体系 |
禁反言 |
用語 |
禁反言とならない事例のケーススタディ1(商標)/かも川事件 |
意味 |
禁反言の原則とは、一般に甲が乙に対して何らかの意思表示を行い、乙がその意思表示に応じて行動をとった場合に、後になって甲が前記意思表示と矛盾する行動をとることができないという原則を言います。
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内容 |
@禁反言の意義
(a)禁反言の原則は、知的財産の分野では、出願人が審査で主張したことと、その主張により権利化された後に権利者が侵害訴訟で主張することとが矛盾してならないという形で現れます。
特許出願に関しては、禁反言の原則がよく主張され、その主張を裁判所が認めた事例も多くあります。これは、事件の性質が特許権者の利益と他の事業者の利益との衝突、すなわち、私益と私益とのぶつかり合いだからと考えられます。
これに対して、裁判所は、商標出願の手続及び商標権の侵害訴訟に関して禁反言の原則を適用することに慎重であるように見えます。それは、商標権が商品・役務の出所混同を防止するものであり、それは事業者の問題を離れて、需要者の利益にも関係するからです。
そうした事例を以下に紹介します。
このケースは、要するに、本件商標Aは中央に大きく描かれた文字部分と周辺の図形部分(雲+竜の絵柄)とからなるところ、商標出願後の出願公告に対して意義申立がされたときに、引用された商標Cとに対比において、商標出願人は、図形部分は識別機能を発揮しない装飾部分に過ぎない主張し、その結果として、異議理由なしという判断を引き出しておきながら、商標権侵害訴訟において、被告商標Bとの関係において、図形部分の共通性を商標の類似の根拠とするのは禁反言の原則に反すると被告が主張したものです。
A禁反言の事例の内容
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留意点 |
事件の表示:平成6年(ワ)第175号・かも川事件(1審)
事件の種類:商標権侵害行為等差止請求事件(認容)
問題の意思表示が行われた場面:異議申立に対する審理
原告商標:文字と図柄を結合させたものであり、その構成は「かも川」の文字を扇形の枠内に配し、内枠の外に長方形の枠を設け、内枠と外枠の間に一対の竜が雲中に対峙している図柄を配するもの
(商標登録第2620403号/商平公4−76386号)
被告商標:文字と図柄を結合させたものであり、その構成は、「桃太郎かも川」の文字を扇形の枠内に配し、内枠の外に長方形の枠を設け、内枠と外枠の間に一対の鳳凰が雲中に対峙する図柄を配するもの
意思表示の内容:本願商標を全体として観た場合、大書された『かも川』の文字が顕著に目に映り、同文字並びに扇状白抜き部分の背後に描かれたうず巻と竜とおぼしき図形は一見しただけでは何の図形か直ちには判断できず、取引上一般には単なる地模様としてのみ観取されるに過ぎない。…本願商標は、その構成上、『かも川』の文字部分が商標の要部と認められ、図形部分は自他商品を識別する機能のない単なる装飾的部分として一般に認識されるものであるから、他の商標と類否判断に当たって商標の要部たり得ない同部分を抽出対比するのは適当ではない。」
意思表示に反する主張:
原告商標の図形部分(大きな文字の両側に対峙する雲+竜の絵柄)と被告商標の図形部分(大きな文字の両側に対峙する雲+鳳凰の絵柄)との共通性を類似の根拠として挙げた。
事件の経緯:
(a)原告は、被告商標の使用が原告の商標権(商標登録第2620403号)の侵害であるとして侵害行為の差止を求めて提訴しました。
(b)原告は、商標の類否に関して、商標の観察方法として二つの商標を並べて対比する対比的観察は適当ではなく、むしろ時と処を異にした場合、通常人が二つの商標を間違えるかどうかという離隔的観察によって判断すべきものである(→離隔的観察とは)とした上で、次のように主張しました。
“原告登録商標と被告商標を比較観察してみると、
・いずれも文字と図柄を結合させ、中心に扇形の枠を設け、その中に「かも川」「桃太郎かも川」の文字をそれぞれ配している。
・いずれも外に長方形の外枠を設け、内枠との間に一対の竜又は鳳凰をそれぞれ雲中に対峙させている図柄である。
・中央の扇形の上に、横にしたリボンの図形及びこれより小さな横長の長方形がそれぞれ配してある。
したがって、外観上両者はあたかも同一の製造業者から販売されているかのような印象を消費者等に与え、「かも川」手延素麺又はその出所の同一性について混同を生ぜしめているし、そのおそれは著しい。したがって外観上著しく類似している。”
(c)被告は、商標の類否に関して、「『かも川』と『桃太郎かも川』の文字及び『竜』と『鳳凰』の模様は、外観、呼称、観念とも全く異なるものであり、とうてい類似しているとは言えず・これによって原告商品と被告商品の誤認混同を生ぜしめるものではない。」と反論するとともに、原告が異議申立の答弁書の中で
「本願商標を全体として観た場合、大書された『かも川』の文字が顕著に目に映り、同文字並びに扇状白抜き部分の背後に描かれたうず巻と竜どおぼしき図形は一見しただけでは何の図形か直ちには判断できず、取引上一般には単なる地模様としてのみ観取されるに過ぎない」と主張し、さらに「本願商標は、その構成上、『かも川』の文字部分が商標の要部と認められ、図形部分は自他商品を識別する機能のない単なる装飾的部分として一般に認識されるものであるから、他の商標と類否判断に当たって商標の要部たり得ない同部分を抽出対比するのは適当ではない。竜の図は中国伝来の食品に古くから慣用され、対峙した二頭の竜の図形は麺類の慣用標章であり、かかる図形部分を抽出して商標の類否を判断することは失当である。」などと主張した点を指摘し、
「原告は特許庁で『雲竜』は単なる地模様であり、識別機能を有しないと主張したのであるから、それに反する主張を裁判所ですることは禁反言の法理から許されないものと言わなければならない。」と主張しました。
[第一審裁判所の判断]
(a)裁判所は商標の一般的な類否に関して次のように判断しました。
「外観において、両商標には、争点欄原告主張の特徴が観られることが認められるほか、両商標の「桃太郎かも川」及び「かも川」の文字はいずれも縦書の肉太毛筆体であり、ことに「かも川」の文字部分はほぼ同様の筆体であることが認められる。
そうすると、両商標の間に観られる、
〈1〉竜と鳳凰の違い、地模様の雲の微妙な差異、上部リボン内の文字の有無、リボン下の横長長方形内の文字の有無、
〈2〉内枠内に記載された文字の差異(原告登録商標には、「かも川」の左側に「備中特産」との記載があり、被告商標には、「桃太郎かも川」の左右に「登録商標」「風味絶佳」との記載がある。)
及び
〈3〉原告登録商標の「かも川」と被告商標の「桃太郎かも川」との文字の差異を考慮しても、なお両商標はこれを離隔的、全体的に観察すると、外観において類似と言うべきである。
けだし、〈1〉の点は地模様の細かな差異であって全体的に観ると容易に彼此の混同を生ずる程度のものであるし、
〈2〉の点はいずれも一般名詞による、かつ素麺等の商品に頻用される修飾語であって、各文字の位置、多さに照らしてもこれらが両商標を判然と区別する標識とはなり難いし、
〈3〉の点は両商標の外観上最大の差異ではあるが、「桃太郎かも川」は、「かも川」に「桃太郎」との修飾語ないし限定を付したものであるところ、「桃太郎」は固有名詞ではあるものの、著名なお伽噺の主人公の名前であって岡山県産の食料品等にはしばしば冠される名称であり、それ自体では外観上必ずしも特異なものではないことや「桃太郎かも川」と「かも川」の文字が両商標に占める位置、その書体の類似性等に照らすと、少なくとも離隔的に両商標を観察したときは、一般的な取引者、需要者にとって外観上出所の混同をもたらす程度に相紛らわしいと言うべきであるからである。」
(b)裁判所は禁反言の議論に関して次の見解を示しました。
「被告は、本訴における原告登録商標及び原告商標と被告商標の類似性に関する原告の主張が禁反言の法理に違反する旨主張するので判断するに、右原告の主張は特許権及び実用新案権の技術的範囲に関するいわゆる包袋禁反言の法理を主張するものと思われるところ、右法理が直ちに本件のような商標の類似性に関する主張に適用されるかは疑問がある。」
[コメント]
(a)被告は、この判決に対して控訴しましたが、第2審でも原審の判断が支持されました。禁反言の議論に関する第2審の判断は次の通りです。
「控訴人は、包袋禁反言の法理はすべての法解釈にあてはまる禁反言の原則に由来するものであって、特許発明又は考案の技術的範囲を確定する場合にとどまらず、商標法を含むあらゆる法分野で適用されるべき法原則であるところ、本訴における被控訴人登録商標の図形標章部分に関する被控訴人の主張は、特許庁における被控訴人登録商標に対する商標登録異議申立手続での主張、すなわち「雲竜」は単なる地模様であり、識別機能を有しないとの主張に反し、いわゆる包袋禁反言の法理により許されない旨主張する。
しかしながら、商標法が一定の商標を使用した商品の出所の同一性を確保し、流通秩序を維持することにより商品の出所の混同防止を目的とするものである以上、商標の類否判断に当たっては、当該商標と特定の他人の登録商標との対比においてのみ決定されるべきであり、当該登録商標の出願経過を参酌し、そのことによって類否の判断を異にすべき余地はないものといわざるを得ないし、登録異議の申立てについての決定を参酌しても、被控訴人が特許庁審査官に対し自らの権利範囲について限定的な縮小解釈を呈示し、それが特許庁審査官に受け入れられた結果、被控訴人登録商標について登録査定を受けたなど、被控訴人の本訴主張をもって特に信義則に反するものとし、その権利行使を制限ないし拒絶すべき特段の事情も見いだし難いから、控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当という外ない。」
(b)おもうに商標の分野でも、商標の類否判断の基礎となる商標の構成の解釈、例えば図形商標の構成中の「||」が単なる2本の縦棒に過ぎないのか、それともローマ字の「U」という観念を生ずるのかという部分では禁反言の適用を主張する意味はあります。
→禁反言による信義則のケーススタディ2(商標の場合)/KII事件
しかしながら、そうした意義などで裁判官に疑義を生ずる要素がなく、裁判官が迷うことなく類否判断をすることができる事例で禁反言の主張をしても、裁判官の心証に作用することは少ないと考えます。
(c)さらに商標では、特許出願の場合とは登録要件の判断時が異なり、それにより、禁反言の主張が妥当しなくなる場合があるということにも注意するべきです。
→禁反言とならない場合2(商標)/ココ事件
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