[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 Addison C. Sheckerは、名称を“耐荷重断熱性ブロック”とする発明について特許出願をしましたが、2つの先行技術から自明である(進歩性を欠く)ことを理由として審査官により拒絶され、審判部も当該拒絶を支持する審決をしたため、本件訴訟を提起しました。 A本件特許出願の請求の範囲 壁構造のための耐荷重断熱性ブロックであって、 実質的に同程度の厚さで(substantially like thicness)中実(solid)かつ耐荷重・非補強コンクリート製の外側レイヤー部分及び内側レイヤー部分と、 硬くかつ軽量のセル状(cellular)断熱有機フォーム材料でなり、横方向に実質的に均一の厚みを有する介在部分とを具備し、 この介在部分は、接触面全体に亘って面側の内側レイヤー部分及び外側レイヤー部分に接着されており、これら内側レイヤー部分及び外側レイヤー部分を完全に分割しており、 これら3レイヤーの部分は、実質的に同じ高さ及び長さを有しており、 外側レイヤー及び内側レイヤーはコンクリートであることを特徴とする、耐荷重断熱性ブロック。 B本件特許出願の発明の概要 (a)本件発明は、石造(masonary)ブロック構造に関する。 (b)伝統的な石造ブロックは、2つの平らなコンクリート・レイヤーを介在コンクリート・ウェブで区分している。このウェブは、2つの表層レイヤーの間を遮断する空気のスペースを形成する。 (c)これに対して、本願発明は、要するに、 荷重に耐える2つのコンクリートの表層レイヤーの間にポリウレタン・ポリスチレンなどの断熱性重合体材料からなる一定の広がり(coextensive)の介在レイヤーを、“サンドイッチ状”に配置させたものである。 C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。 (a)Barnes 特許(イギリス特許第856、677号)は、コンクリート構造、特に補強されたコンクリート製ビーム(梁)及び他のコンクリート部材であって内部のコアの全部又は一部が発泡重合体、例えばポリスチレンまたはポリウレタンで構成されたものに関する。 このコアは、ビーム又は他の部材を構成するのに適したサイズ及び連続した長さを有する中実なブロックを含む。 Barnes 特許の第1コラム第23〜39には次の記載がある。 “一般に例えば補強ビームを形成する場合に、ビームの全部を高品質のコンクリートで形成する必要はなく、コアの中心部分を空洞又は低品質のコンクリートで形成しても良い。この場合、コアは、自らは僅かな強度しか持たない適当なサイズの低品質のプレキャストコンクリートブロックとしても良い。この技術は、高品質のコンクリートの節約を可能とする。しかしながら、こうしたプレキャストコンクリートのコアブロックは、不必要に重く、よってビーム全体の重量の増大につながる、材料を型枠に入れて硬化するまで型枠を残しておかなければならないため、成形に時間を要するという欠点がある。” [Dryden 特許] (b)Dryden特許(米国特許2,449,458号)は、建築用ブロックを示唆する。このブロックは、耐荷重ガラス材料で形成される2つのレイヤーを含み、かつこれら両レイヤーを、一定の広がりを有する断熱発泡ガラス材料でなる一定の広がりを有する内レイヤー及び追加のレイヤーにより区分してなる。追加のレイヤーは、発泡ガラスのレイヤー、及びベニアであり、これらはいずれもボロックの内部に存する。 D本件特許出願に対する審決の内容は、次の通りです。 審判部は、Barnes 特許がセメント及び有機材料を引用された順序でかつ他の素材を含まずに使用する先例をなすものと認める。Dryden特許の建築ブロックの製造において材料の置換を行うことは、それらの素材の属性及び用法を知る者にとって単なる材料の自明の選択の問題に過ぎないと認められる。 また審判部は、さらに追加の2つの内部レイヤー及びベニアをDryden の構造から除外することは自明であると判断した。 E特許出願人の主張は次の通りです。 審判部は、特許出願を拒絶し易いように、先行技術を再構築しており、これは、いわゆる事後的分析(後知恵)に相当するから、許されない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許出願の審決に関して次のように認定しました。 (a)当裁判所はこれらの判断に誤りを見出すことができない。 (b)英国特許は、コンクリート構造物においてコンクリート・レイヤー及び有機フォーム・レイヤーを並置することを教示していた。また“他のコンクリート部材”及び“ビームその他の部材に適した連続した長さ及びサイズを有する中実なブロック”にも言及していた。 (c)Dydren特許は、建築用ガラス材料に関して、一定の広がりを有するガラスレイヤー及び発泡レイヤーの建築用複合ブロックを開示する。そのフォームは、熱と音を遮断する役割を有する。 (d)従ってコンクリート構造及び建築用ブロックの分野の当業者にとって、これらの文献から、建築用複合ブロックに置いてコンクリートとフォームとを本件特許出願のクレーム5に記載された通りに配置することが容易であると認められる。 A裁判所は、特許出願人の主張に関して次のように判断しました。 特許出願人は、先行技術が後知恵によって再構築された結果として当該出願が拒絶された旨を主張するけれどもその主張は我々を納得させることができなかった。 他方、当裁判所は、審判部と同様に、特許出願人がクレームした発明と先行技術との間の材料の相違及び主題の相違に関して、発明の主題全体が発明時において(※)当業者にとって自明のものであることを納得した。 ※発明時を基準とするのは、先発明時をとるこの時代の基準です。現在は特許出願時が基準となります。 Barnes特許及びDryden特許のいずれかが、特許出願人がなした変化又は改良を実質的に示唆し、或いは多くの言葉を用いて説明している必要はない。下記の判例を参照せよ。 347 F.2d 847 In re Rosselet 356 F.2d 125 In re Rauen 自明性(進歩性の欠如)を示すために必要なのは、特許出願人が先行技術の中に明らかに存在した知識を単に適用することにより、当該特許出願の発明に到達できたことである。 米国特許法第103条(進歩性の規定)は、発明者が彼の貢献した技術の分野で得られる全ての知識を用いることができたと推定することを、我々に要求する。 365 F.2d 1017, 1020 In re Winslow このテストによると、控訴人(特許出願人)はその立証に失敗している。商業的成功に関する主張はなく、それ以外の非自明性(進歩性)を示す要素も伺えない。 従って審判部の審決は肯定される。 |
[コメント] |
@米国特許出願の非自明性、すなわち進歩性の判断の実務においては、引用文献の内容の中に当該特許出願の請求項に係る発明の構成に結びつく教示・示唆・動機付けに着目するTSMテストが重要となります(→TSMテストとは)。 A従って特許出願人の側からは、引用文献中に自分の発明の特定事項に結びつく示唆が存在しないことが、非自明性(進歩性)の証明の第一の根拠として挙げられることが往々にしてあります。 こうした主張に対する判例の考え方は、特許出願人の発明の主題全体が当業者にとって自明である限り、引用文献中に当該発明の特定事項に関する明示の示唆が存在しないことは問題とならないということです。 BBarnes特許の発明の主題は、コンクリートは荷重(特に圧縮荷重)に対して優れた耐性を有する材料であるが、荷重を支えるのにコンクリート製品の全てをコンクリートで形成する必要はなく、耐荷重性に重要でない部分(コア)を他の性質を有する別の素材で形成して、当該性質に起因する他の機能を付加しても構わないということです。 当該特許では、発泡材料の軽量性に着目して、コアを発泡材料で形成した耐荷重軽量コンクリート部材を提案しました。 Barnes特許の具体的な実施例はコンクリート梁であり、発泡材料で形成されるコアを梁の中心部分とし、コンクリートで形成される残りの部分を梁の外周部分とすると、コンクリート部分は全体として連続していることになるので、2つのコンクリート部分を発泡材料で形成する介在部分により断熱するという特許出願人の発明の思想はBarnes特許には存在しません。 Cしかしながら、Dryden特許の発明の主題は、ガラス製コンクリートブロックにおいて2つの強化ガラス・レイヤーの間の介在レイヤーの一つは発泡材料として断熱・断音機能を実現することです。 2つの先行技術の発明の主題をそっくり利用すると、特許出願人の発明の構成に想到します。その創作過程において、Dryden特許のブロックの構成のうち ・2つのガラス・レイヤーの間の追加レイヤー及び両レイヤーの外のベニヤを省略する ・ガラスをコンクリートに変更する という2つの設計変更を経なければなりません。 しかしながら、2つの先行技術の発明の主題を結びつけることにより、 耐荷重のコンクリートのコアの部分をコンクリート以外の材料(発泡材料)に置き換えても良く、 その発泡材料を建築ブロックの2つの表側レイヤーの間の介在レイヤーとして素材として用いることにより熱及び音の遮断性能を実現できる、 という特許出願人の発明を構成するためのストーリーが出来ます。そして両技術文献はともに建築分野に属する発明であり、特許出願人が貢献する技術分野の範囲にありますから、両者を結びつける動機付けがあります。 そうなると、追加のレイヤーやベニアを省略するということは、当業者が特許出願人の発明に想到することを妨げる事情にはならないということになります。 参考までに発明特定事項の省略が自明であると判断された日本の判例であって進歩性審査基準に掲げられた事例として次のケースを紹介します。 平成6年(行ケ)第82、83号 D日本の進歩性の実務においても、いわゆる設計的事項の変更(公知材料の中からの最適材料の選択、数値範囲の最適化又は好適化、均等物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更など)に関しては、引用文献中に特に示唆がなくても容易に想到し得る(進歩性がない)と判断されることが通常です。 これらの変更は、当業者の通常の創作能力の発揮によりなし得ることだからです(進歩性審査基準)。 |
[特記事項] |
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