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①中用権の主体的要件の意義
(a)中用権の制度は、特許の無効処分により事業設備が荒廃し、国家経済の損失となるというリスクを軽減することを目的としています。すなわち、我が国の特許法は、特許出願された発明の全てを特許するのではなく、新規性・進歩性等の実体的要件を国が審査し、特許出願の拒絶理由を発見しなかったもの(拒絶理由が解消されたもの)を特許する方式をとります。特許の付与に慎重を期することで、特許権の安定性を確保し、事業者が特許発明の実施の事業に対して安心して資本投資できるようにするためです。
(b)しかしながら、中用権は法定通常実施権であり、相手方の特許権者の意思と無関係に成立するために、みだりに求めると、法的安定性を害するおそれがあります。
(c)こうした理由から、中用権の主体的要件が条文上に明定されています。
②中用権の主体的要件の内容
(a)中用権の主体となるのは次の通りです。
(イ)同一の発明についての2以上の特許のうち、その1を無効にした場合における原特許権者
・例えば同一の発明について2以上の特許出願が存在し、同一の発明であることを審査官が看過して特許権が付与された結果として特許法第39条(先願主義)違反となった場合が該当します。
・それらの特許出願が同日出願であった場合だけでなく、先願及び後願がそれぞれ実体審査をパスしてしまった場合も該当します。
・また先願が出願された後に先願者が自分の発明を公開し、公開後になされた後願が実体審査をパスしてしまった場合には、特許法第39条違反の他に特許法第29条1項(新規性)違反となります。
(ロ)特許を無効にして同一の発明について正当権利者に特許をした場合における原特許権者
これは、ある特許を無効として別の権利者(正当権利者)に特許を付与した場合です。
例えば2つの特許出願が日を異にして先後してされた場合であって、先願が特許庁に係属しているにも拘らず、後願について先に出願審査請求された結果として、当該後願を誤って特許してしまった状況を想定します。こうした状況で、後日先願の審査で後願と同一の発明であることが判明した場合に、たとえダブルパテントになってしまうことが分かっていても、先願も特許にせざるをえません。特許法第39条第1項は、「同一の発明について異なった日に2以上の特許出願があったときには、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。」と規定しているからです。
この場合には、例えば先願の特許出願人からの無効審判があれば後願の特許を無効としますが、このとき既に後願の特許権者が発明の実施である事業又はその準備をしていれば、中用権が発生します。
換言すれば、先願の特許出願人としては、後願の特許権者が実施の事業に入る前に無効審判の請求をすることが重要です。無効審判の請求の予告登録後に実施の準備を開始しても中用権は発生しません(→予告登録とは)
(ハ)前2号に掲げる場合において、特許無効審判の請求の登録の際現にその無効にした特許に係る特許権についての専用実施権又はその特許権若しくは専用実施権についての通常実施権を有する者
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すなわち、原特許権者だけでなく、請求の登録の際に専用実施権又は通常実施権を有する者も中用権の対象となります。これらの者の事業又はその準備も保護対象とするべきだからです。
なお、従来要求されていた「特許法99条第1項(対抗力)の効力を有する」という条件は削除されました。平成23年改正により、登録しなくても対抗力を認める制度に変更されたからです。
→通常実施権の対抗力とは
(b)中用権の主体的要件についての文言上の注意事項を次に掲げます。
(イ)特許法第80条第1項第1号及び第2号の「原特許権者」及び第3号の「特許権についての」より、実用新案登録が無効となった場合は対象外です。
すなわち、同一の発明及び考案について特許出願及び実用新案登録出願があり、同日に行われた両出願のうち実用新案登録出願が先願主義の協議を経ずに登録に至った場合、
或いは先願である特許出願が特許庁に係属している間に後願である実用新案登録出願が先に登録され、当該実用新案登録が無効となっても原実用新案権者等は中用権を獲得できません。
これは、平成5年の改正により実用新案法が実体的要件の審査を経ずに登録を行う無審査登録主義に移行したからです。無審査登録主義の下で無効処分を受けた元權利者にまで中用権を認めると、中用権が乱立して法的安定性を害する可能性があるからです。
(ロ)特許法第80条第1項各号の「無効」という文言より、特許異議申立制度により特許が取り消された場合には、原特許権者等に中用権は発生しません。
特許が付与されてから特許が取り消されるまでの期間が短く、その間に保護を生ずるほどの事業設備が形成される状況は考え難いからです。
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