体系 |
外国の特許法・特許制度 |
用語 |
陪審説示(Jury instruction)のケーススタディ |
意味 |
陪審説示(Jury
instruction)とは、陪審トライアルにおいて、裁判官が法律的論点を整理して陪審員に説明することをいいます。
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内容 |
①陪審説示の意義
(a)陪審制度では、事件に関係する法律の詳細(特許法であれば進歩性などの特許出願の要件など)を何も知らない一般市民が判断するため、何を、どういう基準で判断すれば良いかを法律家がアドバイスすることが必要となります。
(b)そのアドバイス(陪審説示)は裁判官によって行われます。
(c)陪審説示が不適切であると、陪審が正しい結論に至ることができません。
(d)知財の分野の訴訟、特に進歩性、すなわち非自明性(特許出願時の技術水準から発明の内容が自明であったか否かどうか)の判断基準は特殊であり、裁判官が素人である陪審員にこれを簡単に説明しようとするあまり、陪審説示が言葉足らずになってしまう可能性があります。そうした事例を紹介します。
②陪審説示の事例の内容
[事件の表示]725 F.2d 1350 (AMERICAN HOIST &
DERRICK COMPANY v.SOWA & SONS, INC.,)
[事件の種類]特許侵害事件(請求棄却)の控訴審
[発明の名称]大荷重用シャックル
[事件の経緯]
(1)American Hoist and Derrick Co.,
(Amhoist)は、大荷重用シャックルの発明を特許出願した発明者から特許権を譲り受け、そしてSowa & Sons, Inc
(Sowa)が当該特許権を侵害したとして損害賠償を求めて提訴した。
(2)Sowaは侵害を否定するとともに、特許の無効の宣言を求めるカウンタークレームを行った(→カウンタークレームとは)。
さらにSowaは、特許出願の過程で本来特許庁に提出されるべき先行技術が提出されなかったことにより、Amhoistはフロートをしており、その結果として自らがダメージを負ったことは反トラスト法違反にあたるとしてカウンタークレームを行った。
(3)陪審は、書面での質問書に答える形で特許発明の自明性及び特許出願人の先行技術の不提出によるフロードという2つの論点に関して被告Sowaに有利な評決を出した。
(4)地方裁判所の判事は、(イ)自明性に関しては評決通りの判決を出したが、(ロ)フロードに関しては実害の程度が小さいとして被告のアピールを認めなかった。
(5)
Amhoistは(イ)に関してアピール(控訴)し、Sowaは(ロ)に関してクロスアピールした(→クロスアピール(Cross-appeal)とは)。
※以下本稿では(イ)のみに関して解説します。
(6) Amhoistの控訴理由の一つは、
地方裁判所の陪審説示の内容が間違っている、ということである。
[控訴裁判所の判断]
(a)陪審員が本件特許の非自明性(進歩性)の要件について審理に入る前に、地方裁判所の判事は次のように説示した。
「あなた方(陪審員)は、原告の特許発明と先行技術との差異を見出したときには、その差異が“新しくかつ予期し得ぬ結果”を生み出すかどうかを決定しなければならない。
すなわち、あなた方は、特許発明を構成するエレメント(技術的要素)が、ある方法又は態様(特許出願人によって提案された方法又は態様)で組み合わされた時に、各エレメントが個々に作用する場合と比較して、新しくかつ予期し得ぬ昨日を発揮するかどうかを決定しなければならない。
その理由は、単に古いエレメントを組み合わせただけで新しくかつ予期せぬ効果を発揮しないものに特許を付与することは、すでに社会で用いられてきた技術を公衆の手から取り上げてしまうことになるからである。」
(b)“新しくかつ予期せぬ効果”の存在が特許の要件(進歩性の要件)であるかのように陪審に説示することは、完全に間違っている。
“新しくかつ予期しえ得ぬ効果”や相乗効果(Synergistic
Effect)の存在は、非自明性(進歩性)の裏付けとしてなることである。例えばClark Equipment Co. v.
Keller, 570 F.2d 778,
789では、判決は“特許法の文脈では、相乗性は、特許法の文脈の中では格別の(talismatic)効能を有するものではない。相乗性は非自明性(進歩性)の表れの一つに過ぎない。”と述べている。我々の先行の判例は、“新しくかつ予期し得ぬ効果”又は相乗効果が特許の要件であるという考え方を否定する。
先例では次のことが強調されている。
“このようなスタンダードでは、人々は、特許法第103条(非自明性/進歩性)について、人々は、創作が自明であるか否かよりも、創作の結果物のみを着目するようになる。”と先例では、強調されている(General
Motors Corp. v. U.S. International Trade Commission, 687 F.2d 476,
482)。
またIn re Sponnoble,
405 F.2d 578,
585,によれば、“特許発明は、複数の古い技術をその作用において既知の用途に用いられる場合であっても成立することがある。”とされている。
我々は、“相乗性が特許の必須の要件になっている”という理論には本質的な欠点があるという第7巡回裁判所の分析に同意する。
この点に関して、さらにSee Stratoflex, Inc. v. Aeroquip Corp.,
713 F.2d
1530を参照せよ。
[コメント]“新しくかつ予期し得ぬ結果”の存在は、特許出願の審査や特許訴訟において進歩性を裏付ける決定打となることがしばしばありますが、それのみを以て進歩性(非自明性)を判断せよと説示するのは、あまりにも乱暴です。確かにそういう説明をすれば陪審員には理解し易いでしょうが、話を端折り過ぎており、進歩性の判断の手順の説明としては適切であるとは言えません。
なお、被告は、陪審説示の内容が間違っているというだけでなく、陪審説示の態様として特別の質問の形をとっていないということを控訴理由の一部としています。
→陪審説示におけるSpecial interrogatories(特別の質問)とは
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