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●86 F.3d 1098 Susan M. MAXWELL v. J. BAKER, INC.,{特許侵害事件(請求認容)の控訴審、一部認容差戻}


均等論/特許出願/靴アタッチメントシステム

 [事件の概要]
@この事件は、 米国特許第4624060号の特許権者であるMaxwellがJ.Bakerを相手方として提起した特許侵害訴訟において、クレーム1、2、3の特許侵害を認めた陪審の評決があった後にJ.Bakerが当該評決と異なる判決(JMOL)を求める動議を行い、この動議を却下して評決通りの判決が行われたことから、米国連邦控訴裁判所に控訴した、

 本判決の要旨は、“原判決は、クレーム1、2、3の特許侵害についてBackerの動議を却下した点に誤りがあるが、他の点については誤りはないから、当控訴裁判所は、原判決の一部を肯定し、一部を覆し、一部を取り消してケースを地方裁判所に差し戻す。”としたものである。

ASusan. M. Maxwellは、“一対の靴を組として結び付けるシステム”と称する発明について特許出願を行い、米国特許第4624060号を取得した。

BJ.Bakerは、小売店内の履物売場を借りて靴を販売し、流通させていた。(中略)J.Bakerは、自分が販売する靴を独立した事業者から購入していた。1990年代にかけて、J.Bakerは、独立した事業者に対して靴の中敷(sock lining)の下に挿入した繊維製のループ(以下「中敷下」バージョンという)を用いて靴同志を販売用に連結させて提供するように指示した。

(d)1990年6月1日、MaxwellはJ.Barkerの企業内弁護士に対して本件特許を侵害していると信じる旨を伝えた。これに対して、J.Bakerは、2つの代替用の靴連結システムを設計した。“カウンターポケット・バージョン”においては、靴底(sole)と靴のトップとの間のカウンターポケットにタブが縫い付けられ(stiched)ている。トップライン・バージョンにおいては、靴のトップライン(履き口)の縫い目(seam)にタブが縫い付けられている。

(e)Maxwellは、1990年12月12日に、本件特許を侵害しているとして、J.Bakerを訴えた。約1月のトライアルの後に以下に述べる特別評決が出された(→特別評決とは)。

・本件特許は有効である。

・J.Bakerは本件特許のクレーム1〜3を侵害している。

・Maxwellからの本件特許に関する通知を受け取った後の1990年6月以降において、J.Bakerの侵害は故意である。→故意侵害とは

 陪審は、さらにマクスウェルが米国特許法第287条(a)の特許表示等の要件を満たしていると判断した。
→{Patent marking(特許表示)とは

 従ってMaxwellは150万ドルを損害額として請求することができる。但し、合理的なロイヤリティ率を一対の靴あたり0.5ドルとし、J.Bakerが特許権を侵害する3100万足の靴を販売したと計算した。

 さらに陪審は、マクスウェルが0.5ドルを超える損害を受けたと決定して、追加の150万ドルの請求を認めた。

(f)J.Bakerは、次のように主張して、評決と異なる判決を求める動議(→JMOL動議(Motion for Judgment as a matter of law)とは)及び新しいトライアルを求める動議(→motion for a new trial)を行った。

・J.Bakerは文言侵害も均等侵害(均等論の適用により成立する侵害)も行っていない。

・陪審によって決定されたマーキングの日付は十分な証拠によってサポートされていない。

・合理的ロイヤリティを超える損害の額は如何なる証拠によってもサポートされていない。

・本件特許は、先発明権の存在(prior inventorship)により無効である。

 地方裁判所は、J.Bakerの動議を却下した。また地方裁判所は、判決前利息を認め、さらに1990年6月以後の靴の販売についてこい侵害と認定して賠償額を3倍にすることを認めた。そして同裁判所は、本件特許によってカバーされるシステムを取り付けた靴の製造・使用・販売に対する差止命令を命じた(enter an injunction)。

[特許発明の内容]

(a)本件特許の図面は次の通りです。

 {本件発明}

zu

12…固着用タブ 19…フィラメント状固着手段 15…外ソール 16…内ソール

(b)本件特許のクレーム1の内容は次の通りです。

1.一対で組となる靴(mated pair of shoes)を相互に結び付ける(attaching together)ためのシステムであって、一対の靴と、フィラメント状固着手段(filamentary fastening element)とを備えており、

(A)前記一対の靴は、内側ソールと外側ソールとを備えており、

 各靴は、その内表面を形成するとともに上端部を含む靴上部(shoe upper)を有しており、

 さらに各靴は、固着用タブ(fastening tab)と当該固着用タブを前記内側ソール及び外側ソールの間に固定(secure)させるための手段とを有しており、

(1)前記固着用タブは、第1部分及び第2部分からなる一体のシートとして形成されており、

(2)前記固着用タブの第1部分は、前記内側ソール及び外側ソールの間に水平に伸びる細長いタグの一方の端部を含み、前記固定手段によってしっかりと固定されており、

(3) 前記固着用タブの第2部分は、前記細長いタグの他方の端部を含み、前記内側ソールの内側から延びるとともに、まず前記靴上部の内面に対して距離をとりつつ当該内面に沿って起立しており、当該他方の端部は前記靴上部の上端を超えない範囲で起立しており、

(4)前記第2部分は、前記固着用タブ自体を二つ折りすることで形成されるループの形態の内側に開口部を有しており、

(B) フィラメント状固着手段は、前記各固着用タブの開口部を挿通するとともに、当該固着手段の両端部の両端部を相互に繋ぎ合わせる(jointed together)ことにより閉塞ループ(an closed loop)を形成させてなり、

 前述の通り前記両固着用タブの開口部に前記フィラメント状固着手段を挿通させることにより、前記一対の靴を相互に結び付けるとともに、

 当該固着手段自体を2つに折り畳むことで形成される構造の内側に形成される開口部を有しており、

(B)前記フィラメント状固着手段は、各固着用タブの開口部を挿通するとともに、当該固着手段の両端部を相互に連結しており、

 このように前記固着用タブの開口部に前記フィラメント状固着手段を挿通させることにより、前記一対の靴を相互に結び付けるとともに、前記固着手段を除去することによってこれらの靴を分離することができるように設け、

 前記固着用タブは、靴上半の外側から見ることができないことを特徴とする、

 一対で組となる靴を相互に結び付けるためのシステム。 

[特許発明の説明]

(a)小売の靴屋では、一対の靴を一緒にしておくことにより、沢山の靴がごちゃごちゃになったり、組ではない靴同士を一緒にしたりすることを防止することが重要である。靴の製造業者は、一般に各靴のひも穴にプラスチック製のフィラメントを差し込むことにより一対の靴を連結しておく。しかしながら、ひも穴を有しない靴に対してはこの方法は適用できない。こうした場合、製造業者は別の方法を適用せざるを得ない。例えば各靴の側面に穴を開けて、これらの穴にフィラメントを差し込むことが行われているが、この方法では靴を傷つけてしまうという問題がある。

(b)Maxwellは、小売店の従業員として、この問題を認識しており、ひも穴を有しない靴を連結するシステムを発明した。彼女は、各靴の内側にタブを固定し、これらのタブで形成するループまたは穴にフィラメントを差し込むようにしたのである。タブを靴の中に固定することにより、靴の無傷状態(integrity)及び靴の外観が保証される。

 [原審判決・当事者の主張及びこれらに対する控訴裁判所の判断]
@控訴裁判所は、JMOL動議に対する判断基準に関して次のように述べました。

(a)陪審によって審理された事件について一方の当事者がJMOLの動議をした場合、当裁判所は、JMOLのスタンダードを再度適用して地方裁判所の判決を最初から見直す。そうしたスタンダードは、Markman v. Westview Instruction Inc.の判決に示されている。すなわち、一方の当事者に対するJMOLが正当であるためには、“当該一方の当事者の意見が十分に聴取され、当該当事者に有利な法的証拠が合理的な陪審により見い出し得ない”ことが必要である。我々(控訴裁判所)は、陪審がその評決に至るために適用したリーガル・スタンダードについて、それが法律問題として正しかったのかを見直す。また我々は、十分な証拠についての全ての事実上の論争(factual dispute)に対する陪審の解決を見直す。

A控訴裁判所は、侵害の成否の判断基準に関して次のように述べました。

侵害の分析では、2つのステップが要求される。

第1に、裁判所は、侵害の申し立てがあったクレームを法律問題として解釈(construe)し、その意味と範囲とを定めなければならない。

第2に、裁判所は解釈したクレームを侵害を主張された係争物と比較する。文言侵害が成立するためには、係争物はクレームの全ての要件を包含しなければならない。たとえ係争物が文言通りにクレームを侵害していなくても、両者の相違が非本質的(insubstantial)であれば、均等論の適用による侵害が成立し得る。Hilton Davis Chem. Co. v. Warner-Jenkinson Co., 62 F.3d 1512, 1517

B控訴裁判所は、クレーム解釈に関して次のように判断しました。

(a)どちらの当事者も、この控訴審のキーとなるクレームの限定要件が“固着用タブが内側ソールと外側ソールとの間を水平に延びる”ことであると同意している。

(b)地方裁判所は、クレームの記載について次のように解釈している。

・クレームの文言は、固着用タブが靴の内側のソールと外側のソールとの間から延びていること。

・前記固着用タブが靴の他の部分(カウンターポケット、靴のライニング、及び中敷(sock lining)を含む)とは別個のピースであること。

(c)J.Bakerは、地方裁判所の解釈に対して異議を申し立てなかった。

(d)しかしながら、Maxwellは地方裁判所のそれより広いクレーム解釈を主張した。

 すなわち、“固着用タブ”という用語は、靴の内側ソール及び外側ソールから延びるカウンターポケットライニング及びその他の装飾用ライニングに連結されたループをも含むと解釈するべきと主張したのである。

(e)当裁判所は、Maxwellがクレームを拡張解釈しようとする試みに賛同できない。

 クレーム1は、前記固着用タブが内側のソールの縁から延びるとともに、前記靴の上部内面との間に距離を存して当該内面に沿って延びることを要求している。さらに本件特許の図2が示すように、靴協会の通常のスキルを有する者は、“靴上部”という用語が靴の外側部分及び靴の内側ライニングの両方を指すと認識するものと考えられる。これに関しては資料(CUCCINELLI, MARIBETH, THE ART AND SCIENCE OF FOOTWEAR MANUFACTURING 64)を参照せよ。この資料は、“靴上部”とは、靴の上部の全てのパーツを相互に縫い付けたものであって、つり込み (Lasting) 及びボトミングの工程を行う準備が整った状態のものをいい、靴の外側部分及びライナー部分の両方を含む。

※つり込み→カウンターなどの芯材を挿入した靴の甲部を、中底を仮止めした後に甲部周辺を靴底に密着させて中底に固定させること。

※ボトミング→靴の甲部を底部に接合すること。

 従って、靴の内側のライナー部分が固着用タブの一部であるというマクスウェルの主張を受け入れる時には、我々は、“靴上部との間に距離を存して当該内面に沿って起立しており”というクレームの要件を無視することになるのである。

 この点に関しては、例えば次の判決を参照せよ。

Texas Instruments Inc. v. United States Int'l Trade Comm'n, 988 F.2d 1165, 1171

(f)特許明細書又は特許出願の履歴のいずれもが前述の解釈以外の形で特許クレームが解されるべきことを示していない。それどころか、明細書は、前記固着用タブが靴の内側のライニングとは別体であることを要求しているのである。すなわち、明細書によれば、”(固着用)タブは靴の内側のソールの縁の周りを、靴畳半の内表面との間に隙間を存して当該内表面に沿って延びている。”と記載しているのである(コラム1、1L,第62-66行目)。

 これに加えて明細書は、固着用タブが内側ソールと外側ソールとの間に配置される構成に代えて、靴の側部又は後部における靴のライニングの縫い目に縫い込む(stitched)ようにしても良いと開示しているのである。

 マクスウェルは、前記タブがライニングに縫い込まれるために靴のライニングの縫い目と別個に存在すると考えるべきである。従って、地方裁判所は、本件特許クレームを正しく解釈し、前記固着用タブが靴のカウンターポケット・ライニング又はその他の靴の内側ライニングとは別体であることを要求したのである。

(g)J.Bakerの中敷(Sock lining)下バージョンについて

 地方裁判所が特許クレームを正しく解釈したにも拘らず、J.Bakerは1990年以前に彼が靴を販売したことは本件特許を侵害したとする評決が十分な証拠に裏付けられていないと主張している。特にJ.Bakerは、靴製造業者に対して、内側ソールと外側ソールとの間ではなく、中敷の下に固着用タグを配置するように指示したと主張している。そして特許クレームは、固着用タグが内側ソールと外側ソールとの間に固定されていることを要求しているから特許侵害ではない、とJ.Bakerは主張している。

 我々は、J.Bakerの主張に同意しない。Maxwellが提示した証拠品及び証言は、J.Bakerの指示に拘らず、J.Bakerの製造強者が内側ソールと外側ソールとの間にタグが配置されたあ製品を供給していたことを示している。

(h)J.Bakerのカウンターポケットバージョン及びトップラインバージョンについて

 固着用タブが靴の内側のライニングを含まないという適切なクレーム解釈に基づいて、地方裁判所は、J.Bakerのカウンターポケット・バージョン及びトップライン・バージョンについて文言侵害が成立しないと判断した。地方裁判所は、特にこれらのバージョンにおいて固着用タブが靴の内側ソール及び外側ソールの間に固定されていないと認定した。しかしながら、地方裁判所は、特許侵害に関するJ.BakerのJMOL動議を却下した。その理由は、均等侵害を認めるに足る十分な証拠があったというのである。

(i)J.Bakerは、(特許侵害を認めた)陪審評決を維持した地方裁判所の判断には誤りがあると主張した。その理由は、Maxwellが明細書に(特許発明の)代替技術(固着用タブを靴のライニングに取り付けること)を開示しながら、それを保護範囲としてクレームしなかったことにより、当該技術は公衆の用に捧げられたものとなるというのである。J.Bakerの主張は、“別の選択肢として、固着用タブは靴の側部又は後部において靴のライニングの縫い目に縫い込む(stitched)ことができる”というMaxwellの開示を根拠としている(コラム2、11第41〜43行目)。

 これに対して、Maxwellは、Graver事件(Graver Tank & Manufacturing Co. v. Linde Air Products Co., 339 U.S. 605)の最高裁判決を根拠として、明細書中に他の選択肢が含まれることは、均等物の認定を裏付けると主張した。

(k)控訴裁判所は、Unique Concepts, Inc. v. Brown, 939 F.2d 1558において、“特許出願において開示されたがクレームされていない事柄は、公衆の用に供されたものとなる。”という良く確立された原則を改めて表明した。

 この点に関して、次の判決を見よ。

・“(特許出願人が)特定の装置またはコンビネーションをクレームして、他の装置またはコンビネーションをクレームから明らかに外したときにはそれら他の装置又はコンビネーションは公衆に捧げられたものとなる。”

(Miller v. Bridgeport Brass Co., 104 U.S. 350, 352)

 しかしてこのルールは、均等論の下での侵害の認定を回避することにも適用されるのである。

特許権者は、(特許出願の手続において)発明を狭くクレームをしておき、侵害の適用において均等論を適用することが許されると考えるべきではない。そうしたことを許せば、特許出願の明細書を広く開示しておきながら、あえて狭くクレームすることにより、広いクレーム(明細書の記載ないように合わせて出願できた筈のクレーム)の審査を回避して特許を受けることを手助け(encourage)してしまうからである。

 この点に関して次の判決をみよ。

“特許出願人は、故意に(特許出願の)審査の範囲を狭めてある発明の主題が特許商標庁の検討の対象となることを回避しながら特許を取得した後に文言侵害又は均等侵害の主張において当該発明の主題が権利範囲に含まれると主張することを、許されるべきではない。”

 (Genentech, Inc. v. Wellcome Found. Ltd., 29 F.3d 1555, 1564)

“均等論は、(特許出願人が)開示したが審査されなかった事柄に対して適用されるべきではない。”

(International Visual Corp. v. Crown Metal Mfg. Co., 991 F.2d 768, 775)

(l)こうした行為(特許出願において広く開示しながら狭くクレームし、未クレーム開示事項について後日均等論を援用して侵害を主張する行為)は、“特許出願人は自らが発明と認める主題を特別に(particularly)指摘しかつ明確に(clearly)クレームしなければならない。”という米国特許法第112条と明らかに矛盾するものである。

 またこうした行為は、特許出願人が自ら発明と認めた事柄を丁寧に審査した後に特許を付与するという我々の審査制度の趣旨とも矛盾する。

 従って我々控訴裁判所は、明細書に記載されたが、クレームされていない事項は公衆の用に供されたものとなるというJ.Bakerの主張を支持する。

(m)グラバータンク事件の最高裁判所の判決は、前述のような米国特許法の規定等との矛盾点を包含していない。

 この事件では、最高裁判所は、被告が米国特許第2,043、460号(以下460号特許という)の組成物のクレーム18,20、22、23を侵害したトスる地方裁判所の認定を支持した。この特許は、アルカリ土類金属の大部分を含む電気溶接用組成物についてクレームされていた。係争物である組成物はマンガンシリケートを含んでいたが、これはアルカリ土類金属シリケートではない。しかしながら、明細書は、(特許対象ではない)他のシリケートのうちで、マンガンシリケートは、本発明の組成物の構成要素として用いることができ、ただ(特許出願人である)発明者はアルカリ土類金属の方がより好ましいと考えたに過ぎない。こうした事情を踏まえて、地方裁判所は、電気溶接用の組成物として、マンガンはあらゆる目的において効率的かつ効果的(efficiently and effectively)にアルカリ土類金属の代替物となり得るという事実認定に基づいて、均等論の適用を認めたのである。

(n)均等論の適用による侵害の認定の根拠として、特許権者(特許出願人)により流明細書に開示された電気溶接用組成物の使用を用いていながら、最高裁判所は、現在我々が直面している問題に直面していなかった。

 960号特許は、その成立時点において、“金属シリケート及びカルシウムフッ化物”を含む溶接用化合物という広範囲なクレームを有していた。すなわち、本事件とは異なり、グラバータンク事件の特許権者は、(特許出願の手続きにおいて)マンガンシリケートの使用をクレームしていたのである。

 しかしながら、地方裁判所は、それらの広いクレームが無効であると認定した。その理由は、それらにクレームに包含される多くの金属シリケートは明細書に開示されておらず、よって作用不能(Inoperative)であるというのである。
Inoperative(作用不能)とは

 このように特許出願の段階でマンガンシリケートを含む金属シリケートの溶接用化合物を保護範囲として指定(encompass)していたのであるから、たとえ広いクレームが後に特許無効となっていたとしても、グラバータンク事件の特許権者は(マンガンシリケートの)実施態様を公衆の用に供したとは言えないのである。

(o)本事件では、特許出願人(マクスウェル)は、(米国特許商標庁に対する)クレームを、内側ソール及び外側ソールの間に取り付けられた(attached)固着用タブに限定した。

 他方で、特許出願人は、固着用タブが靴のライニングの縫い目に縫い付けられている (stitched)という選択肢を、保護範囲としてクレームすることなく、明細書に開示していた。

(特許出願人が)選択肢をクレームしなかったことにより、特許商標庁は当該選択肢が特許可能であるか否かを検討する余地を奪われた。

 靴業界の当業者は、明細書と特許出願の履歴を読み込んで、タブが靴の内側ライニングに取り付けられた靴同士のアタッチメントシステムの選択肢は、公衆の用に供されたと解釈するであろう。法律問題として、J.Bakerは、Maxwellが他の選択肢として公衆の用に供した靴アタッチメントシステムを実施したことにより、特許侵害とされることはない。

(p)従って、我々は、カウンターポケットシステムおよびトップラインシステムの実施が均等論の下で特許侵害となることはないというJ.BakerのJMOL動議を却下した地方裁判所の決定を覆す。

 これに加えて、我々は、J.Bakerがカウンターポケットシステム及びトップラインシステムの実施を開始した後の故意侵害の認定に基づく割増損害額及び弁護士費用に関する地方裁判所の決定を無効とする。

 さらに我々は、我々が認定した侵害事実に矛盾する範囲で地方裁判所の差止命令を無効とする。

C損害額についての控訴裁判所の判決の要旨は次の通りです。

 地方裁判所は、特許権者が積極的にライセンスを許諾しようとしており、相手側はこれを積極的に受け入れようとしている仮想交渉を想定して合理的ロイヤリティに準拠する通常の賠償額を定め、本件において賠償額を増減するべき特別の事情があればこれを考慮するという算定方法をとっており、その妥当性が争点の一つになっていた。控訴裁判所は、こうした算定方法は妥当と判断した。
→Hypothetical negotiation(仮想交渉)のケーススタディ

D特許表示についての控訴裁判所の判決の要旨は次の通りです。

 米国特許法第287条(a)は、特許権者及び特許権者のために合衆国において特許製品の製造等を行う者が物品に特許表示をしなかったときには、侵害訴訟において損害賠償を請求できない旨を定めており、特許権者のために製造等を行う者にはライセンシーも含まれる。本件では、特許権者である個人(企業の従業員)が自分の雇い主にライセンスを許諾しており、特許権者からの再三の求めにより、ライセンシーは特許表示を励行するようになったが、実施開始後の一時期において特許表示をしていない時期もあった。

 裁判所は、特許法の規定を文字通りに(per sur illegal)解釈するのではなく、行われた行為の影響を合理的に考えて判断を行う合理の原理(Rule of Reason)に照らして、損害賠償ができると判断した。
→Patent marking(特許表示)のケーススタディ


 [コメント]
@明細書に開示されていながらクレームされていない事項は公衆の用に供されたものとなるという原則(Disclosure Dedication Rule)は、昔から確立されたルールでしたが、このルールに例外を認めて、均等発明の条件を満たす場合には均等論でこれを救済するべきか否かが本事件では争われました。
Disclosure-Dedication Rule (Dedicationの法理)とは

A救済するべきであるとの主張の根拠は、グラバータンク事件の最高裁判決です。この判決は、米国特許法に大きな改正が行われた後に初めて均等論を認めた事例です。この事件では、マグネシウムを含むアルカリ土類金属のシリケートを主成分とする電気溶接用組成物がクレームされているのに対して、係争物はアルカリ土類金属ではないマンガンのシリケートを主成分とする電気溶接用組成物でした。マンガンはアルカリ土類金属ではないけれども、本発明の作用効果に関して、マグネシウムと類似しており、均等論の条件を満たしています。

Bしかしながら、明細書には、マンガンのシリケートの実施例も記載されていました。その理由は、グラバータンク事件の特許出願人は、出願当初において“金属シリケート”を主成分という非常に広いクレームをしていたからです。

 この広いクレームは、後日無効であると認定され、その結果として、狭いクレーム(アルカリ土類金属)のクレームが残り、結果的にマンガンシリケートの態様は“特許出願人が開示したがクレームしなかった事項”になることになりました。

 クラバータンク事件では、最高裁判所はマンガンシリケートを主成分とする電気溶接用組成物について均等論の適用を求めました。

Cマクスウェル事件では、グラバータンク事件とは異なり、特許出願人は最初から靴の後部又は側部の縫い目に固着用タブを縫い付けたという選択的態様をクレームに含めていなかったのだから、グラバータンク事件とは事情が異なり、均等論を認めるのはおかしいというのが本事案の控訴裁判所の判断です。

 [特記事項]
 
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