は弦楽器での読譜及び音楽の演奏のための器具及び方法”と称する発明について米国特許出願(07/300,488)を行い、非自明性(進歩性)の欠如により、当該特許出願を拒絶され、審判部もこの拒絶を支持する決定をしたために、本件訴訟に至りました。

A本件特許出願の発明の概要は次の通りです。

 BEATTIEの特許出願の対象は、“キーボード又は弦楽器での読譜及び音楽の演奏のための器具及び方法”であり、ピアノなどのキーボード又はfretboard器具のキーの上に載せるためのマーカーをクレームしている。

 このマーカーは、読譜及び音楽の演奏を容易とする。

 このマーカーは、縦向きの部分と横向きの部分とを含む。

 横向きの部分には、伝統的な音楽の表記方であるC,D,E,F,G,A,Bが表示しており、これらはそれぞれピアノの白いキーで演奏される7つのトーンに対応し、全体として1オクターブに相当する。

 縦向きの部分には、12個のハーフ・トーンの半音階に対応する複数の数字、好ましくは0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11が表示されている。これらはピアノの白いキー及び黒いキーに対応している。

B本件特許出願のクレームは次の通りです。

 キーボード楽器における読譜及び音楽の演奏を容易とするための基本的な方法に使用するマーカーであり、

 前記キーボード楽器は、1オクターブ当たり12個のキー(7個は白く、5個は黒い)を備えた標準的なキーボード楽器であり、

 前記マーカーは、

 薄い材料で形成されるとともに、黒いキーの後にかつ白いキーの上に縦向きに載せる(rest vertically)ように設けられ、かつ前記白及び黒のキーの上に位置する(in vertical register with)数字を表示しており、これらの数字が白及び黒のキーによって発せられる半音階の半音のピッチ(chromatic semitone pitch)を全音階に亘って表すように構成された本体(body portion)と、

 この本体の下端から横方向前方へ延び、7個の白いキーとともに在る(registering with)ように形成された複数のタブ(tabs)と、

 を含んでおり、
これらの水平なタブは、白いキーによって発せられる、7音音階(heptatonically)での全音階(diatonic scale)のピッチを代表する文字の表記C,D,E,F,G,Aを示しており、

 前記縦向きの12個の数字による全音階の表記(dodecatonic number designations)と前記横向きの7個による文字の7音音階の表記(heptatonic letter designations)とは並んで表示されており、

 これにより、キーボード乃至音楽の127個のピッチの構成に対するlinearかつ規則正しい表現を与えるとともに、キーボード乃至音楽の7個のピッチの構成に対するlinearかつ規則正しい表現を与えるように形成されており、

 前記マーカーは、伝統的な7音音階のノートヘッドに12音階の数字を導入することにより、譜面に記載された音楽を演奏するに際して、半音階12ピッチの構成と全音階7ピッチの構成の双方に対してlinearかつ規則正しい表現を与えるように構成された

 ことを特徴とするマーカー。

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C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。

(a)米国特許第1,725,844号(引用例1)

 引用例1は、横部分及び縦部分からなる、キーボードに用いられるマーカーを開示する。

 前記横部分は、伝統的なアルファベット表記を有する。

 前記縦部分は、アルファベット表記及びフラット及びシャープを付加した表示を有する。当該表示はC; C-Sharp or D-Flat; D; D-Sharp or E-Flat; E; F; F-Sharp or G-Flat; G; G-Sharp or A-Flat; A; A-Sharp or B-Flat; B.である。

(b)米国特許第566,388号(引用例2)

 引用例2は、下側レジスター及び上側レジスターからなる、音楽用マーキングシステムを開示する。

 下側レジスターは、白いキーの上に現れる7個の伝統的な文字と、黒いキーの上に現れる同様の文字にシャープやフラットを付加したものを表示する。

 上側レジスターは、アルファベットではなく数字を表示している。

 伝統的な文字は1から7までの数字にシャープ又はフラットを付加したものとして表示され、例えば1 1 2 2 3 4 4 5 5 6 6 7.の如く1オクターブの12個のトーンに対応している。

(c)米国特許第608,771号(引用例3)

 引用例3は、音楽用表示システムを開示する。このシステムは、1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12.という数字列により、12個のハーフトーンの半音階を表示する。引用例3は、シャープ及びフラットを伴うアルファベットの表記方法を、ややこしく(perplexing)かつ理性的でない(irrational)と評価している。

〔引用例1〕

zumen1

〔引用例3〕

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D本件特許出願の先行技術は、次の通りです。

(a)審査官は、本件特許出願の発明が、引用例1〜3を組み合わせることにより、自明であると判断した。

(b)審判部は、引用例2が二つの表記方法(数字及びアルファベット)を組み合わせたマークシステムを開示しており、引用例2の1 1 2 2 3 4 4 5 5 6 6 7を引用例3のと置き換えるのは容易であるとしている。.

E審判部の判断に対する特許出願人の反論(本件訴訟での取消事由)

 引用例3は、伝統的な7音音階(heptatonic)に対して12音音階(dodecatonic)が有利であることを主張しているから、2つの音階を併用する本件特許出願の発明から遠ざかる(teachig away)ものであり、当該発明に至ることを妨げる事情(阻害要因)が存在する、と特許出願人は主張しました。
阻害要因とは


 [裁判所の判断]
@裁判所は、非自明性(進歩性)を判断するときの基本的な考え方を示しました。

(a)当裁判所は、自明性に関する審判部の決定を最初から(de Novo)見直すが、事実の認定(事実問題)に関しては明らかな誤りがあるかどうかを審理する。
De Novo Reviewとは

(b)そして文書による開示は、事実問題である。
810 F.2d 1561,1579 Panduit Corp. v. Dennison Mfg. Co.,

(c)(特許出願人により)クレームされた発明が既知の要素の組み合わせであるときの特許性の判断において、問題となるのは、先行技術が全体として、その組み合わせが望ましいこと(desirability)、その結果として自明であるということを示唆する何かが存在するか否かことである。

730 F.2d 1452,1462 Lindamann Machinenfabrik GMBH v.American Hoist & Derrick

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A前記の考え方を踏まえて、裁判所は、先行技術に対して本件特許出願の発明を次のように評価しました。

(a)特許出願人の明細書において、“C・D・E・F・G・A・B”というアルファベットの表記法を全音階による7音音階(heptatonic)の表記として、また“1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12”を半音階による12音音階としてそれぞれ説明している。

(b)この二つの技法は本件特許出願の発明において相互に組み合わされて一つのマーカーとして成立した。特許出願人自身の言によれば、“それぞれの技法の固有の利点をそれぞれ補強し合い、全音階と半音階というそれぞれの音階(の使用)を可能とし、円滑な演奏を可能とし、音楽を学ぶ生徒にとって容易な視覚化及び理解を可能とする。”ものである。

(c)引用例1〜2が7音音階によるもの、引用例3が12音音階によるものであること、そして引用例1〜2のの上側のレジスターの音楽表記を引用例3の表記に置換したときに本件特許出願の発明となることに関しては争いがない。

(d)前記審判における特許出願人の意見によれば、審判部は本件特許出願の発明が自明であるという結論に至る過程において、引用例3が本件特許出願の発明から離れる方向の教示をしていることを軽視している、7音音階の音楽教師の証言は本件特許出願の発明の非自明性を確立する明確な証拠となる、ということである。

(e)引用例3は、下側のレジスターにおける伝統的な文字の表記に関して、“伝統的な音の表記に慣れた人”のためのものであること、上側のレジスターは、“そうした理論になれていない人のものであるを、教示している。

(f)引用例3は、7音音階による7個及び12個のトーンの理論に対する、12音音階による12個のトーンの理論の利点を説明している。特に、引用例3は、12個のトーンを表す伝統的な表記法(7個のインターバルしかなく、5個のシャープやフラットを必要とする)の欠点に言及し、こうした“ややこしくかつ非合理的な”表記方法に代わる、“簡単で合理的”な解決として1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12”を半音階による12音音階とする表記方法を提案した。

(g)古いアルファベットによる表記法及び新しい数字による表記法に関する先行技術の教示は、引用例2の表記法を引用例3の表記法に置き換えて、本件特許出願の発明に到達することが自明であることを証明する十分な根拠となるのである。

(h)特許出願人が定めた用語の定義によると、引用例3の12トーンの理論は「12音音階」(dodecatonic)となり、引用例2の12トーンの理論は「7音音階」(heptatonic)となるのであるが、2つの理論の組み合わせに関する“単純かつ明示的な教示”(simple express teaching)は、一応の自明性(prima face case of obviousness)を確立する障害とはならないというべきである。

 539 F.2d 1300, 1304, In re Kronig; 458 F.2d 1013, 1016, In re Lintner,
Prima-facie Obviousnessとは

 文献同士の組み合わせに対する示唆或いは動機付けは、先行技術全体から読み取れれば足り、発明者(特許出願人)と同じ理由で引用例が組み合わされることは特許法では要求されていないからである。

(i)引用例3の発明者の、伝統的な12トーンの表記に対する新しい12トーンの表記への支持は、古い技術を取り入れることへの阻害要因とはならない。結局のところ、引用例3は、古い表示法に対して、彼がより良いと考える新しい表記法を、単なる選択肢として提案しているに過ぎないからである。

B裁判所は、特許出願人により主張された2次的考察(商業的成功)に関して次のように判断しました。

(a)特許出願人の最後の議論は、37 C.F.R.1.132の宣誓書(音楽家や音楽教師による宣誓書)に基づくものである。こうした証拠も十分に検討される必要がある。しかしながら、審判部は、これらの証言は非自明性(進歩性)を確立するために不十分であると判断した。何故ならば、これらの宣言書は長期間の要望や他人による実施が差し迫った要望であることを証明するに足りないと判断されたのである。

(b)当裁判所とっては、審判部の判断に誤りがあったとは認められない。
commercial successとは


 [コメント]
@日本の進歩性審査基準では“刊行物中に請求項に係る発明に容易に想到することを妨げるほどの記載があれば、引用発明としての適格性を欠く。”と説諭されています。

 しかしながら、どの程度が「容易に想到することを妨げるほどの記載」であるかは特許出願人にとって大きな問題であり、特許出願人/特許権者が主張する阻害要因の大半が、“容易に想到することを妨げるほどの記載”に当たらないとして、裁判所から一蹴されているのが実情であります。

Aこの問題の理解を深める題材として、外国の事例ですが、本件訴訟を紹介します。

B音符を表現する方法として7音音階という技法と12音音階という技法があり、特許出願人の発明したマーカーはこの2つの考え方を取り入れたものです。副引用例には12音音階の方が優れている旨が記載されており、特許出願人はこれを本発明から離れる方向の示唆であり、阻害要因として主張しました。

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C裁判所は、非自明性(日本でいう進歩性)の審査の基準として次の2つを示しました。

(a)問題なのは、先行技術全体として組み合わせの望ましさを示唆しているか否か。

(b)単一の明示的な教示・示唆でなくても構わない

Dこうした観点から、各引用例が教示する7音音階及び12音音階をみると、これは、一音の長さをどう扱うかの問題に過ぎない、日本の伝統音楽の音階などに比べると、西洋音階の表記法の中での別態様に過ぎない、と言えると考えます。

E副引用例は、12音音階が7音音階より優ると言っていたかも知れませんが、それは程度の問題に過ぎず、西洋音楽の中で12音音階と7音音階とがそれぞれ優れた技法であると認識されていたことは、当業者であれば刊行物の行間から読み取れることです。

Fそうすると、先行技術全体としての2種類の音階を組み合わせることの望ましさは、先行技術に示されており、当業者による阻害要因の主張には無理があります。

G大切なことは、文献同士の組み合わせの望ましさ先行技術全体として読み取れるかどうかであり、先行技術文献の一か所で既存の技術の欠点を述べていても、組み合わせの望ましさが否定されるものがありました。


 [特記事項]
 
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