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①先例拘束性の原理はイギリスにおいて11世紀頃から徐々に形成され、アメリカの法律にも引き継がれています。
②その理念は、“既に決定された事柄(原則)の側に在れ。確立された原則を乱すな。”("Stare decesis et non quieta movere")ということです。十分に類似(sufficiently similar)の事案は同様に扱う(like cases should be treated alike)ことで法的安定性を担保しようとしているのです。 →十分に類似(sufficiently similar)とは(先例拘束性の原理)
③先例拘束性の原理には、裁判所の階層という概念が組み込まれており、上位の裁判所の決定は、下位の裁判所の類似の事例の決定を拘束しますが、その逆はありません。
④アメリカ合衆国の場合、控訴審であるCircuit Court(巡回裁判所)の判決は、その巡回区内の地方裁判所を拘束します。
⑤特許出願が許可(特許査定)されるには、非自明性(進歩性)が担保される必要があります。進歩性の要件に関して、米国特許出願の実務に最も影響を与えた先例は次の通りです。
1850年:52 U.S. 248 (Hotchkiss v. Greenwood→ホッチキス判決)
ドアノブの改良において、従来周知の材料(木など)と異なる材料(粘土・陶器)を用いて従来と同じ方法で製作することは、職人の技であって、特許性(進歩性)はない。
1950年:340 U.S.147 (Great Atlantic & Pacific Tea Co., Inc.)
「従来の構成要素を、それぞれの作用における変化なしに、単に結合するような組み合わせ」は特許されるべきではない。
1966年:383
U.S.1 (Graham v. John Deere Co. of Kansas City et al→グラハム判決)
進歩性を判断するときには、第1に先行技術の範囲及び内容を決定し、第2に(特許出願の)請求項の発明と先行技術との相違点を明らかにし、第3に当業者のレベルを定めなければならない、なお、商業的な成功や他人の失敗などの2次的考察は考慮することができる。
2007年:(→KSR判決)
当業者は創作能力のある人間であって、単なるロボットではないので、いわゆるTSMテストに過剰に考慮するべきではない。
⑥さらにKSR判決では、進歩性において重要度の高い次の判例を引用しています(このことは、これらの判決がなお先例であることを示します。)
(イ)その技術分野で公知の特許発明の構成要素うち、1つの要素が当該技術分野の別の要素に置換されただけの場合に、その置換後の発明が自明でないというためには、予期せぬ結果を生じている必要がある。(In United States v. Adams)
(ロ)公知の2つの要素を組み合わせた場合、それら要素を別々に用いた場合以上のものが存在しないと、その組み合わせは自明である。(In Anderson's-Black Rock, Inc. v. Pavement Salvage Co.)
(ハ)公知の特許発明の構成要素を単に組み換えるだけで、予期せぬ新たな機能を発揮しない場合には、その組み合わせは自明である。(In Sakraida v. AG Pro, Inc.)
⑦なお、先例は何時までも拘束力を有するとは限りません。例えばCuno Engineering v. Automatic Devices
(1941)において、最高裁判例は「天才のひらめきがある発明に特許を認める」としました。これは進歩性の概念が練り上げられていく過程で行われた判断の一つであり、意図は判るのですが、裁判所の勇み足というべきであります。試行錯誤の結果として成立する発明もあるからです。1952年に制定された現在の特許法第103条の規定では「特許性は発明が行われた態様により否定されるべきではない。」(“Patentability shall not be negatived by the manner in which the invention was made.”)とされています。
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