内容 |
①キルビー判決の意義
(a)本来特許の有効・無効に関しては、技術的事項の専門官庁である特許庁の判断を仰ぐために特許無効審判を請求するべきです。
(b)しかしながら、現実の訴訟において、常にこの原則を貫くと、常に訴訟当事者に特許無効審判を請求する負担を強いることになり、公平の原則に反します。
(c)そこでキルビー判決では、無効理由が存在することが明らかな場合に限って、当該理由が存する特許に基づく権利行使を認めないことにしました。
(d)なお本判決は、後に特許法第104条の3の規定の立法化の契機となったものです。
→特許権等の権利行使の制限とは(特許法第104条の3)
②キルビー判決の内容
(a)書記的事項
〔事件番号〕 平成10年(オ)第364号
〔判決言い渡し日〕 平成12年4月11日
〔事件の種類〕 債権不存在確認訴訟
〔事件の概要〕 (イ)昭和35年 T社は「半導体装置」に関する特許出願A(原出願)をした。→後に特許となる。
(ロ)昭和39年 T社は特許出願Aに基づいて特許出願B(分割出願)を行った。→後に拒絶査定が確定。
(ハ)昭和46年 T社は、特許出願Bに基づいて特許出願C(分割出願)を行った。→後に特許となる。
(ニ)T社は、特許出願Cに基づく特許によりF社に製造販売禁止仮処分の申立をした。
(ホ)同時期に当該特許には無効審判が請求されていた。
(ヘ)F社は、T社に対して、債権不存在確認訴訟(本件訴訟)を提起した。
〔下位裁判所の判断〕
(イ)第1審
F社の請求を認容した(∵F社の製品がT社の特許発明の技術的範囲に属しないから、非侵害)
(ロ)第2審
F社の請求を認容した。
∵特許出願B及びCは、実質的に同じ発明なので、分割出願の要件を満たさず、出願日の遡及効を得られないとした。また、特許出願Bの拒絶査定が確定していたので、無効理由が内在するものといえ、そのような特許に権利行使を認めることは、権利濫用であるとした。さらにF社の製品が特許発明の技術的範囲に属しないとも述べた。
〔最高裁判所の判断〕
「特許法は、特許に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには専門的知識経験を有する特許庁の審判官の審判によることとし(同法123条1項、178条6項)、無効審決の確定により特許権が初めから存在しなかったものとみなすものとしている(同法125条)。
したがって、特許権は無効審決の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。
しかし、本件特許のように、特許に無効理由が存在することが明らかで、無効審判請求がされた場合には無効審決の確定により当該特許が無効とされることが確実に予見される場合にも、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求が許されると解することは、次の諸点にかんがみ、相当ではない。
(一) このような特許権に基づく当該発明の実施行為の差止め、これについての損害賠償等を請求することを容認することは、実質的に見て、特許権者に不当な利益を与え、右発明を実施する者に不当な不利益を与えるもので、衡平の理念に反する結果となる。
また、(二) 紛争はできる限り短期間に一つの手続で解決するのが望ましいものであるところ、右のような特許権に基づく侵害訴訟において、まず特許庁における無効審判を経由して無効審決が確定しなければ、当該特許に無効理由の存在することをもって特許権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは、特許の対世的な無効までも求める意思のない当事者に無効審判の手続を強いることとなり、また、訴訟経済にも反する。
→訴訟経済とは
さらに、(三)特許法168条2項は、特許に無効理由が存在することが明らかであって前記のとおり無効とされることが確実に予見される場合においてまで訴訟手続を中止すべき旨を規定したものと解することはできない。
したがって、特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。このように解しても、特許制度の趣旨に反するものとはいえない
」 →権利の濫用とは
|