[事件の概要] |
@事件の経緯は、次の通りです。 (a)Du Pont(甲)は、 1956年3月1日、共重合体の発明に関して米国特許出願A(第568,707号)を行うとともに、 1978年1月4日、Aに基づく部継続出願である特許出願B(第632,416号)を行って、 1978年2月28日に、Bについて特許4076,698号(本件特許という)を取得した。 特許の取得が遅れた理由の一つは、特許出願Aが抵触審査の対象になったからである。 →抵触審査とは 特許出願Aの当初のクレームは方法及び製品のクレームを含んでいたが、抵触審査の途中で方法のクレームはキャンセルされ、本件特許には製品クレームのみが残った。 (b)1981年に、甲は、Phillips (乙)が特許侵害をしているとして地方裁判所に提訴を行い、これに対して、乙は反論及びカウンタークレームに行い、特許の無効(invalidity)、非執行可能性(unenforceability)、非侵害(non-infringement)を争った。 (c)乙が論争の根拠とした先行技術は下記の通りである。 ・1955年のWitt & Leatherman 文書(引用文献1) ※Witt & Leathermanは乙の研究員(resercher)である。 ・米国特許第3,058,963号(引用文献2) ・米国特許第2,728,752号(引用文献3) (d)裁判において、甲は、乙が引用文献1を通じてエチレン及び高級オレフィンの共重合体を、特許出願Aの発明の発明時より前に製造したいたことを認めた。しかし、甲は、自分の共重合体が2つの特性−明細書には記載されているが、クレームに明示的に記載されていない特性−において引用文献1と異なると主張した。 (e)地方裁判所は、甲の主張を受け入れて、この特性をクレーム解釈に取り入れ、本件特許が無効ではなく、非執行可能ではなく、故意ではない侵害があったと認定した。 A特許請求の範囲 エチレンと高級オレフィン系炭化水素との共重合体であり、 高級オレフィン系炭化水素は一分子あたり5〜10個の炭素原子を有し、 また高級オレフィン系炭化水素は、一分子あたりに一個のCH=CH2のterminalを有するともにそれ以外のオレフィン系unsaturationを有している共重合体において、 X線のcrystallinityは40から70%であり、 メルトインデックスは0.3から20%の範囲であり、 濃度は0.9から〜0.95の範囲であり、 さらに共重合体中の高級オレフィン系炭化水素の内容物が重量比で3%未満である限り、その濃度が0.93未満であることを特徴とする共重合体。 B争点 (1)地方裁判所は、無関係の(extraneous)特性の限定をクレーム解釈に採用するという誤りをしたか。 (2)地方裁判所が米国特許法第102条(g)(新規性)に関して特許は無効でないと判断したのは誤りか。 (3)地方裁判所が米国特許法第103条(進歩性)に関して特許は無効でないと判断したのは誤りか。 (4)地方裁判所は、本件特許の非執行性に関して判断を誤ったか。 (5)地方裁判所は、本件特許が侵害された旨の認定に関して明らかに判断を誤ったか。 (6)地方裁判所は、故意侵害の証明に関して誤った基準を適用したか。 |
[裁判所の判断] |
@控訴裁判所は、クレーム解釈に関して次のように判断しました。 (a)地方裁判所は、Du Pont の発明のエッセンスがフリーラジカルポリエチレンなどに比べて次の2つの特性で優れていることであると信じた。 ・環境応力亀裂抵抗(environmental stress-crack resistance) ・衝撃強さ(impact strength) 地方裁判所は、これらの特性を取り込んでクレーム解釈をしたが、これは誤りであった。 (b)発明を定義する際のクレームの重要性は、先行する判決において明確に述べられている。384 F.2d 391,395-96 Autogiro Co. of America v. United States (c)特許のクレームは発明の正確かつ正式な定義を与える。各クレームは番号を割り当てられたパラグラフとして記載され、特許出願人が発明と認識する主題を明確に示すものでなければならない。それらの言葉使い(wordings)にしたって侵害があったか否かを決定しなければならない。裁判所は、特許権者が定めたこと以外の何かを付け加えて、クレームを広く又は狭く解釈することができない。裁判所は、ただクレームを解釈するのみである。 (d)これらの考え方に基づき、当裁判所は、先の判決(718 F.2d 365 SSIH Equipment S.A. v. U.S. Int'l Trade Comm)で示された“裁判所は特許権者がクレームに選んだ事柄を変更してはならない。”というプロポジッションに忠実であろうと考える。 さらに他の判決(781 F.2d 861, 867 Loctite Corp. v. Ultraseal Ltd.,)では、“一般に、明細書に表れた特定の限定或いは実施例は、クレームに読み込む(read into)ことをしてはならない。”と説諭している。 (e)クレーム中の用語やフレーズに特許権者がこめた意味合いを解釈するために明細書を用いることは、全く正しいことである。例えば781 F.2d 861, 867,( Loctite Corp. v. Ultraseal Ltd.,)を参照せよ。 (f)しかしながら、こうした解釈手法と明細書に表れる無関係な(extraneous)限定条件をクレームに追加することとは、区別されなければならない。“無関係な”とは、クレーム中の用語やフレーズに関して特許権者が意味することを解釈する必要から全く離れて(wholly apart from)明細書からクレームへ或る限定条件を読み込むことである。845 F.2d 981, 987 (Specialty Composites v. Cabot Corp.,)によれば、‘明細書が限定条件を必要としていないときには、その限定条件は明細書からクレームへ読み込まれるべきではない。’とされている。 (g)地方裁判所は、先例として383 U.S. 39(United States v. Adams)を引用した。しかしながら、Adamsの事例は、無関係の限定条件を明細書からクレームへ読み込むことを支持する事例ではない。Adamsの特許は、クレーム中の様々な要素からなるバッテリーであり、その要素の何もが“水”ではない。Adamsは、先行のバッテリーと異なり、注水することで作動するという予期せぬ効果を成功裏に発揮できると主張しただけである。水を持ちうることはクレーム中に記載していなかった。そして裁判所はその効果を評価して発明の進歩性を認めた。 進歩性を認めるために、裁判所は、Adamsの発明のクレームに水という要素を組み込む必要がなかった。裁判所は、進歩性に関する相手方の議論に対する反論して、“水”について論じたに過ぎない。 (h)”我々は、ある事件での新規性や侵害を立証する目的でクレーム中に本来存在しない或る要素をクレームに読み込むことを正当化する法律上の根拠を知らない。一旦そういうことをするためにクレーム中にない要素をクレーム解釈に用いると、それは歯止めが効かなくなってしまう。それがこの問題の難しいところである。” 160 U.S. 110, 116(McCarty v. Lehigh Valley R. Co.,) (i)甲(Du Pont)は、地方裁判所の判断を正当化するために、先例として420 F.2d 1010(Decca Limited v. United States)を引用した。これは間違っている。Deccaのクレームは、ミーンズ・プラス・ファンクションの形式("means plus function" format)で記載されており、これは米国特許法第112条の最後のパラグラフに準拠する。従ってDeccaの事件で明細書の記載に基づいてクレーム解釈をしたのは、法律の規定に基づくことではあるが、クレームの用語を解釈するために明細書を参酌するための普通のルールではない。 (j)Decca判決或いは他の判例でのクレーム解釈では、無関係の限定要件をクレームに読み込むことでクレームの無効を回避できた事例として認識されるかもしれない。しかしながら、例えば718 F.2d 365, 385(SSIH Equipment S.A. v. USITC)では、クレーム解釈の際に無関係な限定要件を読み込むことを拒否しており、従ってこうした解釈方法は現在では否定されるべきである。 従って今回のケースで地方裁判所が2つの特性をクレームに読み込んだことは法律的に間違っている。従って本判決では、これら特性を含まない形でクレームを解釈する。 A控訴裁判所は、本件発明の新規性に関して次のように判断しました。 (a)米国特許法第102条(g)によれば、「発明が、米国に於いて特許出願人の発明の前に、他の者によってなされており、かつ当該発明が放棄・隠蔽・秘密にされていない場合」には、当該特許出願人は特許を受けることができるとされている。 (※…2011年改正前の米国特許法) (b)本件特許のクレームは、2つのグループに分かれる。一つは、クレーム2、5、10、14であり、これらは、濃度、結晶化度パーセント(percent crystallinity), メルトインデックス(melting indices), percent monomer、モノマーの種類で特定されているのみである。クレーム5が代表例である。甲は、上述の要件に適合するWitt & Leathermanの共重合体が合衆国において甲の発明前に製造されたことを認めている。このことはクレーム2、5、10、14が甲の先行技術から予期性がある(新規性がない)ことを意味するので、原判決のうちこれらクレームにかかる部分を無効とし、特許を無効であると宣言する。 →予期性(Anticipation)とは 残りのクレーム1、12は、差し戻し審理に付される。これらのクレームは、他の4つのクレームに存在しない限定条件を含んでおり、この要件はWitt & Leathermanの文献には開示されている。 B控訴裁判所は、本件発明の進歩性に関して次のように判断しました。 地方裁判所も認識しているように、非自明性(進歩性)の決定は、事実認定に基づく法律上の問題である。不適切にクレームに導入された2つの特性を排除することにより、地方裁判所はクレームの定義を変更せざるを得ないが、これは多くの事実認定及び法的結論に影響を与えるものと考えられる。当裁判所は、正しい解釈に基づいてクレームの進歩性を再評価することを求める。 (後略) C禁反言(濃度に関して) クレームの解釈・新規性・進歩性に関して述べた理由で原判決は取り消されるべきであるから、それらの判断に基づく侵害の解釈も当然に取り消されるべきであるが、訴訟経済の要請(judicial economy)から、侵害に関する争点について当裁判所の見解を述べる。 →訴訟経済(judicial economy)とは 乙(Phillips)は、次のように主張している。 ・クレーム中の濃度条件である“0.95”とは“0.950”のことである。 ・地方裁判所は、当該要件を“0.9451〜0.9550”の間であると間違って解釈したと。 ・この間違った解釈により、地方裁判所は“0.9451〜0.9550”の間の濃度を有する乙の製品が権利侵害(文言侵害)であると誤って判断した。 乙は、特許出願の経緯において甲(du Pont)が意見書(argument)で論じた濃度の意味は、地方裁判所の解釈とは全く正反対であると主張している。 当裁判所は、特許出願の経緯での意見書での議論は、クレーム中の用語の意義を決定する上で関連があるものと認める。意見書やそれ以外の特許出願の経緯は、明細書や他のクレームと同様に、特許出願人(発明者)がクレーム中で伝えようとした意味を汲み取るために慎重に審査されなければならない。781 F.2d 861,867 Loctite Corp. v Ultraseal Ltd. 本件での特許出願の経過の参酌は、一般的な包袋禁反言の用い方と異なっている。包袋禁反言の用い方は、クレームが適切に解釈された後に均等論を使用しようとする試みを規制するためのものである。地方裁判所は、特許出願の経緯は、後者のケースでのみ用いることができる、と誤って解釈した。すなわち、乙が濃度・結晶化・単量体(comonomer)に関して5つの禁反言の議論を提起して権利範囲を規制しようとしたところ、地方裁判所は、これらの議論の全てを退けた。禁反言が適用される伝統的なシチュエーションとは異なるというのである。伝統的な禁反言の考え方とは、例えば特許出願人がクレームを減縮したときには、均等論を頼りに、その失われた部分に関して回復しようと試みることは許されないというものである。 地方裁判所は、“0.95”という文言を解釈する際に、明細書と慣習的な科学的表記方法に言及している。しかしながら、特許出願の手続において、甲は0.950と0.955との間の濃度が当該クレームの範囲内にないと主張していた。この考え方は、甲が現在力説しているクレームの解釈と矛盾している。 前記特許出願において、審査官は次のように述べた。“Field and Feller(以下F&Fという)文献に開示されたポリマーの濃度が特許出願人のクレームの範囲に含まれるから、クレームされた共重合体との相違は見当たらない。” これに対して特許出願人であった甲は、次のように回答した。 “F&Fがどこで入手したにせよ、‘通常の固形の炭化水素物物質’('normally solid hydro-carbon material')の共重合体(polymerization product)は…、特許出願人によりクレームされた濃度0.9から0.95の新規の分岐ポリエチレン(branched polyethylenes)の範囲というよりはむしろ(rather than)、濃度0.954から0.97の直鎖状ポリエチレンホモポリマー(linear polyethylene homopolymers)の範囲内である。” 審査官は(特許出願の)拒絶理由においてF&F文献で開示された濃度の一つである0.9547は特許出願人のクレームの数値範囲(0.9から0.95)の範囲にあると仮に認定した(posit)が、これに対して特許出願人甲は争った(contested)。 甲は、後に審査官が当該拒絶理由を撤回し、F&F文献と区別するために0.95の濃度の記載に根拠を置いていないと主張している。しかしながら、この議論は的を外している(misses the point)。 審査官の動機に関わらず(Regardless of the examiner's motives)、特許出願の手続でなされた意見の陳述は、さまざまな用語に対する特許出願人の意味付けに光を当てる資料となると考えるべきである。甲は、F&F文献で開示された濃度0.954がクレームの数値範囲から外れると述べただけでなく、同文献で開示された次に高い濃度0.9557は特許出願人のユニークな分岐ポリエチレンの濃度よりはるかに高い(far above)と述べている。さらに特許出願人甲は、同文献が示す0.9585の濃度は全く高い濃度(quite high density)であるとも述べている。 地方裁判所は、差し戻し審では(on remand),濃度のパラメータの意味に対して、特許出願の経過及び明細書などの他の要素に照らして検討するべきである。もし地方裁判所がパラメータが変化したと判断したら、侵害の判断を再評価しなければならない。しかしながら、当裁判所は地方裁判所に対して警告する。たとえ特許出願の経過から0.950の濃度を再定義し、そして濃度が0.9501と0.9550の範囲にある乙の製品に対する文言侵害の事実認定が変わったとしても、それとは別に均等論による侵害の問題を判断しなければならない。特許出願の経緯はクレームをより限定的に解釈するために用いられるところ、同じ経緯により均等論の元での均等の範囲を解釈しなければならない。 |
[コメント] |
@本判決は、まずクレーム解釈に関して次の2つの解釈方法を混同してはならないと説諭しています。 ・クレーム中に用いられた用語の意味を明らかにするために明細書の記載を参酌することは正当である。 ・クレーム中の用語を解釈する必要とは関係なく限定要件を明細書からクレームに読み込むことは許されない。 A日本では、明細書中の記載をクレームに読み込むことを制限する判決としてリパーゼ判決があります。クレーム中に“リパーゼ”という文言があり、明細書中に具体例としてRaリパーゼという事項が挙げられていても、クレームの記載が一義的に意味を理解できなどの特別の事情がない限り、特許出願人が用いた“リパーゼ”という用語を限定的に解釈することは許されないというものです。 →リパーゼ判決とは B包袋禁反言の原則に関しては、拒絶理由通知に対して特許出願人が意見書で釈明したときには、その拒絶理由通知が何らかの事情(審査官の誤解など)により撤回されたとしても、特許権の行使の際に当該陳述に基づいて包袋禁反言の原則を適用することを妨げないと説諭しています。 →包袋禁反言の原則とは すなわち、審査官の意図とは無関係に特許出願人が表明したあらゆる意志表示は禁反言原則の適用対象となります。 |
[特記事項] |
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