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●192 F.3d 973 「液体容器サポート及び衛生的な供給システム」事件


特許出願の経緯(包袋禁反言)/進歩性/液体容器サポート

 [事件の概要]
@Ebco MFG. CO.(乙)は、地方裁判所の判決〔Elkay MFG CO.(甲)が所有する2つの特許(特許第5,222,531号・第5,289,855号)が有効であり、かつ乙により侵害された旨の判決〕を覆すために提訴しました。裁判所は、乙の製品が甲の特許権を侵害していないと認めて、地方裁判所の決定を覆しました。

A乙の製品は主として甲の特許第5,222,531号(B特許という)のクレーム1,7及び第5,289,855号(C特許という)のクレーム1の侵害であるとして訴えられました。特許B及び特許Cは同一の特許出願から派生したものです。すなわち、特許Bは、米国特許出願第684,642号(特許出願A)の継続出願である米国特許出願898,570号(特許出願B)に対して付与されたものです。他方、特許Cは、特許出願Aの別の継続出願である米国特許出願第58,639号(特許出願C)に対して付与されたものです。

B特許Bの請求項1をpreambleとbodyとに分けて説明します。

〔preamble〕

(a)キャビネット内の倒立状態の容器体から上面開口のレシーバーへ予め定めた最大液位まで飲料水などの液体を供給するように構成され、

(b)前記容器体は、圧縮されていない容器体であって、実質的に剛性の円筒条の胴部から内向きの肩部を介して円筒状の首部を連設して液体を閉じ込める内表面が形成されており、

(c)当該首部の開口部が首部の外面を囲む同軸キャップが設けられており、当該同軸キャップは、内側の凹部を有するとともに、中空筒状スリーブ部分及びプラグ部分を含んでおり、当該密閉プラグ部分は、閉塞端部内に中空筒状スリーブ部分との連結用のグリッピング手段を有する中央キャビティを有する、

(d)液体容器サポート及び衛生的な供給システム。

〔body〕

前記液体容器サポート及び供給システムは、

(e)前記キャビネットの上部に嵌合することが可能に形成され、かつ前記倒立状態の容器体の肩部を支えるための環状リングが設けられ、この環状リングから下内方へ延びる内壁の下端を実質的に閉塞してなる、容器体の首部及び同軸キャップを支えるためのテーパ状のエントリー部分(entry portion)を有し、このエントリー部分が、実質的に閉じた底端部を備えるとともに倒立状態の容器体の首部が前記環状リングで支えられている状態で上記首部及び同軸キャップよりも長く形成された、取り外し可能な装着手段(removable mounting means)と、

(f)取り外し可能な装着手段により装備された、レシーバーの上端開口を液密にシールするシール手段(sealing means)と、

(g)前記同軸キャップの中空筒状スリーブ部分及び容器体の肩部内へ挿通可能なサイズに形成され、倒立状態の容器体からレシーバーへ至る一つの流路(a hyhienic flow path)が形成され、当該流路はレシーバー内の予め設定された最大液位まで液体を供給するとともに当該液位より上のレシーバー部分内の空気が容器体へ入ることを許容するものであり、上端部及び下端部を有する一つの直立供給チューブ(an upstanding feed tube)と、

(h)前記取り外し可能な装着手段により装備され、直立供給チューブを強固に支持する手段であり、エントリー部分の底端部から上方へ突入する前端部及び当該底端部から下方へ延びてレシーバーへ突入する下端部を有し、前記最大液位レベルを規定する支持手段と、

 を具備しており(comprising)

 前記直立供給チューブは、倒立状態の容器体の肩部が前記環状リングに支えられている状態で、前記キャップのプラグ部分が中空筒状スリーブ部分及び倒立状態の容器体の液体封じ込め面と接触しないで(free of contact with)保持されるような長さ及び寸法を有することを特徴とする。

C特許Bの請求項7及び特許Cの請求項1は、特許Bの請求項1と次の点でのみ相違しています。

 特許Bの請求項7は、“延長供給チューブは…への空気の流入を許容するとともに…からの飲料水の供給を可能とし、”という要件を有すること。

 特許Cの請求項1は、“直立供給プローブは…からの液体の供給を可能とするとともに…への空気の流入を許容する衛生的な流路を形成し”という要件を有すること。

〔特許B〕

図面1

D本件で地方裁判所の判断は次の通りです。

(a)前記各クレームの“供給チューブ/プローブ”に付された不定冠詞“a”は、文法的には一つの“供給チューブ/プローブ”を意味する。しかしながら、当該不定冠詞は、液体及び空気の流路を限定する意義を有しないと解釈するべきである。

(b)空気の流路及び液体の流路を別々に分離することが、空気及び液体の混合(intermingling)を可能とするために除外されているとは、前記各クレームの表現からは読み取ることができない。

(c)乙の製品は、同心状の二つの供給チューブを有するno-spillアダプターです。

(d)地方裁判所は、甲のクレームを上記の通り解釈して、乙の製品が甲の特許を侵害していると認定した。


 [裁判所の判断]
@CAFC(第2審裁判所)は、審理の進め方に関して次のように述べました。

(a)特許権侵害の分析は2段階にわたる。第1段階は、特許クレームの意味と範囲を決定することである。第2の段階は当該特許クレームを係争物と比較することである。

(b)特許クレームの解釈は、当裁判所が最初から(de novo)判断するべき法律上の疑問である(※1)
de novo reviewとは(覆審)

(c)クレーム解釈上の主たる論点は、“液体を供給するとともに当該液位より上のレシーバー部分内の空気が容器体へ入ることを許容する…一つの直立供給チューブ(an upstanding feed tube)”の意味である。

(d)裁判所がクレームを解釈するときには、まず、特許書類それ自体(クレーム、明細書)及び特許出願の経緯などの内部証拠に注目するべきである。90 F.3d 1576, 1582 Vitronics Corp. v. Conceptronic, Inc.,を参照されたい。
内部証拠(intrinsic evidence)とは

(e)裁判所は、特許発明及び背景技術を自ら学ぶために外部証拠を利用することができる。しかしながら、内部証拠と明らかに矛盾する外部証拠を用いてクレームの解釈を行ってはならない。161 F.3d 709, 716
外部証拠(extrinsic evidence)とは

A裁判所は特許Bの権利範囲に関して特許書類から次のように考察しました。

(a)乙は、不定冠詞“a”が供給チューブに用いられているから、これが“空気及び水双方のための一つの流路を備えた単一の供給チューブ”を意味すると主張しているが、この解釈は行き過ぎである。たとえ不定冠詞“a”“an”が文法的に“一つの”という意味を示していても、我国の裁判例は使用される状況においてそれら不定冠詞が“一つ又は一つ以上のもの”を意味することができることを示している。

(イ)例えば122 F.3d 1019, 1023 Abtox Inc. v. Exitron Co.,では、「(チャンバーという名詞の前に置かれた)不定冠詞“a”は文法上は一つのチャンバーを意味するけれども、例えば“具備する(comprising)”という接続句(transitonal phrase)を含むクレーム中における“a”は“一つ又は複数の”を意味すると理解される」と判示している。

(ロ)この先例を参考とすると、特許Bの“upstanding feeding tube”に前置された不定冠詞“an”は、それ自体では“液体及び空気のための単一の流路を形成する単一の供給チューブ”を意味するけれども、クレームの接続句としてopen termである“具備する”を含んでいるクレームの意味を全体として考えると、保護の範囲が“液体及び空気のための単一の流路を形成する単一の供給チューブ”に限定されているとは解することができない。
Open termとは(特許出願の)

(b)また乙は、明細書(written description)に記載された供給チューブは、全て単一の空気及び液体の流路である単一の供給チューブであると指摘している。

 しかしながら、明細書に記載された発明は好ましい実施の態様に過ぎない。177 F.3d 968 , 973. 明細書はクレーム中の“upstanding feeding tube”の意味を最終的に確定するものではない。

zu

B裁判所は特許Bの権利範囲に関して、包袋禁反言の法理(エストッペル)の観点より、特許出願の経緯から次のように解釈しました。

(a)特許出願の経緯は、もともと特許出願人が何についてクレームしていたのか、或いは審査官の拒絶理由通知に臨んで何を保護範囲から切り捨てたのか、に関して光を照らすものである。968 F.2d 1202, 1206 Lemelson v. General Mills, Inc.,
では、“クレーム中の用語の正しい意義は、特許出願の経緯を読み取ることで確立される。”

(b)乙は、特許出願Bの経緯は甲が“供給チューブ/プローブ”を液体及び空気の別々の通路を有する装置として解釈する可能性を放棄したことを示していると主張している。

 当裁判所は、この主張に同意する。

(c)特許出願Bの審査段階において、審査官は米国特許第2057238号(引用例1)及び米国特許第R32354号(引用例2)に基づいてクレーム16及び22(特許Bのクレーム1及び7に相当する)に対して進歩性(非自明性)の欠如を根拠として拒絶理由通知が特許出願人甲に対して発した。

(イ)引用例1は、2つの別々の供給チューブ(圧縮空気の供給用のものとビール供給用のもの)を備えたビール供給装置を開示している。

(ロ)引用例2は、液体供給チューブが圧縮可能なバッグに接続され、接続箇所から空気が入らないようにした装置を提供している。

〔引用文献1〕

図面2

(d)特許出願人甲は、拒絶理由通知に対して次のように反論した。

(イ)本件特許出願では、液体を供給するとともに空気が入ることを許容する一つの供給チューブを開示しているのに対して、引用例1は、本件特許出願のクレームのpreambleに記載しているような上面開口のレシーバーを有さず、従って、倒立状態の容器体からレシーバーへ一定の液位まで液体を供給するとともに空気の流入を可能とする流体通路を開示も示唆も為し得ない。

(ロ)引用例1が液体用及び空気用の別々のチューブを開示していたから特許出願人甲は別々の供給チューブの構成をクレームの範囲から放棄せざるを得なかったのである。

(ハ)従って甲は、クレーム1、7の供給チューブの限定要件に関して液体及び空気のための別々の流路を設けるという態様が含まれるという議論を為し得ない。

(e)甲は、(包袋禁反言を論拠として権利範囲が限定されるという見解に対して)、次のように反論した。

(イ)特許出願の審査の段階での拒絶理由通知に対する意見書を提出する際に、クレームの補正はしていない。

(ロ)前記の意見では、引用例1〜2ではレシーバーが上面開口ではないことに重点が置かれている。

(f)前記(e)の反論は、説得力がない。

zu

(イ)特許出願の経過での意見書での陳述にはクレームの補正と同程度の重みがある。例えば774 F.3d 452 Standard Oil Co., v. American Cyanamid Co.,の判決では、“(包袋禁反言の適用対象である)特許出願の経過には、特許を取得するために審査官に対してなされた、特許出願人による或いは特許出願人のための全ての意思表示が含まれる。これらの意思表示は、特許出願のクレームに対する補正や審査官を納得させるための意見書での陳述が含まれる。”と判示されている。

(ロ)特許出願の経過の全体を参酌するべきであるから、特許出願人から米国特許商標庁への個々の断片的な行動は重要ではない。

(ハ)特許出願人甲が潜在的なクレームの解釈を行った方法が、特許出願のクレームの減縮補正であったのか、或いは先行技術の差異を明らかにするための意見書の陳述であったのかということは重要でないのである。

(ニ)同様に、先行技術の差異を明らかにするための陳述が意見書を提出する際に行われたのかどうかも重要ではないし、さらには、その陳述により特許出願人が特定の潜在的な解釈を放棄しようと意図したのか否かも重要ではない。160 F.3d 1350, 1356 Bai v. L & L Wings, Inc., を参照されたい。

(ホ)意見書の陳述中で引用例1が別々の供給チューブを有していたことは重要ではないという甲の主張は、説得力がない。

 何故なら審査官は、特許査定の理由書において、特許出願Bの当該クレームが空気及び液体のための単一の流路を有する単一の供給チューブを有すると理解したから特許出願を許可したと述べているからである。

(へ)従って当裁判所は、特許出願の手続において甲が空気及び液体のための別々の流路を有するという潜在的な解釈の可能性を放棄したものと結論する。よって当裁判所は、クレームの記載、明細書(written description)、及び特許出願の経過に基づいて、“upstanding feeding tube”という要件は、単一の流路を有する単一の供給チューブを意味するものと判断する。

C裁判所は、特許Cの解釈において特許出願Bの経過を次のように参酌しました。

(イ)特許Cのクレーム1は、チューブをプローブと置き換えた点を除いて、特許Bの

(ロ)従って、当裁判所は、特許Bの前記限定要件の解釈と同様に、特許Cの対応する限定要件を解釈するべきという結論に達する。クレームの文言に加えて明細書の該当箇所の記載も基本的に同じであるから、その観点からも当裁判所は同じ結論に至る。

(ハ)複数の特許が同じ最初の特許出願から派生したものであるときに、一つの特許に関わる特許出願の経過は、同じ限定条件を含む他の特許に対して等しい効力(equal force)を発揮する。903 F.2d 812 Jonsson v. Stanley Works,を参照されたい。

(ホ)本件訴訟では、一番目の権利の特許出願の経過を二番目の権利の解釈に当てはめることにJonsson事件以上に合理性がある。

 何故なら甲は、特許出願Cに新たなクレーム26〜28を加える際に、特許Bのクレーム1,3,5の要件を組み合わせて取り込んだと陳述しているからである。この陳述により、甲は、特許Bのクレーム1、3,5を特許出願Cのクレーム26の意味にリンクさせたことになるのである。

 甲の陳述は、競業者に対して、特許B及び特許Cが同じ最初の特許出願から派生したものであることを強く意識させるものであるから、特許Cの経過は、特許出願B及び特許出願Cの各経過を合わせたもの(amalgam)と考えるべきである。

 従って、当裁判所は、特許出願をBの経過における、特許出願人による空気と液体との別々の流路を権利範囲に含める潜在的可能性の放棄が、特許Cの供給プローブの限定要件に波及し、よって、特許Cの当該要件は、空気及び液体のための単一の流路を有する単一の供給プローブに限定されるものと解する。


 [コメント]
@本件事案は、エスペットル(包袋禁反言)の法理に対する米国の裁判所の考え方を理解する上で良い教材となります。日本の特許出願の明細書作成者の立場から見て、特徴的な事柄は次の通りです。

(a)特許出願の経緯は、クレームそのもの及び明細書(written description)と並んで、クレーム解釈のための第一級資料(internal evidence)である。

(b)包袋禁反言の原則を適用して権利範囲を限定解釈するに際して、意見書の陳述は特許出願でのクレームの補正と同程度の重みがある。

(c)同一の源(特許出願)から派生した複数の特許出願の経過は、全て包袋禁反言の適用となりえる。

A前記@−(a)に関しては、日本でも包袋禁反言の法理は判例上存在しますが、それは、特許請求の範囲の記載の解釈に当たり、明細書及び図面の記載と同程度に重要視されるものではありません。成文法の法体系では何より条文が重視されるからです。
特許法第70条第1項に「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と、同条第2項に「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と定められていますが、特許出願の経過を考慮するべきとは記載されていないのです。

B前記@−(c)に関しては、日本では、親の特許出願の経過を子の特許出願(分割出願)に付与された特許の権利解釈をすることに関して、平成8年(ワ)1597号「サーマルヘッド」は次のように判示しています。

 「分割出願に係る発明の技術的範囲を確定するのに原出願の発明の出願経過を参酌することは原則として相当でなく、ただ、分割出願に係る特許権の成立が原出願と密接な関係にある場合において、分割出願の際に既にもととなった原出願の願書に添付された明細書又は図面の意味内容が原出願の出願経過の参酌により明らかになるような例外的な場合に限り、原出願に係る発明の出願経過を参酌することができる」

 アメリカに比べて日本では、特許出願の経過に関する事柄の、権利解釈上の証拠としての位置づけが低いからです。実際に分割出願に係る特許のクレーム解釈で親である特許出願の経過が参酌された事例もありますが、それは稀なことです。


 [特記事項]
 
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