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●357 F.3d.1340 (Mirosoft v. Muti-Tech System) 特許侵害/否認)


禁反言/特許出願/明細書/スピーカフォン

 [事件の概要]
@事件の概要は次の通りです。

(a)パーソナルコンピュータを用いて音声及びコンピュータデータを送信する技術を発明したSharmanは、米国への特許出願A(08/002,467)を行って、特許A(5452289)を取得するとともに、

 Aの分割出願である特許出願B(08/527,849)により、名称を「デジタル式音声・データ同時処理用モデム」と称する発明について特許B(5600649)を取得し、

 Aの継続出願(08/488,183)のさらに継続出願である特許出願C(08/636,582)により、名称を「ハンドフリー式スピーカーの方法及び装置」と称する発明について特許C(5764627)を取得し、

 Aの分割出願である特許出願D(08/527,952)により、名称を「ヴォイスオーバー(音声ガイド)式ビデオコミュニケーションシステム」と称する発明について特許D(5790532)を取得した。

(b)Muliti-Tech Systems社(甲)は、それら特許権を譲り受けた。

(c)甲は、2000年2月15日、Net2Phone社(乙)が特許A,B,Cを侵害しているとしてミネソタ地方裁判所に提訴した。

 Microsoft Corporation 社(丙)は、同年6月9日、同じ裁判所に特許A,B,C,Dなどの特許権不侵害・特許無効確認訴訟を提起した。

 甲は、丙が特許A,B,C,D及び他一件(5471470)を侵害している旨のカウンタークレームを行った。

 原審である地方裁判所は、丙の主張を認め、甲の訴えを退けた。

A特許Bの発明の概要は次の通りです。

(a)特許Bの発明「デジタル式音声・データ同時処理用モデム」は、音声及びコンピュータデータを同時に伝送するためのものであり、クレーム1の発明の方式によると、

 情報の送り手であるローカルユーザー(local user)から音声及びデータ情報が受け取られ、

 デジタル音声データに変換され、

 圧縮され(compressed)、

 ヘッダーを有する音声データパケットにパケット化される、ものである。

 それら音声及びコンピュータデータパケットは、ともに多重化され(multiplexed)、送り出し用(outgoing)データストリームとして伝送(tansmitted)される。

反対に受け入れる(incoming)音声及びコンピュータデータパケットは、ともに逆多重化され(demultiplexed)、逆パケット化され、展開される(decompressed)。

{用語の意味}

 パケット化→データを特定のサイズに分けて、その各々に対してデータの中身にプロトコルヘッダーなどを付すること。

 多重化→電気通信やコンピュータネットワークに置いて、複数のアナログ信号またはデジタルデータストリームをまとめて一つの伝送路で送ること。

(b)控訴審の審理対象となった特許Bのクレーム1は次の要件を含んでいる。

 送り出し用の圧縮された各デジタル音声パケットにヘッダーを配置する段階と、

 その圧縮された送り出し用デジタル音声データパケットを送り出し用コンピュータデジタルデータパケットに対して多重化し、一つの送り出し用パケットストリームを形成する段階と、

 送り出すパケットストリームを伝送する(transmitting)段階と、

 コンピュータデジタルデータと圧縮化したデジタル音声パケットとが多重化された受け入れ用のデータを受信する(receiving)段階と、

 それらコンピュータデジタルデータと圧縮化したデジタル音声パケットとを逆多重化する段階

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B特許Cの発明の概要は次の通りです。

(a)特許Cの請求項1の内容

 マイクロフォンを介して受信したローカルアナログ音声信号(local analog voice signal)を送信するとともに、リモートアナログ音声信号(remote analog voice signal)をスピーカーで音声化(playing)するハンズフリー(hands-free)式のスピーカフォンと、

 スピーカフォンに連結され、前記ローカルアナログ音声信号をデジタル化してローカルデジタル音声信号を生成するとともに、リモートデジタル音声信号をデコードしてローカルアナログ音声信号を生成するコーデック手段と、

 ローカルデジタル音声信号を、ヘッダー付きの、外へ出ていく(ongoing)のパケット(packets)に格納する(placing)とともに、ヘッダー付きの、内へ入ってくる(incoming)パケットからリモートデジタル音声信号を受信する手段と、

 電話回線に連結され、完全二重通信方式(full deplex communication)によって、リモートから入ってくるパケットを受信する(receiving)とともに、リモートへ出ていくパケットを送信する(sending)手段とを具備する、コミュニケーション・システム。

{用語の意味}

コーデック (Codec) …符号化方式を使ってデータのエンコード(符号化)とデコード(復号)を双方向にできる装置やソフトウェアなどのことをいいます。

(b)特許Cのクレーム7には、完全多重スピーカーフォンの操作方法であって、ローカル側(local site)からのアナログ音声シグナルを受信して(received)、デジタル化して(digitized)、ヘッダーを有する送り出し用のパケットに取り込み(placed)、そしてモデムを用いた一本の電話線を介して(over a telephone line using a modem)リモート側(remote site)へ送信する(receive)ものが記載されている。

 入ってくるパケットからデジタル音声シグナルが取り出され、デコードされ、アナログ音声シグナル信号が生成される。この信号を用いて音楽などを演奏できる。

C特許Dの発明の概要は次の通りです。

(a)特許Dの発明は、音声及びビデオデータの同時伝送のシステム及び方法に関する。

(b)特許Dのクレーム11は、音声及びビデオデータ情報の完全二重伝送(full duplex tansmission)であって、ローカルユーザーから受け取った音声信号がデジタル音声データに変換し、圧縮し、さらにビデオデータパケットにパケット化するものである。音声データパケットは、ビデオデータとともに多重化され、送り出し用のパケットストリームとして伝送される。それとともに入ってくる音声及びビデオデータパケットは受信されるとともに、逆多重化され、音声データパケットは、逆パケット化され、かつ展開される。

(c)特許Dのクレーム11は次の工程を含む。

 圧縮された送り出し用のデジタル音声データパケットを送り出し用のビデオデータパケットに多重化して、送り出し用の一つのパケットストリームを形成する段階と、

 送り出し用のパケットストリームを伝送する段階と、

 圧縮されたデジタル音声データパケットと多重化された受け入れ用のビデオパケットを受信する段階と、

 これら圧縮されたデジタル音声データパケットと多重化された受け入れ用のビデオパケットを逆多重化する段階と

D特許出願の経緯は次の通りです。

 特許出願Cの審査手続において、審査官は、米国特許第5341374号(Lewen文献)及び米国特許第4912758号から全てのクレームが自明である旨(進歩性の欠如)により当該特許出願に対する拒絶理由通知を発した。

 特許出願人側は、次のように自己の発明が先行技術に対して差別化される旨主張した。

“Lewen文献は、音声・データ・イメージ情報を統合して単一の伝送路で伝送するものであるのに対して、特許出願人がクレームした発明の音声パケットは「コミュニケーションシステムから受け手のコミュニケーションシステムへ電話線を介して直接処理される」” 

 また特許出願人側は、“標準的な電話線を介して作動するコミュニケーションシステムは、その電話線の端の電話装置の間でのpoint-to-point接続を構築する。”と主張した。

 審査官は、特許出願人の議論にも関わらず、同じ文献の組み合わせにより再びそれらのクレームを削除した。

 そこで特許出願人は、後の特許Cのクレーム1、13に相当するクレームがモデムを必要とする補正を行い、そして(特許出願人が)クレームする“音声パケットは両サイドの間のpoint-to-pointモデム接続により送信される。” とした。

 前記各拒絶理由通知に対する特許出願人の2つの回答は、特許Bの成立の前であって特許Dの成立の後に行われた。

E地方裁判所の判断は次の通りです。

 第1に、5つの特許の全てに関して、内部証拠(intrinsic evidence)は、甲の発明がpoint-to-point電話線接続の使用に限定されると判断した。
内部証拠(intrinsic evidence)とは

 特に裁判所は、特許出願Cの経過における陳述から、インターネットのごときパケット・スイッチネットワークによる情報伝送は、特許出願人により、保護範囲から除外(disclaim)されたと判断した。

 第2に、裁判所は、明細書の記載から、コンピュータ・デジタル・データパケットに付されたヘッダーは、パケットのタイプ及びパケットの長さを特定するものであると判断した。

 よってデジタル音声データ・パケットに付されたヘッダーは、silent sound又はスピーチ情報のいずれを含むものである。

 第3に、裁判所は、甲が自らlexicographerとして振る舞い、“多重化”という用語を次のように定義したと認定した。

 同じチャンネルを通じた音声データ(V-data)及び従来(conventional)のデータ(C-data)との組み合わせであり、その際に伝送中の時間割り当てを劇的に変化させたもの。

 すなわち、V-dataはC-dataよりも高い優先度を有する。

 第4に、裁判所は、“ハンド・フリー・スピーカフォン”という用語は、高度の電話装置に組み込まれたハードウェア・アレンジメントであると認定した。
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F甲の主張の要旨は次の通りです。

 控訴審において、甲は特許Bのクレーム1、特許Cのクレーム1、2、5、7、13、特許Dのクレーム11中のデータパケットを“送信する”(sending)、“伝送する”(transmitting),”受信する”(receiving)に関する原審の判断を批判した。

 甲は、原審がそれらをデータパケットの直接的な2点間の電話線接続(point to point telephone line connection)の伝送に限定したことを批判したのである。

 甲は、前期クレームが開示されたコミュニケーションシステムの端(ends)を意図しているに過ぎず、ローカルユーザーが電話線を介して送らられたデータパケットがどうなうなるのかまでは言及していないと主張した。

 甲はまた、(特許出願人の)明細書には、モデムに接続された電話線(これは直接的な2点間接続に該当し得る)の他に、インターネットのようなパケットスイッチネットワーク(packet-switched network)にも言及していると主張した。

 また特許Cに関して、甲は、その特許出願の経過においてパケットスイッチネットワークネットワークの伝送は、保護範囲から除外されていないと主張した。

 なぜなら特許出願人は、クレーム1から13がモデムを要件とするように補正することによりLewen文献と差別化したに過ぎないからである。

 さらに甲は、それら4つの特許出願の経緯においてUSPTOが使用した”point to point”と言う用語は、パケットスイッチネットワークをmade over する接続に言及していると主張した。

 さらに甲は、特許Cの経緯における陳述によるディスクレームは、他の2つの特許出願に及ぶべきではないと主張した。なぜなら特許Bは前期陳述前に成立しているし、特許B及び特許Dのクレームは特許Cのクレームとは区別できるからである。

G乙、丙の反論は次の通りです。

 乙・丙は、それら特許の文言、特許Cのクレーム7と、特許明細書とは、直接的な”point to point”接続を必要としていると主張した。

 乙・丙は、また特許出願Cの経過によりそのように解釈することが可能となったと主張した。何故なら特許出願人は、電話回線を通じたローカルサイトとリモートサイトとの直接的な接続を確立するものとして発明を定義しており、そのクレームも、一方のコミュニケーションシステムから受け手側のコミュニケーションシステムへの”point to point”接続を必要としているからである。

 さらに乙・丙は、特許出願Cの経緯は他の2つの特許の理解と関連すると主張した。何故ならばそれらの特許は同じ親の特許出願に由来しており、かつ、共通の明細書を有しているからである。


 [裁判所の判断]
{送信する(sending)・伝送する(transmitting)・受信する(receiving)に関して}

@裁判所は、本件に対する基本的な考え方を次のように述べました。

 当事者は、特許クレーム中の“送信する”・“伝送する”・“受信する”という用語が、電話線を介したコミュニケーションに限定されるのか、それともインターネットの如きパケット・スイッチ・ネットワークにも適用されるのかを争っている。

 当裁判所は、特許B・特許C・特許Dの“送信する”・“伝送する”・“受信する”は、前者に限定され、後者を含まないという乙・丙の主張に同意する。

 クレームの解釈は、それらクレーム自体と、明細書(written description)と、そして必要であれば(禁反言の原則を前提とする)特許出願の経過とから始められなければならない。
 過去の判例によれば、

 “明細書から限定要件を読み取って(read)クレームに当てはめるのは不適切である”が、

 “クレームは明細書の一部であることを念頭に明細書を参酌して読むべきである”

 “クレームは明細書を考慮した上で(in the light of specification)解釈するべきであり、両方から発明を推察するべきである”

 “クレームは、明細書の一部であり、それと無関係のものとして(in a cacuum)解釈してはならない”、と考えられている。

A裁判所は、クレームの文言上からはパケットスイッチネットワークが除外されていないと判断しました。

(a)クレーム上では下記の表現がある。

“完全2重通信モードによりリモートサイトから入ってくるパケットを受信するとともにリモートへ送り出す信号を送信する一本の電話線(a telephone line)に接続されたモデム”(特許C明細コラム46第50〜53行目)。

“リモートサイトに対して送り出すパケットをモデムを使用して一本の電話線を介して送信する”及び“リモートサイトから入ってくるパケットを、モデムを介して受信する”(特許Cのクレーム7)

“外へ出て行く圧縮されたデジタル音声データパケットを、モデムを利用して、一本の通信回線(a communication line)を介して、伝送する。”及び“その通信回線を介して、入ってくる圧縮されたデジタル音声データパケットを伝送する。”

(b)クレームを文言通りに解すると、特許Cのクレーム7のみが“ローカルサイト及びリモートサイトの間のデータパケットの伝送は電話線によらなければならない。”としている。

 特許Cのクレーム1は、電話線に言及しているが、データ伝送よりもモデム接続に言及しているのかどうかは曖昧である。特許Cのクレーム13、特許Bのクレーム1、特許Dのクレーム11の文言は、もっと広い。それは、電話線に言及しておらず、パケットスイッチネットワークによる伝送を除外すると解釈する根拠はない。

A裁判所は、明細書に基づいて次のように判断しました。

(a)しかしながらクレームは、明細書を踏まえて(in the light of specification)解釈するべきであり、3つの特許は同じ明細書を共有しており、当該明細書は、クレーム中のローカルシステム及びリモートシステムについて電話線を介して直接接続したものとして一貫してかつ繰り返し言及している。具体的には次の通りである。

・発明のサマリーの欄ではクレームの個人通信システムは“標準的なリモートサイトに対する音声・ファックス・データコミュニケーションを可能とするハードウェア”を含む旨。

・前記明細書は、さらに“多様なリモートサイトの一つに標準的な電話線を介して通信するローカルシステムのハードウェア要素”について言及している。

・さらに明細書は、好ましい実施例として、ローカルサイトのハードウェアが“リモートサイトのハードウェア要素、例えばファクシミリ装置・モデム・標準的な電話に対して標準的な電話線を介して通信する。”としている。

・明細書はさらにシステムは“ユーザーがリモート側の同様の設備、例えばファクシミリ装置・モデム・標準的な電話に対して単一のアナログ電話線を介して接続することを可能とする”旨を述べている。

(b)これらの言及のうちの幾つかは明細書の発明のサマリーに記載されている。こうした言及は単なる好ましい実施例に過ぎないものとは言えず、3つの特許の発明を広く表現したものと解される。これらの記載は、一本の電話線を介するローカルサイトとリモートサイトとの通信システムとして特徴付けている。さらにこれらの記載は、決して甲が主張するようにシステムの末端(ends of the system)のみを限定したものではない。それどころか、それらの記載は、ローカルサイトからのデータパケットが一本の電話線を介してリモートサイトへ伝送されることを明らかにしている。これにより、ローカルサイトとリモートサイトとの通信手段が一本の電話線であることを明らかにしている。実際に明細書は、電話線を介したデータ伝送に関しておよそ24回(two dozons)以上も言及しているのである。

 他方、明細書にはパケット・スイッチ・ネットワークを示唆している箇所は全く存在しない。明細書中のこれらの明確な記載を踏まえて、発明は、標準的な一本の電話線による通信に限定されていると解釈されるべきであるから、当裁判所は、特許B、特許C、特許Dのクレームがインターネットのようなパケット・スイッチ・ネットワークを介するデータ伝送を含むものと解釈することができない。

 3つの特許が共有する明細書は、ローカルサイトとリモートサイトとの間の通信が一本の電話線を介して生じるという不可避の結論(inescapable conclusion)に導かれるものである。

 共通の特許に基づく“不可避の結論”の法的根拠→242 F.3d at 1342 SciMed Life Sys., 342 F.3d 1361, 1370 Alloc, Inc. v. Int’l Trade Comm’n.

 従って当裁判所は、特許B・特許C・特許Dの“送信”・“伝送”・“受信”は、 パケット・スイッチ・ネットワークではなく、一本の電話線によりデータパケットがローカルサイトからリモートサイトへ伝わることを要求すると解釈する。

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B裁判所は、禁反言の原則に関連して特許出願Cの経過について次のように判断しました。

(a)特許出願Cの経過での行為の解釈とその効果

 甲が発明の範囲を一本の電話線を介した通知に限定したことは、特許出願Cの審査からも確認できる。第1回目の理由通知に対する応答において、特許出願人は、103条の非自明性(進歩性)の規定に言及する前に自分の発明を次のようにサマリーしている。

 “明細書において、特許出願人は、標準的な一本の電話線(a standard telephone line)を介して作用するコミュニケーションシステムを提供している。こうした電話線は、簡単な古いたタイプの電話サービス”(plain old telephone service(POTS))の線であり、両端の電話設備の間の”point-to-point”接続を提供する。特許出願人の発明は、そうしたPOTS線を介してパケットを伝送する。

 この陳述は、明白に3つの特許に共通の明細書、及び、当該明細書に開示されたコミュニケーションシステムに関連する。

 またこの陳述は、ローカルサイトとリモートサイトとの間で一本の電話線を介して通信されると特許出願人が考えていたことを示している。クレームされたコミュニケーションシステムの“両端”というのではなく、データパッケージが一本の(電話)線を介して送られ、その通路はpoint-to-point接続であると述べているからである。

 この陳述は、間違いなく特許B,C,Dに対する甲の理解を示している。当裁判所は、クレームの範囲を特許出願人が認識しているよりも広く解釈することができない。

(b)特許出願中の事実を後の出願に係る特許に適用する事の是非(禁反言の適用範囲1)

 甲は、前述の陳述を特許出願Cの手続中に行ったのであるが、この陳述は特許B及び特許Cにも関連がある。

 過去の判例において、裁判所は、同じ特許出願から派生した第1特許と第2特許との間で共通の用語を理解するために前者の特許出願の経過を後者に当てはめることが可能であるという立場をとってきた。例えば

 903 F.2d 812,818 (Jonson v. Stanley Works)
143 F.3d 1456,1460 (Laitram Corp. v. Morehouse Indus., Inc.,)

  [2つの兄弟特許(sibling patents)の間で特許出願中の経過を相互に適用した。]

 従って当裁判所は、特許出願Cの経過において生じた甲の陳述は、それと兄弟関係にある特許B、Dの明細書の用語の理解に関連がある。実際、甲の陳述は、明細書に開示された“コミュニケーションシステム”という用語に直接関連しており、3つの特許の発明全部を包括する概念である。それ故に米国特許商標庁に対する甲の陳述は、単に特許Cだけでなく、3つの特許に開示された発明に対する特許出願人の理解を描写するものである。

 従って特許出願Cの経過はその後に成立した特許Dの特許にも関連がある。

 なお、下記の判決も参照せよ。

 192 F.3d 973, 980 (Elkay Mfg. Co. v. Eboco Mfg. Co.)

(一つの特許出願の経過を、その後に成立した特許の解釈に適用した事例)

(c)特許出願中の事実を後の出願に係る特許に適用する事の是非(禁反言の適用範囲2)

 特許Bは、特許出願Cの経過での陳述の前に成立したが、当裁判所は、同じ解釈を同じ特許に当てはめる事が不健全であるとは考えない。

 我々は、その特許権者が特許出願人であったときの言葉を採用しているに過ぎず、本人が明確に表示した範囲を超えて特許Bの範囲を解釈することはできない。

 特許権者は、“特許出願Cの途中での陳述を特許Bの解釈に適用するべきではない。何故なら特許出願Bの審査を担当した審査官は、当該出願のクレームを許可する際に、前記の陳述に依拠ることができない(could not have relied on)からである。”と主張しているが、当裁判所はこの主張に賛同できない。

 特許権者の主張は、195 F. 3d 1322, 1323 Georgia-Pacific Corp. v. United States Gypsum Co. 事件の判例に基づいている。

 しかしながら我々裁判官は、審査官が特許出願人の陳述に依拠していたか否かに関わらず、そうした陳述はクレーム解釈に関連する(relevant to claim interpretation)旨を様々な機会に表明してきた。

・143 F.3d 1456,1460 (Laitram Corp. v. Morehouse Indus., Inc.,)

“審査官が先行技術の説明に関する特許出願人の陳述に信頼を置いていないという事実は、クレームの解釈の目的において当該陳述が重要でないもの(inconsequential)であることを意味しない。”

・849 F.2d 1430, 1438 (E.I.du Pont de Nemours & Co. v Phillips Petroleum Co.,)
審査官の動機に関わらず、特許出願中の手続としてなされた議論は、クレーム中の文言に関して特許出願人が意図していた意味合いに明らかにする。

 特許権者が主張の根拠としたGeorgia-Pacific 事件の判決も、前述の諸判決と逆の立場をとるものではない。この事件では、我々裁判官は、特許が成立した後で他の特許出願(後願)において特許出願人が行った陳述に権利者が拘束される(bounded by)という主張を退けたのである。

 この事件で侵害者とされた側の主張は、たとえ内部証拠が広いクレーム解釈を支持している場合であっても、(狭いクレーム解釈を裏付ける)特許出願人の陳述が行われたときには、特許権権者は前記陳述により広いクレーム解釈を行うことを禁止されるというものである。
当裁判所は、第一番目の特許出願の審査官が審査の基礎として依拠することのできない、後の特許出願での陳述により、特許権者に禁反言が適用され、権利の行使が制限されるという議論を、拒否する。しかしながら、当裁判所は、そうした特許出願人(特許権者)の陳述が発明の範囲に無関係(irrelevant)であるとも示唆しない。

関連する特許出願でのいかなる権利者の陳述もクレーム解釈に関して発明の範囲に関係がある。そして本件の場合には、特許権者が発明の範囲を特徴づけることに注意を払う動機付けがあったという事実により、前記陳述の関連性は強化されるのである。

 従って当裁判所は、特許出願Cの経緯で行われた陳述は、明細書を共通する発明の範囲に関して、特許C及び特許Dだけでなく、特許Bに対しても、関係性があると結論づける。

{多重化(Multiplexing)に関して}

 甲は、特許B及び特許Cの多重化(Multiplexing)に関して、下位裁判所が“音声データがコンピュータデータよりも優先される。コンピュータデータは、検知(detected)されかつ除去(discarded)されたサイレント・パケットと置き換えられる。”と判断したことが誤りであると主張している。

 甲が自らのlexicography(辞書編集)において“multiplexing”が“dynamic multiplexing”(音声及びコンピュータデータパケットを同じ経路を通じて送信する際にそれぞれのデータの送信時間の割合をダイナミックに変更すること)であることに関しては、当事者の間には争いがない。
lexicography(辞書編集)とは

 しかしながら、音声データがコンピュータデータよりも優先されるという地方裁判所の判断が妥当か否かの点に関して、当事者は対立している。当裁判所は、その判断を妥当とする乙らの見解を支持する。しかしながら、当裁判所は、甲の主張のうちの前述のMultiplexingはサイレンスパケットを検知・除去することは必要ないという点に関して、甲を支持する。

 (以下省略)

{結論}

 当裁判所は、“Multiplexing”・“header”・“speaker-phone”に関しての地方裁判所の判断の一部を修正するが、地方裁判所のクレーム解釈を我々が変更することは、甲の非侵害の条件に関して何ら影響しない。従って最終的な結論として、原判決は肯定される。


 [コメント]
@本件の主たる争点は、後の特許出願の審査において先行技術との差異を明らかにするためにクレーム中の用語に関して特許出願人が説明した事柄に関して、禁反言の原則(エストッペル)を、それ以前に成立した特許の用語に関して適用できるのかということです。

A先行する判決として、特許出願の審査官が依拠することのできない事柄に関して禁反言の原則は適用できないというものがあり、本件訴訟の当事者(甲)は、先の特許出願の審査官は、進歩性などの判断において、後の特許出願での陳述を審査の基礎とすることができなかった(依拠できなかった)のだから、禁反言の原則は適用されるべきではないと主張しました。

Bもっとも先後の特許出願は、同じ源(親出願)に起因する兄弟出願(継続出願)でした。

C裁判所は、それらの特許出願の明細書が実質的に同じものであることに着目し、この共通の明細書から導かれる“不可避の結論”として、当該用語に関する狭い解釈を出し、これを裏付けるために後の特許出願での陳述に禁反言の原則を適用しました。

 本判決によれば、後の特許出願での陳述は当該陳述の前に成立した、同じ親出願から派生した特許のクレーム解釈と無関係ではなく、条件次第では、禁反言の原則によってクレームの文言を限定解釈する方向に働きます。しかしながら、明細書を踏まえてもクレーム中の用語について広い解釈しかできない場合にまで、禁反言の原則の適用を無条件で認めるものではありません。

D本件では、明細書の発明のサマリーの部分にまで“a telephone line”(一本の電話線)が記載されているのが問題となります。
Summery of the Invention(発明のサマリー)とは 

英語の不定冠詞の“a”は“一つの”という意味ですが、クレームや明細書に不定冠詞の“a”が使われているからと言って、通常は、“more than two”を除外することにはなりません。
192 F.3d 973 [Elkay MFG CO. v. Ebco MFG. CO]

(前記各クレームの“供給チューブ/プローブ”に付された不定冠詞“a”は、文法的には一つの“供給チューブ/プローブ”を意味する。しかしながら、当該不定冠詞は、液体及び空気の流路を限定する意義を有しないと解釈するべきである。)

Eしかしながら、本件では、特許出願人は、自分のシステムはpoint to point 通信である点で先行技術と異なると陳述しました。こうなると“一本の電話線の端から端まで”の通信であり、そうではないものは除外する、という意図であったと解釈されても仕方がないのです。


 [特記事項]
 
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