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①優先権制度導入当時の特許出願の解説書を読むと、実施例補充型の国内優先権の利用態様に関して次のように説明されています。
ある一つの着想が生まれた場合にこれを十分に実証するためには相当の時間がかかるので、とりあえず判明している実施例を記載してその着想を特許出願する、そうすると、そのまま当該特許出願が審査に付されると、実証不足とされ、実施例についてしか権利が取れない可能性があるので、追加の実施例が整い次第、国内優先権を主張して、実施例を補充した第2の特許出願を行うことが考えられる。
②しかしながら、現在では、特許出願にサポート要件が厳しく要求されるため、その着想の範囲と実施例の範囲との差異が大きすぎる場合に実施例追加型の国内優先権の利用態様を採用することは、リスクが大きいと考えられます。
③すなわち、下の参考図に示すように、第1の特許出願において一つの請求項に対応して一つの実施例しかないとします。破線は、特許出願人がその実施例によりサポートできると想定されるラインであるとします。国内優先権を主張する第2の特許出願において、そのサポート想定ラインと請求項の範囲との隙間を埋めるように実施例を追加したとします。
(イ)そうすると、実質的に第1の特許出願との間で同一性が担保できないため、この請求項の新規性・進歩性等の判断時期が第2の特許出願の時となってしまうのです。
(ロ)これを回避するために請求項を減縮する必要がありますが、上述のサポート想定ラインが第1の特許出願の明細書に記載されていない場合、第1の特許出願の実施例の範囲まで請求項を限定しなければなりません。
そうしないと、補正は新規事項の追加禁止の要件に反することになり、特許出願の拒絶、特許の無効などの理由となるからです。
④国内優先権を主張した特許出願の明細書に実施例を補充した結果として、実際に特許出願日の遡及が認められなくなった事例として、平成14年(行ケ)第539号「人工乳首」事件があります。
(イ)これは、人工乳首に「伸長部」として第1の特許出願の明細書に環状の肉薄部を実施例として記載していたところ、螺旋状の肉薄部を補充した第2の特許出願を行い、優先権が認められなかったというものです。
(ロ)その理由は、螺旋状とすることでより伸び易くなるという固有の効果が生ずるので、同一性がない、と判断したからです。
⑤国内優先権の事例ではないですが、補正が要旨変更であるか否かが争われたケースがあります。→要旨の変更とは
(イ)筆記具(水性ボールペンなど)のインクの漏れ出し防止用の逆流防止剤として、出願当初の明細書中の単なる「ポリブテン」としたのを「ゲル化剤を添加したポリブテン」とした補正に関して、同一性を欠如するので要旨変更とされたのです。
(ロ)何故なら補正前の「ポリブテン」は粘性と流動性とを兼ね備えた物質であるというに留まるのに対して、「ゲル化剤を添加したポリブテン」は、揺変性(時間経過により粘性が変化する性質)が加わり、それにより、作用・効果が変化するので、これは「逆流防止剤」としては別個のものであろうと考えられたのです。
(ハ)これは補正による要旨変更の事例ですが、同様の実施例を、国内優先権を主張して第2の特許出願に補充しても優先権を否定される可能性があります。どちらも発明(考案)の同一性の問題だからです。
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