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●642 F.2d 413「デジタルカウンターで作動するペーサー」事件(1981.02.12)


進歩性審査基準/特許出願の要件/TSMテスト

 [事件の概要]
@本件の概要

(a)本件は、米国特許第3、557、796号の特許権者(Keller Jr.)が再発行特許出願(第865,610号)を行い、審査官が当該特許出願を拒絶し、審判部も審査官の決定を支持したため、本件訴訟に至ったものです。

(b)上記再発行特許出願(以下「本件特許出願」という)では、元の特許出願の審査で引用されていかった3つの先行技術について非自明性が審査されました。そのうちの一つ(引用例1)は、本件特許出願人自身の発明でした。

(c)本件特許出願の拒絶理由は、次の通りです。

 クレーム1,2,6,7,9〜11、13、14に関して非自明性の欠如。

 クレーム1、2、6、7、9〜16(全てのクレーム)に関して、不完全な再発行の宣言(reissue declaration)を根拠として拒絶されました。
再発行特許出願人の宣言とは

A本件特許出願の発明の背景技術

(a)通常の心臓では心房(atrium)が毎分60〜120回程度の電気信号を発生し、この信号は一定の遅れ(A-V delay)を以て心室(ventricle)に伝えられます。一般的な心臓の血管は、心房の電気信号が不規則となることです。信号の頻度が少なくなったり、或いは全く信号を出さなくなったりします。これを回避するためにdemand mode pacerが使用されます。 この装置は、心臓が自発的にパルスを発生できなくなった場合にのみ、身体に埋め込まれた端子を介して心室に刺激用パルスを適用します。心臓の信号が定期的であるときには、ペーサーは何もしません。信号が不定期になると、ペーサーはそのタイミングに合わせようとします。

(b)心臓の別の欠陥は、心房が発生する信号が心室に届かなくなってしまうこと(A-V block)です。この不都合を解消するために、synchronous pacer が使用されます。この装置は、心房の信号を検知して、一定の遅れを以て心室に伝達します。

A本件特許出願の発明の概要

 本件特許出願のクレーム1は次の通りです(太字はオリジナルの特許に加えて追加された部分です)。

 さまざま心臓の鼓動に対応する予め定められた周波数の刺激用パルスを発生するオシレータと、

 その刺激用パルスをカウントする、周期的に作動するデジタルカウンターと、

 このカウンターのカウント数が所定値に達したときに心臓を刺激する電圧を発生する手段と、

 通常発生する心臓の鼓動を検知する手段と、通常発生する心臓の鼓動が検知されたときに上記カウンターを所定値にセットする手段と

 を具備する、心臓ペーサ装置。

[本件特許発明]
図面

B本件特許出願の先行技術

(a)米国特許第3,253,596号(引用例1)

 この文献は、動物の心臓を規制するためのトランジスターを利用した埋め込み式の心臓ペーサを開示しています。

 この装置は、心臓の鼓動の生物学的信号に反応してトリガー信号を生成する手段と、

 トリガー信号をA-V delay分だけ遅らせる手段と、

 トリガー信号により終わる一方の状態と信号の到着により影響を受けない他方の状態との2状態で作動するオシレータと、

 オシレータが一方の状態に戻ることに対応して、心室を刺激する手段と、

 を具備しています。

(b)米国特許第3,345,990号(引用例2)

 この文献は信号を制御する心臓ペーサの発明に関するものです。人間の心臓の鼓動を正確にモニターする手段と、異常な心臓の鼓動を修正する電気的な刺激を付与する手段と、必要な場合のみ上記電気的な刺激を実効させる手段とを備えています。

(c)医療技術のアメリカジャーナル(1966年第1クォーター第29〜34号)

 この文献は、ほ乳類の心臓を刺激するための刺激装置を制御するドライビング・ユニットを開示しています。このユニットは、デジタル・タイミング回路を有します。この文献は、デジタル・タイミングシステムは、従来のR−Cタイプの回路に比べて高い精度を可能とすると挟持しています。

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C米国特許商標庁の判断(先行技術に関して)

(a)審査官は、本件再発行特許出願に対して次のように判断しました。

(イ)クレーム1〜2、6〜7、9〜11、13〜14は、引用例1及び引用例3に基づき拒絶される。

(ロ)本件特許出願のクレームは、デジタルタイミングを基礎とするパルスジェネレータを採用した点で引用例1の発明と区別されるものである。

(ハ)引用例3は、医療用刺激装置のためのデジタルタイミングを基礎とする手段を開示している。当該手段は、比較的大きい多様な刺激用パルス周波数を含む、より高いパルス周波数を有するオシレータと、所要の周波数の刺激用パルスを発振するカウンター手段とを採用している。

(ニ)オシレータ及びデジタルタイム使用の発生器を引用例1の装置のアナログ式の均等物として設けることは、先行技術全体を考慮して、当業者にとって自明の置換である。

(ホ)さらに審査官は引用例1〜2に基づいて自明であるとしてクレーム1,2を拒絶した。引用例2のペーサーのアナログ式タイミング回路の代わりに引用例3のデジタル式タイミング回路及びオシレータを採用することは容易であるというのである。

(b)審判部は、本件特許出願に対して次のように判断しました。

(イ)引用例1及び引用例2の心臓ペーサは、アナログ式のタイマーを採用しているが、特許出願人のペーサに類似する技術である。引用例3は、デジタルタイマーが使用された心臓刺激装置を開示している。

(ロ)また引用例3は、アナログ式タイマーの代わりにデジタル式タイマーを使用することの動機付けに関して次のように述べている。

 “デジタル式タイマーは、アナログ式タイマーに比べて高い精度を可能とする。”

D米国特許商標庁の判断(不完全な再発行特許出願の宣言に関して)

(a)審査官は、クレーム1,2,6,7、9〜16を次の理由により拒絶しました。

(イ)再発行特許出願の裏付けとなる宣言は審査官が注目するべき先行技術を開示していないこと(CFR.1.175(a)(4))。

(ロ)上記宣言は特許出願人がどのようにエラーをし、そのエラーが何故生じたのかを特定していないこと(CFR.1.175(a)(5))。

(ハ)上記宣言は上記のエラーが特許出願人の欺瞞的な意図によるものでないことを示していないこと(CFR.1.175(a)(6))。

(※1)…これらの要件は、現行の再発行特許出願の宣言の要件とは異なるため、以下、経緯のみを示します。

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(b)特に審査官は、preliminary amendment (予備的補正)によるクレームの変化(とエラーとの関係)を特許出願人が特定していないと指摘しました。

(c)審判部は、審査官の判断を支持しました。

(d)裁判所は、審判部のCFR.1.175(a)(4)に関する判断を肯定し、CFR.1.175(a)(5) (6)に関する判断を覆しました。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、特許出願人の発明の非自明性(進歩性)の論点を次のように整理しました。

(a)特許出願人は、拒絶されたクレームの特徴に関して、引用例1〜2にはデジタル式タイミングが採用されていないということしか主張していない。

(b)従って、先行技術に基づく特許出願の拒絶における唯一の論点は、発明の時点(※1)において引用例1〜2が当業者に対してデジタル式タイミングを示唆していたか否かである。

(※1)…この判決の当時の判断時です。現在では特許出願の時が判断時となります。

A裁判所は、本件特許出願の先行技術(引用例3)の引用例適格性に関して次のように判断しました。

(a)特許出願人の審判での立場とは逆に、引用例1及び引用例2は、主引例であり、引用例3は副引例である。審判部は、引用例3が類似の環境におけるデジタルタイミングしか教示していないと正しく判断した。

(b)特許出願人は、引用例3が心臓ペーサーに関するものではない、と強く主張した。すなわち、生きている人間の心臓の治療のための装置ではなく、哺乳類の心臓の研究(Study)のための検査装置に過ぎないというのである。

 しかしながら、引用例3は、哺乳類の心臓の心房伝達システムの研究に使用される心臓刺激装置である。当該装置は、哺乳類の心臓のペースメーカーとしての刺激装置とそれほど非類似のものではない。従って、引用例3は、引用例1及び引用例2と組み合わせることができる。

 323 F.2d 1011 (In re Menough)を参照されたい。

(c)特許出願人は、さらに引用例3は、心臓ペーサーと関係ないと主張した。引用例3の装置はオシロスコープと接続された刺激装置であり、操作者が複数のスイッチを用いて操作するものだからというのである。

引用例2の心臓ペーサは、オシロスコープに接続されたものであってもよく、また操作者が複数のスイッチを用いて操作する物であっても構わない。従って特許出願人が主張するような事柄は意味がない。

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B裁判所は、引用例1〜3から見た特許出願人の発明の非自明性に関して次のように判断しました。

 特許出願の拒絶の根拠となる先行技術の組み合わせを正当化するためには、一つの文献に開示されている装置が他の装置に物理的に挿入可能である必要はない。
例えば354 F.2d 377 (In re Griver)、279 F.2d 689(In re Billingley)を参照されたい。

 すなわち、自明性のテストは、主引例の構造に副引例の特徴を丸ごと(bodily)導入することができるかどうかではなく、(特許出願人によって)クレームされた発明が一つ又は全部の先行技術に明示的に示唆(expressly suggested)されていることを要するものでもない。当業者にとって先行技術を組み合わせたものが(特許出願人の発明を)示唆しているかどうかが問題なのである。

 599 F.2d 1032(In re Wood), 426 F.2d 828(In re Passal), 347 F.2d 847(In re Rosselet)を参照されたい。

 引用例1及び引用例2がともに心臓の刺激に(アナログの)R−Cタイプのタイミング回路を使用することを開示しており、引用例3が従来の心臓の刺激においてR−Cタイプのタイミング回路の代わりにデジタルタイプのタイミング回路を使用することを教示した。

 従って、上記の問題は、結局、当業者の目の前に、引用例1、引用例2、引用例3が存在した場合に彼がどうするだろうかということに帰着し、デジタル式タイミング回路を心臓ペーサーに使用するだろうという結論にたどり着くのである。

 444 F.2d 1168 (In re Antle)によって修正を受けた365 F.2d 1017(In re Winslow)を参照されたい。

 従って当裁判所は、それらの文献が一応の自明性(Prima facie obviousness)を確立するものであることに同意する。


 [コメント]
@裁判所は、先例を引用して、“先行技術の組み合わせを正当化するためには、一つの文献に開示されている装置が他の装置に物理的に挿入可能である必要はない。”と述べました。先行例のペースメーカーがアナログ仕様であるのは、当該仕様が一般的であった時代のものだからであり、後の時代に技術者がそれをデジタル仕様に変更して他のデジタル装置に適用することが困難であったことを示す証拠はありません。日本の進歩性審査基準でも、技術の具体的適用に伴う設計変更は、他に進歩性を推認できる事情がない限り、当業者の通常の創作活動の範囲のことであるとしています。

Aさらに本事例は、TMSテストのSuggestion(示唆)は明示的なものに限らない旨を述べており、後の裁判例において、TMSテストの示唆や教示が暗示的なものを含むことを示したケースとして引用されています。
217 F.3d 1365 (In re Kotzab)


 [特記事項]
 
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