[事件の概要] |
(a)Jonesは、電気用溶接方法及びこれに使用するフラックスに関する発明について特許出願を行い、そして当該出願について特許第2043960号(ジョーンズ特許)を取得し、当該特許をLinde
Air products Co.に譲渡しました。 (b)Linde Air products Co.は、Lincoln及びGraver tankの2つの会社を特許侵害で訴えました。 (c)トライアルコートは、4つのフラックスに関するクレームが有効でありかつ侵害されたと認定するとともに、他のフラックスのクレーム及び全ての方法クレームが無効であるとしました。→トライアルコートとは (d)コート・オブ・アピール(控訴審)は、4つのフラックスのクレームが有効でありかつ侵害されているという認定を否定し、他方、方法のクレームが無効であるという認定を覆しました。 (d)最高裁判所の審理を求める請願書が許可され、控訴審の決定のうちでトライアルコートの判決を覆す部分が覆されました。 (e)再審理(Rehearing)が許可されたが、これは4つの有効なフラックス・クレームの侵害の有無の問題及びこの案件に均等論を適用することができるかに限定されています。 [事件の概要] (a)本件特許のクレームは次の通りです。×は後日無効と判断されたもの、○は有効と判断されたものです。 クレーム1(×) 電気溶接のプロセスであって、 電極と金属の上に盛るための導電部材とを接続するステップと、 溶接温度で可溶シリカの流動性及び導電性を備えるとともに溶接中に多量のガスを放出することのない素材を用いた抵抗の大きくかつ化学的に安定して溶接可能な物質で、前述の電極と導電部材との間の導電路を形成するステップと、 溶接箇所の通電を維持するのに十分な量の電流を流して、所定の金属を次第に溶かし、溶接金属を導電部材と一体化させるステップと を具備し、溶接作業中に溶接金属と電極との接触を維持して電極と導電部材との間で空気を介した電気アークが形成されることを避けるようにした電気用溶接。 クレーム18(○) アルカリ土類金属シリケート(alkaline earth metal silicate)を主成分とし、非結合酸化鉄(uncombined iron oxide)及び溶接温度でガスを放出できる物質を実質的に使用することのない(substantially free from…)電気溶接用組成物。 クレーム20(○) (fluoride)を含むとともに、アルカリ土類金属シリケート(alkaline earth metal silicate)を主成分とし、非結合酸化鉄(uncombined iron oxide)及び溶接温度でガスを放出できる物質を実質的に使用することのない電気溶接用組成物。 クレーム22(○) 細かく粉砕されかつ結合されていない溶解可能な電気溶接用組成物であって、(fluoride)を含むとともに、アルカリ土類金属シリケート(alkaline earth metal silicate)を主成分とする電気溶接用組成物。 クレーム23(○) 細かく粉砕されかつ結合されていない溶解可能な電気溶接用組成物であって、非結合酸化鉄(uncombined iron oxide)及び溶接温度でガスを放出できる物質を実質的に使用することのないとともに、アルカリ土類金属シリケート(alkaline earth metal silicate)の一つを主成分とする電気溶接用組成物。 クレーム24(×) 金属シリケートとカルシウムフッ化物(fluoride)とを含む電気溶接用組成物。 (c)明細書には次のように説明されています。 “ライムやマグネシウムの代わりに、マンガン・チタン・アルカリ土類金属の酸化物、あるいはフラックス材として広く知られたホウ酸ナトリウム(borax)或いはホウ酸(boric acid)を、電気溶接用組成物の基本的組成を変えない程度の適当量に限って、加えることができる” (第2頁右コラム第29〜35行目)。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本事案の争点に関して次のように述べました。 (a)結局、我々裁判官の前には4つのフラックス・クレームが侵害されたというトライアルコートの決定が維持されるべきかという唯一の問題があることに留意するべきである。 (b)これらのクレームの有効性については先の判決で裁判官の全員一致(unanimously)で決定され、前記再審理の制限によりこれらクレームの有効性への攻撃を新たに行うことは許されていない。 (c)開示とクレームと先行技術とについては、我々裁判所の先のOpinionにおいて十分に記載されている。 →Judicial opinion(判決理由)とは A裁判所は、均等論に関して次の見解を述べました。 (a)訴えられた装置や組成物が有効な特許を侵害しているか否かを決定する時には、まず第一にクレームの文言を根拠としなければならない。 仮に対象が明確にクレームの範囲に入るならば、侵害が成立し、これを持って検証は終了する。 (b)しかしながら、裁判所は、文字通りのコピーではない模倣を許すことが特許を空虚で役に立たないものとすると認識している。 そうした模倣は、悪辣なコピー屋が特許発明のうちで重要でも実質的でもない部分を変更し、他に何らの変更も加えることなくコピーした物をクレームの範囲外としてしまうことを助長することになる。 そうすると最早法律の規制は及ばないことになる。 発明を盗む(private)者は、著作権の対象である本や演奏を盗む者と同様に、盗んだことを隠したり或いは回避したりするために、僅かな変更を加えるものと考えられる。 あからさまであけすけな侵害は、愚鈍(dull)で非常に珍しい事例である。 それ以外の侵害の態様を禁止しないと、発明者は字句に拘泥した解釈のなすがままとなり、下位的な権利解釈が生み出される。それは発明者(特許出願人)から発明の利益を奪い、特許制度の主要な目的である発明の開示よりも、発明を秘密にすることを助長することになるであろう。 (c)均等論は、こうした経験から発展したものである。 この均等論のエッセンスは、人は特許に対して不正手段(fraud)を用いてはならないということである。 均等論は約100年前のWinans v. Denmead事件(15 How. 330)に始まる。 そして均等論は控訴裁判所及び下位連邦裁判所によって一貫して(consistantly)支持され、そして現在においてもそれを適用するべき状況が存在すれば、適用する準備がありかつ適用できる(ready and available for application)と解釈すべきである。 (d)(クレーム解釈の)厳格な論理を緩和して侵害者が発明の利益を防止するため、特許権者は、製品の製造者に対して、当該製品が(特許発明と)実質的に同じ態様(substantially the same way)で実質的に同じ機能(substantially same function)を発揮し、同じ結果(the same result)を得られることを条件として、均等論の適用を求めることができる。Sanitary Refrigerator Co. v. Winters, 280 U.S. 30, 42 (e)均等論の根拠は、“仮に2つの装置が実質的に同じ態様で同じワーク(work)をするものであれば、たとえ名称や形式や形状が異なっていてもそれらの装置は同一である。”というものである。Union Paper-Bag Machine Co. v. Murphy, 97 U.S. 120, 125 (f)均等論は、先駆的或いは第1次的な発明の特許権者に働くだけではなく、古い要素のコンビネーションにより新しくかつ有用な結果(new and useful result)を実現した第2次的な発明の特許権者にも働く。Imhaeuser v. Buerk, 101 U.S. 647, 655 もっとも両者の間で均等の範囲に差異があることはありうる。 (g)均等論に対する健全な現実主義(wholesome realism)は、特許権者にとって有利に働くばかりでなく、不利に働くこともありうる。 すなわち装置が特許製品から根本的に変更され、実施的に異なる態様で同一又は類似の機能を発揮し、それでもなお、クレームの文字通りの字句に当てはまる場合に、均等論はクレームを制限するために用いられる。そして侵害行為に対する特許権者のアクションは打ち負かされるであろう。Westinghouse v. Boyden Power Brake Co., 170 U.S. 537, 568 (h)均等論は、その発展の過程の初期段階において、主に装置に関する事件において機械的要素同士の均等性について適用されていた。 しかしながら、その後次第に組成物に関する事件において化学的成分同士の均等性についても適用されるようになった。 今日においては、それは、組成物及び装置の双方に関して、機械的及び化学的均等性について適用される。 (i)均等性は、特許の内容、先行技術、事案の特別の状況に応じて決定されなければならない。 均等論は、特許法において公式の虜(prisoner of formular)ではなく、また他との関わりを持たない絶対的なものでもない。 “均等”とは、いかなる目的及びいかなる観点においても同一性(identity)を要求されるものではない。 均等性を決定する場合、同じ物とそれぞれ均等である2つの物が相互に均等ではないことがあり、同様の理屈で(by the same taken)、ほとんど全ての目的で異なる二つの物が均等であることもある。 (j)要素の均等性の判断に際しては、 ・当該要素が特許において使用される目的 ・当該要素が他の要素と組み合わされた時に有する性質(quality) ・当該要素が果たすべき機能 に着目するべきである。 (k)均等性の認定は、事実を決定すること(determination of fact)である。 証拠は、エクスパート或いはその他の技術に詳しい人間の証言、書籍や論文などの文書、先行技術の開示のいずれの形式でも構わない。 (l)他の事実問題と同様に、最終的な決定では、証拠の信用度、証拠の説得力、証拠の重さをバランスさせることを要求される。 (k)均等性は、トライアルコートで決定され、この決定は、再審理の基本的な原則通り、明確な誤りがない限り、覆らない。特に、本件のような特定の化学的問題と深い関係がある事案ではそうである。一般的な常識や経験が当てはまらないからである。 B裁判所は、以上の見解に基づいて本案件に関して次のように判断しまました。 (a)本件において我々裁判官の前には2つの電気溶接用組成物(composition)、すなわちフラックスが存在する。 その一方は、特許製品である組成物(Unionmelt Grade 20)であり、クレーム上ではアルカリ土類金属のシリケート(silicate)及びカルシウムフッ化物(calcium fluoride)の組み合わせとして製造される。実際の特許製品は、2つのアルカリ土類金属のシリケート、すなわちカルシウム及びマグネシウムの各シリケートを含む。 他方は、係争物品、すなわち訴追された組成物(Lincolnweld 660)である。これは特許製品に類似しており、前述のカルシウム及びマグネシウムの各シリケートに代えて、カルシウム及びマンガンの各シリケートを含む。なお、マンガンはアルカリ土類金属ではない。 他の全ての観点では、2つの組成物は、類似している。これらの組成物が用いられる機械 的方法は類似である。これらの組成物は作用(operation)において同一であり、同じ種類で同じ品質の溶接を生じさせる。 (b)問題となるのは、マグネシウムをアルカリ土類金属ではないマンガンに置き換えることが次のいずれに該当するかである。 ・当該構成物質の変更は、技術的観点及び先行技術から本案件の状況において均等論の適用を不適当なものとするものである。 ・当該構成物質の変更は、非実質的なもの(insubstantial)であり、均等論の発動が正当化される。 (c)全てを包括することを試みる意図はないが、我々裁判官は、次の証拠が記録に存在することに注目する。 ・2つのフラックスをよく知る化学者は、マンガンとマグネシウムとが多くの化学反応において類似であると証言する。 ・冶金学者は、アルカリ土類金属がマンガン鉱石の中で自然な状態でよく見つかり、それらはフラックスと同じ目的に供されると証言する。 ・化学者は、本件特許の意義からマンガンは“アルカリ土類金属”に含めることができると証言する。 これらの証言は無機化学の分野で認識される文献によって裏付けられる。 特に重要であるのは記録に含まれる先行技術の開示である。ミラー特許(米国特許番号第1754566号)は、溶接用フラックスとしてマンガンシリケートを用いることを開示している。またマンガンは、溶接用組成物について記載したアーマー特許(米国特許番号第1467825号)でも開示されている。 他方、係争物が(これら先行技術から)独立した技術開発及び実験の結果から導き出されたことを示す証拠は存在しない。 (d)これらの証拠に対する独自の評価を述べるのは、当裁判所の任務ではない。それは、トライアルコートの仕事である(→トライアルコートとは)。 そうした評価を述べることは、当裁判所が直面している案件、すなわち専門家の証言が大部分を占める案件では適当ではない。 それらの証拠の意義に対して光を照らす(enlighten)のは、トライアルコートにおいて科学的デモンストレーションを通じて行われるべきである。 (e)本案件のトライアルは3週間に亘って行われ、トライアル判示は、弁護士(カウンセル/法律顧問)及び技術者とともに実験室を訪問した(→Counsel(法律顧問)とは)。 判事は、本件特許で開示された通りの溶接方法、訴追された溶接方法、及び、様々な段階での先行技術の溶接方法についてのデモンストレーションを観察した。そして彼は、溶接作用についての様々な絵図を見て、多くの専門家及び証人の話を聞いた。 トライアル判事は、これら証拠の下に、係争物と特許された組成物とは作用及び結果において実質的に同一である(substantially identical)ことを見出した。 また彼は、係争物が全ての観点から特許品と均等であることを見出した。 そして同判事は、全ての実用的な目的において、マンガンシリケートは溶接用組成物の主要要素として効果的かつ十分にマグネシウムシリケートの代用品となると結論した。 この結論は、証拠によって裏付けられており、明確な誤りは存在しない。 →Clear error review(明白な誤りの見直し)とは |
[コメント] |
@本判決(1950)に関しては、後の裁判(JOHNSON & JOHNSTON ASSOCIATES INC.,v. R.E. SERVICE CO., INC. and MARK FRATER 99-1076, -1179, -1180)において次のように評価されています。 「均等論は、特許権をクレームの文言通りの範囲から拡張するものである。最高裁判所は、グラバータンク&エムエフジー会社対リンデエアープロダクツ会社事件において現代的な均等論を最初に適用した。」” “The doctrine of equivalents extends the right to exclude beyond the literal scope of the claims. The Supreme Court first applied the modern doctrine of equivalents in Graver Tank & Mfg. Co. v. Linde Air Prods. Co.” A米国特許法は、1870年に改正され、中心限定主義から周辺限定主義に移行しました。「裁判所はクレームを拡張しないように配慮するべきである」(Burns v. Meyer 1879)という立場に立ったのです。 均等論は、1853年のWinans v. Denmead事件において、すなわち、中心限定主義の特許制度のもとで誕生しました。このため、周辺限定主義に立つ1870年改正法に馴染まないという批判がありました。それにも関わらず、個別の事件では、一定の条件をつけながら均等論を適用する判例が出され続けました。 原則に対する例外として下位裁判所が続々と均等論を適用すると、例えば “先駆的な発明に限って均等論が認められるのか?” “機械的なパーツに均等論が認められるのか?” など様々な疑問が生じ、特許権の権利範囲が公衆に予測不可能なものとなり、均等論は有害となります。 B最高裁は、発明が先駆的か否か、対象物が機械的なものかに限らず、実質的に同じ態様・実質的に同じ機能を発揮し、同じ結果をもたらすときには、均等論が認められることを明らかにし、現代的な均等論の基礎を作りました。 C本判決では “均等性は、特許の内容、先行技術、事案の特別の状況に応じて決定されなければならない。”と述べています。このくだりは、特に前述のジョンソン&ジョンストン事件において、Disclosureの法理との関係で引用されています(→Disclosureの法理とは)。 この法理は、明細書に開示されているのにクレームに記載していない事項に関して均等論は適用できないというものです。 これは、特許出願人がクレームに記載の要素Aと均等の条件(実質的に同じ態様・実質的に同じ機能・同じ結果)を満たす要素A’を明細書に開示しておきながら、クレームにはあえて記載せず、特許出願の審査において要素A’が審査対象とされ、出願が拒絶されるとなることを回避しつつ、特許出願に対して特許権が付与された後に均等論の適用を主張するというトリッキーな権利行使を禁止するためであると、判決文で説諭しています。 本件特許は次のクレームを含みます。 ・クレーム23 細かく粉砕されかつ結合されていない溶解可能な電気溶接用組成物であって、非結合酸化鉄(uncombined iron oxide)及び溶接温度でガスを放出できる物質を実質的に使用することのないとともに、アルカリ土類金属シリケート(alkaline earth metal silicate)の一つを主成分とする電気溶接用組成物。 ・クレーム24 金属シリケートとカルシウムフッ化物(fluoride)とを含む電気溶接用組成物。 これに対して係争物は、マンガンシリケートを成分とする電気溶接用組成物です。マンガンは金属ですが、アルカリ土類金属ではありません。このため、係争物はクレーム24を文言侵害することになるのですが、これが先の裁判で無効となったため、クレーム23の均等侵害の有無に関してアルカリ土類金属シリケートとマンガンシリケートとの均等性が問題となりました。 明細書には、“ライムやマグネシウムの代わりに、マンガン・チタン・アルカリ土類金属の酸化物、あるいはフラックス材として広く知られたホウ酸ナトリウム(borax)或いはホウ酸(boric acid)を、電気溶接用組成物の基本的組成を変えない程度の適当量に限って、加えることができる”と記載されていました。前述の開示の法理をそのまま適用すると、マンガンは明細書に開示されていながら、クレームに記載されていなかった事項ですから、これに均等論を適用することはできないという解釈もできそうですが、裁判所はそうした立場をとりませんでした。 「事案の特別の状況」を考えると、マンガン・シリケートはクレーム24の「金属シリケート」に含まれており、クレーム24が無効となった結果として、マンガン・シリケートは“明細書に開示されていながらクレームに記載されていない事項”になったのであり、特許出願人がマンガン・シリケートを含む組成物についての審査を殊更に避けようとしたという事情は認められないからです。 Dまた米国の均等論は、発明の同一性の概念の延長として発展したものであることが判決文から分かります。 すなわち、実質的に同じ態様で同じワーク(働き)をする2つの物は、名称・形式・形状が相違したとしても同一のものであり、その延長として、実質的に同じ態様で実質的に同じ機能を発揮し、同じ結果をもたらすものは均等であるという論法です。 |
[特記事項] |
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